kankoのひとりごと

外出できず、ネットと電話・ラジオで日々が過ぎています

豊作みたい♪

2024年08月26日 | 日記
予讃線の車窓から、田畑が見えた。


稲は早生・晩生というように収穫時期をずらして栽培しているようで
刈り取りを終えた田、黄色く熟れた田・青いままの田がみえる。


向こうの山は採石場だったようで、以前は土が丸出しだったが
しばらくぶりだと、あんな場所でも、木が育っている。






今治までは2時間ほど。
新幹線のように速くはないので、外の景色の十分楽しめる列車旅でした🙂

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今治へ行ってきた

2024年08月25日 | 日記
夫がショートステイで家にいないので、実家のある今治へ行ってきた。
長姉の顔を見に。91歳だけど、同年齢の黒柳徹子さんとはかなり違う…。
それでも顔色はよく、はっきり会話もできて、安心できた。

行きは「しおかぜ1号」。
自由席に乗っていたら、宇多津駅で、高松から来た「いしづち号」と連結するのが見える。



あら、隣にアンパンマン列車…。


連結作業


床はこんな風につながる(ゆらゆらガタガタ)


運転席には「運転手が業務用スマホを使用します」と大きな字で書いてある。
「運転中にゲーム‼」なんて誤解されないように😥


連結された「しおかぜ」と「いしづち」


アンパンマン列車では、仲良しの敵同士、アンパンマンとバイキンマンがくっ付いてる😃


帰路、香川との県境辺りからは、豪雨・雷鳴・いなづまの中を走った😆
これが「ゲリラ豪雨」なんだろうね。
丸亀に近づいたころには、外の景色もきれいに見えた。


「列車のすぐ下が海」の、一番好きな眺め😃


瀬戸大橋も気持ちよくわたり、もうすぐ児島。


家に帰ってみたら、一滴の雨粒の痕跡も見当たらなかった。
まだ暑い日が続きそうです。

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コメが品薄?

2024年08月24日 | 日記
「令和の米騒動」のニュースを聞いても、「都会の話?」と思っていたが…。
近くのドラッグストアで、コメの売り場がガラガラだった😖
(ドラッグストアでお米を買う人は少ないと思うんだけど)

「米がない」というのは、東日本大震災のあともそうだった。
当時、みとちゃんの子守りで茨城にいて聞いた話では
「避難所でコメが必要。30キロずつ、精米して提供してほしい」
と防災スピーカーで放送したら、午前中に目標量が集まったとか。

当時、「関東ではコメが買えないんだって」との噂があった。
ここ岡山でも、「東京にいる甥にコメを20キロ送った」と自慢してた人がいた。
「いっぺんに20キロもらったら、困るんじゃない?」と私は思ったけど…。

その何年か後、古希記念の中学同級会で、手広くコメ農家をやってる友と話をした。
彼に「関東の農家はデッカイのよ、大震災の時ね…」と
避難所に30キロずつの精米が半日でどっさり届いた話をした。
すると彼は、平然と言った・
「その位、ボクでも持っていけるよ!」
「倉庫には、いつでも1年分くらいのコメがある」
そして
「新米なんか、食うたことない!」とまでのたもうた😆

それはともかく、何でドラッグストアのコメまでなくなるんだろう?
もうすぐ新米が買えるのに…。

2011年の3.11の時は、乾電池も売り切れだった、特に単3が。
あの時買いだめた乾電池、もう使えなくなってるんじゃないか…。

防災に備えるのは、買いだめじゃなくて、コミュニケーションの強化だと思う。
あちらでは大規模災害に備えて、A市はB市と、など、防災協定を結んでいたので、
(海沿いの市と内陸部の市、とか)スムーズに地域ぐるみでの避難ができたと聞いた。

行政の仕事は置いといてになるが、
個人単位でも「助け合いできる関係」を築いておくことの方が
水やコメを買い置きするより、よっぽど大事…と思うんだけどなぁ🤔

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着地点かな?

2024年08月23日 | 日記
夫はちょっとの間、つかまり立ちできるようになり、
私も車椅子の扱いに慣れたので
トイレへ行けるようになった。
(これは、画期的なこと!)

先日、長男が来た時に、洗面所・風呂へのドアを外してもらったので
風呂場へも車椅子で入れるようになった。
(これも、画期的なこと😅)

これで大丈夫かな?
ひと息ついた🙂

瞬間的になら手放して立てたので、体重計にのってもらった。
介護施設で測った数字より、2キロ増だった。
あちらではどんな方法で測っているのか知らないし
(車椅子まま測れる体重計もある)
家でも薄い服は着ているので、正確ではない。
でも、発熱後にくたばっていた時よりは、体重が戻っている。
順調に回復した、ということだろう…。

熱が出て、身体が動かなかったのは何故か分からないけれど
そして、それ以前(伝い歩きは出来ていた)よりは後退したけれど
1か月近く経って、夫なりの日常に戻ったように思う。

「積極的な治療はしない、自然に暮らしていく」という方針を
「あなたたちが望むなら、それでいいですよ」と
かかりつけ医は理解してくれている。
しかし、熱がさがったあとでも気になったらしく、様子を見に来て、
「ショートステイには行ってください!」と言ってくれた。
(後日、往診料を払いに行ったら、要らないと言われた)

介護施設の人からは「先生の許可がなければ…」と躊躇されていたので
私も、施設の人も、安心できた。
そして夫は、2泊3日のショートステイから、元気に帰ってきた。

それから2週間たったので、月後半のショートステイに出かけた。
私はフリーになれるので、ゴロゴロじゃなくて、有意義な時間にしたいと思っている。

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模様替え

2024年08月17日 | 日記
ウチは狭いので、車椅子を使うスペースがないと思っていた。
でもそれは、手すりなどを持って伝い歩き出来ていたからで
「瞬間的に立つ」ことしかできなくなった今は、
1メートルもない「ベッドから食卓への移動」でも、車椅子を使うようになった。

これらの福祉用具は状況に応じて、いろんなレベルのがあり
介護保険を使ってレンタル利用している。
従来使っていたものは、現在は使えないので、交換しているところ…。

夫の部屋(ベッド部屋)辺りを、模様替えした。
庭から部屋に入る時の、重量52キロの大型手すりは除けて、車椅子用のスロープに替えた。
庭から道路まで歩くのに使っていたウォーカーも、返却することにした。
「また使うかもしれないから、置いといて…」と言ってみたが
「必要なら、いつでも持ってくる」と言われた。

廊下の真ん中にドンと立てた手すりと、トイレ便座の両手すり、
最初は「じゃま😠」だったのに、
いざ返すとなると「また使うかも…」と思ってしまう。

返すのは、追加したスロープの手配ができる来週になる。
それまでに、「やっぱ、使うから、貸しといて!」って言えるといいんだけど🤔

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