新 風のふくままに 

写真付きで日記や趣味を書く。プロフィールを変えました。

新型コロナ第7波ー孫一家罹患

2022-07-28 | 日常

先日、別居している家族から孫が罹患して、父親も高熱が出ているというお嫁さんからの電話があった。その彼女も喉がイガイガしているとのこと。

孫は先週の木曜日に小児科で陽性が確定したそうだ。学校か塾で感染したのだろう。親も抗原キットを購入してあったので、検査したら、二人とも陽性だったそうだ。

それで、入っている医療保険で出るか?と聞かれたのだが、以前自分でこのブログで、自宅療養も入院保険金の対象になると書いたことがあったのに、すっかり忘れて、入院しないとでない、とか言ってしまった。

その後、代理店の人に確認したら、出るけれど、今はコロナ感染の受付がすごくて、ものすごく時間がかかり、支払いも相当後になるとのこと。ネットで自分で請求するのが一番早いと言われた。でも請求には何が必要なのかな?

入院証明書とか診断書がいるのかなと、加入している保険会社のサイトで見たら、保健所の療養証明書が必要だとか。

神奈川の場合というか、K市では、重症化リスクが少ない人の場合は、抗原検査で陽性になった場合、先ほどテレビでやっていたのだが、その写真と身分証明を添えて、専門のサイトで届けると、保健所を通さず、自主療養届ができて、その後、自主療養証明書が発行されると出ていた。東京も同じ方式を取り入れるらしい。

その重症リスクの大きい人というのが、高齢者、特定の基礎疾患のある人、ワクチン接種を一回も受けていない人、そしてかなりの肥満の人が挙げられていた。家族はそこまで肥満ではないものの、若干太り気味なので、少し心配になった。

なかなか発熱外来も満員で受診が困難になっているとのことだったが、子供を見てくれた小児科に相談したら、2人とも診て頂けて、新型コロナの判定を頂き、保健所に届けられたはずとのことだった。お薬(多分解熱剤かしらね)も頂けたそうだ。だから保健所から療養通知書がそのうちに届くだろう。請求すれば療養証明書が頂けるのだと思う。

保険請求はそういう証明書が発行されてからになるのだろう。

今流行っている、BA.5は療養期間がやや長く、10日くらいにはなる例が多いと、先ほどのニュースでやっていた。高熱の後に、咳と嗅覚の低下が起こることが多いと言われていた。

また、今日は3歳のお子さんが亡くなられたとのこと。子供や若者は症状が軽いと言われていても、人によっては重症化するようだから、血中酸素濃度の測定器は用意して置いたが良いですね。どこかの先生が5歳以下でも肺炎を起こす例があったと言っていた。体力や栄養状態なども関係するかもしれない。

重症化というのが血中酸素濃度が95以下とも川崎市のサイトに書かれていて、普通97位までが安全なのではなかったのかな?とびっくり。95と言うのは、かなり苦しいのではないのかしら?と思ったものだ。

他の知り合いも、孫からうつったという人がいらして、じわじわと周囲に広がっているなと思った。特に子供や若者をかかわりのある家族は、手洗い、消毒、家族間でもマスクをなるべく外さないなどが必要かなと思った。

山小屋の涸沢ヒュッテでもスタッフに感染者がでて、当分営業休止だそうだ。夏休みの書き入れ時なのに、大変ですね。登山の計画を立てていた人たちも急遽取りやめとか変更を余儀なくされていることだろう。8月5日から再開予定だそうだ。

でも旅行先で感染が判明すると、そこの自治体の方針に従うことになり、入院とかホテル療養になれば滞在費はかからないが、自宅療養になると、現地での滞在費は自己負担になるそうで、宿泊していたところに缶詰めになるとか。高級旅館に泊まっていたら、大変な宿泊費になりそうです。体調悪い時には、取りやめた方が良さそうです。

私も先日の山で、結構マスクなしに、「こんにちわ」とか言葉を交わしてきたので、ちょっと不安になったが、このBA.5の潜伏期間は短くて、2~3日だそうなので、多分もう大丈夫かなと思う。

ただ、仕事上ある程度の人数の人にはお会いしているので、その方達がデーサービスなど受けていると、感染リスクがあるので、マスク厳重に、手洗い、消毒などしっかりしないとね。

