駆け出しの45年前から節目節目の重要な局面で援助して下さった方が若林区一丁目に在住しているK・Aさんです。
豪快な笑い声と私の大好きな言葉「進取」に富んでいる方です。
現在は、仏師に師事し彫刻に没頭する悠々自適の生活を送っています。
以前、K・Aさんの生家隣接に小さいお社があります。
その謂われを尋ねたところ薬師堂の東にある白山神社の神楽の話しになった。
当時は断片的な話で良くわからなかったが、K・Aさんらは白山神楽保存会を立ち上げ、苦労の末、例祭に奉納できたということでした。
この情熱にとても感銘を受けたものです。
でも、今は後継者難から解散せざるを得なくなったと。
とても残念です。
そして、私たちは生まれ育ったふるさとを愛し、道徳を培ってきた歴史をもっています。
もっと、地域の伝統や文化を学ぶ機会を小中学校で確保する方策が必要と思います。
K・Aさんらの再興の苦労話が、河北新報2月18日の夕刊、地名街の記憶木ノ下(若林区)に掲載されていたのでご紹介致します。