ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

八丁堰

2025-03-05 08:00:00 | 千葉県
2016年2月21日 八丁堰
2025年2月22日
 
八丁堰は千葉県鴨川市宮山の二級河川加茂川水系逆川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
加茂川中上流沿岸の長狭地区はマグネシウムとカリウムに恵まれた蛇紋岩質粘土土壌が広がり、古くから『長狭米』と称する良質のコメの産地として知られてきました。
しかし水利に乏しいため昭和以前は小河川や天水を頼りにした不安定な営農を余儀なくされていました。
房総地域では昭和に入り干ばつが頻発する一方、昭和恐慌による失業者が増大し農業水利事業と失業対策を兼ねて各所でため池築造機運が高まります。
こうした動きを受け、長狭地区のうち加茂川右岸逆川沿岸地区でも吉尾村耕地整理組合が結成されるとともに1931年(昭和6年)にため池築造が着手され1933年(昭和8年)に八丁堰が完成しました。
現在は耕地整理組合を改組した長狭中央土地改良区が管理を行い、約120ヘクタールの水田の水源となっています。
ダム便覧では河川名が加茂川水系板屋川となっていますが、正しくは加茂川水系逆川となります。 
八丁堰には2016年(平成28年)2月に初訪しましたが、池構内は関係者以外立入り禁止のため右岸を通る国道410号線からの見学に留まりました。
2025年(令和7年)2月に懇意にしている安房中央土地改良区の小橋事務局長の計らいで、管理する長狭中央土地改良区の鈴木理事長同行での立入り禁止エリアも含めた見学が叶いました。
掲載写真にはそれぞれ撮影日時を記載しています。

池の右岸を国道410号線が通りアプローチは容易ですが、池の入口にはロープが張られ『関係者以外立入禁止』の警告板が設置されています。
(2025年2月22日)

 
天端と下流面。
堤高18メートル、堤頂長80メートルの小ぶりな溜池ですが、下流面はきれいに草が刈られ今も貴重な水源であることが伺えます。
(2016年2月21日)

 
上流面
堤体中央に斜樋が見え斜樋の左右のみコンクリートで護岸されています。
(2016年2月21日)

 
斜樋をズームアップ
房総らしく貯水池は濁水。
(2016年2月21日)

ここからは2025年(令和7年)2月の写真となります。
右岸に建つ竣工記念碑
当時の吉尾村耕地整理組合の事業で
起工昭和六年(1931年)
竣工昭和八年(1933年)
完成時の貯水量は八拾参萬八千弐百石(約15万2000立米)
と刻されています。
理事長談では完成当時は周辺では最大の溜池だったそうです。
(2025年2月22日)
 
まずは池下へ
調圧水槽や仕切弁があり灌漑用水はここから埋設パイプを通じ受益農地に補給されます。
(2025年2月22日)

 
余水は水槽から溢れる仕組みで写真の水路で逆川へ放流されます。
実は逆川から直接取水する農家もあり厳密には余水とは言えません。
(2025年2月22日)

 
天端に戻ります。
総貯水容量15万1000立米、上記のように完成当初は周辺最大の溜池だったそうです。
八丁堰は毎年かんがい期終了後にいったん水を落とすのですが、今年は冬場の降水がほとんどなくかんがい期を控えて未だ貯留ができていません。
池の中にはかつての流路がそのまま残り、逆川はここで蛇行を繰り返していたのがわかります。
(2025年2月22日)

 
貯水池右岸と島の間の切通は池築造以前の道路の痕跡。
(2025年2月22日)

 
取水設備は斜樋でシャフトは5本
右端は空気孔。
(2025年2月22日)

 
斜樋末端右手のバルブは土砂吐ゲート
左手は底部取水ゲート。
(2025年2月22日)

 
上流面
斜樋の両側のみコンクリートで護岸されています。
(2025年2月22日)

 
左岸の越流式余水吐
立入り禁止のためこれまで実態のわからなかった余水吐です。
(2025年2月22日)

 
越流した水は扶壁で仕切られた4つの流入口から余水吐隧道を流下します。
(2025年2月22日)

流入口は扇形で奥に行くほど狭まります。
まさかこんな余水吐が隠れていようとは!!
(2025年2月22日)


右岸上流から遠望。
(2025年2月22日)

 
見学を快諾していただいた長狭中央土地改良区の鈴木理事長、および取り次いでいただいた安房中央土地改良区の小橋事務局長には心より御礼申し上げます。
かんがい期まで約一か月、いまだ全く貯留できないという厳しい状況ですが、早急にまとまった降雨のあることを心より祈念いたします。

0653 八丁堰(0237)
ため池データベース 122230015
千葉県鴨川市宮山
加茂川水系逆川
18メートル
80メートル
151千㎥/151千㎥
長狭中央土地改良区
1933年

滝の堰(白滝堰)

2025-03-04 08:00:00 | 千葉県
2017年1月28日 滝の堰(白滝堰)
2025年2月22日
 
滝の堰は千葉県鴨川市上小原の二級河川加茂川水系山王沢川にあるかんがい目的のアースフィルダムです。
加茂川中上流沿岸の長狭地区はマグネシウムとカリウムに恵まれた蛇紋岩質粘土土壌が広がり、古くから『長狭米』と称する良質のコメの産地として知られてきました。
しかし水利に乏しいため昭和以前は小河川や天水を頼りにした不安定な営農を余儀なくされていました。
房総地域では昭和に入り干ばつが頻発する一方、昭和恐慌による失業者が増大し農業水利事業と失業対策を兼ねて各所でため池築造機運が高まります。
加茂川右岸の山王沢川沿岸地区でも水利組合が結成されるとともに1930年(昭和5年)にため池築造が着手され1937年(昭和12年)に滝の堰が完成しました。
現在は水利組合を改組した主基第三土地改良区が管理を行い、約70ヘクタールの水田の水源となっています。
ダム便覧では堤高18メートルとダムの要件を満たす一方、ため池データベースでは堤高13.4メートルに留まります。
前者は1987年(昭和62年)に実施された千葉県の溜池調査票を、後者は1985年(昭和60年)の溜池点検記録簿をベースにしていると思われます。
また滝の堰の名称のほか、現地では『白滝堰』と呼ばれることも多いようです。