発熱やコロナ入院などで介護サービスお休みしますという方も増えてきているようだ。この事業もなかなか安定しませんね。お休みになってしまうと収入も減りますね。

いつまでこの新型コロナ禍が続くのかと思うが、BA2の亜種がはやり始めていて、もっと感染力が強いのだそうだ。今のところ重症化率は低いそうだが、どう変化するか分かりません。

各地の自治体からは、もうインフルエンザ並みの対応に切り替えてほしいという意見が相次いでいるようだ。インフルエンザ並みになると、治療費は自己負担になりますね。

後期高齢者の自己負担割合が、同居の世帯の収入ベースで、1~3割になるそうだ。そのために、判断力の落ちている高齢者の医療保険証が、東京都では、7月末までのもの(オレンジ色)と、9月末までのもの(紫色)、さらにその後9月に10月から来年7月末まで(水色)のものに切り替えられるそうで、何回も書類が届いて、混乱している方もいらっしゃった。

同居している家族の収入が多かったら、世帯分離しないと3割負担になってしまうこともありそうです。軽減措置もあるらしいが、チラシを見ても、まだよく理解できません。しかし、医療費破綻しないためなら、協力すべきでしょうか?自分の生活が破綻する方が問題かな?生活費も値上がりしている中、なかなか高齢者にとって大変な世の中になりそうです。

 

 

 

 

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金沢城と兼六園、東茶屋街2022.7.24

2022-07-27 | 公園・庭園

白山下山後、金沢まで送っていただき、比較的新しいス〇イルホテル金沢西口駅前に宿泊。汗を流し、荷物を整理してから、電車で出ていらっしゃったN氏と合流して、食事に出た。ごちそうして下さるとおっしゃる。最初、加賀屋が経営しているという料理屋を訪ねたが、予約客のみとのことで入れず、近江町まで足を延ばした。あんなに足が痛かったのに、何とか歩けて良かった。帰りに気づいたが緩やかな登り坂だったのだ。

近江町市場の上の料理屋で、利家御膳という料理を注文していただき、男性軍はお酒、私はカシスソーダを頂いた。料理が出てくるのに時間がかかり、お通し一つの空腹で飲んだせいか、酔いが相当に回ってしまった。お膳には、治部煮と天ぷら、煮物、その他焼き物に茶碗蒸しがついて、お椀も出てきた。初めて食べる治部煮は美味しかった。昔親から治部煮のことを聞いたことがあったが、食べたことはなかった。薄味で美味しかった。治部煮にも里芋やレンコンが入っていて、煮物にも里芋とかついていて、結構お腹いっぱいになったところに、鮨まで出てきて、酔った私は、気持ち悪くなると困るなと、少しご飯を外したりして、セーブした。でもエビとか蟹の鮨も付いていたので、それらは平らげた。デザートのフルーツも出てきて、満腹。アルコールも効いて、私は少し眠ってしまった。男性軍は昔話に花を咲かせていたけど。リーダーも金沢近郊の出身で、昔会社が一緒だったそうだ。

気づいたら起こされて、帰るところだった。歩き出して吐きそうになったらどうしようと思ったが、幸い大丈夫だった。

皆酔っていて、道を間違えて15分ほどロス。人に道を聞いたら、元に戻って右に曲がると駅だと教えて頂いて、仕方なく元に戻った。斜めに行ける道はないかと思ったが暗いし、間違えたらもっと大回りになるので、元に戻ったのだった。まあ、山と同じですね。

やっと金沢駅について、電車で自宅にお帰りになるN氏を見送って、宿に戻り、速攻休んだ。

金沢駅前の大鼓とガラスのドーム

翌朝は、ゆっくり目に無料朝食を頂いた。こちらは、食事スペースもゆったりしていて、品数も豊富。最初和食のおかずを取ってパンを焼いて取ったのだが、若い人がから揚げなど取り分けていたので、後から洋食用のおかずもお皿に載せた。中高年の方が欲張りですね。野菜もしっかり頂いた。オレンジとミニケーキまでついていた。私はわかめとおふの味噌汁まで飲んだ上に、牛乳もヨーグルトも頂いた。なかなか充実していた。昨日あんなに沢山食べたというのに、すごい食欲です。私は少し筋肉痛が始まっていた。湿布して寝たらよかったのにね。

荷物の整理をして、リーダーに案内していただいて金沢見物に出かける。ザックは駅のコインロッカーに預けたが、大きいロッカーは2人分の荷物がしっかり入れられて500円。東京よりも安いですね。

