稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

長正館・一刀流忘年会 2023年11月25日

2023年11月26日 | 剣道・剣術


例年なら稽古をしてから忘年会をするのだが、
稽古のキライな人の意見を聞いて・・・まあええか・・・
ということで、谷町四丁目に18時15分に集合。

近くの牛魔(うま)という焼肉店で忘年会を行った。









話のはずむ事はずむ事。時間はあっという間に過ぎた。
肉も良い肉で堪能できた。何より呑んべえには飲み放題がありがたい。
同じ趣味で気の合う仲間たちと語らい飲むのは何より楽しいものだ。
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朝の星ちゃん

2023年11月23日 | うちの猫の写真
星ちゃん、女の子。
次男が撮ってくれたのでUPします。
ぶさかわで、けっして美人じゃ無いけれど。



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夏からの飲み会(まとめ)

2023年11月15日 | つれづれ
8月13日の「粕井貫次・睦子 七回忌法要」以降の飲み会のまとめ。

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8月26日、愛洲移香斎剣祖祭前夜 in三重県南伊勢町


恒例の定宿「海晴」が満室だったので、紹介してもらった「民宿満玉」に泊まった。
リーズナブルで料理も美味く、携帯が繋がらない事を除けば良い宿だった。
写真は夕食。この時はあまり飲まなかったが、食後に部屋で宴会になった。
残念ながら宴会の写真は無い。撮り忘れたのだ。メンバーは下の写真。

(翌日の演武のあとでの集合写真)

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9月22日、紀州ひのき屋、岡田社長と京橋


岡田社長とは剣道との縁で知り合った。
まもなく岡田社長の製造する「ムカデシャット」という商品を「とんぼ堂」で扱うようになった。
ムカデシャットはムカデなどの害虫忌避剤で、他社大手に勝る大変優秀な商品である。
扱いだしてからもう20年以上にもなる。この商品のおかげで何とかやってこれた。
岡田社長は同い年。三重県尾鷲市在住。剣道はむちゃ強い。
京橋で落ち合い、いつもの飲み屋に行ったら廃業していたので近くの別の店へ。
仕事の話、剣道の話など話題が尽きなかった。良い時間を過ごせた。

仕事と剣道はほとんど全部そのままつながっている。
そういう意味で私は剣道のプロかも。


(ムカデシャットの名札)

この名札を見かけたらお声をおかけください。
ムカデシャット屋内用のサンプルお渡しします。

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9月30日、阿波座にて、長正館一刀流暑気払い

(右下の私の写真ははめ込み)

長正館は剣道の飲み会はやらないが何故か一刀流の飲み会は定期的に行っている。
この日はY山氏幹事の飲み会で、飲み放題食べ放題の台湾料理。
顔も忘れていて「あれ誰?」という者も飲み会には参加するのが面白い。
参加者には、とんぼ堂特製のカンバッチをプレゼントした。


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9月31日、女房の同窓会 in鶴橋


二日続けての飲み放題。
この日は女房の青森時代の同級生夫婦が来阪し鶴橋で待ち合わせ。
韓国料理のサムギョプサル の店で飲み放題食べ放題。

ご主人は青森市浅虫出身で女房の小学校・中学校の同級生。
奥さんは隣町の久栗坂出身で女房の中学校・高校の同級生。
共通の学校は今は廃校になった浅虫小学校、浅虫中学校である。
中学校の跡地は浅虫水族館になってしまった。
高校は現存しているが、今では男女同学になってしまった明の星高校だ。

女同士の話は尽きないものだ。
青森の話が多く、私は寡黙がちで、ニコニコと酒を飲んでいた。

下は写真加工のアプリでの加工写真。

加工前


加工後


「ババアが娘さんに変身したなあ」と言ったら叱られた。

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10月21日、大阪剣道同好会 in難波


なんば養正会との合同稽古。
1時間の稽古のあと、裏手の中華料理「大福」にて有志での飲み会。
剣道談義が続く。先輩たちの良い話をたくさん聞けた。

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11月21日~22日、京都旅行


仕事も兼ねての京都旅行。
回ったのは八坂神社、知恩院、琵琶湖疎水インクライン、南禅寺、鞍馬寺、貴船神社、石山寺、三井寺。
こんなに歩いたのは何年ぶりかも。
心配していた蜂窩織炎後遺症の痛みのある足も、ゆっくり歩いたので何とかぎりぎり無事だった。


南禅寺の水路閣にて。

下の写真は水路閣の同じ場所で撮影。なぜか親が回りに居なかった。
元の大きなサイズの写真は良い出来なので、お心当たりの方が居たらご連絡ください。
元のデータ送ります。11月21日13時17分撮影です。
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最近の稽古・あれこれ

2023年10月30日 | 剣道・剣術
10月7日、往馬玄武会
10月7日、長正館一刀流稽古
10月12日、木曜会(誠先生の剣道教室)
10月14日、往馬玄武会
10月14日、長正館一刀流稽古
10月15日、長正館月例稽古
10月18日、長正館剣道稽古
10月19日、木曜会(誠先生の剣道教室)頭痛のためお休みしました
10月21日、大阪剣道同好会
10月25日、長正館剣道稽古
10月26日、木曜会(誠先生の剣道教室)
10月28日、往馬玄武会

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10月7日、往馬玄武会


木曜会でご一緒のI藤さんを誘って稽古。
この日も4人で、私が号令役だったので木曜会のおさらいのような稽古をした。
これはこれで良かった。

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10月7日、長正館一刀流稽古


禮楽堂に通っていたM上さんが長正館に戻ってきた。
彼が居たのは3年半前なので、その間に、遣い方を変更した技を解説しながら稽古した。

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10月12日、木曜会(誠先生の剣道教室)


技は閃きで出さねばならない。
その前に約束稽古で確実に打てなければならない。
悩み悩み悩み・・・

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10月14日、往馬玄武会


木曜会でご一緒のN岡さんが生駒にお住まいだと聞いたので誘ってみた。
合計6人。やはりこれぐらいは欲しい。おかげで良い稽古になった。

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10月14日、長正館一刀流稽古


この日は払捨刀の稽古。あと、巻霞と巻返の変更点のおさらい。
写真はO野先生の地生。
O野先生は50年以上も前、長正館創成期に学生の身で演武された経歴を持つ。
ご自宅に小さな道場を作って、K盛先生とも稽古されているとか。脱帽。

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10月15日、長正館月例稽古(前半は一刀流)


