ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

本沢ダム

2015-10-27 13:25:00 | 神奈川県
2015年10月12日 本沢ダム
 
本沢ダムは神奈川県相模原市緑区川尻の境川水系本沢にある神奈川県企業庁が管理する発電目的のロックフィルダムです。
1960年(昭和35年)に着手された『相模川総合開発共同事業』の発電施設として1965年(昭和40年)に竣工しました。
本沢ダムは日本初の大規模純揚水式発電所である神奈川県企業庁城山発電所の上部池として建設され、下部池の城山ダムとの間で最大25万キロワットの純揚水式発電を行っています。
城山発電所は現在日本で唯一地方自治体が運営する純揚水式発電所です。
なお上部池である本沢ダムのダム湖は城山湖、下部池の城山ダムのダム湖は津久井湖で、ダムとダム湖の名前が食い違いちょっと紛らわしい状況です。
 
本沢ダム下流面
芝が張られているため、一見アースに見えますがロックフィルダムです。
 
右岸高台にある城山湖コミュニティー広場から俯瞰。
本沢ダム周辺は南高尾登山コースの一端となっており、休日には多くのハイカーで賑わいます。
また渡り鳥の中継点になっていることからバードウォッチングのメッカとしても知られています。
 
左岸に『しろやま湖』の植栽。
 
天端は歩行者に開放されています。
人通りの途切れたタイミングで撮影しましたが、南高尾の登山・ハイキングコースの一部で、休日はかなりの人通りとなります。
 
貯水池の城山湖は総貯水容量392万7000立米
揚水式発電の運転状況により水位は最大20メートル上下します。
 
この下に揚水式発電取水設備があります。
 
左岸の余水吐。
 
余水吐導流部
自己集水域がほとんどないため、越流することはあまりなさそう。
 
上流面はロック材で護岸。
対岸高台が城山湖コミュニティ広場。
 
秋の午後ですが、発電所が稼働しているため水位は低めです。
 
湖畔では八王子・日野カワセミ会の皆さんが野鳥観察をされていました。
ここは神奈川有数の鳥の渡りの中継地で9月から10月にかけてハチクマやサシバを見ることができるそうです。
またダム湖の対岸ではハヤブサが営巣しているそうです。

0701 本沢ダム(0016)
神奈川県相模原市緑区川尻
境川水系本沢
73ートル
234メートル
3927㎥/3835㎥
神奈川県企業庁
1965年

城山ダム

2015-10-27 10:59:00 | 神奈川県
2015年10月12日 城山ダム
 
城山ダムは神奈川県相模原市緑区城山の一級河川相模川本流中流部にある神奈川県企業庁が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
神奈川県は1938年(昭和13年)に『相模川河水統制事業』を採択し相模川の水資源開発事業に乗り出し、同事業の基幹施設として1947年(昭和22年)に相模ダム ・相模発電所が完成しました。 
しかし高度成長期に入り県内の都市用水や電力需要の増加は留まるところを知らず、加えて相模川中下流域氾濫原での宅地開発が進むに及び、相模川の抜本的治水や新たな利水用水源、発電能力の増強が喫緊の課題となってきました。
この状況に対処するために1960年(昭和35年)に神奈川県、横浜市、川崎市、横須賀市は『相模川総合開発共同事業』に着手し、1964年(昭和39年)に竣工したのが城山ダムです。
同事業では城山ダムに加え、同ダムと揚水式発電を行う上部池として本沢ダム、新たな用水確保の為の取水堰として相模川下流に寒川取水堰が建設されました。
城山ダムは上記4自治体の共同事業で建設された兼用工作物で、相模川の洪水調節、神奈川県営水道・神奈川県内広域水道企業団および横浜市、川崎市、横須賀市への上水および工水の供給、同ダムを下部池、本沢ダム を上部池とした神奈川県企業庁城山発電所での最大25万キロワットの揚水式発電、神奈川県企業庁津久井発電所でのダム水路式発電を目的としています。 
城山発電所は日本で唯一地方自治体が運営する純揚水式発電所です。

一方2000年(平成12年)の宮ヶ瀬ダム完成に合わせて道志ダムから宮ヶ瀬ダム宮ヶ瀬ダムから城山ダムへの導水路が整備され相模、城山、宮ヶ瀬各ダムの連携による相模川水系の総合運用が可能となりました。 
相模川各ダム間の具体的運用については神奈川県水資開発等概要図をご覧ください。

さてダムの見学に移りましょう
残念ながらダムを下流から正対できるポイントはありません。
左岸の展望台から
ここから見るとクレストゲートは6門のように見えますが、中央2門はダミーでローラーゲートは4門。
 
