翌日、武は5等のくじを換金してもらいに、近くのショッピングモールへ行った。
愚かなことに、武はこの期に及んでもまだ、自分が見落としていただけで
実は1等のくじが紛れ込んでいるかもしれない、
という希望を捨てきれないでいた。
何度も見直したハズレくじを機械にかけてもらった。
「俺にもいつかはツキがめぐってくる」
その希望というより野望に近いものが打ち砕かれるのに、ものの2分もかかりはしなかった。
賞金千円で武は宝くじ売り場の並びにあるミスタードーナッツに寄って行くことにした。
武はこのミスタードーナッツという店を愛してやまない。
まず、タバコが吸える。
アメリカンコーヒーがお替り自由。
そして、フランクパイがある。
そして何よりも、ボーっと他の客を眺めているのが好きなのだった。
そこには、さまざまな層の、武のような貧乏人から、高額納税者とおぼしき人まで
(あまりいない)、
子供、お年寄りを問わずやってきては、ぺちゃくちゃおしゃべりをして帰っていく。
その様子を見ているのが好きなのだ。
土曜の昼過ぎ、店内は混んではいたが、喫煙エリアにはちらほら空席があった。
フランクパイとアメリカンコーヒーを乗せたトレイを手に、
2人掛けの席に着こうとして武は椅子の上にバッグが置かれているのに気付いた。
他の空いた席は4人掛けばかりだし…と躊躇していると、
それに気付いた隣のおばさんがバッグをどけてくれた。
社会に虐げられていると、こうした当然の権利でさえも
当たり前でなく思えてくるのだから不思議だ。
しばらくすると、男の子2人を連れたお母さんが向かいの席にやってきた。
禁煙エリアは満席とみえる。
男の子は5歳と3歳くらいで、顔が2人ともそっくりだ。
やんちゃ盛りと見えて、靴を履いたまま椅子の上に立ち上がろうとしている。
「こらっ、まず、ちゃーんと座って。」
2人はおりこうさんに椅子にきちんと着席した。
どうやら、お母さんの言うことをちゃんと聞くように躾けられているようだ。
お母さんはトレイをテーブルの上に置くと着席し、
ジュースとドーナッツを兄弟の前に分配した。
そして自分の分のドーナッツを齧ろうとしたその時、
弟の方が「いただきます。」と言ったのだ。
お母さんはあわててドーナッツを皿に戻すときちんと合掌し、
照れながら「いただきます」をした。
しゃべるとエクボができる。
所帯ずれしていない。
「独身です」と言ってもそのまま通る可愛さだ。
化粧なんかしていないのに唇は薄い桜色をしている。
俺もこんな妻子がいればなあ、と武は夢みたいなことを考えた。
実際、夢だ。
視線と視線がぶつからないように注意を払いながら、
武は向かいの親子がおやつを食べて帰っていくまでの様をつぶさに観察した。
夫から十二分に大事に愛されているから、あんなに可愛いままでいられるのだ。
そう結論付けした。
そこに至るまでには、或いはこのお母さんは夫に先立たれた直後かもしれない、
だとか、
この女性が自分の将来の嫁になるのでは?とか、
ロト6で4億を狙う男である、
そんな無限にゼロに近い可能性にまで探りを入れている。
親子が立ち去った後には、2人連れの若い女が席に着いた。
一人は銀色のミニスカートに網タイツを履いて足を組んで座った。
もう一人は黄色い柄のロングスカートを履いていて、
灰皿を取りに行くときには両手で裾を摘んでいた。
2人とも厚化粧で、さっきのお母さんの残り香に酔っていた武には
すっかり興ざめだった。
店を出ると武はどこにも寄らず、そのまま家に帰ろうと思った。
あちこち行くと、金を使いすぎる。
えーと、車はどこに止めたんだっけ?
駐車場に目をやると、近くに何か緑色の紙片のような物が落ちているのに気付いた。
と同時にそれが何であるか、すぐ察知した。
ドリームジャンボ連番10枚だ。
武はそれを拾い上げると神に感謝した。
「おお、いよいよ俺にもツキがまわってっきたか!」
まわりに人はいないか?
あ
いた
武の3つ隣のミニバンに、さっきの母子がいる。
弟の方が「プリン買って!」とぐずっている。
お母さんの買い物バッグは肩から持ち手が片方ずれ落ち、
中身がアスファルトにぶち蒔かれそうになっている。
あのお母さんが…?
どう見ても宝くじなど下世話なものとは無縁に見える。
しかし、チャンスである。
何の?
3億円か、
それとも、一期一会の一言か?
