ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

油谷ダム

2023-08-08 17:00:11 | 熊本県
2023年5月23日 油谷ダム

油谷ダムは熊本県八代市坂本町鮎帰の一級河川球磨川水系油谷川にある九州電力(株)が管理する発電目的のロックフィルダムです。
1960年代半ばから発電の主力は火力へと移り、さらに1970年代以降原子力発電が台頭します。
一方で火力発電所や原子力発電所は細かな出力調整が難しく、『巨大蓄電池』として余剰電力の有効活用が可能で電力消費のピークに合わせて大出力の発電が可能な揚水発電が注目されます。
九州電力は1970年(昭和45年)より同社初の純揚水式発電所建設に着手、1975年(
昭和50年)に内谷ダムを上部調整池、当ダムを下部調整池とした大平発電所が完成しました。
同発電所では両ダムの有効落差490メートルを利用して最大50万0000万キロワットの揚水式発電を行います。
当地が建設地に選ばれたのはすでに火力発電所が稼働しさらに原発建設が決まっていた鹿児島県川内市と九州北部を結ぶ送電線上に位置し、余剰電力活用には絶好の立地だったからです。

大平発電所の構内配置図(九州電力HPより)。


油谷ダムへは未だ球磨川水害の傷跡が残る国道219号線から県道坂本人吉線に入ります。
国道219号は八代市郊外から関係車両以外通行禁止ですが、バリケードや検問などはなく警備員さんに油谷ダムに向かう旨を伝えると進入許可がいただけました。
先ずは洪水吐直下へ
横越流式洪水吐はジャンプ台になっており、下部の導流部に落下します。
導流部の最下部にジャンプ台がある洪水吐は多いですが、上部にジャンプ台があるのは珍しい。
ここから導流部直下に下りる山道がありますが立ち入り禁止。


こちらは河川維持放流義務化で後付けされた放流設備。


ダムサイトへ上がります。
天端は車両通行可能
堤体は緩やかなアーチ。


竣工記念碑
内谷ダムと異なりこちらは九州ではおなじみ金箔仕様。


ダムの諸元が刻された石板。


天端から
洪水吐上部がジャンプ台という珍しい形状。


左岸から
内谷ダム同様リップラップには管理通路が渡されています。


左岸のリムトンネル
通常ならダム湖を周回できるのですが、訪問時は土砂崩れでこの先は通行止め。


ダム湖は総貯水容量542万立米
夜間に揚水式発電を終えたあとで、こちらはたっぷたっぷ。
奥は発電用放流口(揚水発電時は取水口)
ダム湖左上(右岸)を九州自動車道が通ります。


上流面
堤体がアーチ状に湾曲しているのがよくわかります。
対岸に見えるのは洪水吐ゲート。


右岸上流側から見た洪水吐のローラーゲート
ここから上記ジャンプ台へと続きます。


発電用放流ゲート。


水利使用標識。


左岸の艇庫とインクライン。


ダムに至る国道や県道は未だ球磨川水害の傷跡が残り各所で復旧工事が行われています。
珍しい洪水吐ではありますが、安易に放流が見てみたいなんてとても言えません。

(追記)
油谷ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

2672 油谷ダム(2012)
熊本県八代市坂本町鮎帰
DamMaps
球磨川水系油谷川


82メートル
189.2メートル
5420千㎥/3680千㎥
九州電力(株)
1975年

◎治水協定が締結されたダム

氷川ダム(再)

2023-08-06 17:00:57 | 熊本県
2023年5月23日 氷川ダム(再)

氷川ダム(再)は熊本県八代市泉町下岳の二級河川氷川本流にある熊本県土木部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けた補助多目的ダムで、氷川の洪水調節、不特定灌漑用水への補給、特定灌漑用水の供給、上水道用水の供給を目的として1973年(昭和48年)に竣工しました。
しかし洪水調節容量と利水容量のうち55万立米が重複配分され機動的な洪水調節が困難な一方、不特定利水も用水不足が頻発するなど絶対的容量不足が顕在化しました。
1987年(昭和62年)7月の集中豪雨を契機に、県はダムの嵩上げ再開発事業に着手し2010年(平成22年)に氷川ダム(再)が竣工しました。
再開発事業では堤体の2メートル嵩上げ(堤高56.5メートル⇒58.5メートル)により総貯水容量および有効貯水容量がともに80万立米増加し、安定的な洪水調節容量と不特定利水容量が確保されました。
また再開発に合わせて河川維持放流を利用した氷川ダム管理発電所(最大出力657キロワット)も増設されました。

氷川ダム再開発事業による容量配分の変更(氷川ダムパンフレットより)


再開発事業によりゲートハウスは特徴的なデザインに刷新され、下流からの眺めを楽しみにしていたのですがあいにくゲートの塗装工事中。
非常用洪水吐としてクレストラジアルゲート2門、常用洪水吐としてコンジットゲート1門を備えています。


ダム入り口にはダム名の付いたバス停。


ダム再開発により旧管理事務所が水没するため2001年(平成13年)に、熊本アートポリス参加事業により吊橋をモチーフにした展望台付き管理事務所が新設されました。
関連施設が同事業に参加したダムとしては宇城市の石打ダムがあります。


展望台からダム湖を俯瞰
総貯水容量710万立米
氷川源流の平家の落人伝説にちなみ肥後平家湖と名付けられました。


湖岸の繋留設備。


下流面
堤頂部の色が異なり、2メートル嵩上げした部分がよくわかります。


天端高欄に嵌め込まれた銘板
九州らしく金箔文字。


減勢工と放流設備
放流設備の下流側に2010年(平成22年)に稼働した半地下の管理発電所があります。


鮮やかな青に塗り替えられたばかりのラジアルゲート。


天端は車両の通行ができます。


上流から
富栄養のためか貯水池は緑が濃く、水質改善のため曝気装置2基、噴水1基が設置されています。


ゲートをズームアップ
ラジアルゲートの間にコンジット予備ゲート。


管理事務所を遠望。


(追記)
再開発により従前の予備放流量は撤廃されましたが激化する洪水被害に対応するため治水協定が締結され、台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が新たに配分されました。

