大好きなおばあちゃんは、私が20歳の成人式を見ることなく亡くなった。
地方の大学に合格して、おばあちゃんの家から近いという事で、1人暮らしのおばあちゃん家から通うようになった。
おばあちゃんは、快く迎えてくれた。
一軒家で、広々とした畳の部屋があり、仏壇が置かれてある。家に入ると、ツンとしたお香の香りが漂っている。
おばあちゃんの匂いだ。
大学で嫌なことがあったり、アルバイト先のコンビ . . . 本文を読む
都会から、久しぶりに故郷に帰って来たのはいいが、母の様子がおかしかった。
家の鍵を閉めたかどうかを何度も聞くし、鍵の場所も何度も探している。
父は、物心ついた時にはいなかった。私が小さいころ愛人と逃げたようだった。母には父親の事を色々聞きたかったが、知らぬふりをしていた。
母一人で、私を育ててくれたのはよかったが、子供の頃から迷惑ばかりかける娘だった。
暴走族の総長と仲良くなり、バイクに . . . 本文を読む
ラーメン屋の店内は、天井や壁紙は油で色あせ、無造作に置かれたストーブは、壊れてるのか、ウィンウィンと変な音が鳴っている。真ん中に汗まみれの店主が競馬新聞を広げて座って、貧乏ゆすりをしていた。
親父と入ると、「いらっしゃいませ。」としわがれた声で競馬新聞をたたんで、横に置いた。
古びたカウンターがあり、席に着くと、壁に貼られている油がついたメニュー表が一枚ずつ目につく。印刷してある字なのか、自 . . . 本文を読む
私が子供の頃、叔母ちゃん家に泊りに行くことになった。2階建ての大きな家に一人で住んでいた叔母は、快く迎えてくれた。玄関先には、吹き抜けがあり、入り口の所にフランス人形が50体くらいあった。金色の髪、青い大きな目、ドレスを着た人形が、ずらっと並んでいる。一度も結婚することもなく、一人暮らしが長い叔母は、子供もいなくて、その寂しさをフランス人形で補っているようだった。
私が「どうして人形集めるの? . . . 本文を読む
子供の頃、真夏の暑い日、山奥のばぁちゃん家の帰りに父と歩いていると大きな水溜まりというか、川みたいな所がある。
それを見た父が呟くように言った。
「今日は河童はいないなー。」
私は不思議に思って聞き返した。
「この川に河童いるの?」
「昔、よくここで泳いでいたら足を引っ張られて、水の中に河童が二匹いた。」私は本当にいるのかどうか、上から水の中を覗き込んだが、薄汚い水は見えなかった。
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子供の頃、一度だけ天狗を見たことがある。
真夏の暑い日、山の中のじいちゃん家に泊っていた時、夜中の3時頃、無性におしっこがしたくなって、便所が家の外にあった。小屋みたいな所にあって、五右衛門風呂も隣にある。家から出て、便所がある小屋まで、子供の足で歩くと結構な距離である。
やっとついて、眠い目を擦り、おしっこを済ませ、月の光が明るかったので、じいちゃん家の屋根上を見上げると、丸い月を背に赤い . . . 本文を読む
小学3年生の頃、病気がちだった。遠足の前は必ず熱が出るし、修学旅行なんて、とてもじゃないが、考えるだけでも風邪を引いた。母親は、知恵熱とか言うけど、自分でもよく分からなかった。
今日も、学校で体育の授業の前に、熱が出て、保健室に行った。
「また、熱が出たの?」と先生が言って、心配そうな顔をして、オデコに手をやり、体温計を私の胸に指した。
保健室の先生の顔を見たい気持ちがあって、体が勝手に熱 . . . 本文を読む
営業先で、母親から父親が危篤と電話が入り、会社を早退し、近くの駅から電車に飛び乗った。
今日は30年ぶりの雪が降ってて、3センチほど線路の上にも積もっている。