武はミニバンまで行くとお母さんに、
「これ、落ちてたんですけど、ひょっとしたら違いますか?」
と声をかけた。
お母さんは買い物バッグを探り、そして、
「あっ、私のだと思います。」と言った。
武は3百円だか3億円だか知らない紙の束をお母さんに渡した。
「どうもありがとうございました。」
お母さんはエクボを見せながら、きちんとおじぎした。
武は黙って自分の車に乗り込むと、キイを差し込みエンジンをかけ、
タバコに火をつけた。
ミニバンの方が先に発車した。
「当たったら一割くださいね。」
と何故、機転の利いた一言が出てこないのだろう。
それだから、いつまでたっても負け犬のままなんだ。
武は苦笑しながら、車をミニバンとは反対方向に走らせた。
目的地は知らない。
実はミニバンの行った方向が武の家の方向だったのだ。
愚かなことに、武はこの期に及んでもまだ、自分が見落としていただけで
実は1等のくじが紛れ込んでいるかもしれない、
という希望を捨てきれないでいた。
何度も見直したハズレくじを機械にかけてもらった。
「俺にもいつかはツキがめぐってくる」
その希望というより野望に近いものが打ち砕かれるのに、ものの2分もかかりはしなかった。
賞金千円で武は宝くじ売り場の並びにあるミスタードーナッツに寄って行くことにした。
武はこのミスタードーナッツという店を愛してやまない。
まず、タバコが吸える。
アメリカンコーヒーがお替り自由。
そして、フランクパイがある。
そして何よりも、ボーっと他の客を眺めているのが好きなのだった。
そこには、さまざまな層の、武のような貧乏人から、高額納税者とおぼしき人まで
(あまりいない)、
子供、お年寄りを問わずやってきては、ぺちゃくちゃおしゃべりをして帰っていく。
その様子を見ているのが好きなのだ。
土曜の昼過ぎ、店内は混んではいたが、喫煙エリアにはちらほら空席があった。
フランクパイとアメリカンコーヒーを乗せたトレイを手に、
2人掛けの席に着こうとして武は椅子の上にバッグが置かれているのに気付いた。
他の空いた席は4人掛けばかりだし…と躊躇していると、
それに気付いた隣のおばさんがバッグをどけてくれた。
社会に虐げられていると、こうした当然の権利でさえも
当たり前でなく思えてくるのだから不思議だ。
しばらくすると、男の子2人を連れたお母さんが向かいの席にやってきた。
禁煙エリアは満席とみえる。
男の子は5歳と3歳くらいで、顔が2人ともそっくりだ。
やんちゃ盛りと見えて、靴を履いたまま椅子の上に立ち上がろうとしている。
「こらっ、まず、ちゃーんと座って。」
2人はおりこうさんに椅子にきちんと着席した。
どうやら、お母さんの言うことをちゃんと聞くように躾けられているようだ。
お母さんはトレイをテーブルの上に置くと着席し、
ジュースとドーナッツを兄弟の前に分配した。
そして自分の分のドーナッツを齧ろうとしたその時、
弟の方が「いただきます。」と言ったのだ。
お母さんはあわててドーナッツを皿に戻すときちんと合掌し、
照れながら「いただきます」をした。
しゃべるとエクボができる。
所帯ずれしていない。
「独身です」と言ってもそのまま通る可愛さだ。
化粧なんかしていないのに唇は薄い桜色をしている。
俺もこんな妻子がいればなあ、と武は夢みたいなことを考えた。
実際、夢だ。
視線と視線がぶつからないように注意を払いながら、
武は向かいの親子がおやつを食べて帰っていくまでの様をつぶさに観察した。
夫から十二分に大事に愛されているから、あんなに可愛いままでいられるのだ。
そう結論付けした。
そこに至るまでには、或いはこのお母さんは夫に先立たれた直後かもしれない、
だとか、
この女性が自分の将来の嫁になるのでは?とか、
ロト6で4億を狙う男である、
そんな無限にゼロに近い可能性にまで探りを入れている。
親子が立ち去った後には、2人連れの若い女が席に着いた。
一人は銀色のミニスカートに網タイツを履いて足を組んで座った。
もう一人は黄色い柄のロングスカートを履いていて、
灰皿を取りに行くときには両手で裾を摘んでいた。
2人とも厚化粧で、さっきのお母さんの残り香に酔っていた武には
すっかり興ざめだった。
店を出ると武はどこにも寄らず、そのまま家に帰ろうと思った。
あちこち行くと、金を使いすぎる。
えーと、車はどこに止めたんだっけ?
駐車場に目をやると、近くに何か緑色の紙片のような物が落ちているのに気付いた。
と同時にそれが何であるか、すぐ察知した。
ドリームジャンボ連番10枚だ。
武はそれを拾い上げると神に感謝した。
「おお、いよいよ俺にもツキがまわってっきたか!」
まわりに人はいないか?
あ
いた
武の3つ隣のミニバンに、さっきの母子がいる。
弟の方が「プリン買って!」とぐずっている。
お母さんの買い物バッグは肩から持ち手が片方ずれ落ち、
中身がアスファルトにぶち蒔かれそうになっている。
あのお母さんが…?
どう見ても宝くじなど下世話なものとは無縁に見える。
しかし、チャンスである。
何の?
3億円か、
それとも、一期一会の一言か?
武はミニバンまで行くとお母さんに、
「これ、落ちてたんですけど、ひょっとしたら違いますか?」
と声をかけた。
お母さんは買い物バッグを探り、そして、
「あっ、私のだと思います。」と言った。
武は3百円だか3億円だか知らない紙の束をお母さんに渡した。
「どうもありがとうございました。」
お母さんはエクボを見せながら、きちんとおじぎした。
武は黙って自分の車に乗り込むと、キイを差し込みエンジンをかけ、
タバコに火をつけた。
ミニバンの方が先に発車した。
「当たったら一割くださいね。」
と何故、機転の利いた一言が出てこないのだろう。
それだから、いつまでたっても負け犬のままなんだ。
武は苦笑しながら、車をミニバンとは反対方向に走らせた。
目的地は知らない。
実はミニバンの行った方向が武の家の方向だったのだ。
読んでいただけて、ほんと幸せもんでっす。
強要?したかいがあった。
ありがとうございます。
ドリームジャンボ連番10枚を拾ったというのは実話です。でも、実話の僕はそれをすぐさまズボンのポケットに押し込み、もじゃもじゃおpじpじょpjfvj
読ませていただきました~!
武にキューピーさんを重ね合わせて読みました。
そうですか、キューピーさんはフランクパイがお好きなのね~(って、ソコかい!)
エクボの女性と進展はありましたか?(だから実話じゃないんですよね?)