ダムをまたぐパイプは、上流の横浜水道沈殿池からの横浜水道送水管。
 
天端を国道413号線が通っており、かなりの通行量です。
日本で最も天端交通量の多いダムと言えます。
 
左岸の津久井発電所向け取水ゲート。
 
上流面
ここから見るとゲートが4門だとわかります。
城山ダムは洪水期(6月1日~10月15日)と非洪水期(10月16日~5月31日)で容量配分が変わります。
上流面の白と黒の境界線が非洪水期の常時満水位になりますが、訪問した10月12日はまだ洪水期。10月16日以降はあと4メートル水位が上がります。
 
天端から
取水ゲートの隣に浮桟橋があり巡視艇が繋留されています。
平成27年9月関東・東北豪雨による流木やゴミがすごいことになっています。
 
ゲートと導流部。
 
右岸から。
 
右岸から上流面。
 
ダム湖の津久井湖は総貯水容量6230万立米。
上流の相模湖と並んでこちらもハイキング・登山など・釣りなど神奈川を代表するレジャースポットの一つです。
 
(追記)
城山ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備えて事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。 

0700 城山ダム(0015)
神奈川県相模原市緑区城山 
相模川水系相模川
FWIP
75メートル
260メートル
62300㎥/54700㎥
神奈川県企業庁
1964年
◎治水協定が締結されたダム

相模ダム

2015-10-27 10:21:00 | 神奈川県
2015年10月12日 相模ダム
 
相模ダムは神奈川県相模原市緑区与瀬の一級河川相模川本流にある神奈川県企業庁が管理する上水・工水・発電目的の重力式コンクリートダムです。
首都圏の人口増加や京浜工業地帯の発展を受け神奈川県は県内を縦断する相模川に着目、1938年(昭和13年)に『相模川河水統制事業』を採択し相模川の水資源開発事業に乗り出します。
そしてその中核施設として1947年(昭和22年)に完成したのが相模ダムで、当ダムの完成により県内への都市用水及び発電供給は大きく改善しました。
しかし朝鮮戦争特需を契機に日本は高度成長に突入、県内の用水・電力需要は急増を続けます。
相模ダムでは1954年(昭和29年)に2メートルの嵩上げが実施されるとともに、翌年には支流の道志川からの導水による貯水容量の拡大が図られました。
さらに1965年(昭和40年)には下流9キロ地点に当ダム貯水容量に匹敵する城山ダム、さらに2000年(平成12年)には国交省直轄事業により宮ケ瀬ダムが完成し、ここに相模、城山宮ヶ瀬各ダムの連携による相模川水系の総合運用が可能となりました。
現在の相模ダムは神奈川県・横浜市・川崎市・横須賀市への上水道用水の供給、川崎市への工業用水の供給、、神奈川県企業庁相模発電所(最大出力3万1000キロワット)でのダム式水力発電を目的としています。
相模川各ダム間の具体的運用については神奈川県水資開発等概要図をご覧ください。
また建設から70年以上経過した相模ダムでは各所に老朽化の弊害が顕在化しています。そこで県企業庁は2022年(令和元年)より相模ダムリニューアル事業に着手。
2042年(令和20年)竣工を目指し20年の歳月をかけて抜本的改修を実施します。
 
ダム湖の相模湖は合併前の町名やJRの駅名になるなど認知度が高く、湖面のみならず隣接する遊園地、周辺の登山基地として神奈川を代表するレクリエーションの拠点となっています。
神奈川県では宮ヶ瀬ダム湖と三保ダム貯水池の丹沢湖がダム湖百選に選ばれていますが、相模湖もダム湖百選に
 
国道20号線から。
下の白い屋根は神奈川県企業庁相模発電所で左上は開閉所。
 
クレストにローラーゲートを5門装備
ローラーゲートの向って左隣(右岸側)に細い排砂ゲートがあります。
 
扶壁前面にゲート操作建屋が乗る型式は同じく河水統制事業で建設された向道ダムとの共通点。
ただ相模ダムはピアに管理橋が渡されているので、見た目の印象は異なります。
向かって左手のインクラインはダム下の相模発電所への資材運搬用。
 
上流面。
 
天端は歩行者のみ開放されています。
相模湖周辺のハイキング、登山コースになっており、休日はかなりのハイカーたちが通行します。
 
天端から
右手は相模発電所。
 
導流面
向道ダムは減勢工がすり鉢になっていますが、ここは果たして?
 