2668 氷川ダム(元)
熊本県八代市泉町下岳
氷川水系氷川
FNAW
56.5メートル
193.5メートル
6300千㎥/5100千㎥
熊本県土木部
1973年
-----------
2668 氷川ダム(再)(2011)
熊本県八代市泉町下岳
氷川水系氷川
FNAW
58.5メートル
202メートル
7100千㎥/5900千㎥
熊本県土木部
2010年
◎治水協定が締結されたダム

内谷ダム

2023-08-04 17:00:55 | 熊本県
2023年5月23日 内谷ダム

内谷ダムは左岸が熊本県球磨郡五木村乙、右岸が同村丙の一級河川球磨川水系内谷川最上流部にある九州電力(株)が管理する発電目的のロックフィルダムです。
1960年代半ばから発電の主力は火力へと移り、さらに1970年代以降原子力発電が台頭します。
一方で火力発電所や原子力発電所は細かな出力調整が難しく、『巨大蓄電池』として余剰電力の有効活用が可能で電力消費のピークに合わせて大出力の発電が可能な揚水発電が注目されます。
九州電力は1970年(昭和45年)より同社初の純揚水式発電所建設に着手、1975年(昭和50年)に当ダムを上部調整池、油谷ダムを下部調整池とした大平発電所が完成しました。
同発電所では両ダムの有効落差490メートルを利用して最大50万0000万キロワットの揚水式発電を行います。
当地が建設地に選ばれたのはすでに火力発電所が稼働しさらに原発建設が決まっていた鹿児島県川内市と九州北部を結ぶ送電線上に位置し、余剰電力活用には絶好の立地だったからです。

大平発電所の構内配置図(九州電力HPより)


内谷ダムは熊本県五木村西端、標高700メートル地点にあります。
堤高64メートル、堤頂長200メートル
リップラップには管理用の仮設通路が渡されています。


アングルを変えて
手前は洪水吐導流部。


天端は立ち入り禁止。


左岸の横越流式洪水吐。


上流面。
揚水式発電の調整池という性格上水位変動が激しく、ロック材の色の変化も大きくなっています。


上流から見た洪水吐。
越流時の堤体護岸のため越流堤内側に導流壁が設けられています。


発電所案内図。


竣工記念碑と諸元が刻された石碑。
油谷ダムは金箔文字ですが、こちらは黒。


遠隔操作のため管理事務所は無人。


総貯水容量538万9000立米のダム湖
早朝の訪問ですが、水位が大きく下がっています。
近年太陽光発電のシェアが上がったことで揚水式発電の運用も大きく変化し、日中に太陽光の余剰電力で揚水し、太陽光の出力が落ちる宵の口から深夜に発電するという運用が一般的になっています。


巡視艇と昇降用のクレーン。


右手に発電用の取水ゲートが見えます。
実施の取水口(揚水時は放流口)は水中にあります。


ゲートをズームアップ。

水利使用標識。


(追記)
内谷ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

2671 内谷ダム(2010)
左岸 熊本県球磨郡五木村乙
右岸        同村丙
DamMaps
球磨川水系内谷川


64メートル
200メートル
5389千㎥/3960千㎥
九州電力(株)
1975年

◎治水協定が締結されたダム

幸野ダム

2023-02-03 17:07:04 | 熊本県
2022年11月22日 幸野ダム
 
幸野ダムは熊本県球磨郡湯前町にある熊本県企業局が管理する灌漑・発電目的の重力式コンクリートダムです。
1949年(昭和24年)に熊本県により球磨川総合開発事業が着手されますが、熊本県企業局は同事業に発電事業者として参加し、1960年(昭和35年)に幸野ダムおよび市房第1~第2発電所が竣工しました。
幸野ダムは市房第1発電所(最大出力1万5600キロワット)の出力調整による水位変動を緩和するための逆調整池に加え、市房第2発電所(最大出力2400キロワット)でのダム水路式発電を目的としています。
また球磨川総合開発事業に合わせ熊本県営土地改良事業球磨川南部地区も着手され、幸野溝百太郎溝と言った江戸期を起源とする灌漑施設の整備が行われ、市房ダムの不特定利水容量により当ダムを取水ダムとして約1900ヘクタールの田畑への安定した用水供給が可能となりました。  

右岸ダム下から
ローラーゲート2門を備え、左岸(向かって右手)ゲートにはフラッシュボードがついています。


普段は天端の車両通行可能ですが、訪問時はゲート点検中のため通行止め&立ち入り禁止。


右岸湖岸の謎の遺構。


上流面
対岸に取水口と管理所があります。


左岸から。


独特の書体の親柱の銘板
高知の大橋ダムもこんな書体だったはず。


中央にゲート操作室が乗っかる独特のピア。
両手をだらりと下げたロボットみたい。


市房第2発電所の水利使用標識。


こちらは灌漑用水の水利使用標識。 
幸野ダムは取水ダムで、容量配分は市房ダムの不特定利水容量に依ります。 


下流から見た取水ゲート。 


この盛土の下に水路が流れています。 
下流の調節水槽で発電所と幸野溝へ分水されます。 
 

てっきりただの発電逆調整池だと思ったら、江戸期に起源をもつ幸野溝や百太郎溝と言った灌漑用水の取水も行っていました。
ちなみに『溝』と言うのは当地方で灌漑用水路のことを指し、幸野・百太郎両溝は世界かんがい遺産にも選ばれた由緒ある農業用水です。

2662 幸野ダム(1960)
左岸 熊本県球磨郡湯前町大字なし
右岸        同町岩野
球磨川水系球磨川
AP
21.2メートル
90.5メートル
326千㎥/112千㎥
熊本県企業局
1959年

