ゴールデンウィークが過ぎた頃、仰ぐ密集住宅地のわずかな青空が、茂げた桑の青葉で遮られるようになった。
ある日、木陰の間を覗くと、いつの間にか、二本中の一本に赤い実が、点在するようになっていた。
息を呑んだー!
ほんとに桑の樹だったね!つまり、この赤い実、マルベリーってこと⁈
一粒摘み採り口に入れてみると、まだ硬くて酸っぱい。
報告も兼ねて植物に詳しい友人に連絡入れた。
「実が成熟するにつれて糖度があがる。透き通った赤、さらに黒くなる。その頃が食べ頃だよ」
成熟したマルベリーは、ブラックベリーに似ており、甘くてほど良い酸味が楽しめる。小さな粒が集まって一個の実になっているため、食感もしっかり。
調べてみたら、マルベリーに鉄分とビタミンCが豊富。
それから、毎日少量ながらも収穫祭。
収穫に訪れてくるのは、人間の私だけではない事がすぐ分かった。
朝から小鳥がさえずり、友を呼ぶ。実を食べては樹で憩う。大きな蜜蜂もやってくるから、怖くて立ちはだかる。
「私の手では届かない向こう側に、実がたくさんあるのに…こっち来ないでー」
と心の中で叫びながら、ハチ🐝が去るまで待ち続ける。
摘み採ったマルベリーを部屋で水洗いすると、ざるから一人の蟻さん🐜がうろたえて逃げていく。
成熟した実は、ハサミ✂️使わなくても指で簡単に摘み採れる。ベランダの柵に全身を預けることにした。片手で枝を体にたぐり寄せ、片手で成熟した実を摘み採る。
その姿勢もなかなか限界がある。せっかく近づけて採れそうになったので、一、ニ、三…五粒ぐらい採れたら一旦元の体勢に戻ろう。五粒目を取ろうとするその瞬間、掌に握り締めた四粒中の三粒が手から滑り落ち、一階の土に姿が消えてしまった!
一人で作業するならショルダーが要るね。もう一人がいれば作業が楽になる。
それでも毎日の収穫、多い時60粒。少ない時でも20粒ほど採れる。
朝食に作りたてのマルベリースムージーを頂く。収穫の多い日にジャム作って翌朝パンに塗る。ガーネット色のジャムになる。
本格的なお菓子作りは、ヨイショしないと中々容易にできない素質なのでとりあえずお預け。
マルベリーの樹は、マンション敷地のもの。たまたま、この部屋のベランダからは一番獲りやすかった。
日曜日、マンション自治会理事長ら男性二人、一日がかりで、伸びた樹の枝をだいぶ切り落とした。向こう側の一軒家まで樹の枝が当たりそうになり、毎年一回切り落としているそうだ。理事長ら二人も、マルベリーが食用できると知らなかったという。労作の後、作りたてのスムージーを二人に差し上げた。
だいぶすっきりした枝々の間から、再び青空が広がり、気持ちの良いそよ風が頬ずりしてきた。
刹那、本家に戻るまで、今の仮住まいが、栖と変わった。別の場所で部屋探していた時期もあったが、もうその必要がなくなったように思えた。
古い部屋を内装替えて、どうにでもなる。マルベリーの樹、私をこの部屋の主人として迎えてくれた。