ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

石木ダム

2023-08-02 17:07:18 | 長崎県
2023年5月22日 石木ダム
 
石木ダムは長崎県東彼杵郡川棚町岩屋郷の二級河川川棚川水系石木川に長崎県土木部が建設予定の多目的重力式コンクリートダムです。
洪水や渇水が多発する川棚川の治水対策や、慢性的な水不足に悩む佐世保市の上水用水源確保を目的として1973年(昭和48年)に事業着手されました。
しかし公共工事見直し機運が強まる中2010年(平成22年)には国交省による検討対象ダムとなりますが、2012年(平成24年)に事業の継続が決定します。
しかし近年のダム事業としては珍しく激しい反対運動が展開され土地収用は難航、2022年(令和4年)に強制収容によりようやく土地の買収が完了しました。
今後付け替え道路の建設とともに本体工事も着手される見通しですが竣工予定年度は明示されていません。

計画ではダムのスケールは堤高55.4メートル、堤頂長230メートル、総貯水容量548万立米となっており、完成の暁には石木川および川棚川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定利水への補給、佐世保市への上水道用水の供給を目的として運用される予定です。
 
ダム完成予想図(石木ダム建設事務所HPより)。


ダム建設予定地まで足を延ばしました。
奥に付け替え道路の橋脚が見えます。


こちらは地質調査。


今も激しい反対運動の跡が残ります。




こちらは石木川。


立ち退く住民の『なんで離れた佐世保のために自分たちが犠牲にならなければいけないのか?』という心情はよく理解できます。
一方で、反対運動に左翼系活動家いわゆるプロ市民が介入してきた段階で世論は離れます。
長崎県石木ダム建設事務所のホームページでは『魅力あるダム環境』が謳われています。
ダムが本来の目的を果たすだけでなく、ダムの完成が川棚町の活性化に大きくつながることを期待します。

2639 石木ダム
長崎県東彼杵郡川棚町岩屋郷
川棚川水系石木川 
FNW
 
55.4メートル 
234メートル 
5480千㎥/5180千㎥ 
長崎県土木部 
1973年事業着手

本河内低部ダム(再)

2023-07-31 17:10:15 | 長崎県
2019年7月12日 本河内低部ダム(再)
2023年5月22日 

本河内低部ダム(再)は左岸が長崎県長崎市本河内2丁目、右岸が同1丁目の二級河川中島川本流上流部にある長崎県土木部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
1891年(明治24年)に日本初の水道用ダムとして本河内高部ダムが完成し、長崎市では横浜、函館に次いで日本で3番目の近代水道事業が開始されました。
その後の町の発展に合わせて事業の拡張が進められ、長崎市水道3番目の水源として1903年(明治36年)に本河内高部ダム直下に建設されたのが本河内低部ダム(元)です。
本河内低部ダムは兵庫県の五本松ダムに次ぐ我が国二番目の重力式コンクリートダムで、上流面は表面石張、下流面はコンクリートブロック張粗石コンクリート造りとなっています。
 
しかし1982年(昭和57年)の長崎大水害により、中島川流域では大規模な氾濫が発生し未曾有の大災害となりました。
翌1983年(昭和58年)に長崎県は長崎水害緊急ダム事業に着手、市内の上水用ダムの治水ダム化事業に取り掛かります。
同事業は建設省(現国交省)の『歴史的ダム保全事業』の指定を受け文化的価値の高い旧ダムを保全しながら新ダムの建設及び再開発が行われることになりました。
本河内低部ダムでは2008年(平成20年)から2011年(平成23年)にかけて再開発が進められ、旧堤体上流面に新堤体が貼り付けされるとともに、新たに竪坑型トンネル式洪水吐いわゆるダム穴式洪水吐が増設されました。
再開発によりダムの管理は長崎市上下水道局から長崎県土木部に移管され、従来の長崎市上水道への用水供給に加え、中島川の洪水調節と安定した河川流量の維持を目的とする補助多目的ダムとなりました。
一方保全された旧堤体はBランクの近代土木遺産に選定されています。

本河内低部ダム(再)には2019年(令和元年)7月に初訪、2023年(令和5年)5月に再訪しました。
下流からの写真は初訪時、左岸からの写真は再訪時のものです。
長崎市中心部から国道34号線日見バイパスを東進、蛍茶屋交差点で左手の枝道に入りドン詰まりが旧堤体直下の本河内低部水源公園となります。
下流から見えるのは旧堤体だけ。今も建設当時の姿をそのまま残しています。


長崎市水道の説明板。


本河内低部ダム再開発の説明板。


ダム中央には樋門跡。


一見石積みのようですが、下流面はコンクリートブロック張り。
当時のコンクリートは超貴重品。水道事業に賭ける長崎市の意気込みが感じられます。
一方、高欄には凹凸を使った二本の横帯が施されその下に等間隔の歯形模様(デンティル)が並びます。
これは当ダムと同年に建設された西山ダムと共通の意匠。
 
2023年5月の再訪時は前回見れなかった左岸を通る国道34号線日見バイパスからの見学です。
左の高い部分が竣工当時からの旧堤体、上流側の低い部分が再開発で肉付けされた新堤体。


