鳥!連続写真!掲載中!

近くの多摩川に飛来する野鳥の連続写真を中心に、日頃感じた出来事を気ままな随想でご紹介し、読者双方との情報を共有したい。

3G散歩(2)日光、黒羽、那須 その2

2013年06月15日 00時00分01秒 | 旅行

(2)日光
 そこから日光に向かう。雨はいよいよ本降りになってきた。途中のサービスエリアで蕎麦を食って、日光に着いたのは12時半であった。日光は中学校の卒業旅行以来である。雨の中、輪王寺、東照宮、二荒山神社をめぐる。東照宮(日光市山内2301、0288-54-0560)はやたらと金箔が眼についた。見ざる、言わざる、聞かざるも、鳴き龍も見た。杉も大きく立派だった。途中から雨が本格化して、かなり強い雨になったが、小学生たちも沢山見物に来ていた。駐車場への帰り道M君が石段ですべって脚のひざを打って心配する。

「おくのほそ道」によると、日光で芭蕉と曽良は、
   あらたうと青葉若葉の日の光   芭蕉
   暫時(しばらく)は瀧に籠るや夏(げ)の初
   剃捨て黒髪山に衣更       曽良

と詠んでいるが、今日のこの雨では裏見の滝は行けないし、黒髪山(男体山)も見えない。
そんな訳で、一路、大田原の宿泊先に向かう。大田原まではほぼ2時間を要した。日本のどこにでもありそうな田園地帯である。家もまばらで田舎に来た感じがする。われわれ3人とも歴史や俳句に深い教養があるわけではない。いわば思いつきで芭蕉たちの歩いた道を追体験しているのだが、こんなことでもなければ大田原や黒羽に一生来ることは無いだろう。

 今日の宿泊先は大田原城跡(龍城公園)に隣接したホテル龍城苑(大田原市中田原593-3、0287-24-2525)である。3人1部屋である。早速、大風呂に入る。我々3人だけしかおらず、露天風呂も気持ちがいい。湯は単純アルカリ温泉で肌がつるりとする透明ないい湯である。ホテルは蛇尾川(さびがわ)沿いに建っていて、ホトトギスはじめ鳥たちの鳴き声が良く聞こえる。仲居さんに大田原の名所や特産品を聞いたが、とくにこれといった物がないという。

 夕食時に大田原の酒を飲む。一つは渡辺酒造の「大吟醸 旭興」と、もう一つは天鷹酒造の「純米大吟醸 天鷹 心」である。酒を選ぶのはいつもA君である。どちらも比較的さらりとして、飲みやすい。どちらかというと天鷹の方が美味かったが、欲を言えばもうすこし味にふくらみがあっても良い。芭蕉は好んで酒を飲んだのだろうか。(次回へ続きます)



3G散歩(2)日光、黒羽、那須 その1(5回シリーズ)

2013年06月14日 00時00分01秒 | 旅行

 5月30日、木曜日。9時前に小田急線の向ヶ丘遊園駅に集合して、一路、栃木に向かう。いよいよ「おくのほそ道」の旅がはじまるが、今年は例年より10日ばかり梅雨入りが早く、ちょうど今日梅雨入り宣言が出されたばかりで、あいにくの天気である。M君の車で快調に飛ばして、東北道の栃木IC10時50分、そこから高速を降りて大神神社に向かう。途中で麦が実っている畑を見た。麦秋である。

(1)室の八島
   行く春や鳥啼き魚の目は涙
と芭蕉たちの辿ったとおり、深川から千住まで船で出て、草加、春日部、小山を経てこの大神神社(おおみわじんじゃ)に着くのも良いのだが、この間は大して見る物もない。そんな訳で、現代人の我々としては、途中をはしょっていきなり室の八島(大神神社)からスタートしたのである。

 大神神社(栃木市惣社町477,0282―27―6126)は奈良県桜井市の大神神社(大三輪神社)の分霊を祀る神社で、従って、倭大物主櫛玉命(やまとのおおものぬしのくしみかたまのみこと)が主祭神になっている。雨がぼそぼそ降る中、杉木立に囲まれた神社はさびれた感じがするが格式がある。ここは下野の惣社として知られていた所で、室の八島として知られていたこの地に、崇神天皇48年(BC49年)に豊城入彦命が東国平定のために来た折、勧請したとされている。その後、平将門の乱、戦国時代の北条氏直による焼失を経て衰退していたのを徳川家光の援助で再建されたという。

