ジェシカは、軽くファイティングポーズを取ると、上体を左右に揺らしながら、RINAを自分のペースに誘わんとするが、そんな単調な惑わしに引っ掛かる程、彼女も単純ではなかった。 ジェシカのこの行動に、頬もつい自然と弛んでしまう。
そんなRINAの表情をみて、“自分は馬鹿にされている”と受け取った北欧の女闘士は 、「掛かってこい」とぽんぽんと軽く、自分の頬にパンチを当てて挑発すると、空気を斬り裂くような素速いジャブを二~三発放った。直撃すればノックアウト間違いなしのジェシカの攻撃に、ポニーテール女子高生は少しも慌てる事もなく、拳の軌道を見極め、顔にヒットする一歩手前で回避する。
この一連の動作をみて、ジェシカは考えを改めざる得なくなった。
――彼女は素人ではない!
となると、自分自身が「怖い」という感情を抱く前に、一秒でも速く相手を床板に這いつくばらせねばならない ―― そう直感した女闘士は、今度は低い体勢で素早く《蹴撃天使》の背後を取ると、腹の辺りで腕をグリップさせ、柔軟で強い己の背筋力を用い、RINAをスープレックスで後方へと投げ、彼女の身体を硬い床板に叩き付けようとした。
大きく弧を描く軽量なRINAの身体。だが、彼女は床に打ち付けられるどころか、激突する前に自らが後方回転して脱出し、頭部へのダメージを防ぐ事に成功した。普段リング上で行っている総合格闘技の試合からは、思いもよらないほど《自由》な発想の《蹴撃天使》のディフェンスに対し、ジェシカの焦りは増すばかりだ。
――どうする? 何をすればいい?
ジェシカは自分自身に問いかける。僅かな時間ながらも対策を考慮した結果は、あまりにも単純かつ、格闘における基本的な答えにたどり着いた。
とにかく前に出て相手を思い切りブン殴る――これしかない。
先程とは風を斬る音が全く違う、スピードと体重が乗った剛腕を、連続で目前の女子高生に撃ち込んでいく碧い瞳の戦士。ジャブやフックなど様々な拳種を用いRINAの意識を刈ろうとするものの、こちらの意図とは関係なく全て寸前で避けられてしまい、自分の拳に何の感触もない事が腹立たしく思えてくる。
そんな苛立ちの真っ只中にあるジェシカの目前に、黒い影が飛び込んできた――RINAのオープンフィンガー・グローブだ。
しまった! と我に返る《碧眼魔女》。
被弾を食い止めるため、急いで腕のガードを上げる。
RINAのフックが予想通り頬骨へ飛んできたので、自らの上腕部分で可愛らしい彼女の、“見た目”よりも重い攻撃をブロックした。そのパンチの力強さに、ガードした腕に当たった瞬間びりびりと電留が走るかの如く痺れた。
間髪入れずに今度は、腕の痺れも吹き飛ぶほどの痛みが、ジェシカの腹部を襲う。
――うっ!
RINAの放った後ろ蹴りがヒットしたのだった。
背を向け回転した事すら分からないほどのスピードに、目が付いていけなかった彼女は思わず、被弾した箇所を押さえ片膝をついた。最初のフックは蹴りへの「餌撒き」だったのだ。彼女は痛みと共に、相手の蹴りが見切れなかった事に戦慄し、顔をさぁっと青くする。
おおっ!