滝の堰には2017年(平成29年)1月に初訪しましたが、天端やダム下へが立入り禁止となっており右岸からの見学に留まりました。
2025年(令和7年)2月に懇意にしている安房中央土地改良区の小橋事務局長の計らいで、主基第三土地改良区理事長様同行で立入り禁止エリアも含めた見学が叶いました。
掲載写真はすべて再訪時のものです。
 
鴨川市主基の県道34号線主基交差点から約2.6キロ南下すると滝の堰に到着します。
右岸に余水吐があり、その先が関係者以外立入り禁止となります。


右岸の余水吐
溜池調査票には側溝越流式余水吐と記されています。

 
総貯水容量3万1000立米の小さな池ですが70ヘクタールの水田を支える貴重な水源です。
池の右岸(写真向かって左手)に水路が伸びます。
これは向かって左手の山からの沢水でかんがい期は湖岸にあるゲートを開き池に補給し、非かんがい期はゲートを閉め側水路から余水吐を経て山王沢川に流下させます。
池の奥にあるのは鴨川市クリーンセンターで、池の主要な水源はクリーンセンター右手を流れる山王沢川となります。

 
右岸を流下する余水吐導流部
擁壁の石垣は竣工当時のものか?と思いましたが、理事長の話では1960年(昭和35年)の改修によるものだそうです。

 
右岸上流から
房総の貯水池と言えばとにかく濁水のイメージが強いのですが、ここはエメラルドグリーンの美しい水。
同行した地元在住のダム愛好家さんも『千葉の溜池じゃないみたい!』と興奮されていました。

 
右岸の水路のゲート
上記のようにかんがい期はゲートを開け池に補給、非かんがい期はゲートを閉めそのまま流下させます。

 
池のインレット
山王沢川がさらに続き上流には『白絹の滝』があります。
滝の堰、および白滝堰の名前はこの白絹の滝に由来します。 

ここからは立入り禁止エリアの写真
天端から下流を見おろします。
ちょっとわかりづらいですが、向かって右下に底樋桝がありそこから2系統の用水路が分岐します。

 
左岸から天端と下流面。


堤体中ほどの上流面にある階段式池栓。

 
池下に下ります。
堤体右岸沿いに余水吐導流部が流下します。

 
池下の底樋桝と分水工
上記池栓で取水された水がここで2系統の用水路に分水されます。

 
余水吐導流部と立体交差する用水路。

 
こちらは土砂吐吐口
余水吐導流部に吐き出されます。

 
山王沢川右岸側に伸びるかんがい用水路
開渠のため落葉などが溜まりやすいうえに、近年はイノシシの悪さも多くかんがい期前の清掃はには大変な手間がかかるそうです。

 
今回は土地改良区理事長同行での見学が叶いました。
もちろん立入りできない池の見学が叶った喜びは大きいのですが、それ以上に少子高齢化、過疎化が進む中でコメ作りを継続することの困難や障壁についての話が印象的でした。
 
3411 滝の堰(白滝堰)(0822)
ため池コード 122230013
千葉県鴨川市上小原
加茂川水系山王沢川
18メートル(ため池データベース 13.4メートル)
104メートル
31千㎥/30千㎥
鴨川市主基第三土地改良区
1937年

三島ダム

2025-03-03 08:00:00 | 千葉県
2016年1月21日 三島ダム
2021年2月18日
2025年2月22日
 
三島ダムは千葉県君津市正木の二級河川小糸川本流にある灌漑目的のアースフィルダムです。
小糸川中下流部沿岸は河床が低く、揚水が一般的でない時代は沿岸農地は水源を小河川や天水に依存せざるを得ず慢性的な用水不足に悩まされてきました。
房総地域では昭和に入り干ばつが頻発する一方、昭和恐慌による失業者が増大し農業水利事業と失業対策を兼ねて各所でため池築造機運が高まります。
小糸川沿岸地区でも1939年(昭和13年)に水利組合が結成され、1943年(昭和18)に小糸川上流部の現君津市正木地区にてため池建設工事が着手されました。
しかし、戦争激化や戦後の混乱等で工事は大幅に遅延、1952年(昭和27年)に県営土地改良事業の認可を得たのち1955年(昭和30年)にようやく三島ダムが竣工しました。
運用開始後の管理は水利組合を改組した小糸川沿岸土地改良区が受託し、ダムに合わせて建設された幹線水路を通じ流域約2600ヘクタール(現在は約1500ヘクタール)の水田ににかんがい用水を供給しています。
1968年(昭和43年)には3キロ上流に工業用ダムの豊英ダムが完成し、三島湖から豊英湖一帯は清和県民の森としてキャンプ場や野外活動センターが整備されています。

一方2015年(平成27年)より老朽化対策としてや余水吐の改修が実施されましたが、改修翌年の2018年(平成30年)に余水吐からの漏水が確認されました。
応急処置の甲斐なく漏水は続いたため、2021年(令和3年)から改めて余水吐の抜本的な改修工事が着手され2025年(令和7年)3月竣工予定となっています。 

三島ダムには2016年(平成28年)1月、2021年(令和3年)2月、2025年(令和7年)2月の3度訪問しています。
いずれも何らかの工事が行われていたため、施設をじっくり見て回ることができません。
再改修工事の竣工を待って再訪したいと思います。
掲載写真にはいずれも訪問日時を記載しています。

三島ダムは小糸川の蛇行地点に建設され、蛇行部分をショートカットする形で余水吐が設けられています。
一方、堤体を斜行して旧国道410号線が建設された際、堤体に盛土が施され現地ではどこが天端でどこが堤体なのか?非常にわかりづらくなっています。
下記空撮地図の黄色が小糸川の川筋、赤部分が天端、白矢印が余水吐となります。
(グーグルマップに加筆)

