今から『日日是好日』の著者森下典子先生にお目にかかると思うだけで、
港の見える丘公園の坂道を急いで登りあがった。
辿りついた大仏次郎記念館の和室の窓辺に、瑞々しい緑の間から渡ってくる風は、実にかぐわしく、清々しかった。
床の間に、菖蒲とともに飾られた泰山木(たいざんぼく)は、今でもパカッと開きそうで、めいっぱいふっくらとしていた。
掛けられた掛け軸は、「喫茶去」。
着物姿で水屋から物静かに出てこられた典子先生は、可憐なお方。
あえて「喫茶去」を選んだ理由を話してくださった。
どのような時こそ「喫茶去」するか、
今日、新しい「景色」の「喫茶去」が目に映った。
確かに、お茶ですら飲む気にならない日もあるはず。
心の持ち方一つに、今日は最初に一服のご馳走を頂いた。
『日々是好日』にも登場する愛知美濃忠の初かつおをはじめ、
清らかな川と川底の石コロをイメージした神保町ささまの「玉川」、
蛤の貝の中に琥珀羹を詰め、さらに琥珀羹の中に浜納豆が一粒入れられているという、なんとも風情のある京都亀屋則克の「浜土産(はまづと)」等々。
心を揺さぶる芸術品の数々を、この日のために、厳選してくださった。
隣り席のお三方と、それぞれ違う和菓子をチョイスし、幸せの口福を分かち合った。
どなたの顔にも笑みがこぼれていた。
野の花如く、典子先生が生けてくださった茶花たち。
日本の茶道を通して広がった幸せの世界は、中国茶にも通用する。
見慣れていたはずの文字、お花の表情、いつもの五感。
ある日、突如うまれてくる新たな感性が、なんとも感動的なもの。
生き生きと話す典子先生の目は、輝いていた。
『日日是好日』が教えてくれたしあわせと重なった。
三十九年間の茶歴をもつ先生は、真の大人の余裕を見せる。
そんな人生の大先輩に見習い、今足元にある小さな幸せを無理せず拾い、ただただ今日一日を愉しもうと改めて思った土曜の午後だった。
森下先生を紹介してくださった青柳先生をはじめ、この回を企画して頂いた麗香茶課のちょし先生、多都子先生、そしてご一緒の方々、ありがとうございました。
今日は新たなエネルギーを頂きました。