小太刀の稽古。
小太刀の稽古になると合気道経験者が活気つく。
小太刀は面白い。ゆっくり丁寧に技を分解しながら理合を説明してゆく。

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10月15日、長正館月例稽古(後半は剣道)


基本稽古には参加しないで回り稽古を一周だけ。

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10月18日、長正館剣道稽古


H井七段もF六段も休みだったので、
私は初心者指導だけして防具組の指導はH尾四段に任せた。
彼は中学校の部活指導もしているので部活的な指導は手馴れている。
子供達には良い刺激になったのでは無いだろうか?
私は足が痛んできたので地稽古は軽くしてオシマイにした。無理はしない。

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10月21日、大阪剣道同好会


なんば養正会との合同稽古。
養正会は私の古巣なので懐かしい顔がいっぱい。
同好会の先生方はあの手この手のツワモノばかりで打たれまくった。

11月4日の川上村合宿は上垣範士に久々に会いたいので行くつもりだったが止めた。
残念だが顔を見るのもイヤな者が行くらしい。
まあ、無理して付き合うこともあるまい。

帰りは隣の大福で中華の飲み放題食い放題。
飲み会の記事はまた別枠で書くつもり。

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10月25日、長正館剣道稽古


初心者のHちゃん、初防具。
面を着けての礼法と打ち込みをやらせた。
右足の踏み込みが上手く出来ないのは、私の見本が悪いから。
無理して見本を見せていたら足がだんだん痛くなってきて後半は稽古をしなかった。
横で見ていてわかる事も多い。写真は最後の指導の部分。

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10月26日、木曜会(誠先生の剣道教室)


木曜会に来だしてから10年以上が経つ。
毎回のように新しい発見と自分の課題が見つかる。
佐藤誠先生の教え方は理論的で的を得ていて説明もわかりやすい。
ここでの稽古が無ければ私の剣道は醜いままで終わっていたはず。
迷った時は木曜会・・である。

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10月28日、往馬玄武会


この日は7人。7人は一人が休めるので足が痛む身としてはありがたい。
6人回って一回休めば何とか最後まで持つのだ。痛いことは痛いけど。

木曜会の2人を誘って良かった。
やはりある程度の人数が居たほうが稽古は楽しい。

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足は痛むので、何回も打ち込みをすると悲鳴が出てくる。
トンと右足を踏み込まない滑るような打ち込みもしてみるが、
やはり剣道としてはイマイチである。
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蜂窩織炎(ほうかしきえん)に罹って一年経ちました。

2023年10月17日 | つれづれ
蜂窩織炎(ほうかしきえん)に罹ったのは昨年の10月13日。
朝から猛烈な痛みで歩くことも出来ない。
最初は痛風の発作だと思った。
右足はふくらはぎから下がパンパンに腫れ、激痛が続くので医者に行った。

血液検査で蜂窩織炎(ほうかしきえん)だと言われた。
入院を勧められたが断り、抗生物質を朝晩打ってしのいだ。
ともかく寝てばかりいた。いや痛みで眠れない。うとうとしては激痛で目が覚める。

右足首から下の皮膚がボロボロと剥がれていくのが奇妙だった。
何か悪い異物を皮膚が吸収して壊死して剥がれ落ちていくような気がした。


(昨年の足・皮膚が剥がれ落ちたあと)

松葉づえを使って生活した。
腫れた足では靴を履けず、はだしで何とか運転して仕事をした。
一ケ月半を過ぎて片手杖に変えた。
それでも数百メートルの歩行は困難で全ての稽古を休んだ。
寝てばかりいた。禁酒。食事の内容に気をつけた。
良かれと思うものは何でも試した。

年が明け、蜂窩織炎はコロナワクチンの後遺症ということを聞き、まさしくそれだと確信した。
コロナワクチンを打つと免疫力が極端に下がり、感染症に罹りやすくなるという。

年が明け、1月いっぱいは片手杖で生活した。
稽古はまだ無理。少しの距離でも歩くのが出来ない。


(本日の足)

稽古は3月から再会。軽く。ほんの軽くから再開。
痛みのある時は迷いなく休んだ。

いまも痛む。基本稽古は極力しない。時間が経つと足首から先が痛んでくるからだ。
シクシク、ビリビリとした痛みである。何か悪いものがまだ潜んでいるのだろう。
打ち込みを続けると痛みが増してくる。待ち剣になるのがイヤだが仕方が無い部分もある。
地稽古も、一人や二人なら何とかなるが、それ以上は受け身になってしまうのだ。

まだまだ悪いが、それでも月単位では良くなって来ているとは思う。
悪化するようなら医者には行こうと思っているが、まあ大丈夫だろう。
稽古量は極端に減ったがまあ仕方が無い。

健康が良い。死ぬまで健康でいたいと切に思う。
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最近の稽古・あれこれ

2023年10月06日 | 剣道・剣術
9月16日、長正館一刀流稽古
9月17日、長正館月例稽古
9月20日、長正館剣道稽古
8月21日、木曜会(誠先生の剣道教室)
9月23日、長正館一刀流稽古
9月27日、長正館剣道稽古
9月30日、往馬玄武会
9月30日、一刀流の稽古は休みにして有志で暑気払い
9月28日、木曜会(誠先生の剣道教室)
10月4日、長正館剣道稽古
10月5日、木曜会(誠先生の剣道教室)

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9月16日、長正館一刀流稽古



(写真でO野先生が足を崩しているが膝の故障のため)

毎週土曜日の稽古で、第1と第3は大太刀中心の稽古としている。
乗突、乗身、折身、本生、切返、地生之合下段、引身之本覚については、
この一年で部分的に変更したので重点的に注意深く指導した。(つもり)
長正館の一刀流はこの数年でかなり質が向上してきていると思う。

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9月17日、長正館月例稽古(前半は一刀流)


まずは、二つ之切落~張合刃までの稽古。
張合刃は長正館で伝わっている形と禮楽堂では若干異なるので両方の説明。



あとは小太刀の触りだけ稽古。
小太刀での半身から、一重で入り身になる部分、と小太刀での切落しの稽古。

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9月17日、長正館月例稽古(後半は剣道、奥で一刀流)


ともかく異常に暑いので、軽く基本稽古、あとは2分の回り稽古一回。
奥では、引き続いて一刀流の自主稽古がされていた。

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9月20日、長正館剣道稽古


最初の30分、基本稽古の時間は私は初心者のHちゃんの指導。
Hちゃんは素質があり、一ケ月経ってないのにもう打ち込みも切り返しも出来る。
こういう子は指導していても楽しい。
稽古には回り稽古から参加。足が痛い。

