カフェの店内は、若い男女で溢れていた。見つめ合っている男女。雑誌を見ている男女。会話を弾ませている男女。
どうやらここは恋人達しか来たら駄目な所らしい。だが、俺は気にせずに競馬新聞を広げて、お気に入りのジッポで、タバコにカチッと火をつけた。
一服吸うと、煙を吐き出した。煙はモクモクと室内の換気口へとゆっくりと吸い込まれていた。
煙の気配を感じながら、目を凝らして競馬の予想をしていた。
競 . . . 本文を読む
今日はいい天気だった。ふと、庭を見ると、母が植えていた黄色のチューリップが綺麗に咲いていた。
春も中盤にさしかかって、温かい風が吹き始めていた。
私は、春の風を感じながら、チューリップを見ていると、大好きな彼が目の前に浮かんだ。
今頃、仕事でもしているのだろうか。
私は超がつくほどの寂しがりやだから、いつでもどこでも彼の事を想ってしまう。
雨蛙に少し似ている彼は、仕事がバリバリ出来るの . . . 本文を読む
居間の畳に座り、置いてある大きな鏡を見ていると、嫌になる時がある。
しわくちゃの自分の顔。白髪頭。分厚い眼鏡。
どれもこれも、若い時にはなかった事だ。
若い時は、肌のツヤやハリがあり、道を歩く時、若い男から振り返って見られていた。
今ではどうか。振り返るどころか、私を見た瞬間、モーゼの十戒の様に人々が道を開けてくれる。
それだけ歳を取ったという事だろうか。
夫も他界し、子供も自立して . . . 本文を読む
近くの海を家族三人で散歩していた。ザザザー波の音が近くで聞こえる。ミクが砂浜で貝殻を拾った。
「耳にあててごらん。波の音が聞こえるだろう。」
「本当だ。聞こえる。」
「これは、人魚さんの忘れ物なんだよ。」
「すごーい。」ミクが貝殻を耳に押し当ててずっと聞いていた。ミクは、隣にいた母親に貝殻を渡した。
母親は受け取ると、同じように耳にあてた。
「波の音がするわね。そういえば昔を思い出す . . . 本文を読む
入学式が間もなく始まろうとしている。体育館に集まっている全校生徒は、何人くらいいるだろうかとボンヤリと考えていた。
僕は急に思い出して、Aクラスのエリコを探していた。いつも髪を一つに結んでいて、あごが少し尖っていて、目がクリッとしていた。
同じ学年で入学式も一緒だった。顔を一目見て、かわいい子だなとこの時を心待ちしていた。
エリコと逢う時は、全校生徒が集まる時しかなかった。この入学式を逃し . . . 本文を読む