 
堤体を旧国道410号線が斜めに横切ります。
(2016年1月21日)


こちらが天端
上流面はコンクリートで護岸。
(2016年1月21日)

 
天端から見た三島湖
ダムは小糸川の蛇行地点に建設されたため、ダム軸に対して貯水池は斜めの方向に続きます。
総貯水容量は540万立米と千葉県の農業ダムとしては最大規模を誇りますが、上流側でも蛇行を繰り返すため天端から見る限りは540万立米もあるようには見えません。
(2016年1月21日)

 
初訪時は余水吐の改修工事中
写真の余水吐は1955年(昭和30年)の竣工当時のもの。
(2016年1月21日)

 
余水吐導流部は蛇行地点をショートカットして長く伸びます。
こちらも改修工事中。
(2016年1月21日)

 
ここからは2021年(令和3年)の再訪時の写真
ダム下から堤体を見上げます。
道路建設の際に下流側に盛土が施されたこともあり、下流面には凹凸ができ一般的なアースフィルダムとは一線を画すフォルムとなっています。
(2021年2月28日)

 
余水吐減勢工。
(2021年2月28日)

 
余水吐の改修が終わり新たな余水吐に刷新されています。
越流部には大きな切欠き。
(2021年2月28日)

 
左岸沿いに長く伸びる横越流式で、余水吐中央部に導流部が設けられたT字型。
(2021年2月28日)

 
余水吐の改修工事は2017年(平成29年)に終了しましたが、翌年漏水が確認されました。
写真のように越流部上流側に肉付けするなど応急処置がとられましたが効果はなし。
この年から再改修工事が着手されました。
(2021年2月28日)

 
左岸の取水塔。
(2021年2月28日)

 
2025年(令和7年)に3度目の訪問
今回は下流からアプローチ
下流側も工事中でしたが、事前に週末の休工日の立入り許可を得ての見学です。
写真右手の隧道は仮排水路で、ここを利用して取水設備からの水管を刷新しています。
頭上の橋は旧国道410号線ができる前の橋梁ですが、今は老朽化のため立入禁止。
(2025年2月22日)


こちらは調圧水槽
取水塔で取水された水はここから専用のかんがい用水路で下流の受益農地に送られます。
一方、上流の千葉県企業局が管理する豊英ダムから放流された工業用水及び維持放流分はここから小糸川に戻されます。
(2025年2月22日)


右手が余水吐減勢工、左手がアース堤体。
余水吐導流部が蛇行部分をショートカットしているのがよくわかります。
(2025年2月22日)

 
(2025年2月22日)

 
放流口
上記のように千葉県企業局水利権分及び維持放流がここから放流されます。
(2025年2月22日)

 
余水吐減勢工
水量が少ないので直下まで接近できました。
(2025年2月22日)

 
最後に余水吐へ。
再改修工事は訪問時の約一か月後の2025年(令和7年)3月に竣工予定。
(2025年2月22日)

 
老朽化対策工事終了後に発覚した漏水。
4年間かけてきた再改修工事は訪問時の約一か月後、2025年(令和7年)3月に竣工予定です。
ようやく漏水が止まるのか?
無事に工事が竣工した暁にはダム及びかんがい用水路も含めた取材見学を小糸川沿岸土地改良区にお願いしたいと思います。 

(追記) 
三島ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、台風の襲来が予想される場合には事前放流を行う治水協定が締結されました。
 
0662 三島ダム(0204)
千葉県君津市正木
小糸川水系小糸川
25.3メートル
127.7メートル
5400千㎥/5210千㎥
小糸川沿岸土地改良区
1955年
◎治水協定が締結されたダム

片倉ダム

2025-03-02 08:00:00 | 千葉県
2016年1月21日 片倉ダム
2025年2月22日
 
片倉ダムは千葉県君津市笹の二級河川小櫃川水系笹川にある千葉県県土整備部が管理する多目的の重力式コンクリートダムです。
小櫃川は古くから流域の貴重な灌漑用水源となってきましたが、流量の季節変動が大きく渇水や洪水が多発し抜本的な治水対策が求められていました。
一方、高度成長による京葉工業地帯の発展と東京のベッドタウン化による人口増により安定した上水水源の確保が喫緊の課題となりました。
これらの諸課題に対応するために1980年(昭和55年)に小櫃川と笹川合流地点に亀山ダムが建設されました。
しかしバブル景気や東京湾横断道路(東京湾アクアライン)の事業化決定によりさらなる水需要増加が見込まれることになり、亀山ダム上流3キロ地点への新たな多目的ダム建設が着手されました。
そして2000年(平成12年)に竣工、2002年(平成14年)より運用が開始されたのが片倉ダムです。
片倉ダムは亀山ダムと連携した小櫃川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給、かずさ水道広域連合企業団を通じた木更津市、君津市、富津市、袖ケ浦市、市原市への上水道用水の供給を目的としています。
片倉ダムには2016年(平成28年)1月に初訪、2025年(令和7年)2月に再訪しました。
掲載写真にはそれぞれ撮影日時を記載しています。

片倉ダムは左右両岸に公園と駐車場が設けられダム構内は午前9時から17時まで開放されています。
今回は管理事務所のある左岸に車を止めて見学しました。

左岸ダム下から
洪水吐は自由越流頂で敷高の低い中央2門が常用洪水吐、外側2門が非常用洪水吐となります。
ゲートレスダムの場合、常用洪水吐は自然調節式のオリフィスになっているケースが大半ですが片倉ダムは敷高の異なる自由越流頂が横並びになっているのが特徴です。
初訪時は常用洪水吐から越流し美しい転波列が見られました。
(2016年1月21日)

 
(2025年2月22日)

 
概要説明板。
(2025年2月22日)

 
天端は9時~17時まで徒歩のみ開放。
(2025年2月22日)


定礎石。
(2025年2月22日)

