ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

中山ダム

2022-08-31 18:00:00 | 富山県
2022年7月29日 中山ダム
 
中山ダムは富山県富山市八尾町中山の一級河川神通川水系井田川(上流では大長谷川)にある富山県企業局が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
1951年(昭和26年)の電気事業再編令により、日本発送電は解体され北陸では新たに北陸電力(株)が誕生します。
同社は戦後の電力不足を補うために積極的な電源開発を進めますが、同社だけでは開発の手が足りず北陸三県では公営発電である各県企業局による電源開発が併せて進められました。
富山県企業局は電源開発の手が付けられていなかった神通川水系山田川および井田川(上流部は大長谷川)で水利権を獲得、1950年代半ばより順次発電所の建設に着手します。
中山ダムは1961年(昭和36年)に竣工し、ここで取水された水は約2.7キロの導水路で仁歩発電所に送られ、最大1万1000キロワットのダム水路式発電を行います。
 
中山ダムは国道471号線沿いにあり、国道からその姿を望めます。
主ゲートはラジアルゲート2門、右岸側に排砂ゲートがあります


ゲートをズームアップ
豪雪地帯のためピアの巻き上げ機は被覆されています。


天端は立ち入り禁止。


ちょっと読みづらいですが、親柱にはダムの銘板と竣工プレートが嵌め込まれています。


国道を挟んだ向かいには1958年(昭和33年)に完成した大長谷第二発電所があります。
こちらは山向こうの山田川にある菅沼ダムから導水しており、放流も中山ダムの下流に行うため中山ダムとの直接的な水のやり取りはありません。


上流から
総貯水容量11万1000立米の小さなダム湖。
透明度が高く水はきれい。


左がゲート、右が仁歩発電所への取水口。


ゲートをズームアップ。


 (追記)
中山ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0847 中山ダム(1879)
富山県富山市八尾町中山
神通川水系井田川(大長谷川)
 
 
24メートル 
70.5メートル 
111千㎥/69千㎥ 
富山県企業局 
1961年 
◎治水協定が締結されたダム

菅沼ダム

2022-08-31 14:00:00 | 富山県
2022年7月29日 菅沼ダム
 
菅沼ダムは富山県南砺市利賀村百瀬川の一級河川神通川水系山田川にある富山県企業局が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
1951年(昭和26年)の電気事業再編令により、日本発送電は解体され北陸では新たに北陸電力(株)が誕生します。
同社は戦後の電力不足を補うために積極的な電源開発を進めますが、同社だけでは開発の手が足りず北陸三県では公営発電である各県企業局による電源開発が併せて進められました。
富山県企業局は電源開発の手が付けられていなかった神通川水系山田川および井田川(上流は大長谷川)で水利権を獲得、1950年代半ばより順次発電所の建設に着手します。
菅沼ダムは1958年(昭和33年)に竣工し、ここで取水された水は約630メートルの導水路で大長谷第二発電所に送られ、最大1万200キロワットのダム水路式発電を行います。
 
ダムは国道471号線沿いにありますが、敷地は立ち入り禁止のため撮影ポイントは限られます。
下流はこれが精いっぱい。ラジアルゲートを2門備えていますが見えそうで見えません。
ピアには切妻の日本家屋のようなゲートハウスが乗っています。


提体真横から。


上流から
左岸がコンクリートで護岸されていますが、これは止水工で堤体ではありません。


とにかく水がきれい。


さらに上流から
貯水池は総貯水容量52万4000立米。


ズームアップ
左岸に巡視艇の格納庫、主ゲート2門の両側に排砂ゲートがあります。
右手は取水口で大長谷川沿いの大長谷第二発電所に送られた水は流域変更してそのまま放流されます。

 
(追記)
菅沼ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0840 菅沼ダム(1878)
富山県南砺市利賀村百瀬川
神通川水系山田川
22メートル
50メートル
524千㎥/333千㎥
富山県企業局
1958年
◎治水協定が締結されたダム

小俣ダム

2022-08-31 10:00:00 | 富山県
2022年7月29日 小俣ダム
 
小俣ダムは左岸が富山県富山市才覚寺、右岸が同市中地山の一級河川常願寺川水系小口川にある北陸電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
1951年(昭和26年)の電気事業再編令で誕生した北陸電力は、朝鮮戦争特需を契機とした電力需要急増に対処するために、戦況悪化で工事が中断したまま放置されていた有峰ダムに着目、1956年(昭和31年)に『常願寺川有峰開発計画(JAP)』に着手します。
そして3年後の1959年(昭和34年)に有峰ダムおよび和田川第一発電所(最大出力2万7000キロワット)、和田川第二発電所(最大出力12万2000キロワット)、新中地山発電所(最大出力7万3000キロワット)の運用が開始されます。
さらに翌1960年(昭和35年)に新中地山発電所の逆調整池兼小俣ダム発電所(最大出力3200キロワット)および小俣発電所(最大出力3万2700キロワット⇒3万3600キロワット)の取水ダムとして完成したのが小俣ダムです。
 