電車の終着駅まで約2時間くらいかと時計を見る。
一時走っていると、キキッーキキッーと電車のブレーキ音が響いた。
「雪の為、急停車いたします。」電車のアナウンスがなり、ガクンと電車が止まった。
「まったく。」隣の学生服を来た男が舌 . . . 本文を読む
周りは田園風景が広がり、正月の賑わいもなくなりはじめていた。
親父と口喧嘩して、家を出てから丁度10年になる。
あの時は、何であんなに啖呵をきっていたのだろうか。
就職も決まらず家でフラフラとしているから怒られて当たり前の事なのだが、私は若かったし、親の言う事に逆らいたい年頃だった。
今考えたら、親父の優しさだったとつくづく思う。
親というものは、いくつになっても子供の心配をしているも . . . 本文を読む
私の家は喫茶店をしている。
家の前には虹色のパラソルを大きく広げ、その下にはベンチのようなソファのような座る場所がある。
いつも夕暮れになると父が座っている。
杖をついてジョンレノンみたいなサングラスをして帽子をかぶり、堂々とした感じで夕日を眺めている。
首のコルセットが少し痛々しいが、どことなくアルパチーノ演じるゴッドファーザーを感じさせられる。
大きな体を支えるのが辛そうなソファに . . . 本文を読む
夜の街。夜になると周りの電気が明々と点きはじめ、風俗、スナック、居酒屋などの店が開き始める。
酔っ払ったサラリーマンが昼間の鬱憤を晴らす為にフラフラと店の前を歩いている。ぼんやりとした光が天国の入り口と勘違いしているのかもしれない。
ミニスカートを履いた若い女性が客寄せで店の前で呼び込みをしている。
「ねぇオジサン。遊んでいかない。」
「おじ様。いい男だね。私とどう?」虚ろな目で呼び込み . . . 本文を読む
祖父が亡くなって随分と時間が経った。
お盆でお墓参りに来ていた。近くの畑をトンボの群れが水を探して飛んでいた。大きな木の間からは、ワシワシと蝉の鳴き声もしていた。二つのミスマッチな組み合わせに、お盆の寂しい雰囲気が伝わって来る。
祖父のお墓に手を合わせると、祖父の元気な姿を思い出す。
それと祖父の机の中からラブレターが出てきたのを思い出した。
内容は「ひさえ愛している。君の事を忘れた時は . . . 本文を読む
風邪をひいて熱が出た時必ず母親の手を思い出す。
私が子供の頃、風邪でダウンして、水枕にタオルを頭に乗せていた。喉もグチャグチャになっていて、喋るのも億劫だった。
明日は、大事なイベントがある時に限って熱が出るのだ。この時は確か運動会の前の日だった。
「大丈夫かーい?」母親が優しい言葉をかけてくれる。私はウーンウーンと顔を真っ赤にして熱にうなされていた。母親はそっと頭のタオルをのけて、自分の . . . 本文を読む
私は、おばぁちゃんが大好きだった。
家に入ると線香の鼻につんとした香りが広がっていて、おばぁちゃんは裁縫箱の入れ物を枕にして寝ていた。
その時必ず名作劇場のアニメを見ていた。
私が「こんばんわ」と言うとおばぁちゃんは太った体を起こして「来たかい」と振り向いて言った。
いつもご飯を食べて帰るのだが、父親のふざけた冗談に笑っていた。笑顔がかわいいおばぁちゃんだった。太っている事もあり、笑転げ . . . 本文を読む
私には姉が一人いる。三十三歳で独身だ。いわゆる女で言う負け組というやつだ。
しかし、姉はとても頭がよく、趣味も豊富だ。
旅行が趣味で、ニューヨーク、香港、バリ島など海外によく行っている。海外に行っているかと思えば、毎週行きつけのクラブで踊ったりもしている。
姉は、踊るのが好きなようだ。家で悲しいときやうれしい時はいつも踊っている。
この前、朝っぱらからマリアカラスのオペラを大音量で聞いて . . . 本文を読む