 
上流面
常用洪水吐の敷高をわずかに下回る水位でほぼ常時満水位。
(2025年2月22日)

 
着工はバブル崩壊後、竣工は金融危機真っただ中の時代でしたが、建屋は大掛かり、天端高欄も凝った意匠でまるでバブル期のダムのよう。
(2025年2月22日)

 
高欄は千葉県特産の房州石をモチーフにした化粧型枠
抜きには君津市の花であるミツバツツジの装飾が嵌め込まれています。
(2025年2月22日)

 
洪水吐導流部
初訪時は越流していました。
(2016年1月21日)

 
減勢工と放流設備
エンドシルは2基
(2016年1月21日)
 
放流設備は取水設備と同様に丸屋根が用いらた大掛かりな建屋。
バルブは管径900ミリの主管と250ミリの分岐管の2条を装備。
再訪時は分岐管から河川維持放流中。
(2025年2月22日)

 
ダム湖は笹川湖
一見小さな貯水池に見えますが、何度も蛇行を繰り返して上流に続き総貯水容量は841万立米もあります。
(2025年2月22日)

 
艇庫はなく巡視艇は右岸の浮桟橋に繋留されています。
(2025年2月22日)

右岸からも下流面が望めます。
こちらは初訪時。
(2016年1月21日)


再訪時
扶壁に予備ゲート嵌め込み用の溝が見えますが、嵌め込みやすくするためか傾斜がついています。
傾斜した溝は兵庫県の一庫ダムでも見られました。
(2025年2月22日)


最後に完成記念碑
平成13年(2001年)となっています。
(2025年2月22日)


亀山ダム同様釣りスポットととして人気を集めるほか、上流には道の駅やジビエ料理を取り扱う猟師工房などがあり、亀山ダムと併せて房総有数のレクリエーションエリアとなっています。

(追記)
片倉ダムは台風等の襲来に備え事前放流を行う治水協定が締結されています。
 
0682 片倉ダム(0202)
千葉県君津市笹
小櫃川水系笹川
FNW
42.7メートル
154メートル
8410千㎥/6540千㎥
千葉県県土整備部
2000年
◎治水協定が締結されたダム

亀山ダム

2025-03-01 08:00:00 | 千葉県
2016年1月21日 亀山ダム
2025年2月22日
 
亀山ダムは左岸が千葉県君津市豊田旧野中、右岸が同市川俣旧川俣の二級河川小櫃川本流にある千葉県県土整備部が管理する多目的の重力式コンクリートダムです。
小櫃川は古くから流域の貴重な灌漑用水源となってきましたが、流量の季節変動が大きく渇水や洪水が多発し抜本的な治水対策が求められていました。
一方、高度成長による京葉工業地帯の発展と東京のベッドタウン化による人口増により安定した上水水源の確保が喫緊の課題となりました。
これらの諸課題に対応するために千葉県は小櫃川への多目的ダム建設を採択し1980年(昭和55年)に竣工したのが亀山ダムです。
亀山ダムは2002年(平成14年)より運用が開始された片倉ダムと連携した小櫃川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給、かずさ水道広域連合企業団を通じた木更津市、君津市、富津市、袖ケ浦市、市原市への上水道用水の供給を目的としています。
ダム湖の亀山湖は釣りやボートが楽しめるほか、湖畔には温泉やゴルフ場、キャンプ場などが設置され房総を代表するレジャースポットとなっています。
亀山ダムには2016年(平成28年)1月に初訪、2025年(令和7年)2月に再訪しました。
掲載写真はすべて再訪時のものです。

右岸ダムサイトに観光案内書を兼ねた『亀山やすらぎ館』と駐車場がありここに車を止めて見学を始めます。
 
右岸下流から
堤高34.5メートル、堤頂長156メートルのやや小ぶりの重力式コンクリートダム。
総貯水容量1475万立米の亀山湖を堤体積8万1000立米で支え、貯水効率182倍となかなか効率のいいダムです。
洪水吐は千葉県のダムとしては唯一のラジアルゲート4門を装備。
このほか放流管2条を備え、訪問時はコンジットバルブとなる第2放流管から絶賛放流中。


房総の田植えは早く場所によっては2月下旬から代掻きを始めます。
不特定かんがい用水向けの放流と思われます。

 
ダムサイトの概要説明板。

 
天端は市道でそこそこ交通量があります。

右岸ダムサイトの記念碑。
『亀山ダム建設の碑』と刻されていますが字が読めん…。

 
対岸に管理事務所があり法面には『カメヤマダム』の植栽。
管理事務所は平日のみ開庁で都合がつけば操作室も見せてくれるようですが訪問したのは土曜日。
当直の職員さんしかいません。

 
向かって左手に艇庫とインクライン。

右岸湖岸が親水公園になっておりそこから見た管理事務所と上流面。

 
上流面ズームアップ
左から取水設備とラジアルゲート。
不特定かんがいに配慮し取水設備は表面取水となっています。

 
右岸からダム下
対岸の建屋は第1放流管の放流設備
河川維持放流はこちらで行います。

 
天端から減勢工を見下ろす

 

 
ダム湖は亀山湖で総貯水容量1475万立米
房総有数の釣りのメッカで釣り用のレンタルボート屋が軒を並べるほか、向かって右手には大きな温泉旅館もあります。

 

 
千葉県唯一のラジアルゲート装備ダム。
残念ながらダムを下流から見るポイントはありませんが、毎年行われる放流イベントの際にはダム下が開放されるようです。

(追記)
亀山ダムは台風等の襲来に備え事前放流を行う治水協定が締結されています。

0676 亀山ダム(0203)
左岸 千葉県君津市豊田旧野中
右岸     同市川俣旧川俣
小櫃川水系小櫃川
FNW
34.5メートル
156メートル
14750千㎥/13350千㎥
千葉県県土整備部
1980年
◎治水協定が締結されたダム