ここから見ると旧堤体と新堤体がよくわかります。
この水位で常時満水位、新堤体直下が最高水位となりこの部分が新たに配分された洪水調節容量となります。


こちらが再開発で新たに設けられた竪坑型トンネル式洪水吐
手前のゲートの下に常用洪水吐があり、円形の越流部が非常用洪水吐となります。
洪水吐外壁は石積風の化粧型枠が施され堤体との協調性を図っています。
訪問時は常時満水位で、常用洪水吐から越流していました。


竪坑型トンネル式洪水吐は日本でも数カ所採用されていますが、ここは日本一のサイズ。


石積堰堤と竪坑型トンネル式洪水吐が並び立つのは全国でもここだけ。

 
(追記)
本河内低部ダム(再)には洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

2571 本河内低部ダム(元) 
長崎県長崎市本河内町2丁目
中島川水系中島川
22.7メートル
115.2メートル
634千㎥/608千㎥
長崎市上下水道局
1903年
---------
3216 本河内低部ダム(再)(1481)
長崎県長崎市本河内町2丁目
中島川水系中島川
FNW
27.8メートル
118.8メートル
607千㎥/577千㎥
長崎県土木部
2012年再開発竣工
◎治水協定が締結されたダム 

別所ダム

2023-07-18 20:00:50 | 長崎県
2023年5月22日 別所ダム

別所ダムは長崎県雲仙市小浜町雲仙の2級河川千々石川本流源流部にある灌漑・上水目的のアースフィルダムです。
雲仙市千々石町の千々石川下流や同市小浜町の古賀川下流では古くから流域扇状地で農地開発が進められていましたが、用水不足が絶えず安定した水源確保と灌漑設備の整備が強く求められていました。
1961年(昭和36年)に農林省(現農水省)の補助を受けた県営かんがい排水事業雲仙地区が着手され、その灌漑用水源として1968年(昭和43年)に竣工したのが別所ダムです。
事業には水道事業者として当時の小浜町が参加し、完成後は当時の小浜町が管理を受託し、千々石町及び小浜町へ灌漑用水の供給および上水道用水の供給が開始されました。
現在は町村合併により雲仙市が管理を引き継いでいます。

ダムは雲仙温泉街に近接し、ダム湖の『鴛鴦ノ池』は湖岸に遊歩道が整備されるなど雲仙観光の一端を担うスポットとなっています。
ダム左岸を県道雲仙千々石線が通りダムサイトに立派な駐車場が設けられています。


右岸側にある洪水吐を遠望
何やらダム穴っぽい雰囲気が。


上流面はコンクリートで護岸されていますが、草木が伸び始めています。
下流面も然り。


天端は舗装されていますが車の乗り入れは禁止。


鴛鴦ノ池湖畔に建つのは雲仙浄化センター
雲仙温泉街の下水をここで浄化します。


鴛鴦ノ池の石碑と事業碑。
現地では別所ダムよりも鴛鴦ノ池の方が圧倒的に認知度が高い。


鴛鴦ノ池の説明板
多くの渡り鳥や水鳥が観察できるようですが、池の名前になったオシドリはほとんどいないとのこと。


鴛鴦ノ池は総貯水容量192万3000立米
奥は雲仙温泉街。
湖畔には遊歩道が整備され、特に春の桜の季節や秋の紅葉期には多くの人出があります。


そして別所ダム一番のポイントと言えばこの越流式洪水吐。
通常の横越流式洪水吐と異なり、両側に越流堤があり湖面を切り裂くように設置されています。
本格的に越流すればモーセの海割のような情景になるんでしょう。
コンクリートは雲仙の温泉成分の影響で茶褐色に変色しています。


洪水吐管理橋のオシドリの装飾。


右岸の斜樋。


ダムの下流には円筒分水工があります。
4月1日から灌漑期運用になるので、てっきり溢流してるかと思ったら空っぽ。
ここで千々石川流域と古賀川流域に分水されます。




2613 別所ダム(2009)
長崎県雲仙市小浜町雲仙
千々石川水系千々石川
AW
19.3メートル
135メートル
1923千㎥/1837千㎥
雲仙市
1968年

植松溜池

2023-07-17 17:00:01 | 長崎県
2023年5月22日 植松溜池

植松溜池は左岸が長崎県雲仙市国見町多比良丁、右岸が島原市有明町湯江丁にある灌漑目的のアースフィルダムです。
島原半島北東部では雲仙の火山活動によって形成された緩やかな丘陵台地が海岸線まで続いており、明治末期からこの丘陵上での新田開発が進められその水源として多数の溜池が築造されました。
植松溜池もその一つで、ダム便覧には有明町の事業で1914年(大正3年)に竣工と記されており、当時の湯江村の村営事業で建設されたと思われます。
現在は新田水利組合が管理を行っています。
ダム便覧では所在地が『長崎県島原市有明町湯江』と記載されていますが、池は雲仙市と島原市の境界上にあり正式な左岸所在地は『雲仙市国見町多比良丁』となります。
受益農地が島原市側なのでダム便覧登録の際に誤って記載されたのでしょう。