県道43号富山上滝立山線を南に折れ、有峰林道小口川線方面に進むと左手に小俣ダムが姿を見せます。
クレストローラーゲート2門を装備、ゲート部分が前面に張り出しています。
またゲート周辺は改修があったようで、コンクリートが白くなっています。


さらに右岸側に『カド』があります。
左奥は建設時の作業員宿泊施設跡。


左岸にはプラントの遺構。


ダムに併設された小俣ダム発電所。
皆さん指摘されていますが、一般にダム式発電所はダムの下流側にあるという印象なんですが、ここは上流側にあります。
発電されたあとの放流水は足元のトンネルから小俣発電所に送られます。


ダム下の様子
左手に調圧水槽があり川沿いの既得灌漑用水路に放流され、一部は河川維持放流されます。


調圧水槽をズームアップ。
金属板で蓋をしてあるのが灌漑用水路。


ゲート部分は下流側にクランク
石灰成分が染み出したコンクリートが60年の時間と風雪の厳しさを示しています。


毎度おなじみ
右岸側の『カド』。


右岸から上流面
ゲートの向こうに取水用スクリーン
こちらから見るとあの位置に小俣ダム発電所が置かれた理由がよくわかります。
小俣発電所への水路トンネルに平行になるようになってるんですね。

総貯水容量76万1000立米のダム湖。


ダム湖越しの新中地山発電所・小口川第一発電所 
一つの建屋に二つの発電所が入っています。 
小口川発電所は1924年(大正13年)に小口川水系で初めて稼働した発電所ですが、小俣ダムにより旧建屋が水没するため、新設された新中地山発電所内に移設されました。
見学中に発電所が運転を開始し、湖面が放流のため渦巻いています。 


(追記)
小俣ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0844 小俣ダム(1877)
左岸 富山県富山市才覚寺
右岸     同市中地山
常願寺川水系小口川
 
 
37メートル 
131.5メートル 
761千㎥/587千㎥ 
北陸電力(株) 
1960年
◎治水協定が締結されたダム

小口川ダム

2022-08-30 18:00:00 | 富山県
2022年7月29日 小口川ダム
 
小口川(おぐちがわ)ダムは左岸が富山県富山市水須、右岸が同市中地山の一級河川常願寺川水系小口川にある北陸電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
昭和50年代に入り、産業の発展に加えエアコンの普及が進んだことで、特に夏冬を中心に電力需要の日量変動が拡大し、電力需要ひっ迫時対応としてピーク発電が必要となってきました。
そこで北陸電力は同社最大の貯水容量を誇る有峰ダム再開発事業に着手し、1981年(昭和56年)に有峰第一発電所(最大出力26万5000キロワット)、有峰第二発電所(最大12万2000キロワット)を稼働させます。
両発電所はピーク発電のため、出力調整による下流の水位変動を平準化させるための逆調整池として同時に建設されたのが小口川ダムです。
さらに当ダムを取水ダムとしてダム水路式発電を行う有峰第三発電所(最大出力2万キロワット)も稼働しました。
 
有峰林道水須ゲートから林道を1キロちょっと進むと右手に小口川ダムが見えてきます。
発電ダムとしては珍しくクレストラジアルゲート2門のほか、オリフィス高圧ラジアルゲート1門を備えています。
これは、直上にある有峰第二発電所の出力調整による水位変動幅が大きい上に、1キロ下流には同じく新中地山発電所の逆調整池として建設された小俣ダムがあるため、より細かな放流調節が必要なのではないかと推察します。


ゲートをズームアップ
昭和50年代らしく高圧ラジアルゲートの操作建屋は前面に張り出し、全体としてもロボチックな造形となっています。


ダム下は堤体直下まで立ち入りできます。
提体から突き出た有峰第三発電所への水圧鉄管。


アングルを変えて
水圧鉄管と減勢工。


これは?
監査廊の通気孔でしょうか?


ダム下に展示されたジョンソンバルブ
1931年(昭和6年)に稼働した小口川第三発電所で約50年間使われてきたものです。


同じくダム下の小口川神社。


同じくダム下の小口川記念館
中には祐延ダムと真立ダム間で行われていた揚水発電用のポンプなどが展示されているとのこと。
ただ近年は開放されていません。


上流面
右手は有峰第三ダム取水口
左手にクレストラジアルゲートとオリフィス取水口、オリフィス予備ゲート。


さらに上流から
総貯水容量は271万8000立米。


ダム湖畔にある有峰第二発電所
最大出力12万キロワットでピーク発電を行い、最大使用水量が74立米/秒にも及ぶため出力調整による水位変動緩和のための逆調整池が必須となっています。