この日の稽古で三段受審予定のM女史が左手親指骨折。
下手な受け方をしたのか、変なところを力強く叩いたのか・・・

おかげで10月9日の審査はパスして11月に持ち越し。
怪我は禁物。全員で気をつけたい。

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8月21日、木曜会(誠先生の剣道教室)


最近は、基本の面打ちに加え、摺り上げ技と返し技の稽古が中心。
足の故障で飛び込めない身には願ったり叶ったりである。
一つでも身につけたいものである。

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9月23日、長正館一刀流稽古


この日は刃引と払捨刀の稽古。
特に刃引は一つ一つの理合を丁寧に説明する。
以前の長正館では、摺込と摺上の違いが不明確だったのだ。
あとは裏切と拳之払。これは分解して理合を説明。速く遣うと意味がわからなくなる。
古流は大きくゆっくり遣うのが原則だと思う。速く遣うのはあとからでOK。

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9月27日、長正館剣道稽古


準備運動+素振り。
写真は跳躍素振りに入る手前のHちゃん。構えもしっかり出来ている。
このあとHちゃんへの指導を張り切ってしまい、足の痛みが増してきた。
後半の回り稽古は無理かも知れない。



回り稽古は打たせる稽古に徹した。打つ気を見せて打たせる稽古。
私の右足。数人との稽古だけなら何とかなるが、回り稽古を続けていると足の痛みがひどくなる。

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9月28日、木曜会(誠先生の剣道教室)


この日も技の稽古。
写真は「三殺法」の話。相手の「気を殺し剣を殺し技を殺す」。
いまの自分に一番欠けている話だと痛感した。

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9月30日、往馬玄武会


超ひさびさの往馬玄武会の稽古。
この日は休まれた方も多く4人で稽古。

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10月4日、長正館剣道稽古


いつも通り、基本稽古中はHちゃんの指導。
後半は審査を控えた4人には審査的な稽古。

骨折した看取り稽古のM女史にも看取り稽古のノウハウを説明。
写真は、初段審査のN崎君に「刺すような面をするな」と改めて言ってるところ。
彼は部活で教えられたのか、右手を伸ばしてこすりつけるような面を打ってしまう。
刺し面とも、かすり打ちとも言うのだろうが、左拳を上げなければ刀法では無い。
刀法を無視した剣道は剣道では無くなると思う。私が審判なら旗は上げない。

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10月5日、木曜会(誠先生の剣道教室)


写真は終わりの礼。
この日は指導していただいた技の数がたくさんあって頭がパンパンで大混乱した。
指導の動画は会員で共有しているので後でオサライしなくては。

稽古は本数を重ねると足が痛くて動けなくなるので、隅っこで騙し騙しやっている。
まだまだ本格的には動けない。動けないので稽古相手にも迷惑をかけてしまって申し訳ない。
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剣道形、五行の構えの相互関係(備忘録)

2023年10月02日 | 剣道・剣術


五行の構えの相互関係

「上段の構え」は火の性を持つ。火は水に弱い。よって水の性を持つ「中段の構え」に弱い。

「中段の構え」は水の性を持つ。水は土に吸われる。よって土の性である「下段の構え」に弱い。

「下段の構え」は土の性を持つ。土は木に養分を吸われる。よって木の性である「八相の構え」に弱い。

「八相の構え」は木の性を持つ。木は金(かね=鉄)によって切られる。よって金の性である「脇構え」に弱い。

「脇構え」金の性を持つ。金(かね=鉄)は火に溶かされる。よって火の性である「上段の構え」に弱い。



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上は、昔、講習会などで聞いた話を忘れないように走り書きしたメモを、
改めて図にして、その内容を書き整えたもの。
だいたいはわかるが詳しくは知らない。

五行の構えとは、天、地、人、陰、陽の五つらしい。
天は上段、地は下段、人は中段、陰は八相、陽は脇にあたるのか・・・
脇構えが「陽」に当たるのがイマイチ納得がいっていない。一刀流なら我が身の左側に構えるからだ。
間違っていたらご指摘ご指導願いたい。

五行の構えは、剣道形の4本目と5本目がそのまま当てはまる。6本目もかな?

下はそれを一刀流用に言葉を置き換えたもの。



「上段の構え」は火の性を持つ。火は水に弱い。よって水の性を持つ「正眼の構え」に弱い。

「正眼の構え」は水の性を持つ。水は土に吸われる。よって土の性である「下段の構え」に弱い。

「下段の構え」は土の性を持つ。土は木に養分を吸われる。よって木の性である「陰の構え」に弱い。

「陰の構え」は木の性を持つ。木は金(かね=鉄)によって切られる。よって金の性である「脇構え」に弱い。

「脇構え」金の性を持つ。金(かね=鉄)は火に溶かされる。よって火の性である「上段の構え」に弱い。


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しかしながら、実際に稽古をしている一刀流の組太刀では、
そのままこの優劣が当てはまるものもあるが、

陰の構えに対して正眼の構えであったり、
正眼の構えに対して脇構えであったり、
上段の構えに対して脇構えであったりで、この五行の考え方に当てはまらない形が多い。

なぜなのか・・・

おそらく攻めと守りの中で「隙を見せて誘いをかける」ためでは無いだろうかと思っている。
日本剣道形が基本的な学習用の形なのに対し、一刀流の組太刀は実戦的な形であるためか?

そうなると同じ形でも、打方(=打太刀)の動きに合わせて、
仕方(=仕太刀)が構える動きも変わる場合もあるのでは無いか?