左岸から
天端を道路が通り手前が雲仙市国見町、対岸が島原市有明町となります。


左岸の横越流式洪水吐。


洪水吐は濡れていますが、越流はなく右手擁壁のドレーンからの水です。




洪水吐脇の記念碑
『溜池記念碑』と刻されているだけ。


上流面は天端が車道のためコンクリートでがっちり護岸。


下流面
定期的に草刈りは行われているようですが、訪問時は草刈り前。
池下へのルートもなく底樋管などは未確認。


総貯水容量はため池データベースで10万8000立米、便覧では5万5000立米。


左岸湖畔に産廃業者の事業所がありやや雑然とした雰囲気。


右岸の斜樋
シャフトは2本。

池下にも下りれず、池の周りもごちゃごちゃした感じであまり見どころのない溜池でした。

2577 植松溜池(2008)
ため池コード 422130011
左岸 長崎県雲仙市国見町多比良丁
右岸 長崎県島原市有明町湯江丁
栗谷川水系栗谷川
17.7メートル(ため池データベース 16.9メートル)
84メートル(ため池データベース 81.7メートル)
55千㎥/55千㎥(ため池データベース 108千㎥/108千㎥)
新田水利組合
1914年

六条溜池

2023-07-15 17:00:53 | 長崎県
2023年5月22日 六条溜池

六条溜池は長崎県雲仙市国見町神代戊のみのつる川支流にある灌漑目的のアースフィルダムです。
島原半島北東部に位置する雲仙市国見町は、沿岸部の扇状地で明治末期から新田開発が進められ、各河川源流部に多数の溜池が作られました。
六条溜池はもみのつる川下流扇状地の開拓に併せて建設され、ダム便覧には国見町の事業で1916年(大正5年)に竣工と記されており、当時の神代村の村営事業で建設されたと思われます。
現在は神代西武配水組合が管理を行っています。

池の左岸まで車で乗りつけられます。
天端、下流面ともに定期的に草が刈られているようですが、訪問時はまだ草刈り前。


満水で見えませんが、上流面はコンクリートブロックで護岸されています。


左岸の斜樋
シャフトが2本。


銘板によれば1994年(平成6年)の適正化工事で設置されました。


海は見えません。
受益地となる水田は森の先1キロほど下流から川沿いに続きます。


ため池データベースで総貯水容量15万9000立米。
ここまで辿ってきた大村湾沿岸の溜池の中では最大クラス。
貯水池は常緑広葉樹の自然林で囲まれています。


天端は程々に草が伸びています。
諫早や雲仙周辺では田植え時期に合わせて池の草を刈るようで、ここも間もなくでしょう。


右岸の越流式洪水吐。
薄く越流しています。


下流面
堤高は25.4メートル(ため池データベース)で周辺の溜池としては随一の高さ。


長く続く洪水吐導流部。


洪水吐導流部の先端
コンクリートはここまで、この先は自然の岩盤を流下するようです。


池下へ向かうルートが見つからなかったので、底樋管は確認できませんでした。
余談ですが池のある雲仙市国見町の県立国見高校は全国大会優勝14回を誇る高校サッカーの強豪校として知られ、多数のJリーガーを輩出しています。

2578 六条溜池(2007)
ため池コード 422130001
長崎県雲仙市国見町神代戌
みのつる川水系みのつる川左支流
22メートル(ため池DB 25.4メートル)
94メートル(ため池DB 108メートル)
148千㎥/148千㎥(ため池DB 159千㎥/159千㎥)
神代西部配水組合
1916年

岡溜池

2023-07-13 17:05:23 | 長崎県
2023年5月22日 岡溜池

岡溜池は長崎県雲仙市瑞穂町古部甲の権現川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
島原半島北部に位置する雲仙市瑞穂町は雲仙の火山活動による火山堆積物で厚く覆われ、透水性の高い丘陵と侵食された谷筋が交互に繰り返す地形となっています。
明治末期から各谷筋での新田開発が進められ、岡溜池も権現川流域の開拓に併せて建設されました。
ダム便覧には岡土地改良区の事業で1934年(昭和9年)に竣工と記されており、土地改良区の前身である水利組合の事業、つまり農家の持ち出しで建設されたと思われます。
現在の管理者は岡溜池管理組合です。

岡溜池には上流側から車道が通じています。 
ほぼ満水で見えませんが、上流面はコンクリートブロックで護岸。


左岸に建つ改修記念碑。 


1988年(昭和63年)から1994年(平成6年)にかけての改修事業の記念碑です。 


天端、上下流面ともにきれいに草が刈られいまだ貴重な水源であることが伺えます。 


総貯水容量5万3000立米(ため池データベース)
貯水池周辺は鬱蒼とした自然林に囲まれています。


この日は黄砂の影響でかなり視界不良
わかりにくい写真ですが、天端からはかろうじて諫早湾が視認できます。


天端中央の階段式池栓。
諫早雲仙周辺の溜池ではこのタイプが多い。


右岸の越流式洪水吐。 


洪水吐斜水路。 


堤高15.3メートル
高校球児の坊主頭のように奇麗に刈られた下流面。


池下は木々が茂りやや鬱蒼とした雰囲気。


底樋管。 


池下の祠には『明治二十七年 十月二十日建設』と記されています。
この建設が当池を指すのであれば、池の築造年度は1894年になります。


直前の夏峰溜池がひどい状況だったので、岡溜池の美しい管理状態を見るとほっと一息。余談ですが、雲仙市瑞穂町をはじめとした島原半島では昭和40年代よりそれまで未開拓だった丘陵地帯でジャガイモ栽培が進められ、今では長崎県は北海道に次ぐジャガイモの一大生産地になっています。 

