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ジャッキーの「新精武門」はどんな映画だったのでしょうか?既に観ている方はこの映画について様々な印象を持っているかと思います。おさらいを兼ねこれを少し考えてみます(Alpha Film&Videoからリリースされた英語版VHSを元に考察します。)
製作の背景には当時の映画雑誌の記事から「精武門」(ドラゴン怒りの鉄拳)のリバイバル公開によるヒットが影響しているということがありましたので、まずはこれを検証してみました。
当時の資料を調査してみますと「精武門」は香港で74年2月から再公開されており、そうなると相当前から羅維は続編の製作を考えていたことになります。
しばらくして76年になりますが、この時期の香港では「唐山大兄」や「龍争虎闘」が次々に上映されてリーの人気が再燃していたと思われます。「唐山~」が2月でしたのでこれで羅維は最終的に製作を決断したのかも知れません。観衆はリーとその後継者に期待し続けていたのが分かります。そしてジャッキーが羅維からオファーを受けたのは2月中旬で羅維と陳自強がジャッキー(この時はまだ陳元龍)に接触し、2月末には成龍と改名していたようです。
ストーリーは概ね次の通りでした。
日本人の圧力により上海の精武道場は崩壊寸前まで追い込まれていた。台湾に逃れた麗兒(苗可秀)は、阿龍(ジャッキー)と出会う。日本人の支配は既に台湾にも及んでいて警察も無力だった。この場所は日本政府の岡村(陳星)が率いる大和道場が牛耳っており、この地で麗兒が師範(韓英傑)らと開いた精武道場も岡村に屈辱的な目に遭わされ岡村の娘・千代子(鄭秀秀)に道場の看板を蹴破られてしまう。岡村らの横暴に阿龍は怒り、指を噛んで"精武"の血文字を胸に書き、仲間と共に立ち上がるのだった。その姿に陳眞(李小龍)を見た麗兒は陳眞の形見を阿龍へ授けた。やがて秘伝の"迷踪拳"を会得した阿龍は大和道場に乗り込みついに岡村と対決するというストーリーです。
ジャッキーはこの映画で三節棍を使っています。そういえば三節棍を持っているスチールをよく目にしましたので売りの一つでもあったと思います。私は実際に三節棍がどんなものか手に取って確かめたかった事もあり映画で使用しているものと同じタイプを購入してみました(画像参照)。白蝋杆という素材を使用しており棍棒は直径2cm程でとても堅く三本の棍棒を繋ぐ金具もしっかりしていて重量感がありました。これを使いこなすのは非常に困難ですが、達人が使うとなれば相当強力な武具であるのは間違いないところです。本編ではラスト近く、この三節棍を使ったバトルが展開されますが、陳星が沖縄武器(サイ)を使い、三節棍vsサイの珍しい対決となっていたのは印象深く、ここは迫力のある画が出ていたと思います。(ジャッキーはこれ以降「シャンハイヌーン」まで三節棍を見せず。)「新」には二節棍(ヌンチャク)を使うシーンも何度か登場しますが、実は前述の三節棍のアクションで途中から2本に変わるという展開になっていたのです。
ところで月3000ドルと安い給料でも後には戻れない状況だったジャッキーはリーの後継者と言われても素人っぽくヌンチャクをブン回したり、がむしゃらに闘い、ドジな面を見せる演技をしており、この当時は1000万ドルの監督(「唐山大兄」300万、「精武門」400万、「冷面虎」「綽頭状元」など興収を合計した金額)と言われた羅維作品で初めからジャッキーらしさを表現していたのが見て取れると思います。
そういえば「新」以降もヌンチャクのアクションを見せる時(例えば「天中拳」や「酔拳」)には、必ず最後に自分の顔や頭などに当てるというオチにしていました。つまりリーの真似をしつつ、彼のパロディを既にこの「新」で見せていたことになります。
ジャッキーも参加した前作で大先輩であったリーに誉められたスタント時代から数年後。"成龍"名義で初めて領銜主演としてスクリーン上にも名前が出た訳ですが、続編ということで前作からの流れを踏襲しつつ、上記三節棍のような新たな要素が詰め込まれています。まず羅維はそのまま警察署長として冒頭に登場し、既に大スターだった元"嘉禾公主"の苗可秀は断然人気があったはずで彼女目当てのファンも多くいたことでしょう。また今回は悪役ではなく師範として出演し、武術指導も担当した韓英傑の存在も忘れてはならないところです。千代子役の鄭秀秀は台湾でのテコンドーチャンプで当時21歳。彼女の起用は早々と決定していました。
