バーバパパのような形の嫁を眺めつつ、「ああもう生まれるな」と思う。
世の親父たちは果たして、親父としての自覚をもって生きているのだろうか。
自覚なんて誰もねーよ。と俺は一人思う。母親は腹の中で子を育て、そして激痛と共に産むのだから、100パーセントの自覚を持つ。肉体的な苦痛はどんな風景や言葉よりもリアルに体に残るのだ。俺は子を持つことに何ら痛みを伴わない。
しかし、生まれたての子は父親に似る。それを見ると、俺たち親父は無条件に親父になるのだろう。だってちっこい自分みたいな顔をしているのだから。
でもやっぱ、第二子が男であるイメージやこんな顔だろう、みたいなイメージは生まれる前の今では全くわからん。この手で抱いてはじめて具体化する。触れるということが最もリアルであるという経験をする。何日かあとに。二度目の経験。
人は経験をもってしか語れず。経験なくして語るべからず。説得力がちがう。
もうすぐ俺は二児の父になるのだ。
どんな素晴らしい曲が書けることか。たのしみである。
三十路をすぎた今でも俺はメジャーデビューやら何やらをもくろんでいる。
シーボーが昔、「アーティストだ、アーティストだ、と意識しすぎだ。」と言ったことがあるが、俺は意識しないと音楽などは生まれないと知っている。理由は簡単である。音楽で表現しなくても十分に満たされているからである。そう、俺たちは
「お前、これ以上何を望むのかね」といわれるぐらい満たされ、幸せなのである。
だからこそ、アーティストだ、という意識を常に持たなくては物事は音楽がどうこうなどを全く無視して、ツルツルと先に進むのであります。
矛盾しているのである。
満たされているのに、表現することが。
ショーガネー奴だ。俺は。
バンドの名前を考えた。「競走馬の名前が良い」と俺が提案し、それに複数形の「S」をつけることにした。ギターを探そう、と相棒のヨーヤンと土曜競馬を楽しみながら話した。これから何人かのギターリストとのセッションを行なう。
本当に納得いく面子をそろえるのである。
半年。
半年でライブを、と考えている。
さだまさし級のサウンドを、と考えている。
4月10日は彼の誕生日らしい。
と、言う事だ。
あとバンド名は「ディープインパクト」ではない事だけはここではっきりと書いておく。
世の親父たちは果たして、親父としての自覚をもって生きているのだろうか。
自覚なんて誰もねーよ。と俺は一人思う。母親は腹の中で子を育て、そして激痛と共に産むのだから、100パーセントの自覚を持つ。肉体的な苦痛はどんな風景や言葉よりもリアルに体に残るのだ。俺は子を持つことに何ら痛みを伴わない。
しかし、生まれたての子は父親に似る。それを見ると、俺たち親父は無条件に親父になるのだろう。だってちっこい自分みたいな顔をしているのだから。
でもやっぱ、第二子が男であるイメージやこんな顔だろう、みたいなイメージは生まれる前の今では全くわからん。この手で抱いてはじめて具体化する。触れるということが最もリアルであるという経験をする。何日かあとに。二度目の経験。
人は経験をもってしか語れず。経験なくして語るべからず。説得力がちがう。
もうすぐ俺は二児の父になるのだ。
どんな素晴らしい曲が書けることか。たのしみである。
三十路をすぎた今でも俺はメジャーデビューやら何やらをもくろんでいる。
シーボーが昔、「アーティストだ、アーティストだ、と意識しすぎだ。」と言ったことがあるが、俺は意識しないと音楽などは生まれないと知っている。理由は簡単である。音楽で表現しなくても十分に満たされているからである。そう、俺たちは
「お前、これ以上何を望むのかね」といわれるぐらい満たされ、幸せなのである。
だからこそ、アーティストだ、という意識を常に持たなくては物事は音楽がどうこうなどを全く無視して、ツルツルと先に進むのであります。
矛盾しているのである。
満たされているのに、表現することが。
ショーガネー奴だ。俺は。
バンドの名前を考えた。「競走馬の名前が良い」と俺が提案し、それに複数形の「S」をつけることにした。ギターを探そう、と相棒のヨーヤンと土曜競馬を楽しみながら話した。これから何人かのギターリストとのセッションを行なう。
本当に納得いく面子をそろえるのである。
半年。
半年でライブを、と考えている。
さだまさし級のサウンドを、と考えている。
4月10日は彼の誕生日らしい。
と、言う事だ。
あとバンド名は「ディープインパクト」ではない事だけはここではっきりと書いておく。