2597 岡溜池(2006)
ため池コード 422130017
長崎県雲仙市瑞穂町古部甲
権現川水系権現川
15.3メートル
81メートル(ため池データベース 90メートル)
50千㎥/40千㎥(ため池データベース 53千㎥/40千㎥)
岡溜池管理組合
1934年

夏峰溜池

2023-07-11 16:50:29 | 長崎県
2023年5月22日 夏峰溜池

夏峰溜池は長崎県雲仙市瑞穂町古部乙の船津川にある灌漑目的のアースフィルダムです。
島原半島北部に位置する雲仙市瑞穂町は雲仙の火山活動による火山堆積物で厚く覆われ、透水性の高い丘陵と侵食された谷筋が交互に繰り返す地形となっています。
明治末期から各谷筋での新田開発が進められ併せて川の源流部に多数の溜池が築造されましたが、夏峰溜池もその一つです。
ダム便覧には夏峰土地改良区の事業で1934年(昭和9年)に竣工と記されており、受益者で組織された水利組合の事業、つまり農家の持ち出しで建設されたと思われます。
現在の管理者は夏峰地区自治会です。

予習段階として国土地理院地形図やグーグルマップ等を参考にしますが、どれを見ても天端へのアクセスがわかりません。
一方グーグルの航空写真では堤体下流面や天端が樹林化していることが見てとれます。
今回は現地の情報を見ながら池にアタックすることにしました。


集落の最奥で車を止め、徒歩で池の北側を横断する林道を進みます。
一か所開けた場所がありわずかに堤体を見上げることができました。
(地図の赤マル地点)。
15メートル以上の高さは十分にありそう。


下流面は木が相当の高さに伸び、完全に森。
樹木が土堰堤に根を張るのはその耐久性、防水性にも相当宜しくない状況に思えるのですが…。


辺りで底樋管がないか探したら見つかりました。


林道をさらに進むと洪水吐を跨ぎます。(地図の黒マル地点)
こちらは上流側
コンクリート製の立派な導流部で少なくとも平成期に改修工事があったと思われます。


下流側の減勢工。
このまま船津川として流下してゆきます。


洪水吐沿いに微かな踏み跡がありそれを辿って天端に向かいます。
(地図のオレンジのルート)


洪水吐最上部まで上がってきました。
(地図の青マル地点)
洪水吐上部は幅が一気に広がり両側は石積みの擁壁。


こちらが越流部になりますが、木が茂りなんのこっちゃわかりません。


そして天端は…
身長180センチの私の目の高さで撮った写真
猛烈なブッシュで進入不可能。


ため池データベースでは総貯水容量8万3000立米の貯水池。


下流の民家で話を伺うことができました。
要約すると
『今も貴重な水源であるが高齢化や離農で人手が足りず、もう10年以上草刈り等は行っていない。取水設備は底樋管から堤体の左岸側の藪をかき分け登った先にある。灌漑期にはバルブの開閉を行う』。
さすがにもう一度藪漕ぎをする気力はなく、取水設備は確認しないまま撤収となりました。

2596 夏峰溜池(2005)
ため池コード 422135003
長崎県雲仙市瑞穂町古部乙
船津川水系船津川
15メートル(ため池データベース 19.8メートル
118メートル(ため池データベース 128メートル)
100千㎥/83千㎥(ため池データベース 83千㎥/83千㎥)
夏峰自治会
1934年

本明川ダム

2023-07-09 17:00:54 | 長崎県
2023年5月21日 本明川ダム
 
本明川(ほんみょうがわ)ダムは左岸が長崎県諫早市富川町、右岸が同市上渡瀬野町の一級河川本明川本流に国交省九州地方整備局が建設予定の治水目的の台形CSGダムです。
本明川は長崎県唯一の一級河川ですが、流域面積が小さい上に上中流部が急流河川のため洪水・高潮常襲地帯である諫早の洪水の主因となってきました。
1990年(平成2年)に当地への建設省(現国交省)直轄事業による多目的ロックフィルダム建設が採択されますが、バブル崩壊以降の経済状況の変化や公共工事見直し機運が強まる中、2010年(平成22年)に検証対象ダムとなります。
2013年(平成25年)に事業継続が決定しますが、利水需要の低減を受けダムの目的はFNWの多目的ダムからFNの治水ダムへ、型式もロックフィルダムからコスト削減が可能な台形CSGに変更されました。
完成の暁には本明川の洪水調節、安定した河川流量の維持と不特定灌漑用水への補給を目的として運用される予定です。
今回は工事が休工の日曜日に合わせて建設予定地を訪問しましたが、現在はまだ道路の付け替え工事中だけで本体は未着工、国交省長崎河川国道事務所のホームページでも竣工予定年度は明示されていません。