バスも金沢城兼六園前まで300円で、往復代で周遊パスが買えたので、それを購入。地図もついていて、金沢城の手前のバス停から東茶屋街に出られるとあった。一駅だから歩けるとおもったら、意外にバス停の間隔が長くて、カンカン照りで暑いので、後でバスで移動することにした。

金沢城にまず向かった。本丸は大昔の大火で焼けたそうで、復元もしておらず、二の丸御殿を使っていたとかで、それが再興されていて、なかなか立派だった。テレビの歴史探訪とかで石垣の解説を見ていたので、2種類の石組みの石垣をよく見た。このあたりは復元されたところだが。

遠くのお堀の方の石垣は昔のままなのだろう。

内堀があった。

床にひし形に石を敷いていたとか。

金沢城公園を見下ろす。手前に水生花園があるらしい。

庭の一角ににナデシコが咲いていた。

広大な芝生の手入れも大変だろう。あまり樹木はないので、何しろ暑いから、それ以上回るのはやめて、兼六園に向かった。

すぐ反対側が兼六園だった。入場料がいると思ったが、65歳以上を証明するものがあれば、無料とのこと。保険証は持っていないし(実は切り替えの方の分を持っていたが忘れていた)...と思って財布を見たら、東京都のバスの無料パスポートがあって、生年月日が書かれていた。リーダーもスイカの定期券に年齢が書かれていて、OK。二人とも無料で入れた。

金沢城で暑かったので、入口近くのお茶屋さんのかき氷とソフトクリームに目が留まって、リーダーはかき氷を、私はソフトクリームを頂いた。

それから枝ぶりが見事な古木の松を見た。

有名な微軫(こと寺)灯篭

旭桜

雪つりの松と一緒に写る灯篭を見てから、奥の方に移動。曲水の一部に七福神になぞらえた石組みがあったが、その近くに公園の手入れをしている人がいらしたのに、狭い水路にアオサギかな?悠然と佇んでいて驚いた。全然人間が気にならないみたい。

その近くの展望台からの景色 市内が見渡せる。

次に根上の松という立派な松を見て、霞池の反対側にでた。

松の根元の苔がきれい。

霞池の内橋亭を望む。

サルスベリが彩を添えていた。

栄螺山の裏を通ってもとに戻ったが、苔がきれいだった。

観光会館で土産物を見ながら涼んでバスを待ち、東茶屋街にでた。バス停の横の橋が明治に設置された立派な橋で、その横の風情のある建物は、金沢文学館らしかったが、五木寛之文庫と書かれていた。金沢とのつながりは調べていない。

カンカン照りの中、浅野川大橋を渡る。

海側。川床料理店らしい所も数軒見られた。京都のマネかしらね。それとも昔からあったのかな?

茶屋街に入った。多くが今はカフェとかかき氷屋さん、和菓子屋さん、金箔やさんなどになっていて、さっきかき氷は食べてしまったので、ぐるっと一周した。若い観光客が、たまに浴衣の女性たちもいて、人気があるのだなと思った。金箔の化粧液には少し興味があったが、お高いので買わなかった。若返りできるかもしれなかったが。

歩き始めの時に、道路の真ん中の丸いものに足を取られて転びそうになったのだが、それが冬の融雪装置なのだそうだ。

それからバスで金沢駅に戻った。

お昼時だったので、構内奥の金沢おでんの店に入って、ランチ定食を頂いたが、大きな焼豆腐が入っていて、珍しかった。かなり塩味の薄味で、七味などの薬味で頂いた。あっさりしていて、これが金沢の味なのかな?と思った。金沢おでんにも2種類あるのかもしれない。

ロッカーから荷物を引き出して、1か月と7日前に発売の3割引きの新幹線切符は外れて買えなかったので、やむなくネット割だけの切符で帰宅した。私に翌日早朝の仕事が入っていたので。最初は空いていたが、途中からはほぼ満席だった。赤ちゃんが良く泣いていたが、どうもパパ1人で、ママが一緒でなかったので泣いていたらしい。赤ちゃん連れは大変ですね。

ともあれ晴れて、鉄道事故もなく、無事に東京に帰り着けました。駅の階段の昇り降りがきつかったです。丸2日筋肉痛が続きましたが、何とか仕事をこなせてほっとしています。

 

 

 

