１．愛の魔術

　私はデパートのエスカレーターの近くにある椅子に腰掛けていた。
　隣には八十歳くらいのおじいさんが座っていた。杖をついて、髪の毛は真っ白だ。分厚い眼鏡もしていた。眉毛も白かった。あごひげも長かった。
　まさしく山に住んでいる仙人のようだった。その仙人を何気なく見ていたら、杖をついて前かがみになった。ウトウトと眠りはじめたのだ。
　私も仙人の魔術にかかったように眠くなって欠伸をした。
　少し時間が経ったら、おじいさんの隣にはお婆さんが来ていた。いつの間に来たのか足音さえも気付かなかった。
　お婆さんが仙人のおじいさんを気づかっていた。
「おじいさんが病気になったらいつでも看病しますからね。」
「いや、ワシこそおばあさんの面倒をみるから安心しときなさい。」そんな会話が十分くらい続いた。おじいさんはおばあさんの肩を抱いていた。
　その光景をみた私まで、涙が出てきた。
　夫婦とはこのような愛が大事なのではないだろうか。
　自分が歳をとっていっても、若い時みたいに二人の愛が輝いていけるのだろうか。おじいさんとおばあさんの二人には確かに愛を感じた。
　この光景こそ、仙人の愛の魔術だったのかもしれない。