本明川下流からダム建設予定地を遠望。
左右両岸に付け替え道路が建設中です。
上流に行くにつれ川の傾斜が急になる様がよくわかります。


道路付け替え工事の工事看板。


本明川の断面図と容量配分
完成すれば沖縄を除く西日本初の台形CSGダムとなります。
(国交省長崎河川国道事務所HPより)


ダム軸
対岸の法面と撮影場所を結ぶラインがダム軸となります。


ダム上流側
眼下の谷筋は貯水池に沈む予定ですでに土地の収用は完了しています。


ダム湖側からダム建設予定を望む。


古来より諫早は本明川の洪水と諫早湾の高潮による水害常襲地帯でした。
高潮については諫早湾干拓事業の潮受け堤防完成によりほぼ抑止できており、本明川ダムが完成すれば諫早の治水安全度は一段と向上する見通しです。
また、沖縄県を除けば西日本では初の台形CSG型式のダム事業となることから、本体工事の着手が待ち遠しいところです。

3061 本明川ダム
左岸 長崎県諫早市富川
右岸     同市大渡瀬野
本明川水系本明川
FN
CSG
60メートル
340メートル
6200千㎥/5800千㎥
国交省九州地方整備局
1990年 事業着手

重尾溜池

2023-07-08 17:11:26 | 長崎県
2023年5月21日 重尾溜池

重尾溜池は長崎県雲仙市愛野町甲の有明川水系千鳥川源流部にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧には愛野町の事業で1920年(大正9年)に竣工と記されており、当時の愛野村の事業で建設されたと思われます。
現在の管理者は重尾溜池水利組合です。
雲仙岳北東に位置する雲仙市愛野町はその大半が火山堆積物で形成され、透水性の高い丘陵地と侵食された谷筋が交互に繰り返す地形となっています。
愛野町では明治末期から谷筋での新田開発が進められ、重尾溜池も千鳥川流域の開拓に合わせて建設されました。
諫早湾北岸では丘陵地上での開拓が進められたのに対し、島原半島では谷筋で開拓が行われました。
この違いはひとえに雲仙に近い分、島原半島では丘陵地は透水性が高く稲作に向かなかったということでしょう。

下流から遠望
背後に雲仙岳を配するなかなかのロケーション。


堤体は半ば樹林化、緑に埋没しています。
ダム便覧フォトアーカイブスに掲載された写真から、堤体周辺はかなり草木が繁茂しているのは予想していましたが、ここまでとは・・・・。
これは厄介な溜池・・・・。


池下に底樋枡と分水工があります。
手前の農地は耕作放棄、畦を辿れば池の下まで行けますが「引っ付き虫」が繁茂していたのでパス。


天端に通じる道路は草木が覆い車での進入は無理
天端も上下流面が草で覆われご覧のありさま。


天端から下流を望む
千鳥川沿いのこの谷筋が重尾溜池の受益地となりますが、途中には廃屋や耕作放棄地がかなりありました。


総貯水容量は便覧で8万6000立米、ため池データベースで5万9000立米
ほぼ満水。


愛野町は火山堆積物で形成された土石流多発地帯
わかりづらいですが、写真中央上部に砂防ダムが見えます。


左岸の洪水吐
草木が繁茂し洪水吐まで下りれません。


越流堤にハンドルがありその下に起伏ゲートがあります。
これで放流量の微調整を行うようです。


池の下流の住民に話を伺うと、今でも千鳥川流域水田の貴重な水源ですが、農家の高齢化等によって溜池の草刈りや清掃をする人手が足りず、取水設備の開閉ができれば良しとしているそうです。
今回はその取水設備も草木が繁茂し確認できませんでした。

2586 重尾溜池(2004)
ため池コード 422130021
長崎県雲仙市愛野町甲
有明川水系千鳥川
17.3メートル(ため池データベース 17.9メートル
140メートル(ため池データベース 147メートル)
86千㎥/86千㎥(ため池データベース 59千㎥/59千㎥)
重尾溜池水利組合
1920年

建山溜池

2023-07-06 17:00:28 | 長崎県
2023年5月21日 建山溜池

建山溜池は長崎県諫早市高来町建山にある灌漑目的のアースフィルダムです。
諫早湾北岸の諫早市小長井町から高来町にかけては多良岳火山活動で形成された傾斜地が海岸線まで続き平坦地はほとんどありません。
明治末期から丘陵地の新田開発が進められ、建山溜池は諫早市高来町の小江川と深海川に挟まれた丘陵上の開拓に合わせて建設されました。
ダム便覧には深海小江水利組合の事業で1917年(大正6年)に竣工と記されています。
一方、現地改修記念碑には明治期に溜池を築造するもその後の豪雨で決壊し大正期に復興された旨が記されており、1917年はその復興が成った年と思われます。
事業者は受益者で組織された水利組合、つまり受益農家の持ち出して建設され管理は小江深海耕地整理組合が行っています。
ダム便覧では位置未確認となっていますが、『建山ため池 地震時ハザードマップ』位置が特定できます。

