軽井沢からの通信ときどき3D

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Karuizawa Foto Fest 2024(3)こぼれ話

2024-05-10 00:00:00 | 軽井沢
 さまざまな点で昨年の第1回KFF 2023からの変更があったKFF 2024であったが、中でも応募の方法と、入選作品の発表方法については戸惑うことがあり、いくつか思いがけない出来事が起きた。

 昨年、作品応募時には、先ず長辺を最大2000画素程度にリサイズした写真データを送り、第1次審査で選ばれた作品については、その後、画素数の大きい生データを送るように要請された。

 これは、審査時の利便性と、野外展示用大版のターポリンへの印刷時にも、画面の粗さが目立たないようにするためのものだと理解していた。

 今回も、はじめに応募する時には同じように、長辺の画素数を2000画素にリサイズしたものを送付していた。

 募集締め切りの後、しばらくして2月になると、私の場合応募点数が規定の無料審査対象枚数の5枚を超えて応募していたので、超過分に対する請求書が届いた。

 その後は開催月の4月が近づいてきても、事務局から生データの送付要請連絡がなく、今年は選に入らなかったのだと理解していた。

 同じころ、私の作品が入選することを楽しみにしてくれていた知人から、問い合わせのメールが届いた。彼によると、「たしか3月のある日、軽井沢フォトコンテストで検索し、ホームページを開いたところ、(入選作品の)画像がずらりと見れました。野外展示はしないとあり、あれ?と思いました。」と書かれていて、今年君はどうだったの・・とのことであった。

 このメールを見て、KFFのホームページをチェックしてみたところ、それらしい記事は見当たらず、知人には、「私のところには連絡がないので、何かの間違いではないか、今年私は入選しなかったようです・・」と伝えた。

 それきり、KFFのことは頭から消えてしまい、ガラスショップのオープンが迫っているので、慌ただしく日々を送るようになった。冬の間は、ガラス器類をショウケースから出して、梱包して箱に詰め、地震対策としていたからであった。

 4月1日には冬籠りから開けて、ショップをオープンした。4月中旬のある日、ショップに3人の外国人女性客が訪れた。中の一人の年配の女性客はガラス器やガラス製のペーパーウエイトを熱心に見ていたので、話しかけるとペーパーウエイトのコレクターだという。残念ながら気にいっていただいたその作品は非売品で、ディスプレイ用として置いてあるものであったので、その旨伝えて、諦めていただいた。

 帰りかけたその外国人客を出口まで見送っていき、傍らにあった写真絵葉書のスタンドを見せて、これは昨年開催されたKFF 2023での、自身の入選作品で作ったもので、希望者にプレゼントしているものだと説明した。

 昨年は、KFF開催を側面から支援しようと思い、あらかじめ入選作品についての連絡があったので、写真絵葉書を作り、KFF 2023の会期中ショップに来ていただいた方々に無料で配布していた。

 その残りがあったので、今年も4月1日からまた店頭に置いて、希望者に差し上げていたのであった。

 外国人客に、お好きなものをどうぞお持ちくださいというと、このときはもう2人になっていたが、スタンドからそれぞれ1点ずつ写真絵葉書を選んでいただけた。

 そして、中の若い方の外国人客が、私たちはそのKFFの関係で軽井沢に来ているのだという。さらに、2人から今選んだ写真絵葉書にサインをしてほしいと頼まれた。これまで、多くの方々にこの写真絵葉書をプレゼントしてきたが、サインをしてほしいと言われたのは今回が初めてのことであった。

 デスクに戻って漢字でサインをしながら、アッと気がついた。年配の女性の顔に見覚えがあったからである。この女性は、昨年のKFF2023で配布されていたパンフレットに写真が載っていた女性プロ写真家その人に間違いないと思えた。

 この時お名前は失念していたが、聞くと間違いないという。そして、若い方の女性客のすすめに従って、その女性写真家氏と私のツーショット写真を、彼女のライカと続いて手元にあった私のスマホで撮影していただいた。

 この2人がショップを立ち去る時に、昨年はこのように複数点が入選したが今年は1枚も採用されなかったので、がっかりしていると話すと、彼女は、諦めないで写真を撮り続けるようにと励ましてくれた。