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白山登山ーエコーラインから砂防新道下山ルートで下山2022.7.23

2022-07-27 | ハイキング・登山

御前峰から室堂のビジターセンターに到着。各自レインウェアの中着を一枚脱いで出発。ビジターセンターのそばのトイレは水洗式できれいだった。

晴れるかと思ったらまた霧雨が降り出した。登ってきた道を降りる。御前峰で見つかったのでゴゼンタチバナという名前になったというゴゼンタチバナの写真を撮っていなかったので写真を撮る。

ふと見たら白山シャクナゲが咲き残っていたが、レンズが曇ってぼけてしまった。

エコーラインは木道から始まったが写真撮らなかった。木道の脇にハクサンコザクラがちらほら咲いていた。中には水に浸かってしまっているものもあった。

木道が終わり、所々丸太が渡してある土と石の道を緩やかに下ってい黒、ぼんやりと雪渓が見えた。

さらに下ると、登山道の近くにも雪渓が見られた。

そのあたりには、まだチングルマが咲いていた。ウメバチソウかなと思う白い花も咲いていた。

ハクサンコザクラの花びらが良く見える場所があった。まだ開いていないが。

イワカガミも近くに咲いていた。

けばけばの枝に黄色の花が咲いていた。ミヤマコウゾリナかしら?さらに下山して行ったところには背が高くなって、黄色のタンポポ状の花が咲いていたが同じ花かも。

斜面にはニッコウキスゲが結構沢山咲いていたが、写真撮らなかった。

こちらにはミヤマヨモギも多かった。

こちらは何イチゴだったかな?蝶が岳の方で見かけたような気がする。(レンズの曇り)

そのすぐ先が南竜が馬場への分岐だった。私たちは甚之助避難小屋に向かう。整備された、比較的緩やかな道が続く。

このあたりの草原の中にイワイチョウの白い花が沢山立ち上がっていた。ずいぶん背が高くなるのに驚いた。横の黒い花はクロユリのようだ。このコースでは少なかった。

上部にも咲いていたが写真撮らなかったヤマハハコの写真を撮った。

N氏がなんとか岩と教えてくださったが、名前を思い出さない。

まもなく砂防新道との合流点に出た。そこはちょっとした休憩スペースになっていて、下山するグループと、登山のグループが思い思い休憩していた。

こちらにもシモツケソウがヤマブキショウマの間に見られた。

ミヤマヤクシソウもあちこちに見られた。

ミヤマヒヨドリ

まもなく甚之助避難小屋にでた。昼食休憩。私はお弁当の寿司の残りを頂き、仲間はインスタントチキンライスにお湯を注いて召し上がっていた。

登ってくる人たちもレインウェアを着ていて、少し濡れていたので、まだレインウェアを脱ぐのはやめておいた。まだ所々雲が出ていたので。

地図には中飯場まで50分と出ていたのだが、来た道を戻るとは言え、こんなに大変だったかしら?登ってくる人もまだまだ多くて、交代で登るので、少し時間がかかる。道も濡れていて、滑らないように気を遣う。もう足が上がらなくなってきていた。

途中登ってきた方に、中飯場はもう少しですか?と聞いたら、まだまだ下の方ですよ、道路に出た下と言われた。とても50分ではつかなくて1時間半くらいかかったような気がする。やっと道路に出て、少しトンネルのところで休憩してから、少し降りたところが中飯場だった。

またも軒下で休憩。行動食を頂き、足がつりそうな気がして、私は当帰芍薬湯を飲んだ。

下山するほどに晴れ間も見え、暑くなってきて中着を脱ぎ、最後はレインウェアも外した。

行きがけに気が付いたミズホウズキの写真を撮った。

それから登山時にサンカヨウの紫の実も写真撮らなかったので、写真を撮る。これって食べられないのかしらね?