下流から遠望
堤体を道路が横切っています。
ダム便覧では堤高20メートル、一方ため池データベースでは堤高9.7メートル。
そばに立つ電柱の地上高がだいたい10メートルなので、堤高20メートルはさすがに無理がある。


道路の擁壁下の四角いコンクリートが底樋桝になります。


堤体中段を道路が斜行。
池の基部は道路の左下になりますが、ここから見ても堤高15メートル以上は厳しい。


左岸の細い流路
これが洪水吐導流部。


導流部沿いを上がり天端左岸へ。
1990年(平成2年)の県営老朽化ため池等整備事業の竣工記念碑。
ここに文頭の池の由来が記されています。


堤頂長は94メートル(ため池データベース)
上流面はコンクリートで護岸。


奥には流入口
深海川から導水しています。


左岸の洪水吐。


洪水吐導流部
4枚目写真の流路に流下します。


総貯水容量2万立米。
田植え時期を控えほぼ満水。


天端からの眺め
眼下には受益農地が広がります。
奥は諫早湾の干拓地。


取水設備は階段式池栓。


護岸から見た左岸の洪水吐
堤体に切れ込みが入っただけですが、叩きはコンクリート製。

ため池データベースの堤高9.7メートルを採るなら河川法のダムの要件は満たさないことになります。

2582 建山溜池(2003)
ため池コード 422040040
長崎県諫早市高来町建山
深海川水系深海川左支流
20メートル(ため池データベース 9.7メートル
120メートル(ため池データベース 94メートル)
20千㎥/20千㎥
小江深海耕地整理組合
1917年

犬木溜池

2023-07-05 17:06:09 | 長崎県
2023年5月21日 犬木溜池

犬木溜池は長崎県諫早市高来町西尾にある灌漑目的のアースフィルダムです。
諫早湾北岸の諫早市小長井町から高来町にかけては多良岳火山活動で形成された傾斜地が海岸線まで続き平坦地はほとんどありません。
明治末期から丘陵地の新田開発が進められ、犬木溜池は諫早市高来町の田島川と小江川に挟まれた丘陵上の開拓に合わせて建設されました。
ダム便覧には犬木水利組合の事業で1924年(大正13年)に竣工と記されている一方、現地改修記念碑は『明治四十二年着工大正二年にかけて築造され』と刻されています。
思うにダム便覧は1913年(大正2年)を大正13年と読み違えたのでは??
事業者は受益者で組織された水利組合、つまり受益農家の持ち出して建設されたと思われ現在も犬木水利組合が管理しています。
ダム便覧では位置未確認となっていますが、『犬木ため池 地震時ハザードマップ』位置が特定できます。

池の下流に建つ圃場整備の碑
池と直接関係はありませんが、受益水田の圃場整備事業の竣工記念碑です。
水田の土手は凝灰岩が積まれ見た目にも美しい棚田。


棚田越しに溜池を見上げます。
佐賀の北浦溜池や大分の大分県の魚ヶ鼻池などと同じく堤体中央部が前面に張り出した逆アーチで、ぱっと見は溜池というよりは古墳。
堤を築いたというよりはもとあった丘陵地を掘り込んで建設されたようです。
ダム便覧では堤高15メートル、一方ため池データベースでは堤高11.2メートル。
見た目にも15メートル以上の高さがあるとは思えません。


堤体直下を灌漑用水路が流れます。
迂闊にも底樋管は未確認。


右岸から天端へ。
湖畔に建つ1981年(昭和56年)の県営老朽化ため池等改修事業の竣工記念碑。
文頭の1913年(大正2年)築造をはじめ池の由来が刻されています。


堤体は美しい円を描く逆アーチ
ちょうど草刈り作業中に訪問、昼休みを見計らっての見学です。


池の下流には受益農地が広がり、諫早湾をはさんで正面には雲仙。
圃場整備で区画整理された美しい農地が広がります。


諫早湾干拓事業によって建設された延長7キロの潮受け堤防も遠望できます。
有明海の自然環境に大きな影響を与え漁業やノリの養殖に悪影響が出る一方、台風の度に高潮や洪水被害を受けていた諫早の防災には大きく貢献しています。
万民が等しく恩恵を受ける事業などこの世には存在しません。
ただ公共事業反対と声を上げるのではなく、私たちは優先順位をどこに置くかで折り合いをつける必要があります。

総貯水容量4万3000立米。
田植えを控えほぼ満水。


池の流入口。


堤体中央の階段式池栓。
諫早の溜池はこのタイプの取水設備が多い。


左岸から
構造的に堤体中央に水圧がかかる逆アーチは合理的ではありませんが、見た目の美しさは格別。


左岸の洪水吐。

ため池データベース編集の際に測量が行われたようで、その際の堤高11.2メートルを採るなら河川法のダムの要件は満たさないことになります。
一方で、下流から見上げても天端から見ても逆アーチの曲線が美しく、心に残る溜池です。