(追記)
小口川ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0864 小口川ダム(1876)
左岸 富山県富山市水須
右岸     同市中地山
常願寺川水系小口川
 
 
72メートル 
245メートル 
2718千㎥/1469千㎥ 
北陸電力(株) 
1981年
◎治水協定が締結されたダム

有峰ダム

2022-08-30 12:00:00 | 富山県
2022年7月29日 有峰ダム
 
有峰ダムは富山県富山市有峰の常願寺川水系和田川上流部にある北陸電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
和田川最上流部は山岳盆地となっており戦前からダム建設適地として注目され、1938年(昭和13年)に富山県電気局(現富山県企業局)によって治水・発電目的の有峰ダムが着工されました。
事業は配電統制令により日本発送電に引き継がれますが、戦況悪化により1943年(昭和18年)にいったん中断します。
1951年(昭和26年)の電気事業再編令で誕生した北陸電力は戦後の電力不足に対処するためまず神通川で電源開発を進め、ついで工事が中断したまま放置されていた有峰ダムに着目、1956年(昭和31年)に『常願寺川有峰開発計画(JAP)』として建設事業を再開し、当時の資本金の10倍以上の資金を投入する文字通り「社運を賭けた事業」の末、1959年(昭和34年)にダムが完成しました。
堤高140メートル、堤頂長500メートル、総貯水容量2億2200万立米は当時としては屈指のスケールを誇りました。 
併せて和田川第一発電所(最大出力2万7000キロワット)、和田川第二発電所(最大出力12万2000キロワット)、新中地山発電所(最大出力7万3000キロワット)
の運用を開始、翌1960年(昭和35年)には逆調整池として小俣ダムおよび小俣ダム発電所(最大出力3200キロワット)、小俣発電所(最大出力3万2700キロワットのちに3万3600キロワットに増強)も完成し、計25万キロワットを超える発電能力を有します。
さらに1981年(昭和56年)には電力需給ひっ迫時のピーク発電対応として有峰第一発電所(最大出力26万5000キロワット)、有峰第二発電所(最大12万2000キロワット)、逆調整池として小口川ダムおよび有峰第三発電所(最大出力2万キロワット)が完成し、一般水力として単一のダムが生み出す発電量は奥只見ダムに次ぐ日本第2位となっています。
有峰ダムは日本を代表する発電ダムとして日本ダム協会により『日本100ダム』に選定されているほか、貯水池の有峰湖はダム湖百選にも選ばれています。

有峰ダムへのアプローチは有料の有峰林道を利用します。今回は小口川線から祐延ダム経由で到達しました。
 
祐延ダムから有峰ダムへ下ってゆくと、視界が切れ左手に有峰ダムが俯瞰できます。
クレストラジアルゲート2門、昭和30年代のダムらしく導流壁は一直線。
右岸にカドがあります。


堤頂部をズームアップ。


左岸、上流側から
右手は1981年(昭和56年)に増設された有峰発電所向け取水塔。


左岸から下流面
左岸は大きく湾曲。


天端にある半円形のバルコニー
これも昭和30年くらいまでの発電ダムでしばしばみられるデザイン。


天端も有峰林道の一部となっています。
大型車は離合困難のためダム両端の信号により交互通行となります。


天端から見下ろすと
右手は和田川発電所向けの調圧水槽
減勢工わきの小さな建屋は2010年(平成22年)にできた維持放流を利用した有峰ダム発電所(最大190キロワット)。


右岸の『カド』
高さがあるのとあまり角度がないのでイマイチな写真。


右岸高台に展望台があります。
展望台の『ダム湖百選』のプレート。


展望台から
有峰湖の総貯水容量は2億2200万立米で黒部湖を凌ぎ富山県最大。


ダム愛好家定番の眺め
左岸が湾曲、右岸にカドがある『S字』の堤体。
奥は有峰発電所向け取水塔、手前が和田川発電所向け取水設備。

さらに上流側から
二つの取水設備がよくわかります。


上流から遠望。


ダムの直接の目的は発電ですが、発電を通じ常願寺川の河川流量の季節変動を平準化することで流域の治水や安定した利水補給にも大きく貢献しています。
富山のダムと言えば黒部のイメージが強いですが、地元への貢献という意味では有峰ダムは黒部に勝るとも劣らない存在となっています。

(追記)
有峰ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0841 有峰ダム(1875)
富山県富山市有峰
常願寺川水系和田川
 