見事なシシウドも沢山見られた。

迂回ルートの下山ルートは大回りで、遠くに吊り橋が見えて、あそこまで行かないとならないのね!と思ったものだが、意外に近かった。

帰りに移した吊り橋。本当は途中で川の様子を映したかったが、止まるのも躊躇われて撮らなかった。登り初めよりもはっきりしています。

横に観光新道の入り口があった。

シャトルバスの出発まで10分あったので、レインウェアのスボンとスパッツを外したりしていたら、バスはほぼ満席になってしまった。なんとか皆座れましたが。私は隣の若い男性の荷物をどけて頂いて、座ることができて、自分は荷物を座席に置かせていただいた。ありがとうございました。若い男性も疲れたー!とおっしゃっていた。

今日から登る人は良いですね。あまり雨の心配はないし、明日は晴れそう。本当のご来光も見られるかもしれません。360度の展望も。日本海も見渡せそうですね。その代わり暑そうです。

私達は涼しかったから、この行程を辿ることができたのかもしれません。運転していただき、砂防新道、エコーラインを案内して下さったN氏に感謝します。

コンパスの登山届よりも2時間遅れで下山できました。無事で良かったです。

 

 

 

 

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白山登山ー砂防新道・御前峰往復2022.7.21~23

2022-07-26 | ハイキング・登山

21日

天気予報は悪かったが、何とか雲の隙間で登山できるかも、という希望的観測で、21日夜金沢への夜行バスに乗った。金沢行きの夜行バスで予約時一番早く着くのがJR関東バスの3列バスだけだったので、それを利用。トイレ付きだが、何か所かで休憩していた。ウィ〇―バスは申し込み時は到着が遅い便しかなく登山向きではなかったが、7月14日以降だったかは5時40分着予定のバスの運行が決まったとの通知があった。残念ながら4列シートでトイレなし。早い方が良いかなとも思ったが、もうJR関東バスはキャンセル料がかかる時期だったし、そのままにした

22日

前々日寝不足で、いつもよりは寝られたが、途中で目を覚ましてから、明け方まで眠れず、合計で4時間くらいの睡眠時間。その割には同行者の動向には気づかなかったので、思ったよりは寝ていたのかもしれない。通行止めの区間を迂回したらしく、20位遅れて到着した。私たちは、リーダーの友人が迎えに来てくださったが、バス利用の場合には、一ノ瀬のシャトルバスに乗り換えるところまで直行するバスは6時半出発だったから、間に合わなかったかも。7時発もあるらしかったけれど。

ともあれ、6時45分ごろ、友人のN氏の運転で、一ノ瀬に。車中で朝食のおにぎりを食べた。眠いけれど初めての土地なので、車窓からの景色を見ながら一ノ瀬に8:40ごろ到着。途中土砂降りもあり、増水した川の迫力を眺めながら、雨、奇跡的に止まないかな?と思った。

一ノ瀬では雨ほとんど止んでいた。シャトルバスに乗り換えることができた。往復切符は割引もなかったが、切符購入が込み合うこともあるかなと往復切符を購入した。

悪天候でシャトルバスも空いていた。なんと6時前から出ているとか。

細い道をくねくねと進み20分ほどで登山口のある、別当出会に到着。霧雨状の雨が降っていた。休憩所で雨具を付けたりの身支度を整えた。

登山開始9:15。最初一般的な登山ルートとして書かれていた観光新道から登り、砂防新道から下る予定を立てて登山届をヤマレコ経由でコンパスに提出していたが、雨の時は観光新道はぬかるんだりするから、砂防新道の方が良いとの地元のN氏の提案で、吊り橋を渡って砂防新道に入った。昔、今の天皇陛下が皇太子だった時に登山されるときに整備されたとか。雨で煙るなか、吊り橋は長くて少し緊張。しっかり板が渡されていたが、両側の金属ケーブルの柵?は粗くて、ちょっと怖かった。子供だとすり抜けそうだが、そういえば子供連れも登っていましたね。すごい!

整備されているとは言え、岩がゴロゴロの登山道は雨に濡れ、滑りやすい。両側の木々のおかげで、雨のあたりは弱まった。最初はギボウシや大きなウバユリが咲いていて、目を楽しませてくれた。このあたりは登り専用ルートと下り専用ルートがあり、下りの方が迂回する形になっていたが、登りルートで下ってくる人もいらした。かなり本降りとなっていた。センジュガンピも沢山見られたが、雨に濡れて、しぼんでいる花が多かった。

ギボウシ

ウバユリ

ジグザクの登山道に疲れて休憩しようとしたら、もう少しで中飯場の避難所(噴火時用?)があると言われて頑張って、10:30頃到着。トイレがあるが、小屋は開いていなくて、周囲にベンチがあって、軒下で雨がしのげた。羊羹などのおやつを頂く。

