
本日10月26日の産經新聞朝刊から著文「生誕60年・伝説の西鉄ライオンズ」連載が始まった(九州山口版掲載)。とりあえずの隔週連載、20回を予定。雑誌などの連載経験はあるものの、新聞連載は初めてなので初回は何度も書き直した。周囲の方々、ライオンズOBの方々に後押しいただき、ネタだけは積み上がっている。あとはどう文章に表現するかだけど、それが結構苦しくも楽しい作業だったりする。
西鉄ライオンズはOBの方々に可愛がっていただき、OB会の企画広報担当(いわゆる雑用ね!)も仰せつかった(笑)。早速、その最初の仕事が新聞連載であり、12月9日の開催が決まった「西鉄ライオンズOB会2010大忘年会」のサポートである。西鉄グランドホテルを会場に、球団OB・番記者OB・往年のファンらが集う夢の会合。昨年、初めて西鉄ライオンズ研究会や応援団ら往年のファンを招待して盛況だったので、今年はさらに一般ファンの招待枠を拡大して案内を始めた。
今年は西鉄ライオンズの前身、クリッパースの誕生から60年。戦後、プロ野球の復興・隆盛が始まった年でもある昭和25年から60年が経った訳だ。その一年後には、クリッパースと西日本パイレーツ(親会社は西日本新聞)が合併して西鉄ライオンズとなる。2011年はライオンズ誕生から60年、櫛田神社での節分祭での豆まき神事などいくつかのイベントを検討中だ。
さらなるサプライズ、西鉄本社に眠っていた貴重映像などを編纂して大忘年会で初お披露目をしようと、企画&映像チェックの真っ最中。反応良ければDVD発売化へ進むことになる。そして、さらにその先の夢のプランへ向けて、今がスタート地点だ。
西鉄ライオンズが福岡の地から消滅して38年、取材を進めると町の至る所にその痕跡が遺っている。ホークスが福岡の地に来て来年で22年、西鉄ライオンズが存在した22年と並ぶ訳だが、残念ながらホークスはまだ伝説になるほどの強烈な優勝は達成してない。今年は逆転優勝でそのチャンスだったが、結果は周知の通り。50年後も語り継がれるような強い、そして魅力的なチームに飛躍してほしい。そういう願いも込めて、今回の新聞連載は書いていく。
今日の写真は、 産經新聞10月26日の連載紙面 。
西鉄ライオンズはOBの方々に可愛がっていただき、OB会の企画広報担当(いわゆる雑用ね!)も仰せつかった(笑)。早速、その最初の仕事が新聞連載であり、12月9日の開催が決まった「西鉄ライオンズOB会2010大忘年会」のサポートである。西鉄グランドホテルを会場に、球団OB・番記者OB・往年のファンらが集う夢の会合。昨年、初めて西鉄ライオンズ研究会や応援団ら往年のファンを招待して盛況だったので、今年はさらに一般ファンの招待枠を拡大して案内を始めた。
今年は西鉄ライオンズの前身、クリッパースの誕生から60年。戦後、プロ野球の復興・隆盛が始まった年でもある昭和25年から60年が経った訳だ。その一年後には、クリッパースと西日本パイレーツ(親会社は西日本新聞)が合併して西鉄ライオンズとなる。2011年はライオンズ誕生から60年、櫛田神社での節分祭での豆まき神事などいくつかのイベントを検討中だ。
さらなるサプライズ、西鉄本社に眠っていた貴重映像などを編纂して大忘年会で初お披露目をしようと、企画&映像チェックの真っ最中。反応良ければDVD発売化へ進むことになる。そして、さらにその先の夢のプランへ向けて、今がスタート地点だ。
西鉄ライオンズが福岡の地から消滅して38年、取材を進めると町の至る所にその痕跡が遺っている。ホークスが福岡の地に来て来年で22年、西鉄ライオンズが存在した22年と並ぶ訳だが、残念ながらホークスはまだ伝説になるほどの強烈な優勝は達成してない。今年は逆転優勝でそのチャンスだったが、結果は周知の通り。50年後も語り継がれるような強い、そして魅力的なチームに飛躍してほしい。そういう願いも込めて、今回の新聞連載は書いていく。
今日の写真は、 産經新聞10月26日の連載紙面 。