市房ダム

2023-02-02 17:34:03 | 熊本県
2022年11月22日 市房ダム 
 
市房ダムは熊本県球磨郡水上村湯山の一級河川球磨川本流上流部にある熊本県土木部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
球磨川は日本三大急流の一つとされ、人吉盆地を貫流した先の下流部が狭窄となっていることから、豪雨の際のバックウォーター現象による洪水被害が絶えませんした。
また戦後の食糧難を受けての食糧増産や電力不足解消も喫緊の課題となっていました。
1949年(昭和24年)に熊本県は球磨川総合開発事業を採択、ダム建設は建設省(現国交省)が担い1960年(昭和35年)に竣工したのが市房ダムです。
ダムは球磨川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給、熊本県企業局市房第1発電所(最大出力1万5600キロワット)および第2発電所(最大出力2400キロワット)での発電を目的とし、完成後に管理は熊本県に移管されました。
市房ダムは高知県の永瀬ダムや京都府の大野ダム、秋田県の皆瀬ダム、宮城県の大倉ダムなどととも建設省施工ののち県に移管されたダムの一つですが、市房ダムの竣工は特定多目的ダム法施行前になるため、分類としては兼用工作物と言う括りになります。 
また市房ダム建設に合わせ熊本県営土地改良事業球磨川南部地区も着手され、幸野溝、百太郎溝と言った江戸期を起源とする灌漑施設の整備が行われ、市房ダムの不特定利水容量により下流の幸野ダムを取水ダムとして約1900ヘクタールの田畑への安定した用水供給が可能となりました。  

一方、市房ダム完成後も球磨川の水害は絶えず、建設省により球磨川右支流川辺川へのダム建設事業が着手されますが、2009年(平成21年)に蒲島知事により事業中止が決定されました。
ところが、2020年(令和2年)7月豪雨、いわゆる球磨川水害を受けて県はこの方針を転換、2022年(令和4年)に流水型治水ダムとして川辺川ダム建設事業が再開されました。
『脱ダム宣言』や『コンクリートから人へ』などと言う甘い言葉による公共事業罪悪論が、結果手には誤りであった如実な証左と言えます。
 
放流設備はクレストローラーゲート2門と河川維持放流管1条
右手は熊本県企業局市房第1発電所。


副ダムは中央に切欠が入っています。


左岸から下流面
堤高78.5メートル、堤頂長258.5メートルと都道府県営ダムとしては中堅サイズ
水色のピアが鮮やか。


市房第1発電所の屋根にはくまモン
同じ県企業局の緑川第1発電所でも見られました。


水圧鉄管が堤体から突き出ています。


通常は天端は車両通行ができるのですが、訪問時は取水設備改修工事のため通行止め&立ち入り禁止。


熊本県土木部所管ダムですが、施工は建設省。


右岸の管理事務所
手前にインクラインがあるのですが、こちらも改修工事中。


ダムとしては珍しく、左右両岸にバス停があります。
左岸の国道388号線には『ダムサイト』バス停。


右岸の県道142号線には『市房ダム前』バス停。 


右岸ダムサイトのバットレス構造物
山留か?プラント跡か?


上流面
かまぼこ型の操作室が乗る特徴的なゲートピア
右手にはクレーンと分割式予備ゲートが積まれています。
ゲート左の取水設備は改修工事中。


ピアをズームアップ
ホイストクレーンを使った予備ゲート運搬装置は珍しい。


九州らしく竣工記念碑は金箔文字。


上でも書いたように球磨川水系の治水についてはダム建設の賛否が交錯し、川辺川ダムの事業化が大きく遅延、結果論ですがこれが2020年(令和2年)7月豪雨での被害激化につながったことは否めません。
一時期『コンクリートから人へ』などという甘い言葉に乗せられ公共事業全体を悪とするような風潮が蔓延しましたが、人の命は地球より重いとするならば防災事業はきれいごとでは済まないことを我々も改めて認識すべきでしょう。

追記
市房ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2661 市房ダム(1959)
熊本県球磨郡水上村湯山
球磨川水系球磨川
FNP

78.5メートル
258.5メートル
40200千㎥/35100千㎥
熊本県土木部
1960年
◎治水協定が締結されたダム

清願寺ダム

2023-02-01 17:50:06 | 熊本県
2022年11月22日 清願寺ダム
 
清願寺ダムは熊本県球磨郡あさぎり町の一級河川球磨川水系免田川にある農地防災・灌漑目的のアースフィルダムです。
あさぎり町の球磨川南岸一帯は広大な平地が広がり、球磨川を水源として古くから開拓が進められてきました。
しかし暴れ川である支流の免田川流域では洪水被害が多発する一方、山沿いの農地は水利に乏しく干ばつ被害が絶えませんでした。
そこで熊本県は1970年(昭和45年)に農林省(現農水省)の補助を受けた県営防災ダム事業およびかんがい排水事業免田川地区に着手、その中核施設として1979年(昭和54年)に竣工したのが清願寺ダムです。
清願寺ダムは免田川流域水田約500ヘクタールの農地防災および約300ヘクタールの水田・畑地への灌漑用水の供給を目的としており、当初は上村が、その後の町村合併により現在はあさぎり町が管理を受託しています。
清願寺ダムの堤高60.5メートルは日本のアースフィルダム最高となっており、日本ダム協会により日本100ダムに選ばれています。

先ずはダム下へと向かいます。
奥に堤体と洪水吐斜水路が見えます。
向って左(右岸)には放流管(常用洪水吐)吐口と利水放流設備があります。


右手トンネルが常用洪水吐からの放流口で、普段はEL266メートルを超える流入量はそのままここで放流されます。
一方左手は灌漑用放流設備で灌漑用水がここから用水路へと送られます。

堤体直下まで接近できないため、堤高60.5メートルの高さは実感できません。


さらにダム下へと向かいますが、フェンスがあり立ち入りはここまで。
見えるのは堤頂長199メートルの半分ほど。


左岸ダムサイトに上がります。
きれいに草が刈られた下流面は犬走を挟んで3段構成。
堤体保護のためでしょう、下流面の勾配は1:1.23と一般的なフィルダムよりも緩やかになっています。


