オールドヨットマンの残日録・ZANJITSUROKU

相模湾に育てられて60余年、ヨットレースや仲間との思い出を大切に、これからの日々を健康で明るく楽しく、絵日記に綴ろう。

「ケンノスケカップレース」の忘年会

2023-12-08 22:57:01 | 日記
 忘年会シーズンの始まりです。  12月6日(水)林賢之輔さんを囲む「ケンノスケカップ」の忘年会、今年も大勢の方々で賑やかに行われました。
 例年、5月のヨットレースと年末の忘年会とがセットになっていて皆さん楽しみにしているようです。

 先ずは林さんのあいさつから。



 乾杯のご発声は「酒呑童子」の斎藤さんです。



 盛り上がったところで各艇の紹介・一言あいさつ。 海洋写真家のこの方も登場です。



 ヨットレースは今年で打ち止めになりましたが「忘年会は続けよう」の声が多く寄せられました。
 これも林さんのご人徳ですね。



 ひとつ驚いたこと、パーティの最中、「コテルテルに乗っていたTKGさんですよね」と声をかけてきた方がいました。
 このパーティでコテルテルが飛び出すなんて想像もしていませんでした。 「ブンブン」に乗っていたMさん。
 1970年代前半から、相模湾のレースが熱く燃えていた時代でした。 クォータートン・ハーフトン・スリークォータートン・ワントン、とレベルレーティングのレースが盛んに行われていました。
 1978年にクォータートンの世界選手権が日本で開催されることが決まり、みんな国内選考レースに燃えていましたね。
 世界選手権の本戦、吹いた吹いた、10~11月の北東の強風の中のレース、今思い出しただけでもゾッとしますね。
 最終のロングレースは、三崎・小網代沖スタート~三宅島時計回り(夜)~神子元島時計回り~大島千波沖電電ブイ時計回り~神子元へ戻ってから三崎フィニッシュ。 私の乗った「エスメラルダ」は最後の大島風早沖でディスマスト、伊東港へ。
 沈没してクルー全員貨物船に助けられて神戸港入港したチームがあり、そこから佐島Mの表彰式会場に駆けつけた時はパーティの興奮が頂点に達し、酒でビチャビチャの床の上でのたうち回り、国際乱痴気パーティになったのを覚えています。 そんな思い出が蘇ってきました。  思えば遠くへ来たもんだ。
 
 ケンノスケカップ忘年会に話を戻します。
お開きのあと、久々の「二次会」になだれ込みました。
 海の仲間との話は尽きることがなく、昭和の時代にもどり大騒ぎ、午前様になってしまいました。
 楽しいたのしい一日になりました。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。