JAL系LCCジップエア西田社長「長距離路線だからこそ、戦える」
ANA・JAL 苦闘の600日(3)
特集連載「ANA・JAL 苦闘の600日」の第3回。第2回では大手2社の格安航空会社(LCC)戦略を概観した。今回と次回で、両陣営のLCCのトップに戦略を聞く。
日本航空(JAL)がLCC事業の強化に動いている。その中心にいるのが、2020年に初就航を果たした完全子会社、ジップエア・トーキョー(千葉県成田市)だ。JALは24年3月期にグループのLCC3社合計でEBIT(利払い・税引き前利益)で120億円、売上高に占めるEBITの割合が10%を超える水準を目指す。そのうち、利益の大半、売上高の半分以上をジップエアが稼ぎ出す想定だ。ジップエアが目指す方向性は過去に成功事例があまりないが、「新しいLCCモデルを作り上げる」と意気込む西田真吾社長にその勝算を聞いた。
西田真吾(にしだ・しんご)
1990年早稲田大学商学部卒業、日本航空入社。空港での現場経験や証券会社への出向、ホテルなどの関連事業の担当を経て、マイレージ事業部長を務めていた2018年、ティー・ビー・エル(現ジップエア・トーキョー)が設立され社長に就任。「航空会社の保守本流ではないところで自由に楽しく仕事をしている姿を見た経営層が『あれくらいアホなやつがトップになった方が新しいことを始めるには良いのではないか』と思ったのではないか」(西田氏)(写真:陶山勉)
コロナ禍まっただ中の2020年6月に初就航を迎えるも、旅客は乗せられず、貨物専用便としてのスタートでした。20年10月には旅客便としての就航も果たしたものの、結局21年3月期は20億円の売上高に対し、63億円の営業赤字。改めてこの船出をどう振り返りますか。
ジップエア・トーキョー西田真吾社長(以下、西田氏):各国の出入国規制に加え、入国できたとしても隔離措置などの水際対策があるという二重の制約がありました。ただ、我々は立ち上がったばかりの会社。旅客需要が戻るまでの間はしかるべき準備をする機会にしようと考えていました。パイロットや客室乗務員を独り立ちさせるには訓練が必要で、そのためには飛行機を飛ばす必要がある。ただ燃油代や着陸料など色々な経費がかかるので、それを賄う方法として貨物を運ぶことにしたわけです。結果、赤字幅は約60億円となりましたが、これくらいで済んでよかった。
コロナ禍前に立てていた事業戦略上でも、貨物事業は手掛ける計画だったのでしょうか。
西田氏:我々が使う米ボーイングの「787」という機体は中型機なのですが、同じような大きさの「767」と比べ貨物室が大きいです。JALグループに貨物スペースを売ってもらおうというのは最初から考えていました。ただここまでの単価(貨物運賃)を頂ける状況になるとは想定しておらず、収入を下支えする存在という位置づけでした。
貨物事業を手掛けるLCCはあまりありません。貨物スペースが小さい小型機を使用する場合が多いのもそうですが、何よりなるべく駐機時間を短くして機材の稼働時間を長くしたいLCCにとって、貨物の積み下ろしに時間をかけるのは定石から外れています。
西田氏:その通りです。
ただ、中型機を使い、国際線の長距離路線を飛ばすとなると旅客の乗降や手荷物の積み下ろしに時間がかかり、機材が大きい分給油にも時間が取られます。そのため、LCCが小型機を使って国内線を飛ばす場合、駐機時間は数十分しかありませんが、我々は1時間半を標準にしています。それなら、貨物を積み下ろしする時間もあるわけです。
ジップエアはアフターコロナでも貨物事業を収益源にしようとしています。確かにコロナ禍以降、国際貨物の運賃は高止まりが続いています。ただ、航空網が正常化するにつれ、運賃も落ち着きを見せ始めるのではないでしょうか。
西田氏:いずれ落ち着いてくるとは思います。ただ太平洋(北米)路線に関しては今もフルサービスキャリア(FSC)が旅客機も使いながらかなりの貨物量を運んでいます。旅客需要が戻っても今はがら空きの客室が埋まるだけで、貨物スペースの供給はあまり増えないのではないかと考えています。そこに我々が参入すれば、高止まりしている運賃の恩恵を受けられる。
また貨物運賃の上昇には海運の混乱が影響を与えています。アジアと米国の間を行き来する貨物量は安定的に拡大しています。海運網の正常化は新しい港湾ができたり、港に入れる船舶の隻数が増えたりしない限りは実現しないでしょう。これも航空貨物の運賃が簡単には下がらない要因の一つになります。
貨物で稼げるのはある種、貨物スペースを代わりに売ってくれるFSCが親会社にいるからこそ、とも言えると思います。一方でFSC傘下のLCCはこれまであまり成功例がありません。
