すちゃらかな日常 松岡美樹

サッカーとネット、音楽、社会問題をすちゃらかな視点で見ます。

フリーランスは「人間じゃない」のか? 文化レベルを露呈したTBS盗用問題の実態

2005-05-14 09:04:21 | メディア論
 TBSが公式HPのコラム35本を、なんと読・毎・朝など各新聞社から盗用していたことが判明した。しかもあきれたことにTBSは当初、「外部のフリーライターがやったことだ」とウソの発表をしていた。まったくどうしようもない会社だ。

 記事の盗用と虚偽の申告は、TBSの現場の部長がやったことだ。だがウソの報告を真に受けて発表するTBSは、内部調査が致命的に甘い。しかも部長はTBSが軽んじているらしいフリーランスの人間ではなくTBSの社員なんだから、彼らの価値観をそっくり当てはめれば「TBSがやったこと」だと断定していいだろう。

TBSホームページにおける新聞記事盗用について(TBS)

TBSのコラム盗用、執筆は部長(YAHOO! JAPAN NEWS)

 盗用した件数は発表ごとに増えるわ、「真犯人」は変わるわで、この問題についてはいつ書こうかとタイミングを見ていた。だがキリがないのでもう書いてしまおう。締め切りだ。

 まず釈然としないのは、上記のTBSによる「お詫び」の文面である。

 読者は知らずに読まされてるんだから、盗用していたすべての記事のタイトルと文面、日付の一覧をつけるだろう、ふつう。誤報をやったときには記事を特定して該当箇所を明示するでしょう? ある意味、誤報よりひどい話ですよ、これって>TBSさん

 おまけにTBSの文面には、「当初は自らの責任を転嫁する虚偽の説明を行っていたことはまことに遺憾」としか書いてない。フリーライターのせいにしましたとハッキリ明記すべきじゃないの? 公式HP上で。

 テレビや新聞、雑誌などのいわゆる「大マスコミ」では、何かあると「フリーランスの人間がやったことだ」てな言い訳が伝統化している。もはや古典芸能といってもいいだろう。まったく目も当てられない後進性である。

 そもそもテレビなんかは、外部の番組制作プロダクションがなければ成り立たない構造になっている。雑誌にしても実際に誌面を作っているのはフリーランスのクリエイターだ。

 たとえばテレビ局へ行くとフロアが番組ごとに分かれていて、制作している各プロダクションが会社単位でデスクに陣取っていたりする。雑誌だってフリーランスの席を作っている編集部も多い。なのに何かあったら「外部の人間のしわざです。ウチには関係ありません」じゃ通らないだろう。

 どだい会社組織の名の元に情報発信してるから、辻褄が合わなくなるのだ。会社として責任を取る気がないのなら、すべてのメディアはハナから署名制度にすべきだろう。「文責はオレにある」という意識でモノを作っているフリーランスの人間は多いんだから。

 なのに書いた個人の名前は隠しておいて手柄は会社がちょうだいし、何かが起こると「実はアイツのせいなんですよ」ってすごい世界だよねえ、しかし。

 このあたりは署名制度が発達し、会社組織の人間であっても「個人が情報発信している」という認識のある欧米のジャーナリズムとくらべ、意識が100年遅れている。もはや文化の問題だ。すでに落日の観がある日本独特の頑迷なカイシャ主義、士農工商フリーランスという意味不明な価値観に原因がある。

 たまには権力の不正を暴いたりして「進歩派」を気取っているが、その実、ある意味日本でいちばん文化的に遅れているのがマスコミなのだ。

 その証拠に私が見聞きした範囲では、TBSは「犯人」の部長(47)の名前を公表していない。前回のエントリーではJR西日本の記者会見場で名を名乗らなかった読売新聞の記者を取り上げたが、根はまったく同じだ。

 まずはフリーランスのせいにしよう。その堤防が崩れたら、今度は「会社」の傘に隠れよう。こうして「個人」は限りなく厚い組織の襞に隠れていく。マスコミの隠蔽体質はこんな構造になっている。

 まあふだん取材で危ない橋を渡っているから防衛手段が発達するわけだが(笑)、手管を使っていいときと、使うべきじゃないケースは明確に分けて考えるべきだろう。

 これじゃあ「名前を暴いてやろう」って人が出てきても、それを止めるだけの「理」がマスコミの側にはなくなってしまう。内部で自浄作用が働かないなら外からチェックしよう、って流れになっちゃうでしょう。

 現にさっそく「サイバッチ!」が実名を公表しているが、未確認情報だしあえてリンクは貼らない。「サイバッチ!」は、「90パーセント以上まちがいない」だの「ただし同じ年齢の部長があと数人いる」(いかにもサイバッチらしい・笑)だの、あやふやな前置きを並べるヒマがあったら、書く以上はウラを取れよ。もしまちがいだったらとんでもない話じゃないか。

 さて、ここまでは同義的責任について述べてきた。だが今回の事件には、法的な問題もある。現状、どの記事がどんなふうに盗用されていたかが明らかにされてない。だから判断のしようがないのだが、これって著作権法違反の可能性があるんじゃないの?

 もちろん著作権法は親告罪だから、著作権者(被害にあった新聞社側)が告訴しない限り罪には問われない。だが仮にこのままマスコミ同士のナアナアですんだとしても、読売記者のケースとちがってTBSは違法行為の構成要件を満たしていた可能性があることを自覚すべきだろう。

 TBSは自社のHPで「今後、厳正に対処いたします」などと、あたかも終わったことのように書いているが、コトは限りなく重大だ。

 おまけにこの部長はフリーランスという個人の人権をまるで認めていない。その部長はTBSという組織に属している。とすればこの場合、部長=TBSだと解釈できる。さて、そこで疑問がある。

 たとえばもし仮にくだんの部長が新聞の記事ではなく、ブログやHPみたいな個人の文章をバクっていたとしたらTBSはどうしただろう? 今回みたいに自社のHPで「松岡美樹さんのブログ『すちゃらかな日常』から盗用しました」(笑)とお詫びを掲載するのだろうか? またその場合、世間は騒いだだろうか? 「たかがブログだ」で終わっていたにちがいない。

 つまり今回の事件は「個人」ではなく新聞社という「大組織」の記事を盗用したから騒動になったわけだ。

 不正な行為を働いた組織の中の個人は、フリーランスという組織の後ろ盾のない個人のせいにする。で、バレると今度は会社集団の中に隠れる。おまけにパクったのが「個人」ではなく「組織」の持ち物(新聞の記事)だったからこそ騒ぎになった──。

 すべては個人とカイシャという、日本文化の問題に帰結していく。

 最後にもうひとつおまけだ。

 読売新聞は5月13日付の社説で「お粗末」「著作権侵害だ」「あきれてしまう」などと口をきわめてののしっている。

 だが、あきれてしまうのはこっちだ。あなたたち、人のこと言えるんですかぁ?(笑)。ののしりながらも社説の文末で「私たちも、自戒したい」なんて1行を付け加えているのが、とっても笑えるんですけど。

 これってひょっとしてギャグなの?

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(追記)「サイバッチ!」の実名報道について加筆した(5/14)
コメント (40)
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