見物客からは、大きなどよめきが巻き起こった。
誰ひとりも「今どきの女子高生」である彼女に対し、これっぽっちも期待をしていなかったからだ。それだけに見た目とファイトっぷりとのギャップに驚き、欧米人格闘士との体格差をものともせず押しまくる姿に声をあげた。
「いいぞ、ねェちゃんっ!」
地元民であろう、中年男性が彼女に向かって下品な声援をおくると、それに呼応するように歓声や笑い声が会場中に飛び交う。見物客たちの視線は、完全にRINAが奪った格好となった。
顔を青くしたのは対戦相手のジェシカだけでなかった。
本部席で、伯父である初居大人の監視下の元、この《角力ノ儀》を観戦しているケンジは、卑怯な手を使ったとはいえ、弱々しく自分に怯えていた昨晩のあの女子高生が、著名な女子格闘家を相手に対等……いや、それどころか戦闘レベルの違いをみせ圧倒する姿をみて、背筋の凍る思いがした。
「何、顔を青くしておるんじゃ?」
背後から伯父に声を掛けられ、びくっ!と身を震わせるケンジ。
「いやっ、俺全然ビビッてねーし」
虚勢を張った態度とは対象的に、声が少し震えている。
「ははぁん。ひょっとしてお前、RINAの凄さに驚いておるんじゃろ?」
ケンジの、分かりやすい動揺の仕方に、初居御大のニヤニヤ顔が止まらない。
「あの娘はな、あの年齢で、気性も荒く、腕に覚えのある強者どもが大勢集まる、武林の《果し合い》では未だ敗けておらん。修練もサボりがちで、悪い連中とフラフラ遊び回っていたお前さんとは、“度胸”と“覚悟”が違うわい」
“偉大な”叔父にチクリと釘を刺され、先程の態度とは一転して小さくなるケンジ。舞台上で闘う《蹴撃天使》を目の前に、彼は自分勝手に抱いている怒りや嫉妬心、そしてあの叔父も認める《強さ》に対し、羨望の眼差しで眺めるしかなかった。
――ちくしょう……でも、凄ぇよなアイツ。認めたくはねぇが結局、同じ舞台(ステージ)に上がれる《器》じゃなかったって事か、俺は。
ケンジの視線の先――神楽殿では女格闘士ふたりによる、男性に負けないほどの、火花散る激しい闘いが続けられていた。
拳や脚が風を斬って迫り来る。その音が耳をかすめる度に身体がびくりと反応した。眼前の美少女が放つ、動作ひとつひとつが“自信”に満ち溢れていた。
RINAの、変幻自在な攻撃を何とかかい潜り、何度目かのトライでようやく腕を取る事のできたジェシカは、ブリッジを利かせた素早い巻き投げで、彼女を固い床板へ叩き付ける事に成功した。
身体が綺麗に宙を舞い、背中を強く打ち付けたRINAは顔をしかめる。だが内心は悔しさだけではなく、本気の「プロ格闘家」の実力を身をもって体感でき、むしろ満足気だった。
ジェシカはグラウンドでの打撃を狙い、RINAの身体に跨がろうとするが、それを瞬時に察した彼女は横転して回避しようとする。だが、マウントが取れないとみた《碧眼魔女》は膝をついたまま、低い体勢からのニーリフトを数発、四点ポジションの状態にあるRINAへ横っ腹めがけて撃ち込む。
ずしっ。
膝頭が脇腹をえぐるように突き刺さり、その鋭い痛みでRINAの呼吸が一瞬止まる。患部を押さえうずくまる事も出来ず、ぐっと奥歯を噛み締め、ジェシカの顔から決して目を離さずに、彼女の次の行動に備えた。
勢い付いた碧眼の女闘士は、スリーパーホールドを仕掛けようとRINAの細い胴に、トレーニングによってぎりぎりまで絞り込まれた、ふたつの太腿をフックし首へ腕を回さんとした。前腕が頸動脈に入り力一杯締め上げれば、彼女はタップして「降参」の意思表示をするか、もしくは脳に酸素が行き渡らなくなり、気絶してしまい「戦闘不能」で試合終了となる――はずだ。
だが勝ちを急いだが為に、仕掛けが少し甘かった。
大腿による胴へのフックが不完全だった故、RINAが勢いよく腰を浮かすと、ジェシカの体勢は崩れ彼女の身体からずり落ちてしまったのだ。《勝利》に繋がる頼みの綱だった、スリーパーホールドも腕が外れてしまい、せっかく自分に勝機が廻ってきたというのに、痛恨のミスで振り出しに戻ってしまう。
うつ伏せになって目をつむり、“ガッデム!”と何度も呟くジェシカ。試合開始時にはあれほど自信に満ち溢れていた《碧眼魔女》だったが、ことごとく勝利へのチャンスを潰されて意気消沈しかけていた。
耳元で空気を裂く音がした。無慈悲にもRINAは、顔面へめがけて蹴りを放ったのだ。気持ちと肉体とが上手くリンクしていない、現在のジェシカには酷な状況である。
――回避しなければ!