2587 犬木溜池(2002)
ため池コード 422040039
長崎県諫早市高来町西尾
田島川水系田島川右支流
15メートル(ため池データベース 11.2メートル
180メートル(ため池データベース 203メートル)
43千㎥/43千㎥
犬木水利組合
1913年(現地記念碑)
1924年(ダム便覧)

小峰江湖溜池(江湖溜池)

2023-07-03 18:00:02 | 長崎県
2023年5月21日 小峰江湖溜池(江湖溜池)

小峰江湖溜池は長崎県諫早市高来町小峰にある灌漑目的のアースフィルダムです。
諫早湾北岸の諫早市小長井町から高来町にかけては多良岳火山活動で形成された傾斜地が海岸線まで続き平坦地はほとんどありません。
明治末期から丘陵地の新田開発が進められ、小峰江湖溜池も上流の鬼取溜池ともども諫早市高来町の湯江川と田島川に挟まれた丘陵上の開拓に合わせて建設されました。
ダム便覧には小峰農地組合の事業で1915年(大正4年)に竣工と記されており、受益者で組織された水利組合の事業、つまり農家の持ち出して建設されたと思われます。
現在の管理者は小峰新田組合です。
ダム便覧では位置未確認となっていますが、『小峰江湖ため池 地震時ハザードマップ』で位置が特定できます
またダム便覧では江湖溜池と記載されていますが、諫早市内には江湖溜池が2か所あり当ブログではため池データベースやハザードマップにならい『小峰江湖溜池』と記すことにします。

左岸に建つ記念碑。
やや草に埋もれつつあります。
裏に由来文等があるかと思ったら表の記念碑の文字だけ。


下流から遠望
ダム便覧では堤高17メートル、一方ため池データベースでは堤高11.3メートル。
見た目にも15メートル以上の高さがあるとは思えません。
池の下に向かうには田んぼの畔を通る必要があったのでアプローチは自重、底樋管は確認していません。


天端は定期的に草が刈られているようです。


天端からの眺め
諫早湾をはさんで真正面には雲仙。


天端中央の階段式池栓。


天端から左岸を望む
わかりづらいのですが、赤土のところが洪水吐。


天端脇に格納??放置??された船。
船底が朽ちかけており、水に浮かべたら沈みそう。


上流面はコンクリートブロックで護岸
総貯水容量は2万立米。


左岸洪水吐越しに。


階段式池栓を遠望。


池の左岸を市道が通ります。
市道から見た洪水吐。


洪水吐導流部は道路に沿って流下。
田島川に合流し諫早湾まで下ってゆきます。


ため池データベース掲載の際に測量が行われたようで、その際の堤高11.3メートルを採るなら河川法のダムの要件は満たさないことになります。

2581 小峰江湖溜池(江湖溜池)(2001)
ため池コード 422040041
長崎県諫早市高来町小峰
田島川水系田島川左支流
17メートル(ため池データベース 11.3メートル
145メートル(ため池データベース 150メートル)
20千㎥/20千㎥
小峰新田組合
1915年

鬼取溜池

2023-07-01 17:01:14 | 長崎県
2023年5月21日 鬼取溜池
祝!!通算2000ダム達成!!

鬼取溜池は長崎県諫早市高来町小峰にある灌漑目的のアースフィルダムです。
ダム便覧には小峰農地組合の事業で1913年(大正2年)に竣工と記されており、受益者で組織された水利組合の事業、つまり農家の持ち出して建設されたと思われます。
現在の管理者は小峰新田組合です。
諫早湾北岸の諫早市小長井町から高来町にかけては多良岳火山活動で形成された傾斜地が海岸線まで続き平坦地はほとんどありません。
明治末期から丘陵地の新田開発が進められ、鬼取溜池も諫早市高来町の湯江川と田島川に挟まれた丘陵上の開拓に合わせて建設されました。
ダム便覧では位置未確認となっていますが、『鬼取ため池 地震時ハザードマップ』で位置が特定できます。

2023年(令和5年)1月から大規模改修工事が実施中。
訪問したのが日曜で休工だったため見学ができましたが、平日は溜池の手前で通行禁止となります。
竣工予定は2024年(令和6年)3月予定。


堤体真下から
底樋管から水が流れていますが、工事期間中は水が抜かれ土砂吐が開けっぱなしとなります。


池の真下を林道が横切ります。
ため池データベースでは堤高22メートル、堤頂長76メートル。
基部は石積の擁壁。


右岸から。


堤体には重機搬入のための作業道がつけられています。


上流面
たぶん竣工当時のものと思しき石積護岸がそのまま残されています。


まるでロックフィルダムのリップラップのような石積み。
普段目にしない水の下にこんな美しい護岸が隠されているなんて!
思わず嘆息します。
上部は剝がされ始めているので、改修ではコンクリートに置換されるのか?