ダム湖の相模湖は旧町名やJRの駅名、高速のインターなどにも採用され知名度は抜群。
総貯水容量は6320万立米。
上流の橋は国道412号線相模湖大橋。
 
相模湖大橋から
クレストローラーゲート6門、右手は発電用取水ゲート。
 
取水ゲートをズームアップ。
 
(追記)
相模ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0696 相模ダム(0014)
神奈川県相模原市緑区与瀬 
相模川水系相模川
WIP
58.4メートル
196メートル
63200㎥/48200㎥
神奈川県企業庁
1947年
◎治水協定が締結されたダム

沼本ダム

2015-10-27 09:40:00 | 神奈川県
2015年10月12日 沼本ダム
 
沼本ダムは神奈川県相模原市緑区三井の一級河川相模川本流中流部にある神奈川県企業庁が管理する上水・工水・発電目的の重力式コンクリートダムです。
首都圏の人口増加や京浜工業地帯の発展を受け神奈川県は県内を縦断する相模川に着目、1938年(昭和13年)に『相模川河水統制事業』を採択し相模川の水資源開発事業に着手します。
そして1943年(昭和18年)に同事業初のダムとして建設されたのが沼本ダムで、ここで取水された水は谷ヶ原浄水場と津久井発電所に送られます。
さらに沼本ダムに遅れること4年の1947年(昭和22年)に上流3キロ地点に河水統制事業の中核施設である相模ダム が建設され6320万立米の巨大貯水池が誕生しました。 
これにより沼本ダムは取水ダムに加えて相模ダムと同時に完成した相模発電所の逆調整池と言う役割も担うことになります。 
その後1965年(昭和40年)には当ダム下流5キロ地点に治水機能を持つ多目的ダムで城山ダムが建設されますが、そのダム湖である津久井湖は満水時には沼本ダム堤体直下まで湛水されることになり、沼本ダムは渇水時及び洪水期を除いて堤体の多くを津久井湖に沈めることになりました。
現在の沼本ダムは神奈川県・横浜市・川崎市・横須賀市への上水道用水の供給、川崎市への工業用水の供給、、神奈川県企業庁津久井発電所2号機でのダム水路式発電を目的としています。

相模川各ダム間の具体的運用については神奈川県水資開発等概要図をご覧ください。

津久井湖は洪水期および渇水期のみ下流の津久井湖畔から見ることができますが、通常は右岸高台から俯瞰するのみです。
神奈川県相模原市緑区寸沢嵐の国道413号線寸沢嵐交差点を北に折れ、そのまま突当たりまで進むと眼下に沼本ダムを見下ろすことができます。
訪問時は津久井湖の水位が下がっているせいか比較的しっかりと堤体が見えました。
 
上の写真をトリミングしてみましたがこれが精一杯です。
 
帰宅後調べたところ、沼本ダムは津久井湖畔から下流を見ることができるようで、特に渇水期には普段湖面に沈んでいる堤体の全貌が望めるようです。
機会があれば渇水期に再訪してみたいと思います。

0696 沼本ダム(0013)
神奈川県相模原市緑区三井 
相模川水系相模川
WIP
34.5メートル
126メートル
2330㎥/1534㎥
神奈川県企業庁
1943年

道志ダム

2015-10-27 09:33:00 | 神奈川県
2015年10月12日 道志ダム
 
道志ダムは神奈川県相模原市緑区牧野の一級河川相模川水系道志川中流部にある神奈川県企業庁が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
神奈川県は1938年(昭和13年)に内務省の補助を受けた『相模川河水統制事業』を採択し、相模川の水資源開発事業に着手、戦争による中断ののち1947年(昭和22年)に相模川本流に相模ダム・相模発電所が完成しました。
しかし戦後の復興による都市用水や電力需要の急増を受け、県は新たに相模川支流の道志川から相模湖への導水を図るとともにその落差を利用した発電所建設に着手します。
そして、1955年(昭和30年)に道志川の取水ダムとして建設されたのが道志ダムで、ここで取水された水は流域変更して相模湖へ送られるとともに、導水路途中の神奈川県企業庁道志第1発電所(最大出力1万500キロワット)および第2発電所(最大出力1050キロワット)で水力発電を行います。

一方2000年(平成12年)の宮ヶ瀬ダムのが完成に合わせ新たに当ダムから宮ヶ瀬ダムに至る 道志導水路が新設され、相模城山宮ヶ瀬各ダム連携による相模川水系の総合運用が可能となりました。 
相模川各ダム間の具体的運用については神奈川県水資開発等概要図をご覧ください。

