古いアルバムで思い出を辿りながら(義母を喜ばせる為?)昨夜は話が尽きないが、10時頃お開きとなり弟たちが帰って行った。
大阪より、よりしげく奏でる虫の音の澄んだ合唱を聞きながら、床についた。
昼間兄嫁さんが干してくれたであろう布団の陽のぬくもりが、涼しくなった夜にはとても心地よかった。
朝は5時過ぎに目覚めた。 いつもならそっと起きて、家の横の道をあがり、右手にシュロの木をアングルとして、
海の見える生口島や因島の風景、朝日の昇る風景を撮る。 必ず撮っていた。
帰省する前に、(朝日の昇る風景なんてもう撮れないだろうなぁ、いや撮らないわ)そう決めていた。
お墓参りと称して、母の顔を見に帰るのに、お世話下さる兄嫁さんを思うと、軽々しく不謹慎な気がしたから。
お昼前、私の実家へ行った。 お昼から泊りで介護に行かれる兄嫁さんが、いそいそと食事の用意をしてくれていて手伝う。
嫁として小姑として帰省するときまず持ちかえるのはエプロンだと、結婚した時母から教えられていた。
遊びに帰るのではない、日頃親の世話をして下さる兄嫁さんたちを労い手伝うこと、母の教えは本当に有難いと思っている。
兄嫁さんは1時、色々話したいのに後ろ髪惹かれる思いで仕事に出かけられた。
夫の実家の様に気遣うことなく、むしろ後に送る写真に添える為兄嫁さんに敬意を表して花を少し撮る。
普段の狭い暮らしにも慣れているが孫たちだが、広い部屋、広い庭、行動範囲が広がり大はしゃぎ。
なつめや同じ年に生まれた1歳のひ孫3人、1年ぶりの再会と成長は楽しい。
兄や母がいるので私は行かなかったが、夫や娘たちは今や全国区の瀬戸田の”ドルチェ”へ行った。
このお店のアイスはハンドメイド、それに一般のよりカロリーが低くて安心、中でも塩アイスが私の一番のお気に入り。
”シトラスパーク”へも寄ったようだが、ここから眺めるしまなみの島の景色も実にいいのだ。
兄(撮影)、母、因島の妹夫婦と甥っ子、甥っ子長男夫婦、次男夫婦、総勢17名の賑やかな食卓となった。
奇しくもこの日は妹の誕生日、兄嫁さんからケーキ、甥っ子長男夫婦から花束、娘からのプレゼントなどのサプライズ!
母がいつも言う言葉、「年をとるほどに迎えられる誕生日は、なんと幸せで有難いことか感謝せにゃぁいけん」
本当にそうである、(祝ってもらうような年ではない)そんなこと言ったら叱られるし、思ったらばちがあたる。
みんなが集まる、揃う、添う、和む。 これらは母の生きた証しのようでもあると、感謝な私たち。
若い時「女はね、髪をきちんとしていないといけん」そう言って、いつもきちんと髪を整えていた母。 (私、守れてない・・)
暑い夏やっとの思いで乗り越えてきた母だが、1ヶ月近く風邪をひいたり治ったりを繰り返していたようだが、
その、やっとの思いを感じさせる珍しい髪の乱れに老いとやっとの思いを感じた。
いつもお返事が遅れて、ごめんなさい。 なかなかPCに向かえなくて・・。
帰ると言えば、妹はもちろんですが甥っ子たちも来てくれましたが有難いなぁと思います。
集まることの大切さ、これは母の子育て時代から言いつつ浸透させてくれた事がらの一環、
こんな習慣は子や孫に、繋がって欲しいですね。
大阪でもそうですが、田舎の方もみんな近くにいて何かと言うと集まるようです
遠くに縁づいてもそれは仕方ないことですが、子供たちが近くで所帯している、
賑やかな人生を過ごせるのですから、こんなに幸せなことはありませんね。
あ、後になりましたが昨日はお誕生日おめでとうございます
メール、ありがとうございました。 アドレスを知っていることを忘れていました
ご健康に、またい一年の時を刻んで下さいね。
歳を取って揃えるのは何かあるときだけでは寂しいですからね。
それにしてもお近くに住まれていてすぐ集まれるのは素晴らしいですね~~
良かったですね~~