頭ではわかっている。だが「危険信号」を己の身体の隅々にまで伝える事ができず、「その場から逃げる」か「ディフェンスする」かで混乱してしまい、相手の攻撃を回避させる動作がワンテンポ遅れたのだった。その結果、膝をついて屈んでいた彼女の顎にRINAの蹴りがきれいにヒットしてしまい、身体は衝撃で流れて冷たい床板に自分の頭を強く打ちつけた。ジェシカの緑がかった長い黒髪が、経年により磨耗した床に、まるでスポイトで水を垂らしたように広がった。
患部からじんじんと伝わる痛さよりも、自分が何もできない悔しさや恥ずかしさで、なかなか床から身を剥がす事が出来ずにいる彼女に対し、RINAは自分の左手首を指差して、試合前に「三分で片付ける」と吠えていたジェシカを、馬鹿にするようなゼスチャーをみせたのだ。見物客からはRINAを支持する歓声と笑い声が巻き起こった。一流とはいかないまでも、それなりに知名度のあるジェシカには、この状況はかなりショックだったに違いない。
そのとき、消えかかっていた彼女の、闘志に再び火を着けるような出来事が起こった。
「がんばれー、ジェシカせんせい!」
――!?
彼女は、可愛らしい声援が聞こえた方向を目で追う。中高齢者が多い祭の見物客のなかに、その「声の主」である、小学校就学前であろう女の子のグループを発見した。それは彼女が普段、町の英語塾で講師をしているときに、自分の事を慕ってくれている生徒たちだったのだ。寒風で頬は林檎のように紅く染め、「大好き」な先生の、初めて見るであろう闘う姿に声を枯らし、目を真っ赤にして応援する姿にジェシカは感激した。それまで彼女を形作っていた、自信満々で高圧的な《女闘士》の鎧は外れ、優しく子供好きな本来の性格が現れた瞬間であった。
声も出さず、子供たちの方を向いたまま固まっているジェシカに、RINAが穏やかなトーンで話しかける。
「……もう準備はいいですか?」
《蹴撃天使》の言葉に反応し、ゆっくりと顔をあげたジェシカは、先程まで全身から発していた、何者も拒絶するかのような威圧感はすっかり消え失せて、余分な力が抜けきった本来の《自分》を取り戻していた。それはRINAにも伝わったようで安堵と期待の微笑みをジェシカにみせる。
「ええ。あの子たちの一生懸命応援する姿を見てるとね――“何気取っていたんだろう、わたし”って思えちゃって。どんな攻撃を繰り出しても余裕でかわす貴女に対し、どんどんムキになってしまい自分を見失いかけた時、あの子たちの精一杯の声援を聞いて素直になれたの。だから――もう絶対迷わないわ」
そう言うと穏和な笑顔をみせるジェシカ。初めて見た“嘲笑”ではない自然な笑みにRINAは、何だか訳もなく嬉しくなった。
「約束の“三分”はとうに過ぎたけど、ここからが本当の――わたしとジェシカさんとの闘いです。OK?」
RINAが拳をぐっと突き出した。彼女の“戦闘再開”の合図にジェシカも同じ動作で応える。
「ええ、ワクワクするわね。闘う事が“楽しい”と感じるなんていつ以来かしら」
ふたりの拳がこつりと重ね合った瞬間、互いは素早く別離しファイティングポーズを構えた。
彼女たちがするのは奉納角力の続き。しかし小休止の後――特にジェシカの場合――では気持ちの入り具合も違っていた。ギスギスとした殺気に近いものではなく、緊張感を保ちつつもっと、“闘い”をエンジョイしようと気分一新したのだった。
内腿に狙いを定めてローキックを放つ《碧眼魔女》。
彼女の呼吸に合わせ防御の体勢を取るRINA。
攻撃するジェシカの脛と、ガードで出されたRINAの脛とが激しくぶつかり合った。