西田氏:やはりLCCが成功するにはLCCならではの工夫や努力、ブランディングを進める必要があります。でもFSCの傘下にいると、そのLCCならではの部分が徐々に薄まってしまうのでしょう。ただジップエアの場合は植木義晴会長や赤坂祐二社長をはじめ、JAL側が「『鶴丸』のブランドは俺たちが守る。おまえらは外で暴れてこい」と相当割り切ってくれています。FSCの傘下にいればスケールメリットも享受できます。「甘え上手」になって「親のすね」をかじりながら、LCCらしくやりたいことを好きにやっていくということです。
JALのジップエアに対する業績面の期待は大きいです。24年3月期に売上高700億円、EBIT(利払い・税引き前利益)100億円程度に業績を押し上げていく必要があります。
西田氏:ジップエアの設立はコロナ禍前ですが、あのお堅い、昔は役人ともやゆされたJALが日本にまだない、世の中にまだない究極のLCCを作ろうという経営判断をしたというのは相当大きな覚悟です。FSCの一本足打法ではいけないという危機感から、これまで培ってきたノウハウを周辺領域で生かしてグループとして成長するという発想だった。目標のハードルは高いですが、しっかりビジネスモデルを作り込んできました。
そのビジネスモデルの特徴は。
西田氏:低コストでオペレーションして、これを原資に低価格を実現します。例えばFSCは必ず乗り入れ先に人手などのアセットを持たざるを得ませんが、我々は基本、就航先に社員を置いていません。現地でのオペレーションはパートナー企業と組みながら進めるわけです。この点だけでも相当コスト構造として競争力があります。
LCCですが、快適性も重視します。Wi-Fiも無料で利用できますし、フルフラットの座席も用意するなど、機内の過ごしやすさはFSCと同レベルです。太平洋路線は今、FSCしか飛んでいません。そこに価格と快適性という武器を持って参入する。この構造が機能すれば十分戦えるし、目標も達成可能です。
LCCとしてはブルーオーシャンの太平洋路線を攻めるからこそ、戦えると。
西田氏:通常国際線の場合、相手国と自国の航空会社の便や座席数の供給量は半々くらいになりますが、日本発着路線はJALグループと全日本空輸(ANA)グループを合わせても3割ほどしか占めていません。JALグループに限れば十数%です。JALとのカニバリゼーション(共食い)を気にする必要もありません。我々のターゲットに合った路線に進出していけばよいだけの話です。
米国の市場は層が厚いといわれています。プライベートジェットで移動するような富裕層もいる一方、低価格を武器に乗り込めば顕在化する需要もあるはずです。またFSCの国際線はビジネスクラスなどの上級クラスで利益を生み出していますが、出張などのビジネス需要の回復に時間がかかるとなると、FSCがコロナ禍前の規模の路線網や便数、供給座席数を維持するのは難しい。そうなるとFSCの格安座席の供給量も減るはずです。我々としても戦いやすくなる。
ただ、航空は基本的に長距離路線になればなるほど、乗客1人に対する距離単位当たりの旅客収入(イールド)が低下する傾向があります。この点で、LCCはなかなか中長距離路線に参入してこなかった面があります。
米西海岸「片道10時間」が肝
西田氏:とはいえ、距離が伸びれば伸びるほど距離当たりのコストも薄まります。イールドをコストが逆転しないように、コストをどれだけ薄めるかという部分に注力するしかないです。
成田空港と米西海岸までの飛行時間は片道約10時間です。到着したら1時間半駐機してまた約10時間飛んで帰ってくる。すると1日のうち20時間は機材が空を飛んでいるという航空会社としてはあり得ないほどの高稼働率になります。これも低価格を実現できる要因となります。
「片道10時間」というのが肝なわけですね。
西田氏:機材の性能的には米ニューヨークでも英ロンドンでも行けます。ただ、片道十数時間の路線となると、1路線を維持するのに飛行機が2機必要になってしまい、稼働率を高めるのは難しくなってくる。我々が今就航しているタイ・バンコク線と韓国・仁川線は合わせて1機で回していて、機材の稼働は24時間中18時間ほど。これでも稼働率は相当高いのですが、稼働を20時間まで延ばせるのが米西海岸に就航する利点です。片道10時間圏の空港は米西海岸にいくつもあるので、そこを狙っていきます。国内線のLCCは同じ機材を1日に何回飛ばせるか、高頻度運航で勝負していますが、我々はそれを上回る稼働率で低価格を実現したいのです
ジップエアは米ボーイングの「787」を使用する。FSCと遜色ない機内の快適性を売りにしている
現状、運用する機材数はたった2機です。10月末に3機目が到着し、今後年間2機ペースで増やしていくとのことですが、このペースで23年度に売上高を700億円程度まで増やせますか。
西田氏:粗い計算ですが(平時であれば)1機あたり年間70億~80億円程度の旅客収入を生み出せるとみています。ここに貨物収入が加わるので、十分達成できる数字です。
貨物需要が旺盛な中、ANAやJALの国際線は貨物ハブとなっている成田空港から旅客便の運航を再開させる傾向にあります。FSCとのカニバリは起きませんか?