上段に構えようとしたが、相手の動きに応じて陰もしくは脇に変える場合もあるだろうし、
同じ脇構えになる場合でも、下段になろうとして脇に構えるのと、
上段になろうとして脇に構えるのでは太刀の軌道(振り方)が異なるわけだ。

そう考えると決まりきった組太刀もより一層面白く思えてくる。
一つ一つの技で検証したいと思う。

本日は備忘録として走り書きのメモを書き写し、思いつきを書いただけ。
(さほど検証はしておりませんので悪しからず・・・)

参考「長正館・一刀流架九品の構え」
http://doujyou.net/choseikan/kakekyuuhin.html
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最近の稽古・あれこれ

2023年09月23日 | 剣道・剣術
8月30日、長正館剣道稽古
8月31日、木曜会(誠先生の剣道教室)
9月2日、長正館一刀流稽古
9月3日、長正館月例稽古
9月6日、長正館剣道稽古
9月7日、木曜会(誠先生の剣道教室)
9月9日、長正館一刀流稽古
9月10日、修道館生駒クラブ
9月13日、長正館剣道稽古
9月14日、木曜会(誠先生の剣道教室)

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8月30日、長正館剣道稽古




初心者2名(小2の女の子とお母さん)+10名。
エアコンが入っているが蒸し暑い。
最初の30分は初心者指導。孫ぐらいの年のHちゃんが可愛い。
後半は回り稽古から参加。四段を受審するYちゃんには意識して指導。
姿勢、気勢、打つべき機会、手の内の冴え、打ったあと。

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8月31日、木曜会(誠先生の剣道教室)


まずは構えから。
実は構えが出来ていない人が多い。高段者でも。いや自分もかも・・。
改めて構えのおさらいをした。構えが出来ていないと後が全部駄目になる。
この日は実戦的な技の稽古も多く、内容が濃かった。

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9月2日、長正館一刀流稽古


大太刀50本の稽古。
写真は、中心を取る時に左手を使う重要性の説明の場面。
やり易いからと、右手で中心を取ってはいけない。

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9月3日、長正館月例稽古(一刀流)


リクエストが多かったので古伝の稽古。
長正館では津軽文書(つがるもんじょ)を手掛かりに、
古伝の一刀流を復元し現行の一刀流と並行して稽古をしている。
写真は一つ勝ちの二本目で、現行で言う「乗突」に相当する。

9月3日、長正館月例稽古(剣道)


元気な4人の中には入らず、K藤六段と四段審査を控えるM女史3人別枠で、
構え、打突の機会、打ってから抜けて構え直すまで・・を指導した。(写真の一番奥)
う~ん。。。永年やってきているクセはなかなか修正出来るものでは無いのを痛感した。

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9月6日、長正館剣道稽古


前半は初心者指導。
Hちゃんはまだ一ケ月も経たないのに、打ち込みや切り返しが出来るほど上達した。
お母さんの話では、特に家でも稽古はしていないとの事。素質有り。楽しみ。
後半は回り稽古から参加。まだ右足が痛むので打ち込みが厳しい。

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9月7日、木曜会(誠先生の剣道教室)


一足一刀の間と打ち間の違いの説明、技の組み立て方など、非常に勉強になった。
最後の回り稽古も、意識しながらの稽古になるのが良い。

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9月9日、長正館一刀流稽古


この日は刃引の稽古。初心者も。
写真は「裏切」だが、従来よりも速度を落とし、分解して理合を明確にして教えている。
刃引は一見地味で演武向けでは無いが、重要な要素が多数内包されている。

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9月10日、修道館生駒クラブ


主催の中西先生から「長正館は大阪練武会の流れを組む唯一の道場だ」と言われた。
聞いてみたら中学生の頃に今川警察(現在の東住吉警察)の道場で活動していた大阪練武会で稽古していたそうな。
昭和29年に長井長正が大阪練武会を立ち上げ、昭和45年に長正館道場が完成し、大阪練武会は長正館となった。
中西先生の剣道形の指導は奥が深い。一刀流にも繋がるものがあり大変勉強になる。



審査向けの稽古のあと自由稽古。
私は足が痛いので、稽古は一回だけと決めていた。
いちばん良い剣風のT山先生に稽古をお願いした。京都講武会という名札だったかな?
レベルの高い、大変良い稽古になりました。(写真の一番奥)

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9月13日、長正館剣道稽古


前半は初心者指導。Hちゃん、そろそろ防具も考えなきゃ・・と思い、
手持ちの一番小さな子供用の防具を持っていったが、顔の小さいHちゃんにはまだまだ大きい。
どこかに小さな防具は無いものか・・・

写真は三段受審を控えているM下女史に構えを指導しているところ。

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9月14日、木曜会(誠先生の剣道教室)


摺り上げ技など、どうせ決まらないし・・・と思って稽古してなかったが、
この日は表の摺り上げ面、裏の摺り上げ面、小手摺り上げ面、小手摺り上げ小手など、いくつも稽古した。
相手に打ってこさせるタイミングが難しい。

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(あとがき)

長時間の稽古、特に基本稽古のような連続した動きをすると足が悲鳴を上げてきます。
9月16日-17日の奈良川上村の合宿稽古、10月21日-22日の滋賀甲賀市の合宿稽古も断りました。
行って、剣道形だけ行い、稽古は少しだけしようかとも思いましたが、
やっぱり行ったら無茶しそうだし、悪化させたら何にもなりませんからね。

まだまだ我慢は続きます。 蜂窩織炎、憎し!
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久々に、ホワードの夢を見ました。

2023年09月12日 | つれづれ
駅の改札に居ます。妙に混雑して前に進めません。時間は朝の6時半。
売り出しの初日なので7時15分には出勤しなければなりません。ぎりぎり間に合う時間です。

改札からホームに進みますがなぜか前に進めません。電車が入って来て扉が開きます。
焦ります。無理やり前に進もうとしますが進めません。目の前で扉は閉まってしまいました。遅刻です。

会社の前まで来ました。時間は7時21分です。
遅刻した言い訳をあれこれ考えながら裏口から中に入ります。

なぜかタイムカードが見当たりません。照明も薄暗く、というか真っ暗のような感じです。
困ったなあと思いながら近くの売り場に入ります。暗く、なぜかガランとしています。
空き箱やゴミなど散乱してます。椅子や陳列棚も捨てられたように転がってます。

部屋の隅で、スポットライトが一個だけ、ぼんやり暗く光ってます。
根元のスイッチをひねって消そうとしますが回しても消えません。
スイッチを回しながら「そうか、もうホワードは潰れたんや・・」と気づきました。

夢はここまで。

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ホワード株式会社は大阪の船場(せんば)心斎橋にあった、
暮らしの衣料を中心とした現金前売り問屋の中堅で、同業に大西衣料や丸光がありました。
最盛期は大阪東京を合わせて社員で300名、パートを入れて400名を超える社員が居ました。
私が入社する数年前までは、臨時ボーナスが何回も出たほど景気が良かったらしい。

同業の大西衣料や丸光がある船場からは、ホワードは少し離れた心斎橋の位置にあり、
現金前売りという業態だと少しばかり分が悪い立地だった。
その分、小売り向けの立地であると言える。