再度チャレンジすべく続けて蹴りを放つジェシカ。彼女の重い蹴りが、最強女子高生の脛へ幾度と打ち込まれた。防御で何度も脛にキックを受け続け、次第にRINAの足の感覚が鈍くなっていく。
休む暇もなく、唸りをあげてジェシカの蹴撃が迫ってきた。
反射的に足を上げたRINAだったが、何故か脛に衝撃は走らなかった――その意味を理解するのに時間はかからなかった。
先ほどのローキックは実はフェイントで、ジェシカは素早く彼女の背後を取ると、間髪入れずにスープレックスを敢行した。一度はRINAの、超人的な反射神経により阻止されたが今度は注意深く、投げるスピードやタイミング、落とす角度等を変化させてRINAへ再び仕掛けたのだった。
胴へのグリップから投げるまでの間があまりにも速く、投げ技への対応が遅れてしまい結果、彼女は鈍い衝撃音を廻りに響かせて硬い床板へと落下した。
幸いぎりぎりで受身を取り、大事には至ってないものの頭部への衝撃は避けられず、頭を押さえて転げまわるRINA。
どん――
《蹴撃天使》は胸部への圧迫感を感じた――ジェシカがマウントポジションを取ったのだ。頭痛に顔をしかめて見る彼女の姿は、自信に満ち“強者”の威厳を感じさせた。
殴る、殴る、殴る!
《碧眼魔女》はひたすらRINAの顔面へパンチを入れ続けた。綺麗だった顔が切り傷と腫れで次第に変色していく。
この凄惨な状況を前に、舞台上唯一の“男性”である行司は「試合続行か否か」の判断を迫られていた。年端も行かぬ女の子が危機的状況にさらされているのを目の当たりにし、取組を止めようとするのは《男》として当然の心理ではあるし、かといって未だ闘志に燃えるRINAの眼(まなこ)を見ると、一刻の情にほだされ中断させてしまうのは《行司》として正しいのか悩んでしまう。だが唯一判っているのはこのままでは彼女が危険だ、という事だけだ。
「どうしたのよ? 早くストップさせなさい!」
ジェシカが、躊躇する行司に怒鳴る。
その戸惑いは攻撃している側である彼女も同じだった。《勝利》に最も近い状況にある“優越感”からかくる想いなのか、早急に試合を止めてくれないと「いくところまで行っ」てしまうので、第三者判断で《レフェリーストップ》という采配を期待しているのだ。事実、日頃のトレーニングで培われた筋肉量から生まれる、彼女のパワー溢れるパンチは説得力十分である。
だがそんな憂慮も一瞬にして吹き飛んだ。
上から降ってくる拳の嵐を受けながらも、RINAは太腿でがっちり固定されている上半身を、左右によじったり反らせたりせながら、この不利な体勢から逃れるべく“抵抗”を試みているのだ。
呼吸すらままならないシチュエーションの中で、大きく深呼吸して肚に力を溜めこむRINA。只でさえ赤い顔色を更に真っ赤に染め、全ての力をを腹筋と背筋に割り振り一気に爆発させた。
「~~~~~!!」
下から湧き上がる、尋常でない力の波に圧倒されたジェシカの体勢はぐらり崩れ、彼女とRINAとの間に隙間が生じた。まるで針の孔のような、このミニマムすぎる機会を逃してはならないと《蹴撃天使》は必死で身をよじり、とうとう危機的状況下から脱出する事に成功する。
まさか――! と目の前で起こった“現実”に、意識が追い付かず放心状態のジェシカ。が、徐々に事実を脳が受け入れていくにつれ自然と笑みがこぼれた。それは自分を蔑ますような卑下した笑いではなく、相手の凄さに対し“リスペクト”の意味を持つ笑いだった。
はぁ……はぁはぁ……
リズムの狂った呼吸をし、こびりついた鼻血と殴打されて出来た腫れで、ぐちゃぐちゃな顔をしたRINAが立ち上がる。彼女も同様で笑顔でこれに応える。