矢那川ダム

2025-02-28 08:00:00 | 千葉県
2016年1月21日 矢那川ダム
2021年2月19日
2025年2月22日
 
矢那川ダムは千葉県木更津市矢那の矢那川水系田高川にある千葉県県土整備部が管理する治水目的の傾斜コア遮水壁型アースフィルダムです。
1987年(昭和62年)の東京湾横断道路(東京湾アクアライン)の着工に合わせて、千葉県は木更津から君津にわたる丘陵地帯にバイオテクノロジーを中心とした研究拠点「かずさアカデミアパーク」建設を決め、1991年(平成2年)から278ヘクタールの山林造成が開始されました。
造成による雨水流出量増加に対処するための防災調整池として1998年(平成10年)に竣工したのが矢那川ダムです。
矢那川ダムは矢那川の洪水調節及び安定した河川流量の維持を目的とする補助治水ダムです。
洪水調節については、矢那川本流にダム建設適地がなかったことから支流の田高川にダムを建設し、矢那川本流の流路を付け替え導水トンネルで矢那川ダムに導水するという方式が採用されました。

下記グーグル空撮地図の黄色が従来の矢那川の流路。
矢那川に設けた分流堰(地図の赤印)から導水トンネル(地図の茶色線)を使い、矢那川の水はすべてダム貯水池に導水します。
(グーグル空撮地図に加筆)
 

一方かずさアカデミアパークはバブル崩壊のあおりをまともに受け、計画通りの企業誘致は進まず運営する第3セクターは破たん、足元の景気回復をうけ進出企業は増加傾向にあるものの、依然として計画比50%程度の進出率にとどまっています。
 
矢那川ダム一帯は『矢那川ダム公園』として整備され、近隣住民の憩いの場となっています。
ダム下流の第2駐車場に車を止め徒歩で見学開始。
ダム下で洪水吐導流部(向かって左手)と矢那川(向かって右手)が合流します。
 
洪水吐減勢工わきにダム湖上流に設けられた低水放流管および常用洪水吐の吐口があります。
河川維持放流はここから放流されます。
 
こちらは矢那川本流
流路の付け替えによりクリークのような小河川となりました。
 
堤体下流面は盛り土され芝生の公園。
 
非常用洪水吐となる右岸の横越流式洪水吐とダム管理施設。
試験湛水以来ここから越流したことはないとのこと。
 
天端。
4車線分くらいの幅がありますが車両は走行できません。
正面(ダムの南側)の丘陵上にアカデミアパークが広がります。
 
天端から
気持ちのいい芝生の公園。
 
総貯水容量は172万立米ですが、その大半が洪水調節容量のため普段のダム湖はカラカラ。
 
上流面ですが、ぱっと見こちらが下流面と言われてもわかりません。
 
ダム湖上流部は河川維持用として不特定利水容量が確保され小さなため池のようになっています。
対岸にあるのが低水放流管および常用洪水吐、
手前にあるのが分流堰からの導水トンネル放流口。
 
導水路トンネル放流口。
流路の付け替えにより矢那川の水がここにから流入します。
 
低水放流管および常用洪水吐
ここで取水された水が2枚目写真の吐口から放流されます。

矢那川流路付け替え地点に設けられた分流堰。
かつては丘陵沿いを流下していた矢那川ですが、導水トンネルでダム貯水池に付け替えました。


矢那川への導水トンネル
最奥が3枚上写真の放流口となります。

洪水対策のため河川の流路を付け替え導水トンネルでダム湖に導水する全国でも珍しい仕組みの治水ダムです。
 
3035 矢那川ダム(0201)
千葉県木更津市矢那
矢那川水系田高川
FN
29.3メートル
284メートル
1720千㎥/1600千㎥
千葉県県土整備部
1998年

山倉ダム

2025-02-27 08:00:00 | 千葉県
2016年1月24日 山倉ダム
2025年2月21日 

山倉ダムは千葉県市原市山倉の二級河川養老川水系山倉川にある千葉県企業局が管理する工業用水目的のアースフィルダムです。
戦後の復興を受け千葉県企業庁(現千葉県企業局)は東京湾臨海部での工業用地開発を進め、いわゆる京葉臨海工業地帯が形成されます。
昭和30年代に入ると開発の手は千葉市以南まで広がり、千葉県初の工業用水道である山倉工業用水道(現五井市原地区工業用水道)の工業用調整池として1964年(昭和39年)に竣工したのが山倉ダムです。
同工業用水道は翌1965年(昭和40年)より本格運用が開始され、養老川の西広取水場で取水された水がいったん山倉ダムに貯留されたのち郡本浄水場を経て養老川北岸地区の18社に供給されます。
ダム便覧での河川は山倉川となっていますが、同川は河川としての実体はほぼなく集水はすべて養老川からの取水に依りいわゆる河道外貯留ダムとなります。
運用開始以降長らく千葉県の外庁である千葉県企業庁が管理運用を行ってきましたが、2015年(平成27年)の組織変更により千葉県企業局が管理を引き継いでいます。 
山倉ダムには2016年(平成28年)2月に初訪、2025年(令和7年)2月に再訪しました。
再訪時は千葉県企業局職員様同行による郡本浄水場及び西広取水場の見学と併せての訪問となりました。
見学内容については別項にて紹介します。 
掲載写真にはそれぞれ撮影日時を記載してあります。

千葉県企業局が運営する工業用水道のネットワーク
(出典 千葉県企業局ホームページ)


右岸から下流面
さすが県企業局管理、アースの法面はきれいに整備され芸術品のような美しさ。
雨水やドレーンを集水する溝がパズルのように刻まれています。
実はこれは堤体の一部にすぎず、逆『コ』の字型の堤体は堤頂長1460メートルに及びこれは国内全ダム中第5位の長さとなります。
(2025年2月21日)


(2025年2月21日)


天端はアスファルトで舗装
9時~17時まで徒歩のみ開放されており、周辺住民の憩いの場となっています。
一方、近隣に駐車スペースがないため車で来訪した場合は見学が困難。
(2016年1月24日) 

