カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

杏月ちゃんと心臓

2021-06-06 | 散歩

 もともと年を取ってきたな、という感覚はあった。何しろ14年と半年である。それでも杏月ちゃんの足取りが重かったわけではなく、飛び跳ねてステップを踏むように歩くさまはいつも通りだ。テリトリーの確認にも余念がなく、主要な樹木や電柱などのチェックは入念である。雌犬だが、場合によっては足を上げてマーキングの尿をかけるほどだ。どんなライバル意識なのだろう。
 土日限定というのはあるけど、少し遠出の散歩に出ることがある。時間にするとたっぷり90分。なんとなくだが、いくつかあるコースのうち、これが最適という感じにいつの間にか決まった。雨天であるとか、ものすごく暑い日でない限り、淡々とこのコースを回る。
 知り合いというか、目にする人や飼われているワンちゃんともなじみの人が増えた。その都度アヅちゃんはしっぽを振り、時には芸を披露した。相手が子供だとノリが悪くて、無視したりするが(子供は基本的に嫌いらしい)。自分より同じようなクラスの大きさの犬には特に激しく反応して、勢い良く吠えて威嚇する。どのみち本気ではないことくらいは分かるが、リードでつながっていて制されることを了解済みでこのような行動をとるのである。
 そういう具合で、この日も調子はよさそうだったのである。一通りぐるっと回って、フィニッシュに坂道を登るとき、前方に柴犬を連れて歩いている人がいる。二十メートルは先を歩いており、そうして足取りもしっかりした方で、こちらにかまう様子もない。ただし、距離はつかず離れずで、50メートルくらいだろうか、こちらはそのまま追っかけるような感じになっていた。息は荒々しく興奮した様子で、足取りも強く前に進もうとする杏月ちゃんだったのだが、ちょっと疲れてきたのか急に立ち止まって、後ろ足で顔を掻こうとしたのかどうか。そうしたらフラフラッというか、そのままバタリと横倒しに倒れてしまった。
 一瞬何が起こったか理解ができなかったのだが、あれッ、倒れたのか? という感じ。すぐにしゃがんで胡坐を組んだような足の上に持ち上げて様子を見る。意識はあるがぐにゃりとして力が感じられない。先ほどの鼻息とは裏腹に、息遣いは静かだ。体温は熱いのだろうか? それは僕も汗をかいているのでよく分からない。しかしそのように暑い中なのに、静かな息遣いというのが、大体おかしいのではないか。ぐにゃりとして力はないが、自宅までは8分くらいで歩いて行けるはずだ。そのまま抱っこして、うちに帰ろう。何かおかしいにせよ、腕の中では少しづつ反応は戻っている。
 そうして抱っこしながら歩いていると、フッという感じに急に眼の色が戻って息遣いがハッハッというかんじに戻った。腕の中でマゴマゴしだして、いわゆる降ろせ、という。しずしず地面に体を下すと、何事もなかったように歩き出した。いや、まだちょっと信用できないか。ともかく自分で歩きたいらしい。もう自宅は二三分先だ。やっぱり年なんだろうな、興奮して疲れすぎてしまったのだろうか……。
 ということがあって、やはりなんとなく元気はなくなっている感じはないではないが、翌週を迎えて家にいると、普通通り散歩に行きたがる。さて、今日は様子を見ながら短いコースで行ってみようかな、と思って外に出た。家の塀の手前までグイグイリードを引いて、急げの意志を見せている。こういうのはいつも通りだろうか。と、塀の外側の他の犬の匂いがするのだろう所を熱心に嗅ぎまわり、次へ行こうと前を向いたまま、今度は硬直したようにばたりとそのまま横倒しに倒れた。とにかく僕はびっくりしてしまって取り乱してしまったが、よく確かめるとやっぱり意識がない訳ではない。そのまま家に帰って、つれあいに話し、一緒に病院に連れて行ってもらった。
 この犬種(老犬)の場合よくあることらしく、心臓の弁の開け閉じに不調があって、一所懸命心臓を動かすにもかかわらず、脳に酸素が十分に回らなくなってしまうのだろう、というお話だった。注射して様子を見ようということになる。
 それから後日再度息が荒くなるなどして受診し、別の薬ももらってくる。家での様子は完全に変容して力がない。寝てばかりになり、水をたくさん飲む。トイレにはいく。食欲はあってご飯ばかり要求が激しい。しかし抱っこしても力が弱いし、座り方もおかしいし、歩くときに後ろ足の踏ん張りがきかない。段差を登るのも一苦労だ。ほんの最近まで、僕たちのベイビーだったのに、やっぱり犬というのは人間よりも老化が早いらしい。原因の第一は心臓にあるようだが、人間のように手術ができるものかもよく分からない。ましてや出来たとしても、それでどれくらい良くなるというのか。その後の寿命がどれくらいになるというのか。
 今はきつそうだからという理由で、むやみに抱っこさせてももらえない。実際きつそうだし、以前より明らかに嫌がっている。胡坐をかいて座っていると、必ずと言っていいほどやってきて間に座ったものだが、そういうことよりも一人で伸びあがって息を荒くして寝ている。僕らはしずかにその様子を見守っているだけなのである。

※追伸: 結局今朝、杏月ちゃんは事切れてしまった。
 これを書いたのは1日のことで、その後状態はさらに悪くなり、ずっと何も食べず、ほとんど寝たきり状態になってしまった。ただし、自分で水を飲んだりトイレには行っていた。何度も病院に連れては行ったが、一進一退、いいとも悪いとも……。息苦しそうで心苦しかったりもするが、ほとんど静かになって死んでいるのではないかと思ったりもした。そういうことを繰り返し、体のどこから出血しているかは不明だが、口からにじんでくる血で、前足やあごがゴワゴワと固まった血に覆われていった。
 深夜3時過ぎ位から呼吸の仕方というか、様子が変化し、何か吐きたいようでいて、それができず苦しんでいる感じだった。這うように時折移動し続け、ちょっと静かになったようでいて、顔をあげたようだったが……。心臓が止まっているはずなのに、何度か呼吸のようなものを繰り返して、まだ動いているような気もするが、ダメなようだった。今は、最後までよく頑張ったな、という思いである。楽になってよかったとも思っている。
 今静かになった杏月ちゃんを目の前にして、悲しいは悲しいのだが、そうして、寂しいのかどうかさえ、よく分からないのである。

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