 境内には池があり、池に8つの島があって木花咲耶姫命ほか7神が小さな祠に祀られている。その八島の前には、曽良が「俳諧書留」に記した芭蕉の句の句碑が建っている。
   いと遊に結びつきたるけふりかな
室の八島は、木花咲耶姫が一夜でニニギノ命の子を宿したと言うので、身の潔白を証明するため四方を塗り込めた室に火を放った中で三柱の命を産んだ、ということに由来し、煙と関係が深い。いと遊とは陽炎(かげろう)のことである。(次回へ続きます)








3G散歩(1)深川

2013年06月13日 00時00分01秒 | 旅行
大学校の同窓生、関東在住の友人3人との珍道中。松尾芭蕉の足跡を訪ね回る風情あふれる旅日記をN氏の博学なタッチで紹介します。


 4月5日。桜はほとんど散っていた。4月の初旬というのに6月のように暖かい一日だった。若い相撲取りを何人か見かけた両国駅から、3人でぶらぶらと歩いて回向院を通り抜け、通りがかりの蕎麦屋に入る。ちょっと暗い中にはいると無愛想な親父が一人立っている。「食券を買ってください」と最低限必要な言葉がかかる。他に客はいない。

 隅田川に平行に走る清澄通りをさらに南下して、地下鉄の森下駅を過ぎ、小名木川にぶつかる少し手前を左折して、隅田川沿いにある芭蕉記念館に入る。入口の前が狭い築山になっていて、
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家の句碑がある。芭蕉が芭蕉庵を出て、杉風の別邸採荼庵(さいとあん)に移り、いよいよ奥のほそ道への旅に出ようとする時に、芭蕉庵の柱にかけ置いた句である。
 記念館は2階と3階が展示室になっており、芭蕉の経歴や奥のほそ道の道程、「奥のほそ道」原本のコピーやその写本のコピー、芭蕉が着たであろうと思われる墨染の衣、頭陀袋、矢立などの模造品、渡辺崋山が描いた芭蕉図、そして深川近辺の古地図などが展示されていた。古地図を見ると、深川近辺は大名の下屋敷と町家が混在していたことが解る。大名屋敷の敷地に黒丸が描かれている点は門があった場所であり、その門の方向に会わせて○○家下屋敷という風に、地図上の字の向きが替る、ということをA君が教えてくれる。近現代の歴史が好きなA君は本好きなだけあって色々なことを良く知っている。

 隅田川は明るい光をあびて輝いていた。ビルが林立し、鉄筋の橋がかかり、4mほどの高さの防波堤が築かれているが、河の形は古地図のとおりだ。記念館のすぐ近くに芭蕉庵史跡展望庭園があって、階段を登ると河を一望できる所に芭蕉像があった。M君がそこで写真を撮る。写真に凝っている彼は本体1kg、レンズ3kgのカメラを持参している。またすぐ近くには芭蕉稲荷という小さな神社があり、大正6年9月の台風の高潮の跡、芭蕉遺愛の石の蛙が見つかった所だと言う。
 紀伊国屋文左衛門の別邸で、その後、岩崎弥太郎が所有したという清澄公園を覗き、深川江戸資料館で町家を再現した展示を見て、富岡八幡宮で歴代横綱の名を彫り込んだ大きな石碑と、重さ4.5トンもある大神輿を見て、いよいよ今日の閉めの会である。門前仲町の永代通りから裏に入ったところで「雷電」という我々向きの店をみつけた。絞めサバ、さつま揚げ、刺身、あさりの酒蒸し、そして「高清水」。いつもながらついつい飲みすぎてしまう。昔、幇間でもやっていたかと思うような白い手の垢ぬけた爺さんと、いかにも下町の元気の良いおばさん風が料理を運んでくれる。3時間ばかり歩いた後の酒は美味かった。