津久井湖から国道413号線を西進し、相模原市緑区青根で県道76号線を進むと道志ダムに到着します。
道志ダムと言う名前から山梨県道志村にあると思われがちですが、所在地は相模原市緑区、『道志川にあるダム』という意です。
 
グリーンのローラーゲート3門を備え、大きなゲートピアはいかにも発電ダムと言った体。
 
ゲートをズームアップ。
扶壁の上に円形のバルコニーが張り出しています。
 
円形のバルコニー
戦前から戦中、昭和20年代のダムに多く見られる意匠。
 
右岸から。
 
 
天端は県道76号線。
 
貯水池は奥相模湖
総貯水容量は152万5000立米ですが、堆砂が進み有効貯水容量は61万6000立米。
奥の山は西丹沢の大室山。
 
洪水吐導流部。
 
維持放流設備
河川法の改正を受けて後付けされました。
 
追記
道志ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0699 道志ダム(0012)
神奈川県相模原市緑区牧野 
相模川水系道志川
32.8メートル
74ートル
1525㎥/616㎥
神奈川県企業庁
1955年
◎治水協定が締結されたダム

四万川ダム

2015-10-26 12:30:00 | 群馬県
2015年10月10日 四万川ダム
 
四万川ダムは群馬県吾妻郡中之条町四万の利根川水系四万川源流部にある群馬県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
四万川では1960年(昭和35年)に砂防と発電を目的とする中之条ダムが建設されましたが、あくまでも砂防対策である上に四万温泉街や中之条町市街地での大規模な河川改修は困難となっていました。
群馬県は四万川流域の抜本的治水対策を主目的に1999年(平成11年)に四万温泉上流に四万川ダムを建設しました
四万川ダムは建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、最大290立米/秒の洪水をカットし、四万川下流基準点で同量の洪水調節を行います。
また安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水(既得灌漑用水)の補給、太田市・中之条町及び群馬県企業局向けの上水道用水の供給、群馬県企業局日向見発電所(最大出力1000キロワット)でのダム式水力発電を目的としています。
 
四万川ダムはダム建設途中の1994年(平成6年)に国交省により『地域に開かれたダム』の指定を受け、ダム一帯は地域住民の意見を反映させた開放的な整備が進められました。
ダムの建屋は西洋の城郭風デザインが採用されたほか、ダム完成により誕生した『奥四万湖』は独特のコバルトブルーを売りに四万温泉の人気スポットとなり、今では四万観光にとって欠くことのできない存在となっています。
また日本ダム協会により日本100ダムにも選ばれています。
 
中之条から四万川沿いに国道353号を北上、温泉街への旧道を分けトンネルを抜けると右手に四万川ダムが姿を現します。

右岸から
西洋の城郭を彷彿とさせるデザイン。

左岸から
やはりヨーロッパの城のようで建屋のみならず、石垣風の化粧型枠が施されています。

左岸のインクラインと艇庫。

ダムの下は公園になっています
手前の建物は日向見発電所。

天端は車両通行可、ただし、ダム湖を周回する道路は時計回りの一方通行。

減勢工。
副ダムが二つあります。

上流から

ダム下から
非常用洪水吐としてクレスト自由越流頂4門
常用洪水吐は非洪水期2門、洪水期1門のオリフィスローラーゲート
さらに利水放流用ジェットフローゲートを備えています。

副ダムは2基。
ダム下は公園で、普段は副ダムのすぐ下流まで立ち入れます。

(追記)
四万川ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備えて事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。 
 
0626  四万川ダム(0011)
群馬県吾妻郡中之条町四万
利根川水系四万川
FNWP
89.5メートル
330メートル
9200㎥/8600㎥
群馬県県土整備部
1999年
◎治水協定が締結されたダム

白砂ダム

2015-10-26 10:53:00 | 群馬県
2015年10月10日 白砂ダム
 
白砂ダムは群馬県吾妻郡中之条町入山の利根川水系吾妻川左支流白砂川上流部にある東京電力リニューアブルパワー(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
利根川支流の吾妻川では豊富な水量を生かし大正末期から昭和初期にかけて複数の事業者によって電源開発が進められ、これらの発電施設は日本発送電を経て戦後の電力分割民営化により東京電力が事業を継承しました。
白砂ダムもそんな発電施設の一つで、川中発電所の取水ダムとして群馬水電(株)の手により1940年(昭和15年)に建設されました。
白砂川支流の長笹沢川で取水された水をいったん貯留するとともに白砂川自体でも取水を行い、延長約9キロの導水路で東吾妻町松谷にある川中発電所に送水して最大1万6400キロワットのダム水路式水力発電を行っています。
 
