雲場池の遊歩道わきの別荘地内にフシグロセンノウが咲き始めた。鮮やかなオレンジ色がよく目立つ。軽井沢では特に珍しい種ではなく、別荘地の庭に群生しているのを見ることもあるし、山地の林下に見つけることもある。
私がこのフシグロセンノウを最初に見たのは中学生の頃で、大阪市内に住んでいた時のことだが、夏休みに友人2人と一緒に金剛山の登山に出かけた時であったことをよく覚えている。
畑が終わり山道にさしかかり、左右に高い木が見え始めたころ、その樹林の中に鮮やかなオレンジ色の珍しい花を見つけ採集して持ち帰ったのであった。
軽井沢に移り住んで、庭の一角にミニロックガーデンを作ったが、フシグロセンノウが好きな妻はここに山で採取した種を蒔き、これが数年後に花をつけるようになった。また、近縁種のエンビセンノウ、マツモトセンノウ、ガンピの苗も取り寄せて植えている。これらが庭に強いアクセントをつけてくれている。マツモトセンノウの花期はフシグロセンノウより早く、7月上旬には咲き始める。
田中澄江さんの著書「花の百名山」(1980年、文藝春秋発行)にもフシグロセンノウは登場しており、雲取山の項で採りあげられていて、次のように紹介されている。フシグロセンノウのファンは多いようである。
「好きな花をたった一つえらびなさいと言われれば、私はナデシコをあげる。ナデシコ科の花の中でもフシグロセンノウが好きである。冴えた朱いろの花弁の厚味をおびているゆたかさ。対生した葉の花の重さを支えてたくましい形。それでいて一つも野卑ではない。カワラナデシコのように群がらず、日光の直射を避けた日かげの林間の下草の中に、点々としてひとりあざやかに咲き誇る。・・・・
何故もっと早く雲取に来なかったのだろう。山容雄大で、眺めに変化があり、修験の山というような暗さも厳しさもなくて、何よりも花の種類が多い。惚れ惚れとした思いで、鴨沢にむかう途中の杉林のかげにフシグロセンノウがたくさん芽を出していた。山へ来て花をとってはいけないことはよく知っているけれど、そんな特徴のある若芽を幾つか見ているうちに二本とりたい、野の花ではフシグロセンノウが一番好きだと言われた熊谷守一さんの庭にもっていってあげたいと思った。
熊谷さんは九十七歳のすぐれた画伯。いままでにクマガイソウやノハナショウブを、そのお庭に植えてあげていた。
東京にもどって、仕事に追われて熊谷家にうかがえないでいるうちに、肺炎が原因で、この高齢なひとは急逝し、その最後の絶筆は庭のフシグロセンノウであることを知った。私は雲取のその花を、いつかお墓の前に植えにゆかなければと思っている。」
もうひとつ。職場の友人のIさんから以前、拙宅の新築祝いにといただいた佐藤達夫著「花の画集」(1979年、中日新聞社発行)にもフシグロセンノウの美しい姿が描かれていて、添えられている文章にはつぎのようにある。
「節黒仙翁。ナデシコ科の山草。フシグロというのは、茎の節のところが、紫褐色を帯びていることによる。センノウは、中国原産の観葉植物で、京都嵯峨の仙翁寺に植えられ、そこから伝わったところからその名が出たという。結局、フシグロセンノウというのは、節のくろいセンノウの仲間という意味になる。この属には、ほかにオグラセンノウ、エンビセンノウなど、センノウの名を使ったものがいくつかある。
フシグロセンノウには、オウサカソウの別名がある。これは、京都と滋賀との境にある逢坂山に多いところから出た名まえだが、この呼び名の方がすっきりしていて、この草にはふさわしいような気もする。
東京の付近では、八月から九月にかけてが盛りだが、ときには、十一月に入っても残りの花に出会うことがある。この草はどちらかといえば、関東から西の方に多く・・・」
田中澄江さんが雲取山に登ったのは、五月のはじめということなので、まだ花の時期ではなく、文章にもあるようにまだ芽を出したばかりの頃である。
それでも、この芽がフシグロセンノウであることを知っていて書かれていることがわかる。私が雲場池の周辺を散歩していてフシグロセンノウがそこにあると知るのは、鮮やかな花に出会ってからであるので、もう少し注意深く観察しなければと思う。
ところで、フシグロセンノウのことを、別な角度から見た記事を最近届いた「広報 かるいざわ 8月号」に見つけたので紹介させていただく。NPO法人ピッキオがこの冊子の中で連載している「浅間山麓の仲間たち」からである。
「植物たちは虫に花粉を運んでもらうため、さまざまな色や形の花を咲かせます。夏の森の木陰で咲くフシグロセンノウもその一つ。彼らはある昆虫を呼ぶため、花に工夫を施しました。・・・」
その「ある昆虫」とは・・・アゲハチョウの事だとこの文章の後段で明かしているのであるが、実際、私も雲場池の遊歩道脇でそのシーンを撮影したことがあるので、先ずその写真から始め、続いて最近雲場池で撮影したものや、軽井沢で撮影した写真を紹介させていただく。
フシグロセンノウで吸蜜するオナガアゲハ(2021.8.26 撮影)
上記「浅間山麓の仲間たち」の説明では、フシグロセンノウはアゲハチョウの仲間に蜜を吸わせるために、ハチやアブが認識しづらい朱色の花を咲かせ、口の長い虫以外は寄せ付けない、細長い丈夫な萼を持つことで、口の短い虫が横から穴を開けて蜜を盗むことができないようにしているという。
アゲハチョウの仲間が来て、蜜を飲もうと口を奥まで入れると、ちょうど顔に花粉が付く構造になっているのである。
続いてフシグロセンノウの写真。特記のないものは雲場池での撮影。
開き始めたフシグロセンノウの花(2022.8.9 撮影)
フシグロセンノウの花(2022.8.5 撮影)
フシグロセンノウの花と蕾(2020.8.1 撮影)
フシグロセンノウの雄蕊(2022.8.9 撮影)
フシグロセンノウの花(2016.8.9 撮影 南軽井沢)
フシグロセンノウの花(2022.8.4 撮影)
フシグロセンノウの花(2022.8.8 撮影)
フシグロセンノウの花(2022.8.8 撮影)
フシグロセンノウの花(2020.8.17 撮影)
フシグロセンノウの花(2020.8.1 撮影)
フシグロセンノウの花(2022.8.8 撮影)
フシグロセンノウの花(2021.8.19 撮影)
フシグロセンノウの花(2021.8.7 撮影)
フシグロセンノウの花(2020.8.17 撮影)
次は、我が家の庭で咲いたフシグロセンノウの仲間たち。
最初はガンピ。牧野植物図鑑によると、中国原産の種で、観賞用として庭園に植栽されている多年草とある。
ガンピの花(2016.8.6 撮影)
続いてエンビセンノウ(燕尾仙翁)。中部地方、北海道および朝鮮半島、中国北東部、ウスリーの温帯に分布する。山野の草原にまれに生え、ときに庭園に栽植される多年草である。
エンビセンノウの花(2017.8.28 撮影)
最後はマツモトセンノウ(別名マツモト)。原種は九州の阿蘇山の草原に生え、ツクシマツモトとも呼ばれる。名前の由来は、花形が歌舞伎役者の松本幸四郎の紋所に似ているのでついたとされるが、その紋所と言えば四つ花菱である。果たして似ていると言えるかどうか。
マツモトセンノウの花(2022.7.5 撮影)
マツモトセンノウの花(2019.7.10 撮影)
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