土砂吐ゲート
工事期間中は流入水はここからそのまま放流されます。


空っぽの貯水池。
総貯水容量3万6000立米の小さな溜池です。


天端中央の階段式斜樋。


天端から
受益農地は森の下の丘陵地
遠くに広がるのは諫早湾干拓事業による干拓地。
もとは海でしたが、今は干拓されたので『海が見えるダム』認定はできません。

改修工事のせいもあり、洪水吐を確認できませんでした。
工事終了後に再訪したいところですが、長崎は遠い。

2015年(平成27年)秋よりスタートした全国のダム巡り。
鬼取溜池が記念すべき2000基目のマイルストーンとなりました。
メジャーなダムやコンクリートダムではなく、溜池になったことがいかにも私らしい。
正確な人数はわからないけど、全国に10人くらいしかいないとされる2000ダム訪問者の一人になれたことは誇らしいと自画自賛。
たとえそれが些細なことではあっても、自分が生きた証を刻めたことが本当にうれしい。
次は2500!!

2579 鬼取溜池(2000)
ため池コード 422040037
長崎県諫早市高来町小峰
田島川水系田島川左支流
22メートル
78メートル(ため池データベース 76メートル)
36千㎥/29千㎥
小峰新田組合
1913年

柳原溜池

2023-06-30 18:11:43 | 長崎県
2023年5月21日 柳原溜池

柳原溜池は長崎県諫早市高来町善住寺にある灌漑目的のアースフィルダムです。
諫早湾北岸の諫早市小長井町から高来町にかけては多良岳火山活動で形成された傾斜地が海岸線まで続き平坦地はほとんどありません。
明治末期より丘陵地での新田開発が進められ併せて多数の溜池が築造されました。
柳原溜池もこうした溜池の一つで、ダム便覧には柳原水利組合の事業で1914年(大正3年)に竣工と記されており、受益者で組織された水利組合の事業、つまり農家の持ち出して建設されたと思われます。
現在の管理者も柳原水利組合です。
ダム便覧では位置未確認となっていますが、『柳原ため池 地震時ハザードマップ』で位置が特定できます。

県道136号を北上しいこいの村長崎を目指すと、その手前に柳原池への入口があります。
沿道から歩いて2~3分で池に到着。
天端は舗装されていますが下流面は木が茂りもはや森。


上流面は定期的に草が刈られているようです。


ため池基準点。


堤体中央の斜樋。


操作ハンドルはかなりの年代もの。


右手が土砂吐ゲート、左がシリンダーゲートのハンドル。


便覧・データベースともに総貯水容量は4万2000立米ですが、見た目は10万立米くらいはありそう。


上流面はコンクリートブロックで護岸。


左岸の洪水吐。
さほど遠くない時期に改修があったようです。




池の下に向かう微かなトレースがありますが草木が密生し蜘蛛の巣もすごいことに。
根性なしなのでやめました。
よって底樋管は確認していません。
今も貴重な水源であることは間違いなさそうですが、下流面の樹木の繁茂を見ると災害時の堤体への悪影響が懸念されます。

2585 柳原溜池1999)                                 
ため池コード 422040038
長崎県諫早市高来町善住寺
湯江川水系湯江川
18メートル
90メートル(ため池データベース 88メートル)
42千㎥/34千㎥
柳原水利組合
1914年

山ノ神溜池

2023-06-29 17:02:32 | 長崎県
2023年5月21日 山ノ神溜池

山ノ神溜池は左岸が長崎県諫早市小長井町川内、右岸が同町古場の長里川源流にある灌漑目的のアースフィルダムです。
諫早湾北岸の諫早市小長井町から高来町にかけては多良岳火山活動で形成された傾斜地が海岸線まで続き平坦地はほとんどありません。
明治末期より丘陵地での新田開発が進められ、併せて多数の溜池が築造されました。
山ノ神溜池もこうした溜池の一つで、ダム便覧には農場土地改良区の事業により1931(昭和6年)に竣工と記されており、前身となる水利組合の事業で建設されたと思われます。
近接する山茶花溜池ともども農場水利組合が管理を行っています。

池下から
直近に大規模改修があり堤体は初々しい姿となっています。
ため池データベースでは堤高20.3メートル、堤頂長123メートル。


堤体中央下の底樋管。


底樋管から伸びる灌漑用水路。


右岸の洪水吐斜水路
こちらも改修で刷新されました。
貯水池は満水のようで越流した水が流下しています。


堤体基部の擁壁ともども白いコンクリートが眩しい。
減勢工にはバッフルブロックとエンドシルが設置されています。


残念ながら天端は立ち入り禁止。
本当に改修が終わって間がないようです。

上流面はコンクリートブロックで護岸
奥に横越流式洪水吐があります。


堤体中央の斜樋。

総貯水容量は37万立米
田植え時期を控え満水。


2593 山ノ神溜池1998)                              
ため池コード 422040046 
左岸 長崎県諫早市小長井町川内
右岸         同町古場 
長里川水系長里川 
 
 
20.4メートル(ため池データベース 20.3メートル) 
112メートル(ため池データベース 123メートル) 
370千㎥/336千㎥ 
農場水利組合 
1931年