天端は2車線幅の車道。


取水設備と常用洪水吐
取水設備は複式斜樋で取水口は水中にあります。
上部のゲートは予備ゲート。
右手の四角いゲージが常用洪水吐で、平時は常時満水位EL266メートルを超える流入量がここから放流されます。


右岸上流から
一見水位は低いですがこれで常時満水位。
総貯水容量330万2000立米のうち灌漑容量103万立米と堆砂容量34万4000立米分が貯留されています。
農地防災容量は有効貯水容量の7割近くを占め、容量だけ見れば防災メインのダムと言えます。


天端から洪水吐斜水路と減勢工を見下ろします。


非常用となる横越流式洪水吐。
この越流部が洪水時最高水位EL280.4メートルになります。


天端から見下ろすと堤高60.5メートルの高さを実感できます。
洪水吐を跨ぐ鉄管は灌漑用で、左手は調圧水槽。
ダム下の放流設備とは別系統で、ダムからは2系統で用水補給されるようです。


右岸から
上流面はコンクリートで護岸。


アースフィルダム堤高日本一もさることながら、それ以上に独特な取水設備や常用洪水吐、2系統の灌漑用放流設備など構造面での見どころも多いダムです。

(追記)
清願寺ダムには農地防災容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2674 清願寺ダム(1958)
熊本県球磨郡あさぎり町皆越
球磨川水系免田川
FA
60.5メートル
199メートル
3302千㎥/2958千㎥
あさぎり町
1978年
◎治水協定が締結されたダム

大久保溜池

2023-01-31 17:28:07 | 熊本県
2022年11月22日 大久保溜池
 
大久保溜池は熊本県球磨郡球磨村三ヶ浦の一級河川球磨川水系鵜川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
現地説明板に溜池建設の経緯が詳しく書かれており、当地の開拓を企図した福岡県人の権藤猿三郎なる人物を開拓事業者として1912年(明治45年)に築造が着手され、1914年(大正3年)に完成しました。
現在は受益者で組織される大久保水利組合が管理し約8ヘクタールの農地に灌漑用水を供給しています。

今回は人吉から大久保溜池を目指しましたが、2020年(令和2年)7月豪雨いわゆる球磨川水害により橋が多数落橋したためかなりの遠回りを余儀なくされます。
またグーグルのルート案内でダム至近まで車でアプローチできますが、最後の100メートルほどは山道歩きとなります。

山道に入るとすぐに溜池左岸に到着。
あいにく深い霧が立ち込め、視界は数メートルほど。
天端も下流面もきれいに刈りこんであり、今も貴重な水源であることが伺えます。


上流面はコンクリートで護岸。
貯水池はほとんど見えません。


下流面。


堤体脇の踏跡を降りてみます。
便覧、ため池データベースともに堤高は15メートル。


写真ではわかりづらいんですが、踏み跡中ほどに取水設備からのパイプが露出しています。


天端に戻ります
右岸の洪水吐。


こちらは洪水吐導流部
茂みの先は自然の岩盤になっています。


右岸から洪水吐越しの堤体。


池栓
この写真もわかりづらいのですが、写真中ほど左側に金属性の鎖と池栓が見えます。


大久保溜池の説明板。
このクラスの溜池としては丁寧な説明板です。


残念ながら深い霧に閉ざされ、池の全貌を見ることはできませんでした。
一方で池に至る道中各所で水害の傷跡が多数残っています。
いち早い球磨川流域の復興を願うばかりです。

2655 大久保溜池(1957)
ため池コード
熊本県球磨郡球磨村三ヶ浦
球磨川水系鵜川
15メートル
86メートル(ため池データベース 82メートル)
105千㎥/105千㎥
大久保農業組合
1914年

船津ダム

2023-01-30 17:07:13 | 熊本県
2022年11月21日 船津ダム

船津ダムは左岸が熊本県下益城郡美里町清水、右岸が同町豊富の一級河川緑川本流にある熊本県企業局が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
1964年(昭和39年)に建設省(現国交省)直轄事業として緑川総合開発事業が着手されますが、熊本県企業局は同事業に発電事業者として参加し、緑川ダムと同じ1970年に船津ダム・緑川第1~第2発電所が竣工しました。
船津ダムは緑川第1発電所(最大出力3万1700キロワット)の出力調整による水位変動を緩和するための逆調整池に加え、緑川第2発電所(最大出力6800キロワット)でのダム式発電を目的としています。
さらに2001年(平成13年)には河川維持放流を利用した小水力発電を行う緑川第3ダム(最大540キロワット)が完成しました。

下流の国道445号線から
ゲート5門中4門だけが見えます。


ダム直下から全てのゲートが見えました。
右岸(向かって一番左)のゲートにはフラッシュボードがついています。


右岸から
右手は緑川第2発電所。


堤体右岸に発電用取水ゲートがあります。
クレーンは予備ゲート運搬用
左奥は管理事務所。


右岸ダムサイトの斜面に残るプラント遺構。


上流から見た取水口
ピアにはクレーンのレールが伸びています。


天端から
右手は第2発電所、さらに左手の小さな建屋が第3発電所。


ゲートは1門だけ開放中。


フラッシュボード付きゲートを真上から。


左岸から
天端は徒歩のみ開放されています。


ダムの上流の道路沿いには分割式予備ゲートが置かれています。


ダム下流にある霊台橋
江戸時代末期の石橋で国の重要文化財。
このほか美里町には通潤橋など多くの石造建造物があります。


(追記)
船津ダムは洪水調節容量のない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たな洪水調節容量が確保されることになりました。

2994 船津ダム(1956)
左岸 熊本県下益城郡美里町清水
右岸         同町豊富
緑川水系緑川
25.5メートル
175メートル
2495千㎥/1070千㎥
熊本県企業局
1970年
◎治水協定が締結されたダム

緑川補助ダム

2023-01-28 17:35:07 | 熊本県
2022年11月21日 緑川補助ダム
 
緑川補助ダムは1970年(昭和45年)に緑川水系本流に建設された国交省九州地方整備局が管理する緑川ダムの副堤のロックフィルダムです。
緑川ダムがサーチャージ水位まで貯留した際に貯水池右岸から水が溢れてしまうため、高さ35メートル、全長244メートルの補助ダムが建設されました。
 
ダム管理所から
天端は2車線の車道で向って右手が下流、右手が上流になります。
下流面は芝が張られアースのようですがロックフィルダムです。
堤体積は本堤の36万7000立米に迫る34万7000立米もあります。


左岸から下流面。


天端の車道
町道になるのかな?