5分ほど休憩して出発。5分休むともう足がだるくなる。雨は止まない。時々平らな部分もあるが、淡々と岩の多い階段状の登山道を登ると、別当覗という場所にでた。晴れたら、別当のあたりが見えるらしいが、真っ白。

そこからさらに登り続けると、火口から2キロ地点という標識があった。白山は火山で今は地震情報1でまあ、安全らしいが油断したらいけないらしい。このあたりからミヤマキンポウゲが沢山見られるようになった。

ミヤマキンポウゲ

甚之助避難小屋まで1.1キロとかの表示があったが、なかなかつかない。やっと11:50甚之助小屋についた。小屋には雨宿りのグループが何組か入っていて、濡れたものをかけたりしていた。私たちも手袋とか手ぬぐいなどを干してから、おにぎりとかインスタントイタメシなどにお湯を注いで食べた。食後、雨具の間に一枚着たりした。私も薄いヤッケを間に来たが、新調のメッシュのTシャツはそのままにした。あまり冷えた感じがしなかったからだが、汗は背中を流れ落ちていた。

きれいな水洗トイレを使わせて頂いたが、今回雨具の下の財布を出せずに、チップは払えなかった。

こんなところにクワガタが。金属のすのこの間。

手袋の水を絞って、再度つける。軍手をお持ちになったN氏も、濡れても手袋していた方が暖かいことを実感されて、同じように濡れた手袋をつけていらっしゃった。

1:10出発。急坂をハアハア言いながら登っていく。ナナカマドの花が池になったところに咲いていた。

車百合が笹の間に一株だけあった。

南竜山荘方面と黒ぼこ岩方面への分岐に出た。このあたりから高山植物が増えてきた。車百合が一株だけ雨に濡れて咲いていた。

ハクサンフウロ(雨でつぼんでいる)

オタカラコウ

ヨツバシオガマ

このあたり左はかなり急な崖になっている。ちょっと転ぶと危ないので、慎重に登った。

それと気温が低いせいか、スマホのカメラ機能が時々おかしくなり、すぐに写真が取れなかったりした。ポケットに入れて温めると、写せるようになったり、再起動が必要だったりした。多分気温のせいかなと思ったが、湿気のせいかもしれなかった。

イブキトラノオが幻想的

ニッコウキスゲがあった。

ハクサンボウフウ?

イブキトラノオ接写 右はヤマブキショウマかな

崖のふちにシナノキンバイらしい大きな黄色の花も咲いていた。

何本かの沢がある。ごうごうとすごい音

コバイケイソウ

ミヤマダイコンソウ

シモツケソウがヤマブキショウマ?の中に。もっとたくさん咲いているところもあったけど、写真撮らなかった。

ハクサンフウロ

何?アザミ

黒い花-クロクモソウのつぼみかも。

さらにあえぎながら登ると、水場があり、その上に黒ボコ岩に出た。

急坂は滝のように流れて沢登り状態。靴が濡れないように岩の上を選んで歩く。そのあたり左側は切り立っていて、転んだら大変。その代わり、霧の中に轟音を立てて流れる滝が何本も見え、高山植物も幻想的に見えた。

イワギキョウ(実際にはもっと紫いろなのだが)

弥陀ヶ原への分岐を経て、やや緩やかになったハイマツなどの間の木道をたどる。大分気温も下がり、寒くなってきて、まだかまだかと思いながら重い足を進めると、階段状の道の先に、やっと建物がうっすら見えた。ひょっこり平らな場所にでて、白山室堂ビジターセンターに出た。風も出て寒いのですぐに駆け込んだ。ストーブがたかれて中は暖かい。

消毒、検温をして、受付へ。食堂はその一角にあり、5時半からですと言われた。宿泊棟は、周囲に分かれていて、私たちはクロユリ棟。あらかじめ一か月前あたりに、電話で「年寄でトイレが近いので下の段で、トイレの近い場所」をお願いしていたが、既に一番近い棟は満員とかで、少し離れていて、通路に一応屋根はあるが壁がなく、吹き曝し。サンダルに履き替えて移動するのだが、屋根の水が滴るところがあり、雨具を付けないと行けたものではなかった。さらに水場と言われたところはその先で、渡り廊下のようなところはなく、一応屋根はあっても壁がなく、強風の今日のような天気では濡れてしまうのだった。

良かったのは、コロナ禍の中、かいこ棚の下の部分で一区画に一人ずつ使わせて頂けた点だった。それでザックの中身を全部空けて、乾燥室でザックもぶら下げて干すことができた。