ホワードを辞めた(正確には会社都合退職、つまりクビ)になったのは平成19年(2007年)3月31日。
役員も誰も私の前には来ず、人事担当の課長が「辞めてもらえませんか?」と3月31日の19時過ぎ。
「会社都合なら辞めてやっても良い」と返事して、「自分の荷物は後日分けて運ぶ」と退社した。

当時はお元氣ハウスという屋号で楽天にショップを出していたが、
辞めるのを予測していたので事前に閉店しておいた。直属の部下も居なかった。

ホワードの事業を引き継いだ鈴花(佐賀県本社)の社長だか専務は、
「インターネット事業はどうなったんだ?」と、激高したとあとで聞いた。
私の上司である山内という口先だけの無能な役員は、ほぼ5年間も私の前に顔を出さず、
私が何をどのようにしていたのかも知らなかったはずだ。

そんなこんなでお元氣ハウスは名前を変えて「とんぼ堂」となり現在に至る。

ホワードの夢は退職してから10年間は時々見てた。
場所は東京であったり、大阪であったり、場面は売り場だったり会議の場であったり。

最近見ないなあ・・・と思ってたら今朝の夢。

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東亜特殊電機を辞めて、東京に出てきて、一年間、
早稲田大学ビジネススクール(早稲田大学 大学院経営管理研究科)で勉強し、30才で東京ホワードに入社した。
社長(粕井貫次)の息子という事で、腫れ物に触るかのような、でもしかし
「世間知らずのバカ息子らしい」というイメージは皆に持たれていたように思う。

入社してすぐに「現金前売り問屋の業態はもう駄目だ」ということに気づいた。
今はまだ良いが、近い将来、絶対にダメになると確信した。40年近く前の事だ。30才過ぎだ。
メインのお客である地方の小さ波洋品店に将来性は無いと判断したのだ。

あれやこれやと社長(父親)に言うが相手にしてもらえない。
「まずは自分の部門(子供洋品課)の数字を上げてから言え」と散々に叱られた。
ここの数字は上がらない。もともとファッションなど無縁な人間である。
相談する相手も無く、悶々として腐りきった日々を送っていたのだ。

黙って服従して10年間が過ぎた。少しは意見を言えるようになったのは40才過ぎ、
大阪に転勤になって、やっと経営の仲間入りが出来ると思ったのも束の間、
社長(粕井貫次)は株主(兄弟連合)に潰され社長の座を奪われたのだ。


(名刺では部長という肩書だが給料は減らされ続け、主任レベルにまで下げられた)

そうなると息子である私は居場所は無い。
「お前は苦労知らんから一度苦労してみたら?」と伯父の粕井宏に言われて役員からは外された。
「あんたどれだけ48才の俺の人生知っとるねん?」とは思った。それほど伯父とは接触が無かったのだ。

こうなると誰の助けも無い。何をやっても低評価しか無いのである。
人間関係のいやらしさ、持って行きようの無い怒り、悲しみ、無念さ。

朝5時半に起きて7時過ぎは出社した。
まずは店頭の浮浪者を追い払い、会社の回りのゴミを拾い掃き清めた。
そこそこ大きい敷地である。30分間はかかったであろうか。
時には酔っ払いの吐しゃ物や排泄物も処分して洗い流した。

それから屋上で半時間、木刀の素振りと居合刀による抜刀の稽古。
洗面所で汗を流し、それから仕事にかかったのだ。
夜は「剣道ばかりして仕事しよらん」と非難を浴びながら(週3回だけ)19時半に会社を出て難波まで稽古に行く。
21時半には会社に戻って残業した。23時に退社施錠して自宅に戻って夜12時過ぎに寝る。
そんな生活が何年も続いた。まるで修行僧のような生活である。

ある日、休日に、自宅で、時間をかけて愛刀の寝刃を合わせた。
給料が下がり続け手取りで20万を切り、もうどうしようも無くなってしまったのだ。
会社に愛刀を持って行きロッカーに置いた。本気で人を殺す事を考えてた。
結局、家族の事を考えると実行できなかったのだが、あれは50前後の頃かな?
家族が居なかったら今の自分は無かったと正直思うのだ。

剣友に「粕井さん、最近、目つきが変やよ」と言われたのもその頃だ。
立場を利用して、弱い者を追い詰め続けたら駄目である。本当にそう思う。



ネットショップを任され、ゼロから年商1000万まで伸ばした。
「本気で取り組めば大化けしますよ」と提言したが平良守というバカ社長は鼻で笑うのみだ。
そこで方針を変えた。自分のため、いつでも独立できるように変化させた。

いや、腐っていたばかりでは無いのだ。
密かに会社再建の道を模索してた頃でもあった。

当時は土地バブルの真っ最中、でも終わりも見えていた頃。
みずほ銀行を始め、弁護士、不動産屋など、いくつかの協力も得ることが出来たのだ。
そして住友銀行からの多額の負債を、合法的にチャラにする手法も学んだ。

まず不動産鑑定を行った。
鑑定には22万円もかかったが背に腹は代えられない。
ホワードの土地を処分したら、いくらぐらい手元に残るかを査定したのだ。
弁護士には30万円を支払った。これで貯蓄も無くなった。背水の陣。

あとは株主である、伯父、叔父、父親を説得すれば良いだけだ。

ホワードの優良な部門を残し、あとは解散する。
辞めてもらう社員には充分な退職金も配分できるように配慮した。
残ったホワード本体は基本的に不動産業で生き残るのだ。

社員も株主も皆ハッピー。悔しがるのは住友銀行だけとなる。
そういう案を具体的な計画として外部各所と相談しながら作り上げた。

心斎橋筋北商店街、船場心斎橋筋商店街の両方の活動と付き合いの中で、
生き残るには不動産の活用しかないと徐々に思い始めて研究した結果だ。



しかし株主への説得は出来なかった。
みなもう自分の責任逃れしか考えていない。

株券を、何も知らない鈴花に無料譲渡して、代わりに経営責任を逃れようとしたのだ。
鈴花は住友銀行から「大阪で事業の拡大が出来ますよ」と言われて騙された。
住友銀行だけが濡れ手に粟で、まだ相当の資産価値があった心斎橋の土地を手に入れた。

ホワードに入社して10年間の30代は自分自身が腐りきっていた。死のうと思った事もある。
その頃、部下や家族など、回りに迷惑をかけた事も事実だ。今も痛恨の思いである。