中之条から白砂川沿いに国道を北上し、花敷温泉への道を分けトンネルを抜けたすぐ左手に白砂ダムがあります。
ダムの敷地はフェンスに囲まれ立ち入り禁止です。
フェンスわきの東京電力の表示板
白砂川ダムとなっています。
 
ダムの撮影スポットは国道だけです。
ラジアルゲートが2門、その右手に排砂ダムと思われる小さなゲートがあります。
ダムの右手は長笹沢川からの導水路吐出口、左手のスクリーンが川中発電所への取水口。
水質のせいかゲートが茶褐色に変色しています。
 
 
関東では栃木県日光市の土呂部ダムなどとともに下流側が見れないダムの一つです。
 
追記
白砂ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
 
0596  白砂ダム(0008)
群馬県吾妻郡中之条町入山
利根川水系白砂川
26.8メートル
37.7メートル
630㎥/97㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1940年
◎治水協定が締結されたダム

野反ダム

2015-10-26 10:27:00 | 群馬県
2015年10月10日 野反ダム
 
野反ダムは群馬県吾妻郡中之条町入山の信濃川水系中津川源流部にある東京電力リニューアブルパワー (株)が管理する発電目的のロックフィルダムです。
信濃川水系中津川では豊富な水量に着目した信越電力(株)により大正期より電源開発が進められ、中津川第1~第3発電所を稼働させます。のちに同社は東京電燈に併合され、さらに日本発送電の接収を経たのち1951年(昭和26年)の電気事業再編政令により新たに誕生した東京電力が事業を継承しました。
東京電力は戦後の電力不足に対応するため中津川流域での発電施設再開発を進め、その一環として1956年(昭和31年)に完成したのが野反ダムです。
野反ダム完成により中津川の河川流量の季節変動が平準化され発電能力の大幅な増強が可能となりました。野反ダム建設と同時に下流に渋沢ダムと最大出力2万キロワットの切明発電所を新設、さらに1971年(昭和46年)には高野山ダムを再開発して中津川第一発電所の発電能力を12万6000キロワットまで増大させました。
 
我が国ロックフィルダム創成期のダムと言うことで、ダム建設に当たっては投石工法が採用されるとともに、遮水方式も希少なコンクリート表面遮水が採用されています。
またダムの天端標高1517メートルは南相木ダムに次ぐ全国第二位で、日本有数の高所ダムとなっています。
一方湖畔にはコテージやキャンプ場が並ぶほか、フライフィッシングのメッカとしても知られ、これらの点を評価して日本100ダムおよびダム湖百選に選ばれています。
 
長野原から白砂川沿いに国道を北上、花敷温泉で草津への道を分けさらに進むと野反湖に到着します。
右岸高台から
上流面はコンクリートで遮水処理されています。
 
下流面
投石工法と言う珍しい工法で建設されました。
いまにも石が崩れそうにも見えるんですが・・・。
 
天端は湖畔周遊道路になっており車両の通行が可能
望遠で圧縮すると路面がかなり凹凸しています。
 
右岸の余水吐
総貯水容量2700万立米と言うサイズからすれば小さな余水吐ですが、中津川の源流なのでこれで十分なんでしょう。
写真では分かりませんが手前の導流部はトンネル式です。
 
扶壁の溝は試験湛水の際にゲートの填め込みに使ったもの。
 
ダム下の様子
余水吐からの放流口があり、水路はこのまま中津川となります。
 
左岸から下流面
 
上流面
稼働中のダムとしては全国で5基しかないコンクリート表面遮水処理型ロックフィルダム。
 
野反湖上流から遠望。
 
東京電力のダム案内板。
 
国交省の友人から貴重な投石工法の写真を頂きました。
これは岩手県の石渕ダムのものですが、まず橋梁を設けレールを敷き、石を積んだ貨車から石を投げ下しています。
 
野反湖は今でこそキャンプ、釣り、登山などアウトドアレジャーのメッカになっていますが、もともと当初には高層湿原があったようです。環境意識の強い今の世ならここにダムの建設など到底できないでしょう。 
希少なコンクリート表面遮水壁型ロックフィルダム、全国で2番目の高所にあるダムと言うことで日本ダム100やダム湖百選にも選ばれていますが、一方でダム本体の変形量や放流管の肉厚データなどで東京電力によるデータ改ざん、隠匿と言う不祥事があったことも併せて記しておきます。
 
(追記)
野反ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0603 野反ダム(0007)
群馬県吾妻郡中之条町入山
信濃川水系中津川
42メートル
152.5メートル
27050千㎥/26750千㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1956年
◎治水協定が締結されたダム