西田氏:我々のサービスモデルはFSCに全くないモデルです。運賃も米ホノルルで往復5~6万円程度。これが合理的だと好んでもらえる層は多分FSCがもともと選択肢にありません。逆に言えば、そういう人たちをターゲットにしているわけです。米国、特に西海岸に住む方々は新しいものに触れたいと考える人も多い。
例えば、ジップエアの機材にはシートモニターがありません。モニターを設置するには1席100万円くらいかかりますからね。でもWi-Fiがあれば、利用者自身のスマートフォンやタブレットで動画などを楽しめます。モニターがないことで座席下に様々な設備を置く必要がなくなり、搭乗客が足を伸ばしやすくなるという副次的な効果もあります。好意的な「割り切り」をしてジップエアを選んでくれる人は多くいるのではないかと思っています。
JALとコードシェア(共同運航)を実施する可能性はありますか。
西田氏:考えていないです。コードシェアはFSC同士で違う運航会社であっても一定の品質やサービスが担保されているという安心感があって初めて成立する。JALの航空券を買った人がジップエア便に搭乗しても、多分納得感は得られないでしょう。予約システムなども我々はLCC向けの低コストなものを使っています。そもそも簡単にコードシェアはできません。
とはいえ、連携できる部分は進めていきます。JALのマイルを、ジップエアの航空券を購入できるポイントに交換できる制度を始めています。ただこのマイル関連の連携に関しても、例えばジップエアに搭乗したらJALマイルがたまる、というようなことはしません。マイルを還元するための原資は価格に反映されるからです。
JALグループにはジェットスター・ジャパン、スプリング・ジャパンというLCCがあり、3社で成田空港を中心としたLCCネットワークを構築していく考えです。どう3社間で連携していきますか。
西田氏:それぞれブランドも違えば、資本構成も違う。基本的には個々で努力して成長していくということです。ただその中でもプロモーションなどで協力する余地はあります。例えばジップエアの利用者に、成田到着後はジェットスターで国内の各地に飛べますよとアピールしたり、スプリング・ジャパンが就航を計画している中国の中堅都市に住む消費者に、ジップエアに乗り継いで北米へ向かいましょうと売り込んだり、といった具合です。JALという共通の株主がいるので、忌憚(きたん)なくアイデアを3社間で話し合うことはできると思います。
今後、ビジネス目的の航空需要はコロナ禍前の水準まで戻らないとの見方があります。FSCとLCCの役割は今後どう変化していくのでしょうか。
西田氏:LCCの旅客は直前で運航スケジュールが変わる可能性などをある程度織り込んで利用します。ビジネス客がそんな場面に遭遇したら色々な人に迷惑をかけてしまう。ビジネス需要は減っていくかもしれませんが、やはり利便性が高く安心感もあるFSCが担う領域として残るでしょう。ただ、FSCのビジネスモデルで、エコノミークラスの収入だけで利益を出していくのは難しい。レジャー需要はLCCが吸収していくことになります。
FSCとLCCは全く別物だ、という認識でサービスを展開していかないといけないでしょうね。
西田氏:そうです。例えばジップエアでは機内販売を利用者のスマホやタブレットから注文してもらう形を取っています。決済もクレジットカードやデビットカードのみに対応し、現金管理をしなくて済むようにしています。LCCを使う人はネットで予約・決済を済ませているわけで、こうした形式にも理解を示してもらえるでしょう。その中でも、我々はチョコレート菓子の「白い恋人」を世界の国際線の機内販売で初めて取り扱い始めたように、様々な企業の製品を機内に持ち込んで販売できるような体制を取っていきます。
また我々は6歳以下の子どもは365日、いつでも同じ運賃で搭乗できるようにしています。6歳以下の子どもを持つ家族はまずジップエアを選択肢に入れてもらいたい。FSCは制度上こうした形式を取り入れるのは難しく、この発想を実現できるのはLCCだけ。LCCとして合理的な、でも独自性のあるサービスを提供していかなければならないということです。
日本にLCCが登場してから、まだ10年しかたっていません。もっと裾野は広げられます。ライバルも欲しいですね。選ぶ楽しみがあって初めて消費者の目はこちらに向きます。我々が成功すれば参入者も出てくるでしょう。他にも中長距離路線を担うLCCが出てきてほしいです
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保有機材[編集]
機材はボーイング787-8で、日本航空が初期に導入した機体[12]をリース移管して使用している。また同社は日本のLCCとしては唯一、ワイドボディ機を保有している。
今後は年度ごとに2機ずつ増機し、2024年度には最大10機体制を目指す計画で、ボーイング側の新造同型機の品質問題もあり、3号機まではJALからリース機で、4号機以降については日本航空の新中期経営計画でリースだけで無く自社導入も検討されている。
ZIPAIR f初号機JA822J. 2号機 JA825J. 3号機JA824J ・・・・旧JAL機
旧JAL時代
初号機JA822J
2号機 JA825J
3号機 JA824J