上流面
これだけ見るとこっちがリップラップのようです。


ダム上流はイベント広場になっており、毎年1月に行われるみどりかわ湖どんど祭りは参加者1000人の人気イベントです。


右岸から下流面
国交省直轄ダムとありきれいに草が刈られています。
雪国では凍上防止のため芝が張られたロックフィルダムは多数ありますが、西日本では珍しい。


副堤にも監査廊入り口があります。


右岸から上流面。
この奥が本堤の緑川ダムになります。


天端は車道。

補助ダムの上流側とダム湖の間には盛り土が施され、イベント広場が浸水することはなさそう。

2666 緑川補助ダム(1955)
熊本県下益城郡美里町畝野
緑川水系緑川
FNAP
35メートル
244メートル
46000千㎥/35200千㎥
国交省九州地方整備局
1970年

緑川ダム

2023-01-27 17:20:25 | 熊本県
2022年11月21日 緑川ダム
 
緑川ダムは左岸が熊本県下益城郡美里町洞岳、右岸が同町畝野の一級河川緑川にある多目的重力式コンクリートダムです。
熊本県中央部を東西に横断する緑川は古くから熊本平野を中心に流域の灌漑用水源として利用される一方、洪水や干ばつも多く特に1953年(昭和28年)6月豪雨は県下で300名近い死者が出る大惨事となり、抜本的な治水・利水対策が求められました。
1964年(昭和39年)に建設省(現国交省)の直轄事業による緑川への多目的ダム建設が採択され1970年(昭和45年)に緑川ダムが竣工しました。
緑川ダムは国交省九州地方整備局が直轄管理する特定多目的ダムで、緑川の洪水調節(最大800立米/秒)、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給、流域水田への新規灌漑用水の供給、熊本県企業局緑川第1~第3発電所での合計最大3万5140キロワットの発電を目的としています。
また、本堤の北側は鞍部になっておりダムの満水時には水が溢れてしまうため、副堤としてロックフィルの緑川補助ダムが建設されました。

緑川ダム周辺はレジャースポットとして各種施設が充実しており町営の『美里の森キャンプ場ガーデンプレイス』では多様なキャンプを楽しめるほか、日本初のダム湖を横断するジップトリップなどアウトドア施設が設置されています。
また補助ダム上流側はイベント広場となっており、県内有数規模のどんどん焼きもここで行われます。
ダム湖の肥後みどりかわ湖はダム湖百選に申請すれば間違いなく選ばれると思うんですが…

緑川ダムでは事前予約によりダムの堤体内を含む施設見学を実施しています。
今回、管理所のご厚意により飛び込みにもかかわらず施設見学の対応をしていただくことができました。
施設見学の詳細については別項
緑川ダム施設見学をご覧ください。

ダム下から
クレストラジアルゲート2門、その間にオリフィス高圧ラジアルゲート3門
右手は熊本県企業局緑川第1発電所(最大出力3万1700キロワット) 。


特徴的なゲート配置。
向かって右下の小さな穴は非常用放水管。


堤体は珍しい『Z』
よく似た堤体は富山の有峰ダムですが、あちらは『S』。


ズームアップ。


左岸管理所下の擁壁にはくまモンが描かれていますが・・・
描かれて10年以上経過し薄くなってしまいました。


右岸の繋留施設。


右岸上流から
こちらからも堤体がZ字になっているのがわかります。


天端から
右岸のこの細い管は灌漑用水路管とのこと。
既得灌漑用水になるのかな?


減勢工と緑川第1発電所
利水放流設備や低水放流設備は見当たらないので、発電放流で対応するのでしょう。


発電所の屋上にはくまモンの絵
市房など他の県企業局の発電所の屋上にも描かれています。


天端越しに管理所とダム湖の『肥後みどりかわ湖』
総貯水容量4600万立米、有効貯水容量3520万立米
総貯水容量は運用中のは熊本県のダムでは最大。
天端は車両の通行ができます。


左岸の屈曲点
下流に折れているので『カド』認定
カドの先にはエレベーター棟があります。

ちょっと見づらいですが、選択取水設備。


上流面
取水設備、ゲートが一望できる場所を探しましたが見つかりませんでした。
湖岸の木をちょびっとだけ切っていただければありがたいのですが…。


これは右岸フーチングから見た下流面
見学の際に撮ったもので、猛禽が羽を広げたようでかっこいい。


ダム直下から
これも見学の際に撮ったものです。
堤体から突き出た水圧鉄管を間近で見れる機会はなかなかありません。
しかもこの鉄管は直径5メートルと日本の水圧鉄管でも最大クラス。


上でも書きましたが、飛び込みにもかかわらず見学対応していただき感謝に耐えません。 

(追記)
緑川ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2665 緑川ダム(1954)
左岸 熊本県下益城郡美里町洞岳 
右岸         同町畝野 
緑川水系緑川 
FNAP 
 
76.5メートル 
295.3メートル 
46000千㎥/35200千㎥ 
国交省九州地方整備局 
1970年 
◎治水協定が締結されたダム 

桑野内ダム(仲山ダム)

2023-01-26 17:48:31 | 熊本県
2022年11月21日 桑野内ダム(仲山ダム)
 
