2004年10月11日(月)
#245 大滝詠一「EACH TIME」(CBSソニー 28KH 1460)
大滝詠一のオリジナルアルバム、84年リリース。のちに2曲が追加された「Complete EACH TIME」がリリースされている(86年)。
思えば、この一枚からまる20年、大滝詠一はまったくオリジナルアルバムを出していないのだった。嗚呼。
その間出した新曲は、85年の「フィヨルドの少女」、97年の「幸せな結末」、03年の「恋するふたり」の3枚のシングルのみ。何という寡作ぶり。
大滝先生、それでも別に食べるのに困っているわけではないからいいのだろうが、優雅な生活にもほどがある(笑)。
さて、ひさしぶりに聴いてみた本盤、20年の歳月などものともせず、エクセレントな出来である。
全9曲、すべて松本隆と大瀧詠一(ソングライターとしてはこの表記ね)の黄金のコンビによる。
タイトルを見ていただければすぐにおわかりいただけると思うが、全曲「季節感」「色彩感」「リゾート感覚」「ノスタルジックなアイテム」を満載した「松本隆ワールド」全開なのである。もう、一分の隙もない。
いってみれば、ポップ・ソングにこれ以上のものを要求しようのない完成度。
サウンドの方ももちろん、完璧のひとこと。大滝自身のアレンジに加え、ストリングス・アレンジは当時最も売れっ子だった井上鑑。
大滝ポップスにとって最も重要な「空気感」を見事に作り上げている。
バック・ミュージシャンも、ハンパでない豪華な顔ぶれ。上原裕、林立夫、青山純、長岡道夫、鈴木茂、村松邦男、徳武弘文、吉川忠英、安田裕美、石川鷹彦、笛吹利明、難波弘之、国吉良一、松武秀樹、斎藤ノブ…。
もう、贅沢すぎる布陣ですな。
最高のスタッフを惜しげもなく使い、レコーディング、ミキシングにもたっぷりと時間を取り(一年以上かけている)、完成された本作の出来が悪いわけがない。
まずはトップの「魔法の瞳」。コニー・フランシスの「可愛いベイビー」をほうふつとさせるノスタルジックなナンバー。
相変わらずのソフト&テンダーな歌声。もう、いきなりのナイアガラ・ワールドで、リスナーはハートを鷲づかみにされるという寸法だ。
「夏のペーパーバック」は、ナイアガラ定番のビーチサイド・ソング。一聴懐メロふうなれど、隠し味的なシンセ・アレンジが80年代ならではの趣向だね。ジェイク・コンセプションのサックス・ソロがいい感じ。
「木の葉のスケッチ」も、アレンジの凝りかたがハンパじゃない。リズム、ホーン、ストリングスが幾層もの音の壁を作り上げ、いわくいい難い音世界を創出している。ここまで来ると、「流行音楽」なんてチープなものを軽く越えちまってるね。
「恋のナックルボール」は、大滝先生お気に入り、バディ・ホリー+ドゥワップ・コーラスの合体サウンド。
最後はチアー・ボーイズの声援まで加わって、実に威勢がいい。
「銀色のジェット」は一転、しっとりとしたバラード。ストリングスの甘美な調べ、まさにナイアガラ・サウンドの極致なり。
「1969年のドラッグレース」はセカンド・ラインとホット・ロッドの融合。多重録音によるひとりコーラスが聴きもの。
「ガラス壜の中の船」はちょっとメランコリックなバラード。せつない松本の歌詞が、心にしみる。
「ペパーミント・ブルー」は、これぞ大滝、これぞナイアガラ!というべきナンバー。
フィル・スペクターのサウンド・コピーから出発しながらも、いつのまにかそれ以上の完成度を獲得してしまった。そんな感じのパーフェクトな音作り。脱帽である。
「レイクサイド ストーリー」は冬がテーマのナンバー。マイナーで始まり、メジャーに転調するあたりの絶妙な盛り上がり方は、まさに職人芸。
究極の寡作派アーティザン、大滝詠一は、今後もこの調子で忘れられそうになった頃、たまに編集盤を出し、ごくたまにシングルを出し、そしてもしかしたらもう一枚くらいはオリジナル・アルバムを出すのかもしれない。
期待をせずに気長に構えていたら、そのうちものすごい大傑作をリリースしてくれる可能性はあるだろう。
それまで僕たちはこの「イーチ・タイム」や「ロン・バケ」といった傑作を聴いていればいい。
それくらい、これらのアルバムの出来はスゴい。ジャパニーズ・ポップスの最高到達点、そう言っても過言ではないだろう。
<独断評価>★★★★★