スパイスの世界13セロリシード・パセリ

2013年06月12日 00時00分01秒 | 緑陰随想

 【セロリシード】セロリは和名でオランダ三つ葉やせりにんじんという。オランダ三つ葉やせりにんじんと呼ぶ人は少なくなっている。原産地は南ヨーロッパ、スエーデンなどで、生産地はフランスやオランダである。セリ科の1年または2年草である。野菜としてのセロリは品種改良されているが、香辛料としてのセロリシードには原種に近い。

 我が国の食卓にもサラダや煮物等の料理としてだされるので、セロリの風味は多くの方が知っているが、香辛料のセロリはその種や粉末を用いる。応用範囲が広く、煮込み料理やサラダ、スープや様々なスープにも適している。苦みが少しあるが、特徴のある香りで、古くは利尿剤や催淫剤、駆風剤として利用された。セリと同様な風味が料理に清涼感を与え、食欲の増進になる。

 種子からとれる精油の主成分はリモネンとセリネンで、特有の青臭い芳香はセラノライドである。セロリは野菜ジュースに用いられるが、トマトと調和し、トマトのえぐみや癖をなくすようである。単体で用いられるよりは他の香辛料とませることで風味を柔らかにしている。

 【パセリ】和名はオランダせりである。せり科の2年草である。ヨーロッパが原産地で、西洋料理にはなくてはならない香辛料である。生や葉を乾燥し、フレーク状にしたものを料理のアクセントやスープ、サラダ、魚や肉料理などの調味料としても使われる。青味で、ほろ苦く、穏和な香りがする。応用範囲が広く廉価であるため、多用されている。肉料理などの飾りに生のパセリが添えてあるが、食後にこれを食べる人は少ないが、口臭を押さえる働きがあるため、食べた方がよい。野菜としては口当たりが悪く堅く感じる。口の悪い欧米人は、とうがたった女性のことをパセリのようだというそうである。主成分の精油はアビオールで、食欲増進、疲労回復、食中毒防止作用がある。
 茎を束ねて他のハーブとともに煮出しすることでシチューやポトフなどの香り付けにも用いられる。中国パセリは種類が異なり、コリアンダーのことである。

スパイスの世界12ミント(ハッカ)2回シリーズその2

2013年06月11日 00時00分01秒 | 緑陰随想

 清涼感はスーとする感じであるが、強すぎると痛みを感じる。たぶん熱さや冷たさを感じる味蕾(みらい:舌に点在する食感の感覚器官))の感じ方で変わると思うのであるが、感覚器官を通じて伝達された香りや味の物質は、強すぎると感覚器官が麻痺を起こすため、冷たさも強すぎると痛さに変わるのであろう。ミントはこの冷たさを増幅する物質と思える。

 主成分であるメントールは結晶化するため、常温で昇華する。昇華とは液体を経ないで固体から気体へ変わる性質のことで、常温で結晶を放置すると、蒸発と同じように周りから熱を奪うため、打ち水効果と同様に周辺の温度を下げる。消炎スプレーに利用される所以である。

 忘れてならないのはたばこへの利用である。メンソールたばこ、ハッカたばことして多種類のメーカーが作っており、女性の喫煙者の人気も高い。父親が喫煙家であったが、時にはハッカパイプを使っていたことを思い出す。ハッカパイプは、ハッカの結晶の粒を綿にくるみ、パイプの吸い口に収めるタイプの喫煙具である。喫煙をやめたい者がたばこの代用として使うこともあった。

 日本産のハッカは主として北海道で生産されている。ハッカの精油を瓶に詰め、ゆり油といった商品名であったと思うが、虫歯が痛むときなどに利用した経験がある。
 ミントが香辛料にはいるのも、ミントが持つ抗菌性と清涼感を極めているからの特徴である。 味覚の種類にスーとする感じがあるのは意外であったが、味覚に含まれているのはいわれてみればよく分かる。(このシリーズ最終回です)