桑野内ダムは左岸が熊本県上益城郡山都町花上、右岸が宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町桑野内の一級河川五ヶ瀬川本流にある九州電力(株)が管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
1955年(昭和30年)に九州電力によって建設され、ここで取水された水は約4.5キロの導水路で桑野内発電所に送られ最大6400キロワットのダム水路式発電を行っています。
五ヶ瀬川では大正末期より日本窒素肥料(日窒)のほか複数の発電事業者による電源開発が進められ、桑野内発電所の水利権も1925年(大正14年)に付与されました。
しかし何らかの事情(たぶん技術的問題)で開発は見送られ、戦後、電気事業再編政令で誕生した九州電力が水利権を継承し改めて事業を再開したとみるのが妥当でしょう。

五ヶ瀬町桑野内の県道8号に桑野内ダムを示す案内板があり、これに従い隘路の道路を進みます。
途中に阿蘇五岳が一望できる場所があります。


最後は標高差200メートルの九十九折れを下りますが、ここは急坂が続くうえに道が狭く、離合は100%無理。とにかく前から車が来ないことを祈りながらの運転となります。

一帯は阿蘇火砕流による凝灰岩で形成され『蘇陽峡』と呼ばれる深さ200メートルを超えるU字渓谷が続きます。
ダムサイトは文字通りの谷底で、この地形を見ると戦前桑野内ダム建設が見送られた理由が何となくわかります。
川が県境で、向かいは熊本県。
ダムは左岸で所在地を決めるのでアプローチは宮崎ですが、熊本県のダムとなります。


残念ながら厳重な門扉が閉まりダムへは立ち入りできません。
右岸に桑野内発電所への取水口があり、最大15立米/秒の取水を行います。


超広角で
民家のような管理棟があり、かつては職員が常駐していました。


それにしてもすさまじい断崖。


ゲートピアをズームアップ。


ダム湖は総貯水容量96万1000立米、有効貯水容量26万2000立米。
蘇陽峡は美しい紅葉で知られ、湖面を使ったカヌーなども楽しめます。


実はグーグルにはダム下から撮った写真が掲載されています。
ダムの対岸すぐ下流に小さな畑があり、崖の上から畑に下りる山道があるようです。
標高差200メートルなので往復40分ほど、時間があればチャレンジしてみたいものですが九州は遠い。
 
(追記)
桑野内ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え 事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

2816 桑野内ダム(仲山ダム)(1953)
左岸 熊本県上益城郡山都町花上
右岸 宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町桑野内
五ヶ瀬川水系五ヶ瀬川

26.5メートル
96.4メートル
961千㎥/262千㎥
九州電力(株)
1955年
◎治水協定が締結されたダム

大蘇ダム

2023-01-04 17:06:38 | 熊本県
2022年11月18日 大蘇ダム
 
大蘇ダムは熊本県阿蘇郡産山村山鹿の一級河川大野川水系大蘇川にある灌漑目的のロックフィルダムです。
熊本・大分県境の大野川上流域は阿蘇東外輪山から標高450~900メートルの火砕流台地を形成しています。
地味は豊かで夏期冷涼な気候は高原野菜を中心とした畑作に適していますが、透水性が高く水利に乏しいため小規模な畑作営農に留まり灌漑施設の整備が強く求められてきました。
1979年(昭和54年)に農水省の直轄事業として国営大野川上流土地改良事業が着手され、その灌漑用水源として建設が進められたのが大蘇ダムです。
しかし地盤の亀裂や大量の漏水などにより事業計画は3度にわたり修正され、事業費も180億から720億に増大、当初予定よりも30年以上遅延の2020年(令和2年)にようやく本格運用が開始されました。

運用開始後は受益団体、関係自治体で組織される大野川上流地域維持管理協議会が管理を受託し、大分県竹田市、熊本県産山村、阿蘇市の計1865ヘクタールの農地に灌漑用水を供給しています。
1604ヘクタールと受益地の大変を占める竹田市では、従前よりトマトを中心とした施設野菜や高原野菜生産が展開されてきましたが、事業の竣工でより効率的な営農が見込まれ、特に『赤採りトマト』のブランド化に成功していたトマト生産は一段の飛躍が期待されています。

大蘇ダムは関係者以外の立ち入りを禁じており、一般の見学はできません。
今回は事前に農水省大野川上流農業水利事務所、および竹田市農林整備課にお願いした上で管理者の大野川上流地域維持管理協議会より見学の許可を得ました。 

ダム下から 
堤高69.9メートル、堤頂長262.1メートルと農業用としては比較的大規模なロックフィルダム。
ダム本体は2005年(平成17年)に完成しましたが試験湛水中に大規模な漏水が発生。
改めて漏水対策を実施し2020年(令和4年)年より本格運用が開始されています。


こちらは放流ゲート。
河川維持放流および産山村への利水放流が行われます。


ダムサイトに移動します。
右岸に建つ記念碑。


水利使用標識
受益地の過半は畑地のため、1年を通じて水利権が設定されています。


右岸から下流面。


天端から
1枚目写真はこの下から撮ったものです。
写真中央にわずかに屋根が見えるのが灌漑用水調整工=調圧水槽です。


総貯水容量430万立米の貯水池
流域面積26ヘクタールのうち約半分は北を流れる玉来川からの導水に依ります。
試験湛水時に大規模な漏水が発生したため2013年(平成25年)より漏水対策工事が実施され湖面全体がコンクリートで遮水処理されています。
対策工事終了後も計画の7倍となる1日1万5000立米の漏水が続いていますが、現状運用には支障はないようです。


