髭のプーサン日記

日本ハムファイターズを中心にスポーツ全般の観戦日記です。
ときおり姓名判断でのお名前に関することを書いています。

黒岩静枝さん「北海道新聞 oh!さっぽろ」からの抜粋 1

2007-03-26 19:28:55 | 九占舎


   札幌では数少ないジャズ専門の音楽酒場「デイバイデイ」は、知る人ぞ知るジャズシンガー黒岩静枝さん(60)が営む店だ。
ゆうに50人は入れる広い店内の壁面は、ジョージ川口や渡辺貞夫など有名無名を問わず、無数のジャズミュージシャン達のサインで埋まり、まるで絵画のよう。開店から24年たつこの店のオーナー黒岩さんの幅広い交友関係がうかがえる。
  黒岩さんは高校卒業後すぐに、開店間もない札幌の音楽酒場の草分け「ジョージの城」でレッスン生として働く。

< 確かにジョージの城は古いお店です。現在も南3西2 HBC3条ビルに現存。経営者のジョージ広田氏は女優(歌手)広田玲央名(広田玲於奈)の父親でもあり、過去は艶福家としてかなりの浮名を流した人物です。確か広田玲央名の従姉妹は俳優の佐藤浩市だったはず・・。笑い話のような実話ですが、広田玲央名が歌手として東京に出たときに、「札幌には有名な遊び人が居るから、帰ったときには気を付けなさい」と音楽関係者に言われ、名前を聞いた所父親の名前が出たというから、かなり有名人だったのは間違いないでしょう。>

続き・・・やがて東京のドン・カミヤさんにスカウトされ、ベトナム戦争真っ只中の戦地に二ヶ月ほど滞在し、米軍キャンプを慰問して回った。
それが、彼女の人生観を一変させる。「安全に生きているだけで幸せなことがわかった。モノやお金に対する執着心がなくなった」と黒岩さんは振り返る。

< 当時の札幌はGSブーム真っ只中でした。ザ・スパイダーズ、タイガース、テンプターズ、ジャガーズ、ブルコメなどビートルズに影響を受けた若者の後押しで、エレキギター全盛期でした。またデザイナーでは平凡パンチでデビューした横尾忠則がサイケブームの先導を努め、ミニスカートがツィッギーによって日本上陸を果たすのもこの頃です。私はベトナム反戦のデモに参加して大通りを行進!!夢と希望にあふれた青春時代の真っ只中>

黒岩さんの愛称スージーは、アメリカ人には「静枝」という発音が難しく、それに似た名前が愛称になった。
 その後、東京生活を離れ札幌にリターン。旧世代には懐かしいナイトクラブ「コンコルド93」で専属ボーカリストを12年ほど務めた。日本人離れした声量とダイナミックな歌唱力が人気を呼び、ホテルのラウンジやクラブをかけ持ちしていたそう。

< コンコルド93は南9条西3丁目にあり、ススキノ繁華街からは少し離れた「隠れ家的ナイトクラブ」でした。中心部にあった美松ビルの「キングスター」などの庶民的なナイトクラブとは一線を隔したお店だったと思います。近くには数点の高級クラブもあったはずです。コンコルドが出来たのは、私が一丁隔てた鴨々川の畔に住んでいた時です。やんちゃ盛りでかなり無茶もしましたが、今では友人達と酒を呑み、ダンスに興じていた頃がナツカシィ~。スージーさんとは、コンコルドか他のサパークラブで会っている筈ですが、当時の思い出は朧・・・私の記憶はまったく霞んでいます>
*今日はこれまで、後半は明日また書くことにします。 






▼▽▼▽▼▽ ビジネス37000社実績の安心・堅牢なレンタルサーバ ▽▼▽▼▽▼

個人ユースからエンタープライズクラスまでの幅広いラインナップ。

ギガディスク時代に対応した容量と65種類以上の機能を標準搭載。

あなたのサイトをバックアップする高機能オプションも充実。