僕は生まれてから20歳まで東京の江東区で暮らしていた。同級生には団地暮らしの子と新しく立ち始めていたマンション住まいの子が半々くらいいて、僕はマンションの九階に住んでいた。<o:p></o:p>
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僕の住んでいたマンションの隣には同級生も沢山住んでいる団地があり、その境界線には給水塔が経っていた。梅雨時になると団地内に生えていた枇杷の木に大量の実がなるのだが、小学生の頃、僕たちはいつも給水塔の周りのフェンスによじ登って枇杷の木に飛び移りそれを食べていた。<o:p></o:p>
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「あんた達、勝手に食べてんじゃないよ!」<o:p></o:p>
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枇杷の隣の部屋に住んでいる婆さんがガラッとドアを開け、怒鳴り散らす。それも毎年の決まり事だった。枇杷を食べながら見上げる給水塔は、地域のランドマークとして堂々とそびえ立っていた。
しかし、そんな思い出はすっかり忘れてしまっていた。UCさんの存在を知るまでは。何がきっかけだったかは忘れてしまったが、日本中の団地の給水塔を撮り続けているUCさんを知った途端、僕は自分が給水塔の真横で20年も暮らしていた事を思い出したのだ。公園で遊んでいる時は給水塔を見上げ、ベランダから外を眺める時はほぼ同じ高さの給水塔が視界に入る。あんなに毎日見ていたのに、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。<o:p></o:p>
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マニアや研究者を知るという事は、そのマニアや研究者の視界を疑似体験するという事である。
UCさんを知って以来、旅行中でも給水塔らしき建造物があると思わず写真を撮ってしまう自分がいた。
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数年前、面識もないUCさんにTwitter上で質問を投げかけた事がある。<o:p></o:p>
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「先日文京区のお寺から見えたこれは給水塔でしょうか?」
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UCさんは見ず知らずの僕に「これは歌舞伎湯という銭湯の煙突です」と教えてくれて、現地のストリートビューも添えてくれた。丁寧な回答に僕はお礼を述べたが、暫くしてある事に気付いた。僕は「文京区の寺から見えた景色」という情報しか伝えていない。そんな僅かな情報から最終的に銭湯の煙突である事を突き止め、所在地まで特定してしまう。しかもUCさんは関西在住の筈。僕は驚異的なリサーチ能力、情報収集能力にすっかり驚いてしまった。<o:p></o:p>
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「この人は本物だ!」<o:p></o:p>
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マニアの凄味を知り、給水塔そのものも益々気になるようになっていった。電車に乗っている時なども、なんだか自然に給水塔を探してしまっているのだ。
そんなUC(小山祐之)さんが本を出版なさった。その名もずばり『団地の給水塔大図鑑』。(これは絶対に読まなくてはいけない本だ!)。僕は発売前に予約を入れたが、届いた本を読んでみると果たしてその予感は正しかった。<o:p></o:p>
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まず単純に写真が素晴らしい。
給水塔に「消えゆく昭和の遺産」という寂しい印象を与えたくない為に、UCさんは「晴天の順光で撮影する」というルールを自分に課しているのだ。さらっと書いているがこれがどれほど大変な事か。例えば仕事の合間を縫って遠征した先でも、曇天であればその日は撮影が出来ない、という事だ。実際、数年後に再度撮影しに行く事もあるのだという。しかしその苦労の甲斐あって本書に掲載されている給水塔はどれも、僕が子供の頃に見上げていた青空に向かって伸びていく凛とした姿のままだ(しかしものによっては可愛らしさや異形の怖さも感じさせるのがまた良い)。
そして全ての給水塔に添えられたキャプションも何気ないけどやはり凄い。団地の建設年からその団地の戸数まで調べられている。気が遠くなる作業量。こういう所が銭湯の煙突を突き止めてくれた時に感じたUCさんの凄味だ。<o:p></o:p>
最後の方に掲載されているコラムも素晴らしい。「何故写真を撮るのか?」「何故分類するのか?」「そもそも“団地の給水塔”を定義する事の難しさ」などなど。すべて片手袋研究において僕がぶつかっている問題と重なる。だからこそ、自分も片手袋と向き合う際にUCさんほど徹底出来ているだろうか?と気が引き締まる。<o:p></o:p>
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本書の中で一番心動かされたのは、とある団地の給水塔が解体された跡地の話。給水塔はなくなってしまったけれど、そこにはかつて団地の住民を見守り続けてくれていた給水塔のモニュメントが建っていたのだ。<o:p></o:p>
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本書には僕が住んでいたマンションのすぐそばにあった南砂や辰巳の給水塔も掲載されている。しかし、以前ストリートビューで調べてみたら、あの枇杷の木の横の給水塔は解体されていた。本書の帯に都市鑑賞者の内海慶一さんのこんなコメントが載っている。<o:p></o:p>
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「全国各地の団地の給水塔を10年間も撮り歩くなんて、まったくどうかしている。どうかしている人がいてくれて、本当によかった」<o:p></o:p>
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いつの日か人類にとって本書が、まさに給水塔の跡地に建てられていたモニュメントのような役割を担う事になるだろう。<o:p></o:p>
『団地の給水塔大図鑑』小山祐之(日本給水塔党首UC)著<o:p></o:p>
シカク出版
http://uguilab.com/publish/2018watertower/
それにしても、僕もいつの日かこんな風に素晴らしい片手袋本をだ出せる日が来るのだろうか…。