スパイスの世界12ミント(ハッカ)2回シリーズその1

2013年06月10日 00時00分01秒 | 緑陰随想

【ミント】種類によってペパーミントとスペアミントがある。日本産の日本ハッカ(薄荷)がある。
日頃の生活の中で清涼感を得るために多くの食材に利用されており、なじみが深い。ハッカ飴、チューインガムや練り歯磨きペースト、歯磨き粉に混入されており、打ち身やねんざなどの消炎スプレーには欠かせない。スペアミントはまろやかな甘い香りがし、ペパーミントは刺激的である。主成分はメントールである。料理に使うのはミントリーブスで、フレーク状や粉末があるが、生の葉をサラダやアイスクリームなどの彩りや香り付けに利用する。

チョコレートとの相性が良く、食後のお口直しにサンドイッチにしたミントチョコレートは海外では人気がある。最近はホテルのレストランなどで食後に進められることもある。
アルコールと糖分を混ぜたミントリキュール酒は、青色や緑色の着色料によって、より清涼感が深まるカクテルの材料である。ブルーハワイなどのカクテルは見た目にもさわやかな感じがする。ミントジュレップというカクテルは、シェークスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」のジュリエットになぞられたものといわれているが、ハッカがベースになっている。

ミントはシソ科の多年草で、種と地下茎とで繁殖する繁殖力旺盛な植物である。
古くから利用されており、口中の清涼剤は現在でもリステリンの商標で市販されている。
歯磨きペーストは清涼感があるため、数回、歯ブラシで歯を磨くと、歯と歯茎に詰まった食べ物カスを十分除去しないうちに、清涼感でブラッシングを終えてしまう。その意味では歯にとってはあまり良くない結果をもたらすので、歯や歯茎に対して十分にブラッシングを行うことに越したたことはない。(次回へ続きます)

スパイスの世界11オールスパイス(2回シリーズその2)

2013年06月09日 00時00分01秒 | 緑陰随想

 我が国では香料が日常的に、焚香料や化粧品・調味料にはさほど深いつながりを持ってこなかった。その理由として、腐敗や抗菌への利用が酢や塩や乳酸菌の力を利用してきたし、流通が発達し、素材のうまさを享受できたため、香料に頼らなくて済んだ。神道の影響があり、神社には無節の檜材が多用され、檜の清涼感は清浄にも通じ、清浄にすることは禊ぎ(みそぎ)の行為が示すように、純粋なもの、色が付かない、無臭、素材そのもの、を最上としてきたのであろうか。
「抹香臭い」との表現があるように、あまり良いことには使われず、陰気な場面や、僧侶のような善なる行いや雰囲気を暗に批判する表現であることも影響している。抹香とは、スターアニスと同じシキミ(モクレン科)の葉や皮を粉にした焼香に用いられる香のことである。日常生活の中で、強烈なにおいを発散する場面が比較的少なく、降雨による浄化や、開放的な家屋の構造が風通しを良くし、悪臭を室内に籠もらせない等の理由が考えられる。

 その一方で、世界が熱望するシナモン、ナツメグ、グローブなどの香辛料への知識や興味が乏しい結果を生んだ。外国への旅行に門戸が開かれて、家族旅行や、ビジネスなどで海外へ行く機会が増え、我が国と異なる文化にふれ、香辛料や香料の世界が異なっていることに気づくのである。最近では路上で、七輪を使ってサンマを焼く光景は見ることがないが、するめを焼くにおいを毛嫌う外国人は多い。また、たばこの紫煙は喫煙家には至福に思えるが、嫌煙権を叫ぶ嫌煙家には伏流煙の健康被害の影響を無視できないとのことで、分煙化や迷惑条例までに発展している。例は悪いが、畜舎の近所に団地が出来、畜舎を追い出す住民パワーを見聞したこともある。においとの戦いであった。いずれ、強い香水など同様な動きが生まれるかもしれない。

 においは文化であり、経験しないにおいに違和感を持つのは日本人ばかりではなく、来日した外国人も同様である。特にくさやの干物や、納豆、みそ、なれ寿司、等の発酵食品は、強烈なにおいが異なる食文化を際だたせる。日本人は魚くさいといわれたこともある。異文化との接触の難しさは、においの違いがネックになることも多い。(このシリーズ最終回です)