 
140メートル 
500メートル 
222000千㎥/204000千㎥ 
北陸電力(株) 
1959年
◎治水協定が締結されたダム

祐延ダム

2022-08-30 08:00:00 | 富山県
2022年7月29日 祐延ダム
 
祐延(すけのべ)ダムは富山県富山市有峰の常願寺川水系小口川にある北陸電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
北アルプスを水源とし水量豊富な急流河川が多い富山県では明治末期よりで活発な電源開発が進めれ、これを受けて沿岸部には電力需要が旺盛な化学や金属精錬産業が集積しました。
昭和初期において5大電力の一つである日本電力とともに富山県の発電事業をリードした日本海電気(株)は1920年代後半より常願寺川左支流小口川での大規模電源開発に着手し、1929年(昭和4年)の小口川第二発電所に続き、1931年(昭和6年)に小口川源流部の標高約1400メートル地点に建設したのが祐延ダムです。
ここで取水された水は約2.7キロの導水路でダムと同時に建設された小口川第三発電所に送られ、最大1万400キロワットのダム水路発電が開始されました。
同発電所の有効落差621.2メートルは国内一般水力発電所最大です。
さらに1936年(昭和11年)には発電所に揚水ポンプが増設され、国内2例目の揚水発電(混合揚水発電)が開始されました。(揚水発電は1978年(昭和53年)に廃止)
祐延ダムをはじめ日本海電気の発電施設は配電統制令により日本発送電に接収されたのち、1951年’(昭和26年)の電気事業再編成により北陸電力(株)が事業継承し現在に至っています。
庄川や黒部川の発電施設が関西電力によって継承される中、旧日本海電気の発電施設の多くは北陸電力が継承し、日本海電気が北陸電力の前身と言われる所以となっています。
 
有峰林道水須ゲートから同林道小口川線を約16キロ進むと右手に祐延ダムが見えてきます。


堤高45.5メートル、堤頂長125.5メートル
完成から約90年経過した堤体は、豪雪地帯ということもあり遠目にも痛みが目立ちます。


放流ゲートは4門
ぱっと見自由越流式のようですが、実は越流部の奥にスライドゲートが隠れています。


ダム下の穴から河川維持放流が行われています。


ダムサイトから
見るからに痛々しい堤体
しかし老兵死なずの意気が伝わります。


放流口をズームアップ
ゲートを見たいのですが見えません。


ダムサイトの説明版。


天端は立ち禁。


対岸に取水設備と管理事務所があります。
またダムの上下流には巡視用の山道が続きます。


取水設備をズームアップ
もともと小口川第三発電所は融雪期や多雨期に運休してダムに貯留し、渇水期に運転するという形態ですが、訪問時は少雨の影響か?水位が取水ゲート最下部よりもはるか下まで低下していました。


上流面。


(追記)
祐延ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

0819 祐延ダム(1874)
富山県富山市有峰
常願寺川水系小口川
 
 
45.5メートル 
125.5メートル 
8790千㎥/8753千㎥ 
北陸電力(株) 
1931年
◎治水協定が締結されたダム

大日川ダム

2022-08-29 10:00:00 | 石川県
2016年11月 5日 大日川ダム
2022年 7月28日
 
大日川ダムは石川県白山市阿手町の手取川水系大日川にある石川県農林水産部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
手取川は石川県最大河川で、流域に広がる広大な扇状地は加賀平野を形成し加賀百万石の礎となりました。
一方で洪水や渇水による干ばつ被害も絶えず安定した水源確保は流域農家の悲願となっていました。
戦後の食糧難を受け1952年(昭和27年)に農林省(現農水省)による国営手取川農業水利事業が着手され、手取川右支流大日川への灌漑、農地防災目的のダム建設が着手されます。
これに発電事業者として石川県企業局が事業参加、1967年(昭和42年)に竣工したのが大日川ダムです。
運用開始後は石川県農林水産部が管理を受託し、大日川の洪水調節、七ヶ用水土地改良区約8000ヘクタールへの新規灌漑用水の供給、利水従属発電として石川県企業局大日川第一発電所(最大9000キロワット)、大日川第二発電所(最大出力1万5200キロワット)でのダム水路式発電を目的としています。
なお両発電所は2010年(平成22年)に北陸電力に移管されました。
総貯水容量2720万立米は北陸地方の農水省施工ダムとしては最大規模を誇ります。
2016年(平成28年)11月の初回訪問時はゲート交換工事のため天端に立ち入りできず、2022年(令和4年)7月に改めて訪問しました。
2016年11月5日と記載された写真以外はすべて今回の訪問によるものです。

白山市鳥越から県道44号小松鳥越鶴来線を大日川沿いに南下すると大日川ダムに到着します。
ダム下への立ち入りはできず、見学は左右両岸および天端となります。
左岸から下流面。
主ゲートはラジアルゲート3門。


超広角で
提体は苔生し、完成から50年以上の年月を醸し出します。


初回訪問時は取水スクリーン交換工事のため水位を下げるために低流量放流管であるハウエルバンガーバブルブから絶賛放流中。
左手は河川維持放流設備。
奥は大日川第一発電所への水圧鉄管。(2016年11月5日)