 2人を見送ってから、年配の女性写真家氏の名前を調べておこうと思い、ショップのパソコンで、当ブログ記事「Karuizawa Foto Fest 2024(1)」(2023.9.22 公開)を探して、この時使用していた2023KFFイベント情報を見つけ、彼女の名前が、ジェーン・エブリン・アトウッドさんであることを確認した。

 昨年、各家庭に配布されたKFF 2023の開催案内で紹介され、私の記憶に残っていたアトウッドさんの写真は次のようであった。


KFF 2023の開催案内に紹介されていたジェーン・エブリン・アトウッドさん

 また、KFFのHPなどで紹介されている彼女のプロフィールは次のようである。

 「プロフィール:写真家 1947年ニューヨーク生まれ。『盲目の子どもたち』というテーマで、1980年に第1回W・ユージン・スミス賞を受賞。以降、ライカ社のオスカー・バルナック賞、アルフレッド・アイゼンスタット賞など権威ある賞を受賞。また報道カメラマンとして、1995年に阪神淡路大震災、2001年アメリカ同時多発テロの取材も行っている。世界各地で展覧会を行い、2022年にはシャネル・ネクサス・ホール(東京・銀座)にて日本初個展となる『Soul』を開催した。1971年からフランスに在住、現在もパリを拠点に、精力的に活動している。」

 私は、プロの写真家さんに、自分の撮影した写真絵葉書にサインをして差し上げたことになる。
 
 さらに、何となく気になって、パソコンメールを開くと、そこにKFF事務局からの次のような連絡が届いていた。


4月15日に届いたKFF事務局からのメール

 ここに記されていた「作家リスト Artist List」を開くと、私の名前もそこに並んでいた。諦めていただけに、驚き喜ぶことになった。ただ、入選作品についての情報はこの時はまだ公開されていなかった。

 さらに、このメールに添付されている昨年のKFF2023のだまし絵風のターポリン写真は、私の「浅間山と満月」の写真が写っているものであった。この写真は、先ほどジェーン・エブリン・アトウッドさんが選んだ写真絵葉書のもので、そこに私がサインしたものであった。

 サインをしてお返しする時、この写真絵葉書を見て、彼女は「実写作品ですか?」と質問をし、私は「もちろん実際に撮影したものです、私の背後からは朝日が昇ってきているところでした」と答えたのであった。

 アトウッドさんともう一人の女性客に選んでいただいた絵はがきは、次のようである。

ジェーン・エブリン・アトウッドさんが選んだ写真絵葉書


同行の若い女性が選んだ写真絵葉書
 
 帰宅後、そのことを妻に話すと、「あなたはその女性写真家さんのサインをもらわなかったの?」と聞かれたが、あの時は全く思いつかず、後になってとても残念なことをしたと、ちょっと悔しい思いがしたのでした。

 そして、4月27日に迎えたKFF 2024の開会式。そこで初めて入選作品が、入選作品集を通じて公表された。私の作品は3点選ばれていて、すべて追分公園に展示されていることがわかった。その内の1枚は、再び浅間山と満月を撮影したものであった。だが、今度は浅間山山頂に満月がくるように配していた。昨年の撮影から約1年、撮影時期と撮影場所とを計算して撮影に臨んだもので、浅間山が冠雪していないのは残念であったが、構図はほぼ予定したものであって、先週の当ブログで掲載させていただいた。

 ところで、私の知人が3月頃に見た入選作品とは何だったのだろうかという疑問はまだ残ったままであった。

 KFF 2024の開会式翌日、各家庭に軽井沢観光協会発行の広報誌「GREEN BREEZE」第55号が届けられ、その表紙には早々と「軽井沢フォトフェスト 2024」グランプリ(日高 慎一郎氏 撮影)が紹介されていた。


軽井沢観光協会の広報誌「GREEN BREEZE」第55号の表紙

 そして、裏表紙を見るとそこには「写真でつながる2023軽井沢フォトコンテスト結果発表!」とした記事が掲載されていた。

 
軽井沢観光協会の広報誌「GREEN BREEZE」第55号の裏表紙

 私は、この軽井沢フォトコンテストのことは知らないでいたのだが、ほとんど同じ時期に軽井沢観光協会では2つの写真コンテストを進めていた。

 そして、記事を見ていくと、グランプリ他5つの賞の受賞作品名が発表されていて、これらの受賞作品はHP、instagram で公開中とある。

 これで、謎が解けた気がした。私の知人が見ていたという軽井沢フォトコンテストの写真はこちらの結果発表であったのだ。
 
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