乾燥室で、レインウェアや手袋、濡れたシャツとか靴下とか、色々なものをハンガーにつるしてから一休み。部屋に暖房はなく寒い。私はザックカバーを部屋で外して、床に水が流れてしまって、入口にあったモップで拭いてみたが拭ききれず、寒い風雨の中、センター棟に行って、ぞうきんをお借りして、水をぬぐった。ザックカバーは土間で外すべきでしたね。

あれこれしているうちに男性陣は寝てしまって、私は5時半に食堂に行かないとならないので、皆を起こして、また風雨の中、置き傘を利用してセンター棟へ。食堂は余り混雑していなくて、ゆっくり食事をすることができた。男性陣はビールを召し上がっていた。アルコールを飲んだ方が血液循環良くなって、疲れが取れるのかも。少しだけ飲んだ方が良かったかな?

8時半消灯で、「乾燥室に夜の間干してあるものを置いておいていいですか?」と小屋の人に訊いたら、「8時半までですよ。衣類など間違えないでください」と念を押されて、私はてっきり夜の8時半で朝は暖房つかないのかなと思ったのだが、翌朝早朝には乾燥室も作動していて、置いとけばもっと乾いたのに片づけてしまって、靴などは半乾きで残念だった。しみるほどではなかったけれど。

ともあれ、トイレが近いとおっしゃったN氏は運転疲れもあってか、かなり熟睡されていたようで、私の方が布団が寒かったり、着替えたメッシュ肌着がきつくて寝られなかった上、一晩中続いた暴風と雨音に小屋の窓がガタガタして、寒いのにトイレに行く回数が多かった。静かだから雨やんだのかと思っても、トイレの渡り廊下に出ると雨が降っていたりしてガッカリ。

23日

ご来光を見るなら3時半ごろ起きて出ないとならないとのことだったが、多分この天気では無理ね、ということで、電気がつく5時半ごろに、私たちはゆっくり起きだした。

一応ご来光登山の可能性もあるかなと思って朝食は弁当にしてもらっていたので、それを食堂で食べてよいか雨の中聞きに行ってから、出発準備を整えて食堂に集合。お茶だけでも頂きたいと声を掛けたら、お味噌汁も頂けて助かった。ありがとうございます。見てみたら朝食はパンと洋風のおかずだった。それも美味しそうだったけれどね。

お弁当は棒状のお寿司で、涸沢ヒュッテのものよりは少し小ぶりだったが、酢が効いて、美味しかったが、私には量が多かったので半分はお昼に残した。男性陣は平らげていらっしゃった。

さて、ハクサンコザクラは咲いているのかしら?と、自然観察員の方にお聞きしたら、場所を教えてくださった。少し霧が晴れて、うっすらセンターの背後?に白山神社の建物が見え、その先の御前峰への登山道の途中にハクサンコザクラが咲いているところがあると教えて頂いた。

それでそこまででも行こうと思って準備しているうちに、少し霧が薄くなってきた。気温はどこで分かりますか?とお聞きしたら、温度計を教えて頂き、8度で外も同じくらいだろうと言われた。頂上は寒そう。小屋でありったけ着込んでいたまま、空身で結局御前峰に登ることにした。7:10

白山神社に軽くお参りして、登山道に入ると、N氏がこの辺にクロユリが咲いているはず、と言われてみたらクロユリがあちこちに咲いていたが、雨の中、何か虫みたいに見えてしまった。

御前峰への登山道

それから十字路の右手を見たら、咲いていました、ハクサンコザクラが。残念ながら雨の後で皆下を向いていたが。

それからジグザグに整備された岩の階段状の登山道を登ると、クルマユリの群落があって見事。

また登山道の脇にイワギキョウ、ミヤマオトギリ、ヤマハハコ、ハクサンボウフウなどが咲いて楽しい。傾斜は結構急で息が切れる。

ハクサンボウフウ?

イワカガミ

アオノツガザクラ

ヨツバシオガマ

ミヤマウイキョウ

やっと平らで頂上と思ったら、高天ヶ原の表示だが、周りは何も見えない。時々薄日も射してきた。このまま晴れてくれれば!と期待したが、それほどは晴れない。

帰りに撮った高天ヶ原の標識

ゆっくり一時間かけて、白山奥宮にたどり着いた。8:10一瞬薄日が差して、ご来光!