 
2度目の訪問時は河川維持放流のみ。


上流面。


初回訪問時
スクリーン交換工事のため水位が下げられ、取水設備をじっくり見ることができました。(2016年11月5日)。


左岸管理事務
一階が通路になっています。
静岡県の井川ダム奥野ダムも同様の構造。
右手は艇庫でインクラインのレールが伸びています。


鉄道好きとしては外せない絵です。


天端は県道41号線となっており国道416号線に抜けられるため、たま―に車が通ります。
左手はエレベータ棟、右手が取水設備。
エレベーター棟は鳥をモチーフにした凝ったデザイン。


表面取水設備
1960年代だとこんな大がかりな設備になっちゃうんですね。


ダム下を見下ろします。
手前は大日川第一発電所への水圧鉄管で、利水従属発電のため基本的に灌漑用水への補給はこの鉄管を通じて行われます。


ダム湖は総貯水容量2720万立米。
農水省施工ダムとしては北陸最大。


右岸のホイストクレーン
清掃用の船舶が格納されています。


(追記)
大日川ダムは台風等の襲来に備え事前放流を行う治水協定を締結しました。
 
0913 大日川ダム(0704)
石川県白山市阿手町
手取川水系大日川
FAP
59.9メートル
233メートル
27200千㎥/23900千㎥
石川県農林水産部
1967年
◎治水協定が締結されたダム

武周湖(武周ヶ池)

2022-08-28 18:00:00 | 福井県
2022年7月28日 武周湖(武周ヶ池)
 
武周湖は福井県福井市二ツ屋町の大味川水系本流上流部にある発電目的のアースフィルダムです。
現地案内板によればもとは1590年(天正18年)に発生した土石流により出現した堰止湖で、大正期に当時の武周電力が発電用にダム化、電力国家管理法により北陸配電に接収されたのち1951年(昭和26年)に電気事業再編成令により新たに誕生した北陸電力が事業を継承、現在に至っています。
ここで取水された水は約1.6キロの導水路で蒲生発電所に送られ最大1600キロワットのダム水路式発電を行っています。

福井市風尾町の県道6号福井四ヶ浦線から大味川沿いの市道を南に約4キロ進むと武周湖に到着します。
武周湖の直下には副ダム?下池?があり、ここには大味川の維持放流設備及び二ツ屋地区への灌漑用水(二ツ屋用水)のバルブがあります。
写真右手のコンクリートが大味川向け放流路、左が二ツ屋用水。


こちらが副ダム。
武周湖を発電用ダム化する際、大味川流域の既得灌漑用水向けに設けられたようです。


副ダムの上流にあるアースフィル堤体。
こちらが武周湖本体の堤体となります。
さすが電力会社管理で盛夏にもかかわらず堤体はきれいに刈られています。


右岸の洪水吐越しの堤体。
ダムの右岸側は下流に盛り土が施されています。


水利使用標識。

武周湖(武周ヶ池)に至る道は中部北陸自然歩道になっています。
こちらはその案内板。


右岸の洪水吐。


洪水吐と堤体の断面。


洪水吐導流部は隧道で、その後大味川となります。


上流面
右手は艇庫で湖面にインクラインが伸びます。
奥が取水口。


取水口をズームアップ
スクリーンと除塵機が設けられています。
ここから1枚目写真の維持放流および二ツ屋用水向けの水が分水されています。


正確にはダムは武周湖、貯水池は武周ヶ池となるんでしょう。
総貯水容量226万1000立米。山を越えるともう越前海岸で、蒲生発電所も海岸沿いにあります。


0936 武周湖(1872)
福井県福井市二ツ屋町
大味川水系大味川
20.3メートル
91.5メートル
2261千㎥/931千㎥
北陸電力(株)
1920年

足羽川ダム

2022-08-28 12:00:00 | 福井県
2022年7月27日 足羽川ダム
 
足羽川(あすわがわ)ダムは福井県今立郡池田町小畑の一級河川九頭竜川水系足羽川右支流部子川に国交省近畿地方整備局が建設中の治水目的の重力式コンクリートダムです。
足羽川は九頭竜川支流日野川に合流する九頭竜川の2次支流ですが、福井市中心部を貫流することからその治水は戦国時代からの為政者の至上課題となってきました。
1983年(昭和58年)に建設省(現国交省)により足羽川本流への多目的ダム建設事業が着手されますが、用地買収の難航に加えバブル崩壊以降の利水需要の低減や公共工事見直し機運の高まりなどもあり事業は停滞します。
しかし2004年(平成16年)7月福井豪雨により福井市街で甚大な洪水被害が発生したことを受け事態は一転、治水ダムを求める声が高まりダムの目的を『FNWI』の多目的ダムから『F』のみの治水ダムへ、建設地点を従来の足羽川本流から右支流部子川に変更することで事業継続が決まりました。
2014年(平成26年)より本体工事が着工され、2026年(令和8年)竣工をめどに現在は基礎掘削工事が行われています。
完成の暁には堤高96メートル、堤頂長351メートルの日本最大の流水型治水ダムとなる予定です。