また、本編に本物リーの画像が挿入されていますが(「龍争虎闘」の2枚の静止画像が使われている)たとえ一瞬でもこれを入れる入れないでは大きな違いがあると思うのですが羅維自身の作品の画像が使われず、これは関係が悪化していた【嘉禾】から許可が下りなかったものと推察します。
また差は歴然ですが前作との比較をしますと、名セリフと呼ばれるものや"東亞病夫"のようなフレーズは無かった様子でした。強いて挙げるとすれば”The two spells meanings of the Jing Wu school!!”(不屈の精神、団結は正に精武)になるのでしょうか。また残念なのは前作のような音楽が使用されなかったのも盛り上がりに効果的ではなかったと思います。
ラストのVS陳星も日本人との対決を演出するには畳が必須であるのか日本家屋を使うなど配慮していました(台湾には日本家屋が多いと聞きます)。この大和道場のロケーション先は他の映画でも使われており、陳観泰&倉田保昭「亡命忍者」(「地獄の忍者軍団クノイチ部隊」)の"精武道舘"と"娼館"や、何宗道「詠春與捷拳」(The Story of the Dragon※掲示板参照)でも使われていた日本式家屋で台湾の彰化市付近にあります。そしてラストシーン。これは前作があまりにも有名な場面であるので「新」が印象に残るとは思えません。衝撃的なラストという意味では前作と同様ですが飛び蹴りでストップモーションとなるのに対し、銃が撃ち込まれた無残な状態のカットで終わる為であるのですが、ここはなぜこのようなシーンになったのか理解に苦しみます。一部が「精武門」のオリジナルスタッフ、キャストの人々が送ったこれだけのエッセンスが詰まった映画でしたが、興行的には失敗に終わったようです。理由は明白だったのではないでしょうか。
ジャッキーはのちにこう述べています。
「苗可秀との共演は素晴らしかった。」また前作を「精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)は香港で一番愛されているリーの映画だと思う。」(自伝より)
製作の背景には当時の映画雑誌の記事から「精武門」(ドラゴン怒りの鉄拳)のリバイバル公開によるヒットが影響しているということがありましたので、まずはこれを検証してみました。
当時の資料を調査してみますと「精武門」は香港で74年2月から再公開されており、そうなると相当前から羅維は続編の製作を考えていたことになります。
しばらくして76年になりますが、この時期の香港では「唐山大兄」や「龍争虎闘」が次々に上映されてリーの人気が再燃していたと思われます。「唐山~」が2月でしたのでこれで羅維は最終的に製作を決断したのかも知れません。観衆はリーとその後継者に期待し続けていたのが分かります。そしてジャッキーが羅維からオファーを受けたのは2月中旬で羅維と陳自強がジャッキー(この時はまだ陳元龍)に接触し、2月末には成龍と改名していたようです。
ストーリーは概ね次の通りでした。
日本人の圧力により上海の精武道場は崩壊寸前まで追い込まれていた。台湾に逃れた麗兒(苗可秀)は、阿龍(ジャッキー)と出会う。日本人の支配は既に台湾にも及んでいて警察も無力だった。この場所は日本政府の岡村(陳星)が率いる大和道場が牛耳っており、この地で麗兒が師範(韓英傑)らと開いた精武道場も岡村に屈辱的な目に遭わされ岡村の娘・千代子(鄭秀秀)に道場の看板を蹴破られてしまう。岡村らの横暴に阿龍は怒り、指を噛んで"精武"の血文字を胸に書き、仲間と共に立ち上がるのだった。その姿に陳眞(李小龍)を見た麗兒は陳眞の形見を阿龍へ授けた。やがて秘伝の"迷踪拳"を会得した阿龍は大和道場に乗り込みついに岡村と対決するというストーリーです。