ジェシカが意を決し、拳を固め渾身の一撃を放つ。被弾すれば即KO間違いなし!の勢いで打ち込んだ彼女のストレートだったが、思惑とは裏腹に拳はRINAの顔面には到達しなかった。碧眼の女闘士の攻撃よりも更に速く、腸(はらわた)をえぐるような重いボディブローを一発叩き込んだのだ。耐え難い痛みで、意思とは裏腹に後退りをしてしまうジェシカ。
一発、更に一発とRINAの攻撃の数が増えていくと同時に、次第に彼女の圧力に押され、ジェシカの手数が少なくなっていった。一進一退の攻防に、見物客の声援はますます熱を帯びていく。性別や年齢層を問わず皆、神楽殿で激しく打ち合うふたりに釘付けになっているのだ。
ジェシカがニーリフトを狙いRINAの首に手をかけた。自分の元へ彼女の身体を手繰り寄せ、膝頭を下顎へ打ち込めばこの状況を打破できる――そう思っていた。しかし現実は非情だった。RINAは落ち着いて両手でブロックすると、反対にジェシカの顎へアッパーカットを叩き込んだのだ。衝撃で脳が揺れ視界が乱れる。“生命線”であった首のグリップも外れ、スローモーションのように彼女の身体は床板へと膝から崩れ落ちていった。
それと同時にはらりと、RINA自慢のポニーテールがほどけ髪の毛が肩に垂れ下がった。ジェシカが倒れる際、無意識に彼女の髪を掴んでしまい、ポニーテールを纏めていたヘアゴムが切れてしまったのだ。肩まで掛かる長髪姿となったRINAはそれまでの「少女」のイメージとは違い、何処か艶めかしく少し大人びた印象を与える。
上下に大きく肩で息をするRINAは、中腰で待機し事の成り行きをじっと見守った。騒がしい筈の声援も気にならず、耳にはダウン状態の、ジェシカの荒い息遣いだけが聞こえていた。
「……まだ続けますか? 正直ご遠慮したいんですけど」
「全くだわ。この試合……貴女の勝ちよ」
ジェシカ自らが遂に“敗北宣言”を口にした。
どどんっ!
和太鼓の皮が破れんばかりに強く打ち鳴らされた――広く周りの見物客たちに、《蹴撃天使》RINAの勝利が知らされたのだ。激しい闘いの末“勝者”となった、女子高生ファイター・武田リナを祝福せんと、多くの人々から拍手と声援が贈られた。
RINAが倒れているジェシカに手を差し出す。
「立てますか……?」
彼女の言葉にこくりと頷くと《碧眼魔女》は彼女の手を借りて立ち上がった。自ら“敗北”を選択し、この死闘の幕を引いた彼女の顔は実に晴れ晴れとしている。
「悔しくない――と言えば嘘になるけど、これ以上闘い続けるのは私の実力では無理だった。リナ、あなたという素晴らしいファイターと闘えた事を誇りに思うわ」
そう言うとジェシカはRINAにぎゅっと強く、労いと尊敬の意味合いを持つ熱いハグをした。彼女から伝わる体温や匂いを感じながら、RINAはこれで全て終わったのだ、と実感するのであった。
泣き声と共に、ジェシカの可愛い生徒たちが神楽殿の縁に押しかけてきた。大好きな「先生」が敗けてしまったのでどの子の顔も涙で濡れている。
「ありがとう……もう、みんな泣かないの。最高の笑顔をね、先生に見せてちょうだい!」
舞台上から、ひとりひとりの目元に浮かぶ涙を拭き取り、優しく抱きしめている心温まる光景を、傍でしばらく見ていたRINAだったが、邪魔をしてはいけないと思い彼女の後姿に向かい一礼し、早々と舞台を降りて選手控室のテントへ向かった。
その途中で、腕を組みじっと自分の出番を待つ遥と目が合う。
「遥さん……」
彼女は何も言わなかったが、笑顔でRINAの健闘を祝い労ってくれた――RINAにはそれで十分だった。
遠くで祭囃子が聞こえてくる中、刻々と《角力ノ儀》最後の取組である今井遥対ビアンカ・レヴィンの開始が迫っていた。