2001年12月23日(日)
ビル・エヴァンス・トリオ「ラウンド・ミッドナイト(ライヴ)」(ポリドール/Verve POCJ-1901)
1.NARDIS
2.SOMEDAY MY PRINCE WILL COME
3.STELLA BY STARLIGHT
4.HOW MY HEART SINGS
5.'ROUND MIDNIGHT
6.WHAT KIND OF FOOL AM I ?
7.THE BOY NEXT DOOR
8.HOW DEEP IS THE OCEAN
たまには、趣向を変えてジャズもいいでしょ、ということで、今日の一枚はこれ。
ビル・エヴァンス・トリオ、64年のライヴ。カリフォルニア州ソーサリートの「ザ・トライデント・クラブ」にての録音。
パーソネルは、エヴァンスのほか、チャック・イスラエルズ(b)、ラリー・バンカー(ds)といった顔ぶれ。
ジャズという音楽は、ライヴ演奏において最もその本領を発揮するものだと思っているが、本盤もまさに、そのことを証明した一枚だと思う。
まず(1)は、かつてエヴァンスが在籍していたグループの主、マイルス・デイヴィスの作品。
短調の、特徴のあるテーマ演奏に続いて、イスラエルズが深く物思いに沈んだようなムードのソロをとる。
これを受けて、エヴァンスが淡々とソロを続けながら、リズムのふたりとの「交信」をとっていく。そして、再びテーマでエンド。
特に盛り上げようとかいった作為もない、実にさりげない進行なのだが、とにかく、三人の息がぴったりと合った演奏なのである。
他のふたりにも、出番をできるだけ提供しようという、エヴァンスの心遣いもどこか感じられる。
(2)はディズニーの映画音楽の代表曲だ。モーリィ=チャーチル・コンビ作、「白雪姫」のテーマのワルツ曲。
短いテーマからそのまま、アドリブ・ソロに入るエヴァンス。そしてイスラエルズのソロが続く。
バンカーとの交換プレイを経て、テーマに戻り、急転直下でエンディング。
この曲はエヴァンス自身も相当気に入っていたようで、何度もライヴ録音をしているのだが、年代によって、テンポが少しずつ変化しているのが興味深い。
後年のものすごいスピード・プレイにくらべて、64年版はまだゆったりとした趣きがある。「時代」なのかな。
(3)もまた有名なスタンダード・ナンバー。ヴィクター・ヤングが映画の主題曲として作ったもの。
というよりは、もう、ジャズ・ミュージシャンにとっての「必修科目」といったほうがいいか。
このうえなく優美なメロディを持った名曲。まずイスラエルズの長めのソロから始まり、エヴァンスが加わってのインタープレイが続く。
そのやりとりのさまは、リスナーに「ベスト」と評価されている、スコット・ラファロとの共演盤をどこかほうふつとさせるものがある。
エヴァンスのソロに入り、テンポを上げる。メロディアスで甘美というだけでなく、しっかりとしたリズム感覚に裏打ちされた彼のソロ・フレーズは、たとえようもなく素晴らしい。
最後はテンポを再び落とし、イスラエルズにソロをわたし、そしてテーマで終幕。
おおげさな仕掛けはなにもなく、さらりとした進行の中に、極上の味わいを見せる、そんな一曲だ。
メロディックなナンバーを、もう一曲。アール・ジンダース作の(4)である。
軽快なワルツ調のテーマ、ベースとのインタープレイに続くエヴァンスのソロ。
文字通り、ソフトに「歌う」ようなタッチのプレイが美しい。
ただ、彼のピアノの場合、決して装飾過多な「砂糖菓子」のようなプレイには陥らず、つねに知的な抑制がなされているように思う。
凡百のカクテル・ピアニスト、レディ・キラー的ピアニストとは異なり、おのれのテクニックに埋没することなく、つねに覚醒した意識が、彼の指先を見据えている、そんな印象があるのだ。
そして、本盤中一番のききもの、セロニアス・モンクの名曲、(5)である。
さまざまなジャズ・ミュージシャンによってカヴァーされたモダン・ジャズの代表曲だが、エヴァンスらはこれを、原曲の沈んだマイナーなムードとはまた違ったテイストに仕上げている。
硬質な張りつめたサウンドながら、エヴァンス、そしてイスラエルズが繰り広げる、伸びやかなアドリブ・プレイは、芳醇な酒を思わせ、まことに魅力的である。
絶望感、孤独感のただなかにあっても、生きる意欲だけは捨ててはいけない、そんな感慨さえ不思議と抱かせてくれる。
これが、音楽、ジャズのもつ魔力なのだろうか。
(6)もまた、ミュージカルのため作曲されたナンバー。アンソニー・ニューリィの作品。
前曲とうってかわった明るいアップ・テンポにのせ、エヴァンスの指も自在に動く。コーラスを重ねるごとに、ソロ・プレイも熱さを加えていく。
中間部では、テンポを落としてイスラエルズのソロ。これもまたよく「歌う」ベースだ。
再びエヴァンスがリードをとり、スローで綺麗にしめくくる。まさに、完璧な構成だ。
エヴァンスというひとは、アーティストである前に、まずすぐれたアーティザンであるのだなと痛感。
(7)はジュディ・ガーランド主演の映画のため、ブレーン=マーティン・コンビが作ったナンバー。
隣りに住む青年への淡い恋心を歌った、ラヴ・バラードの佳曲。
タイトルや歌詞を置き換えた「THE GIRL NEXT DOOR」もシナトラをはじめとする多くの男性シンガーによって歌われているから、むしろそちらのほうが通りがいいかも知れない。
この可憐なラヴソングを、エヴァンスはリリシズムをこめて丁寧にピアノで歌い上げていく。
最初はスローなソロ、そしてリズムを加え、少しずつテンポを上げていく。
心地よいミディアム・ビートにのって展開されるピアノ、そしてベース・ソロ。
それを支えるバンカーの繊細なブラッシュ・プレイが、また見事。
弾き手側も、聴き手側も、このうえない快感に身をゆだねていく。嗚呼、至福のひととき。
世間には、ジャズとは小難しい音楽だと考えているムキも多いが、そんなのはとんでもない誤解であることが、これを聴けばよくわかる。
誰も傷つけることなく、すべてを幸福感で満たす、至上の楽園、それがエヴァンスの音楽なのだと思う。
ラストは大戦前の国民的作曲家のひとり、アーヴィング・バーリンによる、(8)。
ジャズ畑でも多くの人々によってカヴァーされているが、これをミディアム・テンポで快調に演奏。
とにかくよくスウィングしている演奏だ。三人のグルーヴが見事に重なりあい、大きく増幅されていく。
原曲のもつ、メランコリックな持ち味を生かしつつ、ダイナミズムを感じさせる堂々とした演奏だ。
バド・パウエルらバップ系ピアニストの強い影響下から出発しながらも、白人特有の和声感覚、リズム感覚を生かした、エヴァンスのオリジナル・スタイルが、ここには結実している。
明るさと暗さ、ホットネスとクールネス、知性と情熱、快活さとメランコリー、これらが絶妙にブレンドされ、熟成された彼のサウンドは、ジャズファンならずとも、一聴の価値はあるだろう。
ぜひ、ご自身の耳でじっくりと確かめてみていただきたい。