ジャッキーはこの映画で三節棍を使っています。そういえば三節棍を持っているスチールをよく目にしましたので売りの一つでもあったと思います。私は実際に三節棍がどんなものか手に取って確かめたかった事もあり映画で使用しているものと同じタイプを購入してみました(画像参照)。白蝋杆という素材を使用しており棍棒は直径2cm程でとても堅く三本の棍棒を繋ぐ金具もしっかりしていて重量感がありました。これを使いこなすのは非常に困難ですが、達人が使うとなれば相当強力な武具であるのは間違いないところです。本編ではラスト近く、この三節棍を使ったバトルが展開されますが、陳星が沖縄武器(サイ)を使い、三節棍vsサイの珍しい対決となっていたのは印象深く、ここは迫力のある画が出ていたと思います。(ジャッキーはこれ以降「シャンハイヌーン」まで三節棍を見せず。)「新」には二節棍(ヌンチャク)を使うシーンも何度か登場しますが、実は前述の三節棍のアクションで途中から2本に変わるという展開になっていたのです。
ところで月3000ドルと安い給料でも後には戻れない状況だったジャッキーはリーの後継者と言われても素人っぽくヌンチャクをブン回したり、がむしゃらに闘い、ドジな面を見せる演技をしており、この当時は1000万ドルの監督(「唐山大兄」300万、「精武門」400万、「冷面虎」「綽頭状元」など興収を合計した金額)と言われた羅維作品で初めからジャッキーらしさを表現していたのが見て取れると思います。
そういえば「新」以降もヌンチャクのアクションを見せる時(例えば「天中拳」や「酔拳」)には、必ず最後に自分の顔や頭などに当てるというオチにしていました。つまりリーの真似をしつつ、彼のパロディを既にこの「新」で見せていたことになります。
ジャッキーも参加した前作で大先輩であったリーに誉められたスタント時代から数年後。"成龍"名義で初めて領銜主演としてスクリーン上にも名前が出た訳ですが、続編ということで前作からの流れを踏襲しつつ、上記三節棍のような新たな要素が詰め込まれています。まず羅維はそのまま警察署長として冒頭に登場し、既に大スターだった元"嘉禾公主"の苗可秀は断然人気があったはずで彼女目当てのファンも多くいたことでしょう。また今回は悪役ではなく師範として出演し、武術指導も担当した韓英傑の存在も忘れてはならないところです。千代子役の鄭秀秀は台湾でのテコンドーチャンプで当時21歳。彼女の起用は早々と決定していました。
また、本編に本物リーの画像が挿入されていますが(「龍争虎闘」の2枚の静止画像が使われている)たとえ一瞬でもこれを入れる入れないでは大きな違いがあると思うのですが羅維自身の作品の画像が使われず、これは関係が悪化していた【嘉禾】から許可が下りなかったものと推察します。
また差は歴然ですが前作との比較をしますと、名セリフと呼ばれるものや"東亞病夫"のようなフレーズは無かった様子でした。強いて挙げるとすれば”The two spells meanings of the Jing Wu school!!”(不屈の精神、団結は正に精武)になるのでしょうか。また残念なのは前作のような音楽が使用されなかったのも盛り上がりに効果的ではなかったと思います。
ラストのVS陳星も日本人との対決を演出するには畳が必須であるのか日本家屋を使うなど配慮していました(台湾には日本家屋が多いと聞きます)。この大和道場のロケーション先は他の映画でも使われており、陳観泰&倉田保昭「亡命忍者」(「地獄の忍者軍団クノイチ部隊」)の"精武道舘"と"娼館"や、何宗道「詠春與捷拳」(The Story of the Dragon※掲示板参照)でも使われていた日本式家屋で台湾の彰化市付近にあります。そしてラストシーン。これは前作があまりにも有名な場面であるので「新」が印象に残るとは思えません。衝撃的なラストという意味では前作と同様ですが飛び蹴りでストップモーションとなるのに対し、銃が撃ち込まれた無残な状態のカットで終わる為であるのですが、ここはなぜこのようなシーンになったのか理解に苦しみます。一部が「精武門」のオリジナルスタッフ、キャストの人々が送ったこれだけのエッセンスが詰まった映画でしたが、興行的には失敗に終わったようです。理由は明白だったのではないでしょうか。
ジャッキーはのちにこう述べています。
「苗可秀との共演は素晴らしかった。」また前作を「精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)は香港で一番愛されているリーの映画だと思う。」(自伝より)
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