 
上流面はコンクリートブロックで護岸
奥は郡本浄水場への取水塔。
取水塔の管理橋の付け根に艇庫とインクラインが設置されています。
(2016年1月24日) 

 
総貯水容量は510万、有効貯水容量450万立米
これは五井市原地区工業用水道の一か月分に相当します。
初訪時はまだフロート式メガソーラーは設置されていません。
(2016年1月24日) 


左岸の円形越流式余水吐
ダムのスケールに比べてあまりにも簡易な余水吐ですが、そもそも自己流域がないためこれで十分。
(2016年1月24日)

 
余水吐導流部
このまま山倉川として流下します。
(2016年1月24日) 

 
左岸上流側に西広取水場からの流入口がありますが、吐口が水中のため目にすることはできません。
このグレーチング越しに流入水を見ることができます。
(2025年2月21日)

 
2011年(平成23年)の東日本大震災を機に、千葉県では『新エネルギー活用推進プロジェクトチーム』が組織され、その一環として当ダム湖面で京セラTCLソーラーを事業者としたフロート式メガソーラーが設置されました。
しかし2019年(令和元年)の台風19号によりソーラーの大半が破損し燃え盛るソーラーパネルはニュースでも大きく取り上げられました。
2021年(令和3年)に復旧し、想定最大出力13.7メガワットの発電を行っています。
(2025年2月21日)

 
(2025年2月21日)


ダムの2キロ北東にある郡本浄水場
職員様同行で内部を見学しましたが、内部の写真は非公開。
(2025年2月21日)

 
ダムの西方約1キロ地点にある西広取水場
関係者以外立入り禁止ですが今回こちらも見学させていただきました。
ただ、こちらも敷地内の写真は非公開。
(2025年2月21日)


左手が揚水機場、右手が電気室兼操作室
取水場と山倉ダムには約20メートルの高低差があり、4台のポンプで最大毎分63立米の水を山倉ダムに送ります。
(2025年2月21日)

 
水源となる養老川
河口から約8キロ地点となります。
(2025年2月21日) 

 
取水ゲート
改修を終えたばかりでコンクリートは白く塗装もピカピカ。
(2025年2月21日)

 
水利使用標識。
(2025年2月21日)

 
浄水場及び取水場の見学内容については写真公開の許可を待って別項で紹介したいと思います。

0663 山倉ダム(0216)
千葉県市原市山倉
養老川水系養老川(河道外貯留)
23メートル
1460メートル
5100千㎥/4500千㎥
千葉県企業局
1964年

小中池

2025-02-26 08:00:00 | 千葉県
2016年1月24日 小中池
2025年2月21日
 
小中池は千葉県大網白里市小中の西白亀川水系小中川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
現地説明板には1933年(昭和8年)に県営小中川沿岸用排水事業の一環として着工、終戦後の1947年(昭和22年)に竣工と記されています。
管理は小中川土地改良区が受託し、現在は大網白里市・茂原市・千葉市に至る小中川沿岸577ヘクタールの水田にかんがい用水を供給しています。
関東一円では1933年(昭和8年)に広範な旱魃が発生、さらに1930年(昭和5年)以降の昭和恐慌に伴う失業者対策もあり各地でため池築造が相次ぎましたが、小中池もそうした環境下で建設されました。
小中池周辺は千葉県立自然公園に含まれ豊かな自然が残り冬場にはマガモなど多くの鳥が飛来するとともに、背後の森にはオオタカが営巣するなど豊かな自然が残されています。一方、池一帯は小中池公園として整備され遊具や遊歩道が設置されるとともに隣接する千葉市営昭和の森公園と併せて周辺有数のレクリエーションエリアとなっており、ため池百選にも選ばれています。
小中池には2016年(平成28年)1月に初訪、2025年(令和7年)2月に再訪しました。
掲載写真にはそれぞれ撮影日時を記載しています。

堤高19.7メートル、堤頂長252.7メートル(いずれもため池データベース)の横長堤体。
ダム下は芝生の広場で遊具が並びます。
初訪は日曜日の昼ということで多くの家族連れが来訪していました。
(2016年1月24日)

 
小中池公園の案内図。
(2016年1月24日)

 
小中池の説明板
池建設の経緯が記されています。
(2016年1月24日)

 
右岸ダム下のかんがい用水放流口
隧道式余水吐の吐口も兼ねています
(2025年2月21日)

 
堤体左岸側に遊歩道の階段があります。
きれいに草が刈られた堤体は今も貴重な水源であることの証。
(2025年2月21日)


多くの人が来訪する公園ということで天端は舗装され貯水池側には立派なフェンスが設けられています。
(2016年1月24日)
 
右岸から下流面。
(2025年2月21日)

 
貯水池は総貯水容量102万5000立米ダム
多くのマガモやカイツブリが泳いでいます。
背後には鬱蒼とした自然林が残りオオタカの営巣も見られます。
この森の奥には千葉市営昭和の森公園があり、小中池公園と一体したレクリエーションエリアとなっています。
(2025年2月21日)


天端から
ダム下は芝生の公園
まっすぐに伸びた道路沿いにかんがい用水路があります。
(2016年1月24日)


右岸の越流式余水吐
初訪時は越流していました。
(2016年1月24日)


こちらは再訪時
余水吐は房総らしく隧道式
越流した水はここから2枚目写真の放流口へと流下します。
なおこの写真は立入り禁止区域で撮ったものですが、事前に土地改良区の許可を得ております。
(2025年2月21日)


小中池名物の螺旋滑り台。
天端から落差約20メートルを滑り降ります。
私も滑ってみたかったのですが、対象は6歳から12歳ということで泣く泣く断念。
(2025年2月21日)

 
左岸から上流面
コンクリートで護岸されています。
(2016年1月24日)


0656 小中池(0214)
ため池コード 122390001
千葉県大網白里市小中
南白亀川水系小中川
18.9メートル(ため池DB 19.7メートル)
241.8メートル(ため池DB 252.5メートル)
1025千㎥/1014千㎥
小中川土地改良区
1947年