次の40代は臥薪嘗胆だ。男の仕事人生で一番輝ける40代を何もしてこなかった。
そして50代は切羽詰まって開き直ったような人生を歩んだ。

経営を引き継いだ鈴花も赤字を出し続け、間もなくホワードは解散した。
ホワードが創業した土地には、今ではダイソー心斎橋店がある。

30才から52才までのホワードでの経験は今でも夢を見るほど尾を引いている。
いちどは楽しいホワードの夢でも見たいものである。

(書きなぐった書き込みなので、あとで加筆訂正する場合があります)
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日本剣道形、前へ三歩、後ろへ五歩について

2023年09月01日 | 剣道・剣術


同じ所属や稽古会では無いが、出稽古で、たま~にご一緒する剣道仲間から質問が届いた。

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日本剣道形での 三歩攻め入って、五歩下がる について教えて頂けませんか?
三歩は一刀流での草の間、行の間、真の間の 意味合いから三歩だと
井上義彦先生の資料には記載されていたのですが、後退の五歩については無いような...。
仲間内での稽古会で上記の事が話題になり、調べているところです。
お忙しいとは思いますが、時間のある時 にご教授願います。
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私の返事は、

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間違っているかも知れないのでそれを承知でお願いします。
また逆に、新しい情報があればお教えください。

私の知る限り、古い一刀流の伝書(江戸初期や中期)には立ち合いの間合いについての記述は見当たりません。

立ち合いの間合いは難しい話では無くて、大日本帝国剣道形が大正元年に制定された時に、
各流派バラバラだったのを統一するために立ち合いの間を九歩と決め、
前進三歩、後退五歩と決めました。ただそれだけの理由かと。

前三歩というのは攻めの気位が強く、後五歩というのは残心の気位が強いから、
必然的にそういう歩数になったのだろうと推測します。

前進三歩の、草の間、行の間、真の間も後付けの理屈だと思いますね。
防具剣道では後ろへは三歩でも良い・・とするのも、
さほどの意味を「五歩」に求めていない剣道連盟の考えの現れではないかと思っています。
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返事は以上。


日本剣道形の原型は、大日本帝国剣道形である。
これは大日本武徳会が中心となり、明治44年(1911年)に25名からなる調査委員会を発足し、
約1年間の討議を経て、翌大正元年(1912年)10月に太刀の形7本、小太刀の形3本が制定された。
下は流派別の内訳である。
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神道無念流3名(うち主査1名)
心形刀流1名(主査)
北辰一刀流4名(うち主査2名)
小野派一刀流2名(うち主査1名)
田宮流1名
新陰流2名
山口流1名
直心影流3名
鞍馬流1名
無外流2名
津田一伝流2名
無刀流1名
貫心流1名
水府流1名
直心影流1名
(1名は無外流と津田一伝流の両方の代表のため、合計は26名になる)
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各流の意見を統一することは難航を極めたと言われる。
おそらく立ち合いの距離、歩数も意見がバラバラだったと推測される。
ともかく最終的に「前へ三歩、後ろへ五歩」と決められた。

小野派一刀流の演武でも、日本剣道形の立ち合いの間を踏襲している。
会場が極端に狭い場合は、歩数か歩幅を調整する場合もあるが、
「前へ三歩、後ろへ五歩」は特に違和感も無い。
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最近の稽古・あれこれ

2023年08月28日 | 剣道・剣術
7月30日、修道館生駒クラブ
8月2日、長正館剣道稽古(飲み会のためお休み)
8月3日、木曜会(誠先生の剣道教室)
8月5日、長正館一刀流稽古
8月6日、長正館月例稽古
8月9日、長正館剣道稽古
8月17日、木曜会(誠先生の剣道教室)(鼻水止まらずお休み)
8月19日、長正館一刀流稽古
8月20日、長正館月例稽古
8月23日、長正館剣道稽古
8月24日、木曜会(誠先生の剣道教室)
8月27日、愛洲移香斎剣祖祭

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7月30日、修道館生駒クラブ


生駒市武道館にて。
一年ぶりに参加。剣道形+立ち合い稽古。
立ち合い稽古は足が心配なので3人とだけ稽古。
最後は岸本八段に掛かる。いくつか注意を受ける。八段には打太刀のつもりで掛かれと。

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8月3日、木曜会(誠先生の剣道教室)


四条畷西中学校にて。
心に残ったのは、自分から仕掛けて行くこと。その上での閃きが大事。

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8月5日、長正館一刀流稽古


東住吉区中野中にて。
8月27日の南伊勢で行われる愛洲移香斎剣祖祭の演武稽古が中心。
演武は、古伝(津軽文書)の、ひとつ勝五本を行う予定。
写真は通常の木刀(3尺2寸)ではなく、お互いが三重の長大太刀(3尺8寸)を使い、
ひとつ勝二本目の、現行で言う「乗突」の、凌いで乗った場面である。
異なる長さの木刀で、いろいろ試してみるのも面白いものだ。

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8月6日、長正館月例稽古(前半・一刀流)


墨江丘中学校にて。
「何したい?」って聞いたら「古伝教えて欲しい」という声が多かったので古伝の稽古。
今まで書かなかったが、長正館では古伝(津軽文書、春風館文庫、小舘伝)の研究から古い小野派一刀流の形を復元しつつある。
8月27日の南伊勢で行われる愛洲移香斎剣祖祭では、五本のみ披露する予定である。



これは清眼の剣先の付け所の図(春風館文庫)だが、まずはこの理解が第一歩である。

8月6日、長正館月例稽古(後半・剣道)


4人だけだったので回り稽古一回して抜けた。
つまりは地稽古3回だけだったが、それでも暑さでへとへとだ。
道場は40度近くあるんじゃ無いかな?熱中症一歩手前である。

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8月9日、長正館剣道稽古


東住吉区矢田中にて。
前半は初心者指導。後半は三段審査で悩んでいるMさんを個人指導。
構え、間合い、手と足の一致など。自分の稽古は無し。

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8月19日、長正館一刀流稽古


東住吉区中野中にて。
いやはや暑い。何もする気が起きない。
見学者一名。話を聞いたら、昔、養正会で剣道を教えた事があるそうな。

稽古は、暑すぎて汗が止まらず、あまりやる気が起きないので、時々指導するに止めておいた。
写真は、一番奥で、S村女史に、陰の払いの行遣いを披露しているところ。

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8月20日、長正館月例稽古(前半・一刀流)


東住吉区湯里小にて。
暑いので、だらだら~と稽古。まとまりなく、各自好きな事をしている。
写真はFさんと払捨刀の稽古をしているところ。暑いので一回で終わり。

8月20日、長正館月例稽古(後半・剣道)