左岸から
赤い建物が管理事務所で、大野川上流地域維持管理協議会の職員が常駐しています。


上流面
色の変わっているところが満水位。


左岸の横越流式洪水吐。


右岸の斜樋と隣接する繋留設備。


繋留設備を上から
巡視艇が2隻。


ダム湖上流側に架かるヒゴタイ大橋
全長200メートル、高さ74メートルのアーチ橋で絶景が見える橋として観光スポットにもなっています。


ヒゴタイ大橋(上流から)の眺め
湖岸をコンクリートで固められ異形と思える貯水池。


望遠で
右手が斜樋、奥は管理事務所。


今回は特別のご配慮によりダム見学が叶いました。
事業は異例の長期化となり,事前の地質調査がずさんだったのでは?という批判や『水漏れダム』と揶揄する声も多く、問題点が多いのは事実です。
一方で、前日より白水ダム大谷ダムを見学するなどして、長く水利に苦労してきた当地の農業事情を見れば、このダムが必要不可欠なものだということは理解できます。
いまだに計画を超える漏水が続いているようですが、用水供給に毀損はなく当地域の農業の一段の飛躍を期待するばかりです。

2681 大蘇ダム(1933)
熊本県阿蘇郡産山村山鹿
大野川水系大蘇川  
 
 
69.9メートル 
262.1メートル 
4300千㎥/3890千㎥ 
大野川上流地域維持管理協議会 
2019年

大谷ダム

2022-12-24 18:00:28 | 熊本県
2022年11月17日 大谷ダム
 
大谷ダムは左岸が熊本県阿蘇郡高森町尾下、右岸が同町津留の一級河川大野川水系大谷川にある灌漑目的の重力式コンクリートダムです。
大分県竹田市荻町一帯は阿蘇火砕流による火山噴出物が厚く堆積し、透水性が高い一方浸食により谷は深く、揚水技術のない時代丘陵上に広がる平坦地の開墾は困難を極めました。
江戸初期、当地を治めた岡藩は岡山藩で治水・利水に大きな功績を上げた熊沢蕃山を招聘し開墾を試みるも失敗、明治初期まで荻町の大半は地目が『荒地』のままでした。
明治後半より近代土木技術の活用により開墾地よりも標高の高い上流に水源を求め、豊後地方で井路(いろ)と呼ばれる灌漑用水路を引くことで、各所で大規模な開墾が試みられます。
荻町でも県境を越えた熊本県高森町の大野川上流大谷川に水利権を獲得し1924年(大正13年)に荻柏原井路が通水し本格的な新田開発が進められました。
一方で、従来より大谷川を水源としていた音無井路の取水量が激減したことで同井路との水争いが激化、さらに少雨による渇水も多く安定した水源確保が求められます。
そこで荻柏原耕地整理組合は大谷川へのダム建設を決断、1934年(昭和9年)に着工し1940年(昭和15年)に竣工したのが大谷ダムです。
ダム建設地は当時人馬も通わぬ秘境であり、土堰堤に必要な粘土質の土や石積み堰堤に必要な石材が入手困難だったこともあり、現地での成型が容易なコンクリートを使用し全国でも希少なコンクリートブロック張粗石コンクリート造りが採用されました。
当時コンクリートは高価な貴重品でしたが、地主などの資産家が私財をなげうち事業に協力したそうです。
現在は耕地整理組合を引き継いだ荻柏原土地改良区が管理し、約600ヘクタールの水田に灌漑用水を供給しています。

大谷ダムはダムに通じる管理道路入り口に厳重な門扉が設置され、関係者以外の立ち入りは制限されています。
今回は荻柏原土地改良区様のご厚意により職員様同行での見学機会を得ました。
見学の詳細については別項の大谷ダム見学 をご覧ください。

先ずはダム下から
堤高25.1メートル、堤頂長98.6メートルで、よくぞ昭和初期にこんな秘境にこのようなダムを造ったものだというのが正直な感想。
副ダムからカーブを描くコンクリートの下に取水塔からの水路が埋設されています。


ここが灌漑用水路である荻柏原井路のスタート地点となります。


コンクリートブロック張の堤体
コンクリートブロック張は明治期に建設された長崎市の本河内低部ダムおよび西山ダムで採用されているのみ。
ただ長崎では間知石サイズのブロックが使われているのに対し、当ダムのブロックは格段に大きいのが特徴。


堤体は左右非対称で、左岸側は法面保護のためスロープ状の導流面が設けられています。
ダム下の穴は排砂口で、現在は河川維持放流口となっています。


減勢工の下には結構大きめの副ダム。

下流面
大きなコンクリートブロックが寸分の隙間なく積まれているのがわかります。


全面越流式の堤頂部
堤頂部は数メートル幅があり、非越流時は歩いて対岸に渡れます。


左岸側の側水路?
左岸を越流した水はここから上記スロープを流下します。
左岸法面を保護するためのものです。


天端から
9月の台風14号により被災し、ダム下は結構荒れています。
職員さんの話では越流した水が副ダムを飲み込むほどの水量だったようです。


右岸の取水塔
昭和10年代のダムでは堤体に接続した半円形の取水塔が多いのですが、当ダムでは完全な円形。
基部の石積は竣工当時のままですが、上部建屋は戦後刷新されたようです。


アングルを変えて
総貯水容量は200万立米を超え、有効貯水容量は150万立米。
昭和15年当時は農業用ダムとしては屈指のスケールでした。


右岸から見た堤頂部。
 
ダムは熊本県高森町にありますが、受益地は県境を越えた大分県竹田市となり管理も荻柏原土地改良区が行っています。
大野川上流域では1979年(昭和54年)より国営土地改良事業大野川上流地区が着手され、2022年(令和4年)に大蘇ダム が竣工しました。
事業の竣工により竹田市では新たに1600ヘクタールに及ぶ水田、畑地向け灌漑設備が整備され、荻柏原土地改良区はこの最大受益地となっています。
荻町は西日本屈指のトマトの生産地で高原トマトとして強いブランド力を誇っており、ダムの完成により当地区農業の一段の飛躍が期待されます。

(追記)
大谷は洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え 事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
2675 大谷ダム(2657)
左岸 熊本県阿蘇郡高森町尾下
右岸        同町津留
大野川水系大谷川
25.1メートル
98.6メートル
2021千㎥/1500千㎥
荻柏原土地改良区
1940年
◎治水協定が締結されたダム