合川ダム湖遊覧船乗船記

2025-01-10 03:40:34 | ダム湖遊覧船など
2024年12月30日 合川ダム遊覧船乗船記
 
和歌山県田辺市の二級河川日置川にある関西電力(株)が管理する殿山ダムはダム愛好家の間では、日本で最初に着工・竣工したドーム型アーチ式コンクリートダムとしてよく知られた存在です。
またクレストには全国でも珍しいドロップゲートを装備するなど本来見どころが多いダムであるはずですが、狭隘な渓谷の底に建設されたため展望ポイントはほとんどなく600メートル以上下流に設けられた展望台より遠望するのみでした。
今年、X(旧ツイッター)を通じ合川ダム(殿山ダムの別名)湖遊覧船の存在を知り、年末年始の奈良への帰省のついでに殿山ダムに立ち寄るとともに遊覧船の予約を行いました。

合川ダム湖遊覧船は元関西電力社員で長く殿山ダムの管理業務に携わってこられた地元合川地区在住の日向崇人氏が『過疎化に悩む故郷振興の一助になれば』という思いで2023年(令和5年)に私財を投じて開業されました。
ここでは合川ダム湖遊覧船についてご紹介してゆきたいと思います。

遊覧船乗船の前にダムの下流にある合川ダム展望台へ
1990年(平成2年)に作られたウッドデッキの展望台。


従来はここから遠望するのみでした。


ズームアップ
残念ながら下流から遠望するだけでは注目のドロップゲートはおろか、ドーム型アーチであることすら視認できません。


展望台から上流に向かうとダム管理所入り口に着きます。
もちろん中は立入り禁止。
背を伸ばしインクラインを撮影。
ダムは非常に狭隘な渓谷に作られダムサイトに下りるためのインクラインが設けら、物資の運搬のみならず、職員さんの移動もこれを使います。


ダムの堤体と言えば、かつてはもう少しはっきりと見えたようですが今は木が茂りこんな感じ。


いよいよ遊覧船に乗船します。
写真が遊覧船代表で船頭の日向さん。
遊覧船と言ってもボートで乗客定員は5名。
日向さん曰く『日本で最も小さな遊覧船』
今回は我が家夫婦に加え滋賀県在住のダム愛好家のtomo.y523さんの計3人での乗船です。


船の桟橋はもとより、桟橋に通じるスロープも日向さんの手弁当。


操船しながらガイドをする日向さん。


あいにくの高曇りですが風がなく穏やかな湖面
こんな無風の日は年に10日もないそうです。


ダム湖右岸の予備ゲート格納庫
オリフィスローラーゲートの改修の際に使用されます。


関西電力らしく予備ゲートもブラック。
予備ゲートは浮きゲートで使用の際には堤体まで曳航するとのこと。
それはそれで見てみたい。


格納庫そばに繋留された巡視艇と作業船
作業船で湖面のゴミや流木を除去します。


日置川本流に架かる国道371号線三川大橋が見えてきます。


橋を潜りまずは本流上流へ。


涸れずの滝
雨の少ない冬季でも涸れないそうです。
多雨期にはもっと美しい流れが見れるとか?


川には山仕事用の吊橋が多数架かっていますが、こちらは向山の吊橋。
老朽化のため傾きサルでも渡るのは難しそう。
ちなみにすぐ上流に新しい橋が架かっています。


本流を引き返しいよいよダム堤体へと向かいます。
向かって右手に堤体、左手は殿山発電所への取水設備。

船は網場の中へは進入できません。


網場に沿ってゆっくり進みます。
事前にダムマイスターでありダムを見学するのが主目的と伝えていたこともあり、いろんなアングルでダムと対峙していただけます。


網場の位置は風向きによって大きく変わるそうです。
今回は無風のため網場は堤体寄りにあり、船も堤体に大きく接近できます。


下流からの遠望ではわかりづらかったドーム形状がはっきり見て取れます。
クレストには全国でも希少なドロップゲートが6門。


ドロップゲートをズームアップ
開放の際はゲートを下に落としゲート上部を越流させます。
ゲート間には水中に没しているオリフィスローラーゲートのコースターレールが見て取れます。


ダム左岸の殿山発電所の取水設備
ここで取水された水は約1.7キロの導水路で殿山発電所に送られ、有効落差69.05メートルを利用して最大1万5000キロワットのダム水路式発電を行います。




最後に日向さんお薦めポイントに。
国道の橋が架かる、支流の熊野(いや)川合流点は両岸が突き出した瀬戸になっています。


狭い瀬戸を潜り反転すると
瀬戸部分は両岸に高い岩壁が迫り、恰も宮崎の高千穂峡のような雰囲気
正式名称ではありませんが、日向さんはここを三川高千穂峡と命名されました。
この呼び名が定着するといいですね。


本場の高千穂峡が阿蘇火砕流で形成された凝灰岩の柱状節理が立ち並ぶのに対し、こちらはプレート活動で隆起した泥岩、砂岩、礫岩の岩壁が迫り、激しい地殻変動による断層や褶曲が間近で見て取れます。
また礫岩の岩壁では、秋に紀伊半島の一部のみに自生する絶滅危惧種のキイジョウロウホトトギスの開花も見れるそうです。

遊覧の最後に三川大橋をバックに記念撮影。


下船後、日向さんも一緒にもう一枚。


遊覧が終わった後はダム湖に架かる小麦橋へ。
かつて対岸には小麦集落がありその生活橋として架橋されました。
しかし小麦集落は廃村となり、現在は主に山仕事用の吊り橋となっています。