剣道の予定は無かったが、大学受験浪人中のS口三段が来たので急遽防具を着けた。
S口三段、10月に四段を受けるとか。受験も剣道もがんばって欲しい。
写真はF六段との稽古。彼はなかなかフェイントの癖が抜けない。

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8月23日、長正館剣道稽古


東住吉区矢田中にて。
前半は初心者指導。
後半はK五段とM二段への指導稽古。自分の稽古は無し。
写真は、素振りの仕方を教えてるところ。

K五段とM二段への指導も、正しい素振り、正しい切り返しを説明した。
普段から、正しい素振り、正しい切り返しをすることで、剣道は見違えるほど上手になる。
間違った切り返しなど、何百回やろうが剣道は下手になるばかりだ。
指導の中で、竹刀の握り方、するかぶりの方法、一回止まってそこから打つ基本を教えた。
段階を踏まないで上手くなるはずが無い。
正しい方法をまず身につけて、どこの稽古会でも正しく実践することだ。

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8月24日、木曜会(誠先生の剣道教室)


いつもの稽古のあとは、審査前だとの事で立ち合い稽古。(写真)
「審査では必死さを見てもらう」というのがこの日の佐藤誠先生の言葉。

ただ、必死なばかりに理合が崩れては駄目だとも、立ち合いを見て思った。
大事なのは、正しい剣道の上での必死さ・・・かな?

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8月27日、愛洲移香斎剣祖祭


S村女史が母親の病気で急遽欠席で、7人予定が6人で組み直して演武。


前の組は、大太刀50本のうちから7本を演武。

小野派一刀流演武 愛洲移香斎剣祖祭2023年(下記URLクリックでYouTube動画が見れます)
https://youtu.be/8rz2Ot2V_pE


後の組は、大太刀5本の現行と古伝の対比を演武。

小野派一刀流 古伝遣い(下記URLクリックでYouTube動画が見れます)
https://youtu.be/-EK-UewIFWM

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ともかく何をするにも暑すぎて、長時間の稽古には耐えられない。
(長正館剣道稽古と木曜会はエアコン有り)
無理出来る年でも無し。まあ、ぼちぼちと・・・



【追記】小野派一刀流の古伝について追記補足しておきます。(2023年9月1日)
-------------------
①津軽文書
江戸中期(1700年頃、前後併せ約30年間)、津軽信政・信寿の藩主2代による稽古ノート。
津軽信政・信寿は小野次郎右衛門忠於(3代目),忠一(4代目)の高弟。
津軽の歴代藩主で一刀流の印可を受けたのは、この親子2代のみ。
小野一族の師範/中西家による竹刀の導入期より約100年前の刀法が記される。
現時点、大太刀50本については、小野一族の使い方を最も忠実に記したものとされている。

②春風館文庫(小野家文書)
小野次郎右衛門忠政(9代目)の所有する全書物を、無刀流の山岡鉄舟が複写。
無刀流一門によって昭和62年に一般公開されたものであり、小野家文書とも呼ばれる。
小野次郎右衛門の初代(忠明)~7代(忠喜)の口伝が記されている。
親子間での稽古メモであり、第三者向けの教習形態になっておらず、解読困難な箇所が多い。
小野一族の継承形態は、大太刀50本形式を採用していない。
大太刀50本については、直接的でなく、間接的/比較/引用を用いた記載内容になっている。

③小舘伝
青森県弘前市(津軽)の北辰堂での小野派一刀流の使い方。
北辰堂は笹森順三の出身道場であり、小舘俊雄は笹森順三の兄弟子。
小舘俊雄が記した教本が残っており、小舘伝と呼ばれている。
津軽文書と小舘伝を照合すると、体の運用/技の使い方が大きく異なっている。
北辰堂(小舘伝)では、紆余曲折あって、江戸後期のどこかの時点で津軽文書の使い方は途絶え、
中西派(&千葉周作の北辰一刀流)の使い方に変貌している。
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2023年8月13日、粕井貫次・睦子 七回忌法要

2023年08月14日 | つれづれ
母、粕井睦子は、2017年9月11日に亡くなった。
父、粕井貫次は、2018年4月7日に亡くなった。

二人の七回忌法要を8月15日に行った。
久々に親族一同が集まった。
台風が接近する中、関東方面の面々が心配だったが、幸いにも台風の速度が遅かったのだ。

いつものごとく飲んで食べて喋って笑って。。。

写真の一部をUPする。

1)王竜寺で墓参り









2)実家にて法要





3)新大宮の桃谷樓(とうこくろう) にて食事











カメラマンの私は上の写真には写っていない。
最後の集合写真を大きくUPしておこう。



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最近の稽古・あれこれ

2023年07月29日 | 剣道・剣術
7月8日、長正館一刀流稽古
7月9日、春日大社奉納演武
7月12日、長正館剣道稽古
7月15日、長正館一刀流稽古
7月16日、大阪府剣道優勝大会演武
7月22日、長正館一刀流稽古
7月23日、大阪府剣道段審査(初段~五段)審査員
7月26日、長正館剣道稽古
7月29日、長正館一刀流稽古

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7月8日、長正館一刀流稽古


暑いのに人数が多かった。
F副館長とM理事に中堅以下の指導を任せてK理事とあれこれ試してみる。
理合の追求は奥深く、一刀流の一番面白い部分である。

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7月9日、春日大社奉納演武


古武道振興会の記念すべき春日大社での第一回目の奉納演武である。
待ってるのも暑い。湿気が強く、着物の下は汗でどろどろ状態だった。
帰りは新大宮で降りて串カツとビールで咽喉を潤した。



演武はYouTubeにUPしました。(下のURLをクリックして見れます)
https://youtu.be/zB-MRFKq3uk

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7月12日、長正館剣道稽古


足が痛いので初心者指導だけした。
初心者はお母さんと小学校2年生の女の子。
週一の、ゆるゆるの長正館の稽古で良いらしい。

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7月15日、長正館一刀流稽古


暑い、あつい、アツイ!
8月27日の南伊勢で行う愛洲移香斎剣祖祭での演武稽古を始めた。
今回は新しい試みをしてみる。ここでの演武は比較的気が楽だ。
写真は、長~い太刀を抜くのはどうすりゃ抜けるか・・と雑談してるところ。

