97歳の老婆は、点滴を打ち、病院で眠っている。
ピンクのパジャマを着て、皺くちゃの顔と痩せ細った小さな体を見ると眠り姫の様だ。
時々目がパッと明いて、天井をジッと見ている事があるが、その目は、焦点が定まらず、現実なのか、夢なのか、意識が飛んでいるみたいだ。
私たちが声をかけても、ぽかーんとして、何を言っているんだろうという顔をしている。
たまに見せる微笑みが救いだった。
真面目なあ . . . 本文を読む
恋の始まりの第一段階は、いい男がいい女に視線を送る。
それで気に入れば相手も視線を返す。
向こうが嫌ならば目で合図をする。
「あなた私のタイプじゃないわ。」テレパシーで察すると男は黙って背中を向けて去っていく。
それが上手くいけば、次に話せるというステップに移る事が出来る。
恋には、話す事がとても大事だ。
話し合い語る事で、相手の趣味や嫌いな事を聞きだす事が出来る。
「私、どうして . . . 本文を読む
ピーポー。ピーポー。頭の中で救急車のサイレンが鳴り響いている。信号機が赤でもお構い無しに夜の街を走っているようだ。
田川義三は工事現場で働いていた。
若い兄ちゃんがアルバイトで入って来て、一緒に飯を食べている時「おめぇ彼女でもいるんか。」と聞いた時からの記憶が無かった。
それから、なぜか河の辺に来ていた。
河の砦の所には大きな古い看板が立っていて、掟が書いてある。
「今から流れて来る舟 . . . 本文を読む
拝 啓
これが最後の手紙です。
あなたが私の目の前からいなくなって大分時間が経ちました。
別れてから何度もあなたの事を考えていました。
これから先もあなたを好きな事には変わりありません。
何でこの手紙を書いたと思いますか。
私が結婚するからです。
自分にとってけじめをつけたかったからかもしれません。
この手紙を書いてどうなる事でもないかもしれません。
ただ私は文章としてあなたに . . . 本文を読む
今夜は白夜。真夜中なのに昼の様に明るい。月を見るとダイヤモンドのように輝いていた。かぐや姫が天に帰る時がこの日だったと言われている。
100年に一度あるかどうか分からないこの現象。世界では拝む人がいたり、散歩に出たりしている。
古びたマンションの一室。
老人が座り心地が良い椅子に毛布を膝にかけて座っている。
私は随分と歳を取った。もうそろそろ約束の期間は過ぎただろうか。
あれはいつだっ . . . 本文を読む
ガタン。ゴトン。快速電車がゆっくりと動き出した。
平日に乗る電車は人が少なかった。
修は仕事が休みで実家に帰っていた。
アナウンスでは、車掌がお年寄りに席を譲る様に促していた。
修は車窓から見える景色をぼんやりと眺めて会社の事を考えた。
最近研修生の指導係についた。休みの時くらいは仕事の事を考えまいとしても考えてしまう。そんな事を考えていると、自然と眠気が襲ってきた。
あっという間に . . . 本文を読む
居間の畳に座り、置いてある大きな鏡を見ていると、嫌になる時がある。
しわくちゃの自分の顔。白髪頭。分厚い眼鏡。
どれもこれも、若い時にはなかった事だ。
若い時は、肌のツヤやハリがあり、道を歩く時、若い男から振り返って見られていた。
今ではどうか。振り返るどころか、私を見た瞬間、モーゼの十戒の様に人々が道を開けてくれる。
それだけ歳を取ったという事だろうか。
夫も他界し、子供も自立して . . . 本文を読む
近くの海を家族三人で散歩していた。ザザザー波の音が近くで聞こえる。ミクが砂浜で貝殻を拾った。
「耳にあててごらん。波の音が聞こえるだろう。」
「本当だ。聞こえる。」
「これは、人魚さんの忘れ物なんだよ。」
「すごーい。」ミクが貝殻を耳に押し当ててずっと聞いていた。ミクは、隣にいた母親に貝殻を渡した。
母親は受け取ると、同じように耳にあてた。
「波の音がするわね。そういえば昔を思い出す . . . 本文を読む
恋愛について語ってきました。人を好きになるという事を忘れないでほしいと心から願います。
お年寄り、女子高生、渋い男、道路工事のおじさん、コックさん、少年、姉、色々な人が恋をしています。恋をしない人は、世界中誰一人いません。いつも誰かが側にいてくれてます。
少年犯罪が多い最近のニュースを見て暗い気持ちになっています。
自分は独りだと思っている人がいたら、そっと周りを見てください。きっと誰 . . . 本文を読む
俺は、今年で五十歳だ。いい年こいて、何だけど、人生くいはねぇ。仕事も道路に穴を掘る仕事だけれども、とても満足している。
真夏の暑い日に掘る穴は死ぬほど暑い。想像もつかないくらいに暑い。ジリジリと照りつける太陽とフライパンのような道路、二つ仲良く揃ったら、そりゃ暑いだろう。
暑い道路を掘っているとなマボロシっていうか、蜃気楼というか。夢みたいな出来事がたまにあるのよ。どうだ。知りたいだろう。教 . . . 本文を読む
今日は、仏の弁護士さんとの飲み会だ。六十歳で、貫禄十分のおじいさんだ。なぜ、仏なのかというと、いつもいい事をいい、お金払いがいい、人の気持ちもわかるのだ。
「今日は、みんなとの飲み会だから私のおごりです。」とあるフランス料理店で、ドンペリ約五万円くらいのを三本開けていた。それだけで、十五万だ。みんなで、五、六人来ていたので食事代も十万円は使っていただろう。全部、仏の弁護士さんのお金でおごっても . . . 本文を読む
私はデパートのエスカレーターの近くにある椅子に腰掛けていた。
隣には八十歳くらいのおじいさんが座っていた。杖をついて、髪の毛は真っ白だ。分厚い眼鏡もしていた。眉毛も白かった。あごひげも長かった。
まさしく山に住んでいる仙人のようだった。その仙人を何気なく見ていたら、杖をついて前かがみになった。ウトウトと眠りはじめたのだ。
私も仙人の魔術にかかったように眠くなって欠伸をした。
少し時間が経 . . . 本文を読む