ダムは支流の部子川に建設されますが、足羽川本流など4か所への分水施設と集水トンネルを整備することで流域面積105.2平方キロのうち7割の70平方キロがこれら集水トンネル経由となり、足羽川本流の洪水調節も可能になります。
分水施設及び集水トンネル(国交省足羽川ダム建設事務所HPより)


建設現場は平日昼間のみ、ダム左岸上流側に設けられた展望台から見学可能です。
現在は基礎掘削工事中
勾配60度を超える急傾斜のベルトコンベアに目が釘付け。










展望台にある建設工事マップ。


足羽川ダムの説明板。


建設現場に近接する『ダムギャラリーあすわ』
ここでダムカードがいただけます。


完成すればこんな感じ。

福井ならばまた訪問する機会もあるでしょう。
コンクリート打設が始まれば再訪したいものです。

0952 足羽川ダム(1871)
福井県今立郡池田町小畑 
九頭竜川水系部子川 
 
 
96メートル 
350.6メートル 
28700千㎥/28200千㎥ 
国交省近畿地方整備局 
2026年竣工予定

滝波ダム

2022-08-27 20:00:00 | 福井県
2022年7月27日 滝波ダム

滝波ダムは福井県福井市滝波町の九頭竜川水系滝波川にある農地防災目的のロックフィルダムです。
滝波川が注ぐ志津川は九頭竜川水系日野川の2次支流ですが、洪水時は日野川からのバックウォーターによる氾濫が絶えず抜本的な治水対策が求められていました。
滝波ダムは1978年(昭和53年)に農水省の補助を受けた県営防災ダム事業滝波地区によって着工され、1986年(昭和61年)に竣工しました。
完成当初は当時の清水町が、現在は市町村合併により福井市が管理を受託し志津川流域の約90ヘクタールの農地防災を担っています。
ダム湖上流一帯は福井市営のアウトドア施設であるSSTランドが開設され、キャンプ場やバンガロー、バーベキュー設備、パターゴルフ場などを備えた市民の憩いの場となっています。

滝波ダムは県道6号福井四ケ浦線沿いにありアプローチは簡単です。
県道から下流面
センターコアロックフィルダムということですが、下流面には草木が茂りフィルダムの面影はありません。
何とか洪水吐斜水路の位置は確認できるものの、あとは何が何やら…


左岸ダムサイトのダムの概要説明板
本当にこういう説明板はありがたい。


こちらは竣工記念碑裏側の由来文。
概要説明板ともどもダムを理解する重要な手がかりです。


左岸の洪水吐導流部。


横越流式洪水吐。


天端は車両通行可能。
天端からダムの下流面を撮影しようと思いましたが、草深く断念。


右岸から見た上流面
こちらにも木が伸び始め、早晩森になりそう。


総貯水容量57万7000立米の貯水池。
堆砂容量15万1000立米分が貯留されています。


右岸湖畔にある常用洪水吐となる放流ゲートで、平時は流入量をそのまま放流します。
奥は管理事務所ですが、職員の常駐はありません。


ダム湖上流側は親水護岸が設置され多くの釣り客が釣り糸を垂れています。


SSTランドの看板
かなり傷んでいます。


ダム湖に架かる吊橋。


SSTランドはアウトドア施設としてはなかなかのクオリティー
でもダムの下流面は放置されジャングル状態。
木が根を張り巡らせれば提体の性能にも影響が出ると思うんですが…。

(追記)
滝波ダムには農地防災容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

0949 滝波ダム(1870)  
福井県福井市滝波町 
九頭竜川水系滝波川 
 
 
30.3メートル 
136.3メートル 
577千㎥/426千㎥ 
福井市 
1986年
◎治水協定が締結されたダム

小倉見ダム

2022-08-27 15:00:00 | 福井県
2022年7月27日 小倉見ダム

小倉見ダムは福井県丹生郡越前町佐々生の九頭竜川水系和田川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧には1900年(明治33年)竣工とあるだけで事業者等の記載はありません。
管理は受益者で組織される佐々生農家組合が行っています。
またダム便覧では堤高が15.3メートルとなっている一方、福井県ため池データベースでは12.2メートルとなっています。
ため池データベース作成に合わせて測量を行っているようなので、これが正しいならダムの要件未達となります。
貯水容量も6万立米と小さく、名前にこそ「ダム」がついていますが、事実上は溜池です。

県道189号線沿いの有限会社小林商事という産廃業者の敷地の北側に池への入り口があり、100メートルほど歩くと池に到着します。
ダム便覧には堤頂長の記載はなくため池データベースでは12メートルとなっていますが、さすがに堤頂長12メートルは誤記でしょう。
見た目は50メートルと言ったところ。