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7月16日、大阪府剣道優勝大会演武


舞洲で行われた大阪府剣道優勝大会、通称「府下大会」でハキリ合の演武。
昨年は高上極意五点で、今年はハキリ合がメインである。

演武はYouTubeにUPしました。(下のURLをクリックして見れます)
https://youtu.be/2m1fZ3hVaas

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7月22日、長正館一刀流稽古


道場の中は40度ぐらいあるんじゃないかな?
息をするのも苦しくなるほど。35度ほどの外のほうが涼しいほどだ。
先週に続き愛洲移香斎剣祖祭での演武稽古。
写真は、古伝の理合を中堅に説明しているところ。

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7月23日、大阪府剣道段審査(初段~五段)審査員


五段までの審査の審査員として出席。私は初段担当。
しかし大阪府も段審査が甘くなったものだと思う。
多くを語るのは止めておくが、これでは初段の価値無しだ。

審査は緊張の連続。疲れ果ててしまった。

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7月26日、長正館剣道稽古


初心者指導のあと、久々に長正館で防具を着けた。
まだ思うようには動けないが、稽古しないとカンが鈍るような気もしてくる。
変な剣風がますます悪くなってくるような気もする。少しばかり焦っている。

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7月29日、長正館一刀流稽古


愛洲移香斎剣祖祭での演武稽古が中心。
暑いので休憩を多くした。

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剣道で、打ち込むと痛むので、打ち込みが甘くなる。
結果、変なテクニックで胡麻化すような動きが出てしまう。
いっそのこと、打たれるままでも良いような気もするのだけれど、どうして良いか悩んでいるところ。
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ホワードミニ飲み会(大石会)2023年7月13日

2023年07月14日 | つれづれ
コロナのせいで少なくなったが、コロナ以前は年に数回集まっていた飲み会。
今は廃業したホワード株式会社の仲の良かった者の集まりである。
総務や経理、情報システム、広報関連などのスタッフ部門かな?

昨年11月もあったが、私はあの忌々しい蜂窩織炎のせいで参加を諦めた。
松葉づえをついて行こうかとも思ったが数十メートルも歩けなかったのである。
まあ行ってもアルコールは飲めなかったけどね。

前回から参加の従兄の努さんも来てくれた。私より2つ年上。
努さんの親、つまりは伯父の粕井宏は大嫌いなヤツの一人だが努さんは良い人だ。
彼の奥さんがこのブログを見てると言うことなので、今回は写真を全部載せちゃおう。
努さんの奥さん、まだ会ったこと無いけど、よろしくです。(←これ個人的な挨拶です)



まずは刺身の盛り合わせ。
集まったのは心斎橋駅改札北の御堂筋に上がるところにある「かつら亭」。
ここは刺身が美味い。値段もリーズナブルである。お勧め。


(左端が従兄の粕井努さん)



まずは生ビールで乾杯。飲み放題なのでピッチャーで何杯もおかわり。





お気に入りの唐揚げとスルメ天。我々の定番メニュー。
あとは蕎麦の揚げ物とか豆腐サラダとか、厚揚げの何かもあったかな?







ともかく話が弾んで2時間半があっと言う間に過ぎてしまった。
話の内容は公開すると大騒動になりそうな話ばかり。
要約すると、時代の変化に対応できずにいた会社の経営陣+監査役に対する罵詈雑言。
住友銀行に騙された鈴花と鈴花から来た無能な経営陣の話。
知らないエピソードもあったなあ。

何年かぶりかで会ったカッキーも元気そうなので安心した。











考えてみたら一緒に仕事してたのはもう20年近くも前なんだなあ・・・
みんな年をとったけれど、また集まろう。そして楽しく飲もう。

(写真は秋月さん撮影の写真も入れてます)
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最近の稽古・あれこれ

2023年07月07日 | 剣道・剣術
暑くなってきました。
水分補給に気をつけましょう。

6月21日、長正館剣道稽古
6月22日、木曜会(誠先生の剣道教室)
6月24日、長正館一刀流稽古
6月28日、長正館剣道稽古
6月29日、木曜会(誠先生の剣道教室)
7月1日、往馬玄武会
7月1日、長正館一刀流稽古
7月2日、長正館月例稽古(一刀流・剣道)
7月5日、長正館剣道稽古 お休みしました。
7月6日、木曜会(誠先生の剣道教室)お休みしました。

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6月21日、長正館剣道稽古

(稽古終了後の風景)

けっこう大人数になった。
回り稽古は全員で回るがけっこう息が切れる。


(隅っこで鏡見ながら指導)

私は本日入館したばかりのHちゃんの指導を引き受ける。
お母さんとお兄ちゃんも参加して3人への指導。
最初なので30分だけやって帰らせた。初心者指導は苦手だ。

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6月22日、木曜会(誠先生の剣道教室)


実戦的な基本稽古のあと回り稽古があった。
最後に回り稽古があるのはありがたい。
基本でやった技をすぐ試せるから。なかなかうまくは行かないが。

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6月24日、長正館一刀流稽古


春日大社の演武(7月9日)も近いのでSR氏と形を合わせてみる。
演武は二つの切落し以降の6本。
何年かぶりかで合わせてみたが違和感も無い。

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6月28日、長正館剣道稽古


打ち込めないので指導稽古中心とした。
少しでも気後れすると不本意な場面で打たれる事もある。
気後れは駄目。良い勉強になった。

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6月29日、木曜会(誠先生の剣道教室)


頭の中でわかっていても、実際の最後の回り稽古ではとっさに出てこない。
自分から間合いに入って、自然に技が出るようになればいいのだが。。

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7月1日、往馬玄武会


計5人で稽古。基本+回り稽古。
奇数だと一人休めるのが嬉しい。
思い切って間合いに入るよう意識して稽古した。
変な剣風の人も居ないので、木曜会の復習の場としてここでの稽古はありがたい。

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7月1日、長正館一刀流稽古


久々に来た者もいたが滞りなく稽古は進む。
アンチョコを渡してあるので自習するように言った。
道場だけでの稽古では知れている。みな頑張って欲しい。

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7月2日、長正館月例稽古(一刀流・剣道)


この日は剣道は無し。
一刀流だけで3時間以上もの長丁場の稽古。
払捨刀を中心に特訓。

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7月5日に仕事中に足首を少し痛めてしまい、
9日が演武なので大事を取って、5日と6日の剣道稽古をお休みした。

荷物の搬入中に無理な体勢になったためだが、改めて無理は効かない事を知る。
湿布して休ませて今はマシである。演武はまあ大丈夫だろう。
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