2002年1月6日(日)
マディ・ウォーターズ「MUDDY WATERS AT NEWPORT」(MCA/Chess CHD-31269)
1.I GOT MY BRAND ON YOU
2.I'M YOUR HOOCHIE COOCHIE MAN
3.BABY, PLEASE DON'T GO
4.SOON FORGOTTEN
5.TIGER IN YOUR TANK
6.I FEEL SO GOOD
7.I'VE GOT MY MOJO WORKING
8.I'VE GOT MY MOJO WORKING, PART 2
9.GOODBYE NEWPORT BLUES
本日は「チェスで100枚」のうちの一枚でもある、マディ・ウォーターズのライヴ盤。
1960年7月3日、ニューポート・ジャズ・フェスティバルでの録音。
「マディ・ウォーターズ」というだけのシンプルなMCで紹介されて登場した彼が、さっそく歌い始めるのが、スロー・テンポの(1)。
これはもちろん、彼の最大最強の後ろ盾、ウィリー・ディクスンの作品である。
バックメンバーは、ジェイムズ・コットン(hca)、オーティス・スパン(p)、パット・ヘア(g)、アンドリュー・スティーヴンス(b)、フランシス・クレイ(ds)という顔ぶれ。
オープニング・ナンバーをさらりと危な気なく歌い終えたマディが、間髪を入れず始めたのは、彼自身のテーマ・ソングともいうべきナンバー、(2)。
オリジナル(EP)は54年1月録音、名盤「ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ」にも収録されたこの一曲(ディクスン作)で、彼はトップ・シンガーの仲間入りをしたといってよい。
そのドスのきいた歌いぶり、謎めいたアイテムが続々登場する、意味深長な歌詞に、当時の黒人たちはみな衝撃を受けたという。
そしてその衝撃波は、そこにとどまらず、白人社会にまで及んでいくことになる。
ニューポート・ジャズ・フェスティバルといえば、白・黒問わず、人種を超えた観客がつどう世界。
そこに初登場したとき、マディは、黒人社会のローカル・ヒーローを脱して、アメリカ社会全体のヒーローとなったのである。まさに「登龍門」。
そういう意味で、マディのきった仁義としての「フーチー・クーチー・マン」の威力はハンパではなかった。
まさに、この一曲で観客を「つかみ」切ったのである。
あとはどんどん、マディの歌う「俺節」的世界に引きずり込まれていくことになる。
(3)はクレジット上では、マッキンリー・モーガンフィールドすなわちマディ自身の作品ということになっているが、もちろんビッグ・ジョー・ウィリアムス作の名曲をちゃっかりパクったものである。
ここでのマディの歌いぶりは、ビッグ・ジョーの重たいノリよりはだいぶん軽快で、後者を「お願いだ、いかないでくれぇ~~っ」という悲痛な泣き叫びとすれば、「ねえ、ねえ、行っちゃうなんてウソでしょ~、まだやり直せるじゃん」という程度のニュアンスである。
精力絶倫、モテモテ男マディには、ひとりの女に泣いてすがる男の歌は、あまり似合わないってことかな。
(4)はスロー・ナンバー。かの名曲「ゴーイング・ダウン・スロー」を書いたジェイムズ・オーデンの作品。
こちらは同じ別れの歌でも、もっとディープな歌いぶりである。例のワン・パタなスライド・ギターも、泣きまくっていて、実にカッコよろしい。
(5)ではふたたびアップ・テンポでディクスン作のナンバーを。こういう「押し」の強い曲では、マディの迫力ある歌はいうまでもないが、バンドの一体感ある演奏も、まことに素晴らしい。
中盤になると、観客もかなりリラックスしてくる。(6)はビッグ・ビル・ブルーンジー作の有名なナンバーだが、このミディアム・テンポのナンバーが妙に観客(とくに女性)にウケがいいのである。
やたらと歓声・嬌声がとぶ。「I FEEL SO GOOD」のフレーズでは、マディが歌うと性的なものを強く連想させるのか、女性ファンが悶えるような叫びを上げる。これはスゴいっすよ。
この興奮をさらにあおるようにして突入するのが、(7)。
すでに「BLUES MASTERS」のシリーズをご紹介したときにも書いたことだが、もともとは50年代、マディと共にツアーを続けていた女性R&Bシンガー、アン・コールの持ち歌だったもの。P・フォスターの作曲。
この曲のステージでのバカうけぶりに着目、さっそく、自作詞をつけて自分でも録音してしまったということなのである。
さすが、機を見るに敏なマディらしいエピソードだ。
とにかく、このニューポートでのパフォーマンスが素晴らしいの一言。
バンドのスピード感あふれる演奏に合わせて、マディの「俺節」が炸裂。
男っぽさ、全開モードである。
女性客の反応も、またスゴい。ここまで黄色い歓声が飛ぶブルースマンが、かつていただろうか、そんな盛り上がりぶりなのである。
(8)は同曲の再演。こちらでも、演奏者と観客のテンションはピークに達する。
さすが、ブルース・コンサートの「キラー・チューン」との異名をとるだけのことはある。
これでのらない客は、絶対いない、そういう感じだ。
ラストの(9)は、このフェスティバルのためにマディと詩人ラングストン・ヒューズが書いたスロー・ナンバー。
ピアノのオーティス・スパンがリード・ヴォーカルをとっている。これがなかなかシブい歌声。
観客の興奮ぶりをクールダウンするかのような、じんわりとしたムードだ。
そして、「GOODBYE, NEWPORT」というアナウンスとともに、ステージは幕を下ろす。
わずか40分たらずではあるが、このステージ、そしてレコードが、60年代以降のマディのステイタス、そしてシカゴのブルース・シーン自体をも大きく変える力となったのは間違いないだろう。
黒人しか聴くことのないブルースから、人種を問わず広く聴かれるブルースへ。
その発展に大きく貢献した一枚。
マディの数多いライヴ盤の中でも、またさまざまなブルース・ライヴのなかでも、出色の出来だと思う。
なにより、その伸び伸びとした歌いぶり、気合いの入った演奏が素晴らしい。
40年以上も前の記録なのに、いまだに当時の生々しい雰囲気を感じさせる名盤。
一度は、その音をじかにためしてみていただきたい。