絵葉書の世界はとても奥が深く、テレビ等のニュースメディアが発達する以前は事件や事故などの時事速報(ニュース)を伝える重要なツールでした。新聞社をはじめ地域の写真館や書店が発行したニュース絵葉書もあります。
写真は1918(大正7)年7月26日に発生した下関駅構内で火薬爆発事故を伝えるニュース絵葉書から4枚。最近、爆発事故のニュースが多いので取り上げてみました。
関東大震災などの惨状や復興の経過も、毎年のように絵葉書セットが発行されて全国へ発信されていました。
福岡県内で発行された絵葉書にも水害などのニュース絵葉書は多数あります。明治末、福岡県内には書店と同じ数の絵葉書専門店があったそうです。専門店は全国各地のニュース絵葉書や観光絵葉書、それに地元の書店や出版社、それと絵葉書制作元として欠かせない写真を撮影する写真館自体が発行する絵葉書も取り扱っていました。
写真館には絵葉書用の印刷機があったところも多かったようですが、それらの通常ニーズは地元の記念行事や学校の運動会など地域行事の記録用に頼まれて発行するものが最も多かったようです。
いわゆる写真通信による配信は明治末から活性化しています。西日本新聞社の前身、福岡日日新聞で明治末に最初の報道カメラマンと契約していますが、それが土居町角の「大崎周水堂」初代で大正3年の桜島大噴火をスクープした大崎周水氏です。大正期から昭和初期にかけて、天神に「九州写真通信社」を設けて、ニュース写真の壁掲示や絵葉書での販売・メディアへの写真提供をしてました。