春の彼岸会 川供養
長男の家に育った人とそうでない人とでは
供養に対する考え方が随分と違います。
嫁ぎ先の家の宗旨やご実家の家の宗旨を知らない人が多すぎます。
悩みや問題の抱えている多くの家の方は、
うちは分家で、祖父母も健在ですのですのでお墓も仏壇もありませんから、
お参りはしておりませんと言われます。
本家であろうと分家であろうと、親やご先祖様は存在します。
その親から大きくしてもらった はずです。
供養は、跡継ぎであろうがなかろうが関係ありません。
供養とは
親から受けた恩を返すことのできる唯一の方法ではないのでしょうか。
残された者の務めなのです。
いずれ貴方のご先祖様になるのですよ。
南無大師遍照金剛
昨日の話は、死後、どんなに仲の良い夫婦や兄弟、親子でも
行く境涯が違うと言いました。
何故、そういうことになるのか…
すべての生き物は、前世の業(ごう)により、現在の境涯に生まれ変わっており、
また、今世(現世)行いにより、死後赴く世界が違うのです。
前世の業とは、なんでしょう。
簡単に言いますと、生まれ変わる前の生き様(行い)です。
前世においてどのような善業(善い行い)を積んだのか
また、どのような悪業(悪い行い)を積んできたか。
善業が(プラス)であるならば、悪業は(マイナス)として現れてくるわけで、
善業が多いほど幸せな人生を送り、悪業が多いほど不幸な人生を送っているのが現状です。
では、現世で信心のない人。真面目に働きもしないダメ人間だった人は、
死後、地獄に堕ちるのでしょうか。
そうも言いきれません。
当山で長い間、奥様が四家先祖供養や霊界施餓鬼一粒萬福法要をされており、
ご主人が亡くなられて直ぐに
当山での特別な四十九日法要 百日法要を申し込まれた。
そのお蔭で死後も幸せな境涯に行くことができたようです。
故人様は死後の世界を信じない方でしたので、
奥様の信心を快く思っておらず、
自分が死んで初めて供養の大切さを実感されたようでございました。
死んで初めて家内が、
長年にわたり先祖のためにこのような手厚い供養をしてくれていたことを知り、
大変感謝されていたそうです。
「闘病生活の時は、家内に無理難題を言い、申し訳なかった」
「これからは、私は見守ります」と山主に言っていたそうです。
亡くなられて直ぐに良い境涯に行くことができるというのは、
故人のもって生まれた徳分と
奥様の陰徳積み(功徳)によるものであると確信しております。
先祖の未来は、我々の供養によるもの。
また、我々の未来は、先祖の見守りによるもの。
南無大師遍照金剛
さて今日は
「死んだらあの世で一緒に暮らせるのか」ということについてお話します。
答えは、
「先ず、あり得ません」
霊界では、いくら仲の良かった親子であろう夫婦であろうと
行く世界が先ず違うのです。
つまり死後の住む境涯が違うということになります。
死後の境涯とは
「死後に置かれる立場、身の上」と言うことになります。
この死後の境涯が決まるのは
故人の魂の格や、生前の行いなどにより、
決まると言われております。
ですからいくら生前に仲が良かった親子、兄弟姉妹、夫婦であっても
一緒の境涯ではないと言うことです。
境涯が違えば一緒にいることは不可能です。
しかし、お盆の期間中になどは、
帰って来られるご先祖様が同士、顔を合わせることができますが、
充分な供養を受けられた霊と供養が不十分な霊となりますと、
気安く声をかけることはできなります。
供養の回数や供養の内容により、ご先祖様の霊格が違ってくるためです。
例えば、夫婦が霊界において同じレベルで霊格が上がっているところは
霊界でも仲良くしている為、
子孫も同じように夫婦仲睦まじく暮らせるということです。
現在、夫婦関係で悩まれている方は、
ご両親様あるいは祖父母様の供養を同時にされると
良い結果につながるのではないでしょうか。
今日、3月23日は、彼岸明けです。
お彼岸がおわり、ご先祖様も元の霊界にお帰りになられる日です。
山主は、少しでも長く現世におられるようにと、
夕日が沈むギリギリまで、川供養に行く時間を延ばします。
今日は、結構風が強く寒く感じました。
紀の川の河川敷?
テトラポットに座り、最後のご供養を。
そして、お経を唱えながら紙塔婆を川に流します。
水に入った紙塔婆は、最初、風が強いためなのか川上に流れており、
別れを惜しんでいるように見えましたが、
しばらくすると、無事に川下に流れておりました。
休日がおわり、明日から仕事に戻るように
ご先祖様も霊界での修行に戻ることでしょう。
川供養がおわり、土手に生えている土筆を採りました。
まだ、少し早いのか?採られてないのか?
少しだけいただきました。
※紙塔婆は、魚のエサになるように水に溶けるコメで出来ているそうです。
川が汚れることはありません。
南無大師遍照金剛