天君ダム

2022-06-16 08:00:00 | 熊本県
2022年5月25日 天君ダム
 
天君ダムは左岸が熊本県上益城郡御船町上野、右岸が同町田代の二級河川緑川水系矢形川にある農地防災目的の重力式コンクリートダムです。
農林省(現農水省)の補助を受けた県営防災ダム事業により1970年(昭和45年)に竣工しました。
完成後は御船町が管理を受託しています。

下流から遠望
農地防災ダムですが、昭和40年代のダムと言うことでラジアルゲートを装備。
畑の畔を辿ればダムのすぐ下まで行けたんですが、私有地なので自重しました。


写真では片方しか見えませんが、左右両側に放流管があり平時は流入量はそのまま放流します。


ゲートをズームアップ
巻き上げ機は下流面台座上に乗せられているので、凹凸が少ないすっきりとした天端になっています。


1990年(平成2年)にダム右岸の御船層群と呼ばれる地層から恐竜の化石が発掘されました。
これはその説明版。
もちろん個人での発掘は禁止されています。


下流面。


上流面
青いゲージは放流管取水口
有効貯水容量すべてが農地防災容量となる防災専用ダムですが、堆砂容量32万1000立米分が貯留されています。
左岸に管理事務所があり農地防災ダムとしては珍しく職員さんが駐在しています。
事務所に下の湖岸に巡視艇が繋留されています。


天端は車両通行可能
ゲート部分だけわずかに上流側にクランクしています。


天端から減勢工を見下ろすと
左右両岸に放流管。


こちらが上流側の取水口で、平時は流入量はそのまま放流します。
内側のゲージの中に予備ゲートがあります。


右岸の放流管をズームアップ。


左岸から下流面。

訪問翌年の2023年(令和5年)6月の豪雨に際には異常洪水時防災操作(緊急放流)寸前まで洪水を貯め込み、下流域の防災に大きく貢献しました。

(追記)
天君ダムには農地防災容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2664天君ダム (1859)
左岸 熊本県上益城郡御船町上野
右岸         同町田代
緑川水系矢形川 
 
 
39メートル 
195メートル 
1661千㎥/1340千㎥ 
御船町
1970年
◎治水協定が締結されたダム

竜門ダム

2022-06-11 18:00:00 | 熊本県
2022年5月24日 竜門ダム
 
竜門ダムは熊本県菊池市竜門の一級河川菊池川水系迫間川にある重力式コンクリート・フィル複合(フィルコンバインド)の多目的ダムです。 
菊池川の治水、流域の菊池台地や玉名平野への灌漑用水源の確保、有明海臨海部への工場集積による都市用水の供給などを目的に1970年(昭和45年)に『迫間川総合開発事業』が採択され、竜門ダム建設事業が着手されました。 
しかし補償交渉が長期化したため本体工事着工は1990年(平成2年)にずれ込み、2001年(平成13年)にようやく竣工しました。 
竜門ダムは国交省九州地方整備局が直轄管理する特定多目的ダムで、迫間川および菊池川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給、玉名平野及び菊池台地計約6000ヘクタールへの特定灌漑用水の供給、大牟田市・荒尾市・長洲町への上水道用水の供給、大牟田市・荒尾市への工業用水の供給を目的としています。 
また利水放流を利用して竜門ダム発電所で最大2000キロワットの小水力発電を行っています。

菊池ダムは重力式コンクリート・フィル複合ダムとしてはわが国最大規模のダムですが迫間川だけでは4150万立米の貯水池を満たすことはできず、筑後川水系津江川および菊池川本流からそれぞれ最大10立米/秒の補給を受けています。 
一方菊池川本流が水量不足の場合にはダムから最大2.5立米/秒を補給します。

また竜門ダムは国交省による『地域に開かれたダム』の指定を受け、ダム湖の斑蛇口(はんじゃぐち)湖は九州有数のワカサギ釣りスポットとして知られるほか、湖畔には漕艇競技場が設けられ熊本県のボート競技のメッカとなっています。

ダム南西より遠望
ちょうど逆光となってしまいました。
背後には阿蘇外輪山が連なります。

 
ダム下から
堤高99.5メートルは国内フィルコンバインドダム最高を誇ります。
放流設備としてはクレスト自由越流頂10門、常用越流頂1門、コンジットスライドゲート4門、ジェットフローゲート1条を装備


クレスト自由越流頂のうち、コンジットの左手1門だけ越流部が低くこれが常用越流頂となります。
コンジットゲートはRが強調された特徴的なデザイン、ゲートは4門ですが吐出し口は2門。


減勢工左岸にある放流施設群
山鹿の古い街並の土蔵をモチーフにしたデザイン。


左岸から
堤頂長は620メートル
対岸(右岸)にわずかにフィル堤体が見えます。


天端は2車線で車両通行可能。
親柱には竜や鯉の彫刻があり照明も竜をモチーフにしたデザイン。


天端から減勢工を見下ろします。


放流建屋群をズームアップ、まるでミニチュアの街並みのよう。
左手の大きな建屋は竜門ダム発電所、その奥の小さい建屋は農業用ゲート、右手の建屋は九州電力竜門発電所向けゲート。


フィルとコンクリートの接続部。
コンクリート堤体は接続部左岸側で湾曲しています。


上流面
コンジットゲート同様Rのデザインが際立つ選択取水設備、サイズがでかい!

実はフィル堤体は右岸上流側に伸び堤頂長は280メートルに及びます。


上流から遠望
ダム湖の斑蛇口湖は総貯水容量4250万立米
写真には写っていませんが、右手湖岸に市営漕艇場があります。


さすが国交省直轄ダム、見所が多く駆け足でのダム見学でも2時間を要しました。

(追記)
竜門ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2675 竜門ダム(1847)
熊本県菊池市竜門 
菊池川水系迫間川 
FNAI 
GF 
99.5メートル 
620メートル 
42500千㎥/41500千㎥ 
国交省九州地方整備局 
2001年 
◎治水協定が締結されたダム