横を見ると、そのすぐ先に、御前峰の標識が立っていた。皆で写真を撮り合った。この悪天候の中、良く登れました!

それから、池のあるお花畑の方に周回するコースがあると言われたが、これから長い下山を考えて、そちらには回らなかった。十分に花は堪能できたので。後から考えると池も見ておきたかったかな?

帰りはしばらく雨も止んで、晴れ間もほんの一瞬見えたので、岩の道が乾きかけ。それがかえって岩を滑りやすくしていたようで、ほんの少し傾斜のある平らな岩のところで何回か滑りかけた。それで慎重に降りていった。

白山神社と後ろのビジターセンターが見えて来た。

まだ写真撮っていなかった花などの写真を撮ってから、ビジターセンターへ。

小休止してから、いよいよ下山。

続きは次の記事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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片倉城跡公園 マヤランとカエンタケ 2022.7.17

2022-07-17 | 公園・庭園

今日、仕事をすませて昼食を食べた後、片倉城跡公園にマヤランがあるらしい情報をネットで見つけて、天気分からないけれど、ともかくも行ってみようと、花好きの友人を誘って出かけた。

片倉城跡公園には、色々な花が咲いていて楽しかった。マヤランもやっとのことで見つけることができました。それをお目当てに来ている人は他にはいなくて、なかなか場所が分からなかったのだが。。。

マヤランというのは最初神戸の方の摩耶山で見つかったのでこういう名前がついたそうだ。高尾山などにもあるらしいが、夏咲6~7月と秋咲9~10月があるらしい。ここ片倉城跡公園でも秋にも咲くのかどうかは分からない。もう数日は持つかもしれません。

腐葉土の中の菌類に寄生していて、菌類がいないと育たないそうで、その菌類は広葉樹がないと育たないそうだ。キンランなどとも同じで、盗掘しても育たないということですね。シュンランの仲間らしい。ずっと小さいし、葉がないのが特徴だ。

メタセコイアに実が沢山生っていた。

アカメガシワの雄花か実か?

公園には、コウホネの花とかスイレンの花、カンゾウ、キツネノカミソリも咲いていた。キツネノカミソリ、昨年立川の先まで探しに行ったのだったけれど、もっと近い所にありましたね。数は少なかったですが。そうそう高幡不動の一角にも咲いているらしい。

水車がちょろちょろと流れる水でゆっくりと動いていた。

カンゾウ、ブミョウガやヒヨドリバナとかヤマユリとかも咲いていた。群生ではないが、大きな花だが、ひそやかな印象だ。

キツネノカミソリ

ウバユリのつぼみかな?

ヤマユリ

ギボウシ

途中、大きなカメラを構えている男性たちがいらして、小さい声でお聞きしたら、ツミがいるとのこと。場所を教えて頂いて、斜めのこずえを見たら、鷹の仲間らしい姿が見られた。写真を撮ろうとしていたら、親子連れが配慮なくスタスタと通って行って、ツミは飛んで行ってしまった。残念!

枝についた小さなきのこ、なんていう名前なのでしょうね。

それからふと樹木の下を見たら、枝状の赤っぽいきのこが見えた。カエンタケかなと思ってさらに見たら、細長くてもっと赤いきのこが見え、カエンタケに間違いなさそうだった。その時は、すぐに管理事務所に通報しようなどとは思わなかったが、カエンタケって、3g食べただけで死ぬこともある猛毒のキノコで、触っただけで皮膚がただれたり、胞子を吸いこんでも危険と知って、明日にでも通報した方が良さそうだと思った。なら枯れを起こしている森に多いのだとか。なら枯れが全国に広がっているから、カエンタケも拡がっているらしい。枝分かれするのが似たベニナギナタタケと違っているところだそうだ。

そのカエンタケの生えていた樹木が枯れかけていたかどうかは見なかったが、本丸広場の先の大木が枯れかけていて、根元を見てみようかなと思いつつ、晴れて暑かったので、見に寄らなかった。なら枯れなのかしらね。

広場ー夏ですね。

その後住吉神社に降りた。珍しいものが沢山見られました。まだ見逃しているものもありそうですね。

このあたりのアジサイはまだ色鮮やかだった。色がでませんが。

出口近くのムラサキシキブの花

幸い入道雲はこちらの方には来なかったので、雨に降られずに帰宅できました。

 

 

 

 

 

 

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