天端から
直下に上記産廃業者の敷地があります。


上流面中央の取水栓。


貯水容量6万立米の小さな貯水池。


下流面
盛夏にもかかわらず草がきれいに刈られ、整備は行き届いています。
現在も受益農家にとっては重要な水源であることが伺えます。


上流面
コンクリートで護岸。


右岸の越流式洪水吐。


越流部には穴が三つ
木栓を差し込んで水位や越流量を調整するようです。


洪水吐導流部。

できればダム下も見学して底樋なども確認したかったのですが、産廃業者の私有地に立ち入ることになるので自重しました。

3430 小倉見ダム(1869)
福井県丹生郡越前町佐々生
九頭竜川水系和田川
15.3メートル(ため池データベース 12.2メートル
--メートル(ため池データベース 12メートル)
60千㎥/60千㎥
佐々生農家組合
1900年

開谷ダム

2022-08-27 12:00:00 | 福井県
2022年7月27日 開谷ダム

開谷ダムは福井県丹生郡越前町八田の九頭竜川水系開谷川にある農地防災目的のロックフィルダムです。
開谷川は流路延長4.2キロの小河川ですが、急こう配に加え水源の『蛇ヶ池』という地名からも窺えるように暴れ川で洪水被害が多発していました。
開谷ダムは1972年(昭和47年)に農林省の補助を受けた県営防災ダム事業八田地区によって着工され、1977年(昭和52年)に竣工しました。
現在は越前町が管理を受託し開谷川流域の約110ヘクタールの農地防災を担っています。

センターコア型式のロックフィルダムということですが、下流面には木々が茂り『森』状態
ダム下はおろか、下流面をまともに撮影することもできません。


天端は車両通行可能。


右岸ダムサイトの事業説明板。


左岸の管理事務所と放流ゲート
これが常用洪水吐となり最大3立米/秒まで、流入量はそのまま放流するのですが?


天端高欄には竹の意匠
ダムの受益地となる旧宮崎村は竹細工が盛んな地域で、それを受けての装飾でしょう。


総貯水容量10万7000立米のダム湖
ダムの目的は『F』のみで堆砂容量は7000立米以外は農地防災容量のはずなんですが、実際の貯水量はほぼ満水。
農地防災ダムとして建設されたものの、実際には灌漑用貯水池として運用されているのかも?


奥にはコンクリート構造物が、
たぶん水位計。


洪水吐導流部
木が茂り何の写真かよくわかりません。


左岸の横越流式洪水吐。


アングルを変えて。


左岸の竣工記念碑と祠。

天端からダム下に通じる道はありますが、ダム下も木が密生しており堤体の写真撮影は叶いませんでした。
防災専用ダムにもかかわらず、満水のダム湖が謎です。

0946 開谷ダム(1868)  
福井県丹生郡越前町八田 
九頭竜川水系開谷川 
 
 
24.5メートル 
50メートル 
107千㎥/100千㎥ 
越前町 
1977年

総ヶ谷ダム

2022-08-27 08:00:00 | 福井県
2022年7月27日 総ヶ谷ダム
 
総ヶ谷ダムは福井県越前市千合谷町の九頭竜川水系馬戸谷川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
受益地となる福井県の旧白山村は地域の大半が丘陵地のため水利に乏しく零細農業が大半となっていました。
1975年(昭和50年)に農水省の補助を受けた県営事業が着手され1980年(平成55年)に竣工したのが総ヶ谷ダムです。
運用開始後は武生白山土地改良区が管理を受託し、水田53.6ヘクタール、畑地39.8ヘクタール、計93.6ヘクタールへの灌漑用水の供給が開始されました。

越前市千合谷町の県道19号武生米ノ線から馬戸谷川沿いを南西に折れます。
谷筋に水田が続き、一番のドン詰まりに総ヶ谷ダムがあります。
ダムと言っても見た目は大きめの溜池、堤高31.4メートルの均一型アースフィルダムです。
手前の水路管は受益地への送水管。