今回ご一緒したtomo.y523 さんと。


ちょうど眼下を次の便が進んでゆきます。


以上、合川ダム湖遊覧船乗船の詳細でした。
遊覧船とはいっても乗客定員はわずか5名、ざっくり言えばモーターボートに毛が生えたようなサイズですが、その分船頭である日向さんとの距離が近く会話も弾みます。
特に我々ダム愛好家にとっては、殿山ダム駐在時代の苦労話やエピソードなど元ダム管理人ならではの話が聞けるのは貴重です。
今回は下船後、ダム左岸上流側からの展望スポットやダム下に下りるルートについてもご教授いただきました。
ただ前者は藪が多く、後者については相応の登山スキルが必要なことから今回は自重しました。
機会があれば、準備を万端にしてアプローチしたいと思います。

合川ダム湖遊覧船は1時間の遊覧船コースからお弁当付きや古民家での食事付きプランなど魅力あふれるプランが用意されています。
ダム好きなら、ぜひ一度は乗船していただきたい遊覧船です!
乗船には事前予約が必要となります。詳細は下記リンクをご覧ください。

殿山ダム(合川ダム)

2025-01-07 08:00:00 | 和歌山県
2021年 9月20日 殿山ダム(合川ダム)
2024年12月30日
 
殿山ダムは和歌山県田辺市合川の二級河川日置川本流にある関西電力(株)が管理する発電目的のアーチ式コンクリートダムです。
日本有数の多雨地帯である紀伊半島の各河川では戦前より複数の発電業者による電源開発が進められていました。
日置川では戦前の五大電力の一つであった東邦電力が当地での発電所建設を企図しますが、その後の電力国有化や戦況の悪化等により事業は凍結され戦後を迎えます。
1951年(昭和26年)の電気事業再編成により新たに誕生した関西電力(株)は朝鮮戦争特需による電力需要ひっ迫に対処するため各所で積極的な電源開発を進めます。
同社は1955年(昭和30年)に東邦電力が事業化を進めた日置川本流と支流の将軍川、前ノ川合流地点である合川地区へのダム建設に着手、1957年(昭和32年)に殿山ダム及び殿山発電所が完成し最大出力1万5000キロワットのダム水路式発電の運用が開始されました。
ダム建設に際しては堅固な地盤を生かすとともによりコンクリートの使用量を節約できるドーム型アーチが採用され、殿山ダムは日本で初めて着工、竣工したドーム型アーチ式コンクリートダムとなっています。
正式名称は殿山ダムですが、現地ではダム建設地点の地名から『合川(ごうがわ)ダム』の名称が一般的で、国土地理院地形図や多くの道路マップなどでも合川ダムと記載されています。
一方でダムは深い渓谷の底に建設されたこともあり展望ポイントはほとんどなく、下流に設けられた展望台から遠望するのみで、2021年(令和3年)9月の初回訪問時もここから眺めるにとどまりました。
しかし、2023年(令和5年)に元関西電力社員で長く殿山ダムの管理業務に携わって来られた日向崇人氏が合川ダム湖遊覧船を開業され、船上からアーチ堤体上流面を見学することが可能となりました。
そこで2024年(令和6年)12月の帰省を利用し遊覧船に乗船し至近からの殿山ダム見学が叶いました。
なお掲載写真はすべて再訪時のものを使っています。
また遊覧船乗船についての詳細は別項の『合川ダム湖遊覧船乗船記』に記すことにします。

ダムの下流約600メートルにある合川ダム展望台から
1990年(平成2年)に作られたウッドデッキの展望台。


深い谷の合間にゲート部が姿を見せます。
従来はここから遠望するのみでした。

 

 
ズームアップ
クレスト、オリフィスともにゲートは6門ずつ。
クレストは全国でも珍しいドロップゲートでゲートを下げることで開放される珍しいゲートです。
クレストゲートの真下にオリフィスゲートが並ぶ珍しいゲート配置で、オリフィスはローラーゲートとなっていますが、中2門だけ形状が異なります。
残念ながら下流から遠望するだけではドロップゲートの詳細やアーチのドーム状況がわかりかねます。


展望台にあるダムの概要板
だいぶ傷んでいますが、ダムの概要、特にドーム型アーチである点はよくわかります。

 
展望台から上流に進むとダム管理所入り口に到着します。
ダムは非常に狭隘な渓谷に作られており、ダムサイトに下りるためのインクラインが設けられ、物資の運搬のみならず職員さんの移動もこれを使います。

かつてはもう少し堤体が見えたようですが、今は木が茂りこんな感じ。

 
いよいよ遊覧船に乗船します。
合川ダム湖遊覧船は日向氏が私財を投じて開業され、船は乗客定員5人、日向氏曰く『日本で一番小さな遊覧船』

 
ダムの右岸上流500メートルほどにある予備ゲート格納庫。
関西電力らしく色はブラック、浮きゲートになっており使用の際は堤体まで船で曳航します。


格納庫沖の巡視艇と作業艇。
作業艇で流木やごみの除去などを行います。


いよいよダムに接近
正面に殿山ダム、左手は殿山発電所の取水設備。

 
上流から見れば殿山ダムがドーム型アートであることがよくわかります。
クレストに6門のドロップゲートが並びます。

 
ドロップゲートをズームアップ。
開放の際はゲートを下に落としゲート上部から越流させる仕組み。


ダム左岸の殿山発電所の取水設備
ここで取水された水は約1.7キロの導水路で殿山発電所に送られ、有効落差69.05メートルを利用して最大1万5000キロワットのダム水路式発電を行います。

 
上記のように遊覧船の代表で船頭をされる日向氏は長く殿山ダムの管理業務を務められ、当時の逸話やエピソードなどを多々伺うことができました。
さらに左岸上流側からの展望スポットや、ダム下への下降点などについてもアドバイスを頂けました。
近いうちに、準備を万端にして当地を再訪するとともに再度遊覧船に乗船したいと思います。

(追記) 
殿山ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、台風の襲来が予想される場合には事前放流を行う治水協定が締結されました。

1644 殿山ダム(合川ダム)(1694)
和歌山県田辺市合川
日置川水系日置川
64.5メートル
128.7メートル
25446千㎥/13795千㎥
関西電力(株)
1957年
◎治水協定が締結されたダム