朝8時にパンパンパンと澄んだ空からピストルの音が聞こえてきた。
今日は、運動会。赤色の鉢巻きをはめ、体操服を着て、学校に向かう。
ひんやりとした秋風が学校の通り道にある枯れ木を揺らし落としていた。
走るのが苦手な僕は、この日は気が重かった。
運動場に着くと、全校生徒集まってて、校長の挨拶があり、ファンファーレが響き渡って始まった。
その後、玉入れ競争や、応援団の演目があって、次に僕が出る教室対抗 . . . 本文を読む
昼は温かいが、夜になるとヒンヤリとした風が部屋の隙間から入り込んでくる。
アパート四畳半の狭い部屋、薄い壁から甲高い声で、怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前なんか生まなきゃよかった。どっかに行ってろ。」ガタンと机をひっくり返すような音が響いた後、錆びれた玄関のドアが開いた音がした。そっとドアを開けて見ると、耳が片方ちぎれたウサギを抱いて、裸足の少女がいた。涙目で、じっとこちらを見ている。
隣 . . . 本文を読む
夜の8時に奴がやってくる。たかしは、アパートの2階へと上がる階段の横で座っていた。
父ちゃんが死んでから2年くらいで、母ちゃんが男の人を家に連れてくるようになった。土木の下請け会社の事務員として働いている母ちゃんが連れて来たのは、そこで働いている40歳位のおじさんだ。
作業着を着てやってくるから一目で分かる。母ちゃんが38歳だから同じくらいだとは思うけど、死んだ父ちゃんの事を考えると嫌になってしま . . . 本文を読む
車の助手席に座っている君が窓を開け、外の景色を見ながら呟くように言った。
「私たち今日で別れましょう。」ハンドルを握っている手に力が入る。こんな日が来る事は、分かっていた。
「それで君は、満足なのか。」何か言いたい事が沢山あったが、言葉が出てこなかった。
「私は満足だよ。今、好きな人がいるの。」君は、俺の方を見ないように言った。見たら気分が変わるとでも言うのか。せめて、少しだけでも俺の方を . . . 本文を読む
タカシは、学校で受けたテストの答案が悪くて家に帰りづらかった。
そろそろ辺りも薄暗くなって来ている。一歩一歩と足に鎖がついているみたいに重かった。下を向いて歩いていると山道に入り込んだ。
そういえばこの道は通ったことがない。昔の言い伝えで入ってはならないと聞いた事があった。
今夜は綺麗な月が出て、獣道を照らし影を作っている。タカシは大きくなっている自分の影を踏みながらもっと奥の道に入ってい . . . 本文を読む
日差しが落ち着き、涼しい風が木の葉を揺らした。
空中でダンスをしている木の葉を見ていると切なさが胸を掠めていった。
瞳は高校生で、剣道部の先輩に恋をしていた。
内気な性格で今でも告白は出来ないままだった。
先輩が目の前を通り過ぎる度に心がピンボールみたいにはじけていた。
そんな学校の帰り、おばぁさんが大きな荷物を持ってキョロキョロと見回していた。瞳の姿を見ると家を訪ねてきた。
瞳は知 . . . 本文を読む
もしも、あの時出会っていなければ、苦しまなくて済んだだろう。
もしも、あの時話さなければ、出会う事もなかっただろう。
もしも、生まれてなければ、出会う事も悲しむ事もなかっただろう。
出会いというモノは喜びや悲しみが混ざっているような気がする。好きになってもらいたいから、あの手この手でアピールをするのだ。誕生日に花をあげるのも記念日に指輪をあげるのも全て好かれたい為だけである。
私は仕事の . . . 本文を読む
蝉の声も徐々に衰え始め、冷たい風が朝夕吹いている。その風に誘われ窓の外に吊り下がっている風鈴が居心地いい音を鳴らしていた。
高校に入ってからのヨシコは、見るもの全部違ってグレていた。タバコを吸うようになったし、髪も茶色に染めた。
母親が癌で死んでからというもの荒れてしかたなかった。どうしたものかと頭を叩いてもどうにもならなかった。
私が母親代わりの様に女の人を家に連れて来るのも気に入らない . . . 本文を読む
今日は、美しい満月が出ている。この月はいったいどこにつながっているのだろうか。きっと素晴らしい世界の入り口に違いない。夜空にポッカリと穴が開いているようだった。
私の隣にはエリがいた。ロングスカートをヒラヒラさせて、とてもよく似合っていた。小さいバッグを右手に持っていて、左手で私の腕を軽く掴んでいた。
私の仕事の都合で月に一度しか逢えなくて、場所も遠距離になった。前みたいには逢えなくて、お互 . . . 本文を読む
君を見るとただせつない。
自分の存在がちっぽけに思えるほど君の存在は大きい。
大きすぎて君の姿が目に入らない。
目を向けようとすると何かが邪魔をするのだ。
冷たい風が邪魔をするのか。
彼氏の存在が邪魔をするのか。
恥ずかしいだけなのか。
目が勝手に違う方向を見てしまうのだ。
いつも君は風のようにさわさやかに横を通り過ぎて行く。
すれ違う時、母親の様な太陽のような暖かい匂いがした . . . 本文を読む
季節はすっかり秋。イチョウの並木道を散歩するのが日課になっていた。真っ直ぐな道なりに黄色のイチョウの木がずらっと並んでいる。
走っているおじさん。イチョウの葉っぱをかき集めている少年。手をつないでいるカップル。セーラー服の女学生。
その中を私は、静かに歩いていた。イチョウの葉っぱを数えるように。秋だなと呟いた時に、見慣れた女性が前から歩いて来た。赤いコートを羽織った女性は、並木道で一番目立っ . . . 本文を読む