右岸には底樋門があります。
この水路とは別に上の写真の送水管で受益地に送水されます。


左岸ダムサイトに上がります。
天端は開放され車両の通行もできます。


概要説明板。
ネットではこのダムの情報はほとんどないのでこういう説明板はありがたい。


洪水吐越しの上流面。


右岸の斜樋
シャフトは5本で最大取水量は0.631立米/秒。


左岸の横越流式洪水吐。


天端からの眺め
谷筋に水田が続きます。


総貯水容量は23万立米。


右岸にある管理事務所、この裏手に斜樋があります。


0948 総ヶ谷ダム(1867)
福井県越前市千合谷町 
九頭竜川水系馬戸谷川 
 
 
31.4メートル 
113.5メートル 
230千㎥/210千㎥ 
白山土地改良区
1980年

吉野瀬川ダム

2022-08-26 22:00:00 | 福井県
2022年7月27日 吉野瀬川ダム
 
吉野瀬川ダムは福井県越前市広瀬町の九頭竜川水系吉野瀬川に福井県土木部の事業で建設中の治水目的の重力式コンクリートダムです。
1986年(昭和61年)に補助多目的ダムとして事業着手されましたが、バブル崩壊以降の利水需要の低減や公共工事見直し機運が強まる中、国交省による検討対象ダムとなります。
しかし2004年(平成16年)7月福井豪雨の経験もあり地元からのダム建設要望は強く、2011年(平成23年)にダムの目的を『FN』に変更し、補助治水ダムとしての事業継続が決まりました。
2021年(令和3年)に本体工事が起工され、2022年(令和4年)7月現在は基礎掘削工事が進行中です。

ダムのスケールは堤高58メートル、堤頂長190メートル、総貯水容量780万立米となり、完成の暁には吉野瀬川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給を目的として運用される予定です。
 
ダム完成予想図(吉野瀬川ダム建設事務所HPより)。


残念ながら一般見学者向けの展望施設などはなく、工事現場を目にすることはできません。
工事現場入口の説明板。

吉野瀬川ダム建設事務所
ここでダムカードがもらえます。


2951 吉野瀬川ダム
福井県越前市広瀬町 
九頭竜川水系吉野瀬川 
FN 
G 
58メートル 
190メートル 
7800千㎥/6800千㎥ 
福井県土木部 
1986年事業着手
2021年本体工事着工

桝谷ダム

2022-08-26 18:00:00 | 福井県
2022年7月27日 桝谷ダム
 
桝谷ダムは福井県南条郡南越前町桝谷の一級河川九頭竜川水系日野川右支流桝谷川にある福井県土木部が管理する多目的ロックフィルダムです。
九頭竜川最大支流である日野川は流路延長71.5キロ、流域面積1275平方キロに及び古くから福井平野の灌漑用水源となってきました。
1976年(昭和51年)に県土木部により広野ダムが建設され治水面での効果が上がりましたが、灌漑用水については夏場の渇水が多く安定した水源確保と灌漑施設の整備が求められていました。
このような中、1991年(平成3年)に農水省による国営日野川用水農業水利事業が着手されます。
同事業には日野川の治水安全度確率引き上げによって広野ダムに容量不足が生じた県土木部も事業参加、両者の共同事業として2005年(平成17年)に竣工したのが桝谷ダムです。
桝谷ダムは2310万立米と広野ダムの2倍以上の貯水容量を持つ一方、流域面積10.2平方キロは広野ダムの4分の1に留まり集水域と貯水量にギャップがありました。
そこでダムと同時に広野ダム上流に二ツ屋分水堰が建設され、日野川本流から桝谷ダムへ導水することで2ダム一体運用により効果的なダム運用が可能となりました。
桝谷ダムの流域面積30.46平方キロのうち直接流域は10.16平方キロに留まり、貯水の3分の2は二ツ屋分水堰からの補給に依ります。
完成後は広野ダム二ツ屋分水堰とともに福井県土木部により統合管理され、日野川の洪水調節、日野川用水土地改良区約5600ヘクタールへの灌漑用水の供給、鯖江市及び武生市(現越前市)への上水及び工水の供給を目的として運用されています。

堤高100.4メートルと県管理のロックフィルとしてはなかなかのスケール。


向って右から放流設備の放流口、桝谷ダム発電所の放流口
一番左は洪水吐減勢工からの水路。


提体と洪水吐斜水路
斜水路は堤体脇の地山に作られています。


ダム下の放流設備と小水力発電所。


左岸に回ります
地山の向こうに白い斜水路が見えます。


天端は2車線幅がありますが、車両は進入できません。


上流面
水位が下がり、上流面には美しい模様が。


天端からダム下を見下ろします
手前が発電所、奥の建屋が放流設備。


右岸の横越流式洪水吐
越流部に切欠きがありこれが常用洪水吐になります。
奥は管理事務所。

上流から見た洪水吐
できれば上から斜水路も見たかったのですが、見える場所がありません。


ダム湖は『ますたに湖』
総貯水容量は2500万立米ですが、集水の3分の2は日野川本流からの導水に依ります。
左手に傾斜式直線多段ゲート。


こちらが二ツ屋導水路吐口
訪問時は水はちょろちょろ。


竣工記念碑裏面には農林水産省と福井県が併記
桝谷ダムは農水省施工で、県土木部との共同事業で建設されたため多目的ダムの括りとしては兼用工作物となります。


(追記)
桝谷ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

0951 桝谷ダム(1866)
福井県南条郡南越前町桝谷
九頭竜川水系桝谷川
FAWI
100.4メートル
345.9メートル
25000千㎥/23100千㎥
福井県土木部
2005年
◎治水協定が締結されたダム