SNOOKS EAGLIN / NEW ORLEANS STREET SINGER
先日亡くなられたスヌークス・イーグリン。ニューオーリンズが誇る偉大なギタリストでした。その最初期のレコーディングを集めたアルバムが「NEW ORLEANS STREET SINGER」。ギター・インスト2曲を含む、アコースティック・ギター弾き語りの演奏集。タイトルが示す通り、まるでスヌークスが本当にニューオーリンズの片隅でストリート・シンガーをやっていたかのような雰囲気。でもブルース&ソウル・レコーズ誌NO.6号のスヌークス・イーグリン特集によりますと、実際はそうではなかったようです…。
1936年、ニューオーリンズ生まれ。1歳半の頃に脳の腫瘍手術により失明してしまいます。ギターを始めたきっかけは5歳の時の父親からのプレゼント。それ以来、ラジオから流れてくる音楽に合わせて片っ端からギターを弾いていたのでしょう。後に「人間ジューク・ボックス」と言われる原点の姿が想像出来ますね。その後、教会やタレント・コンテストなどで腕を磨き、10代半ば頃にフラミンゴズというバンドに参加。このバンドは当時まだ10代だったアラン・トゥーサンが作ったバンドで、学園祭やダンス・パーティーを舞台に活動していたとか。ホーン隊も入った大所帯でありながらベーシストが居らず、スヌークスがギターでベース・パートも同時にこなしていたと言う説もあるらしい。さらに酔っぱらったメンバーを車に乗せて盲目のスヌークスが運転して帰ったなんていう信じられない伝説もあったり。
この頃、後のネヴィル・ブラザーズの長兄アート・ネヴィルも自身のバンド,ホーケッツを率いて地元で台頭してきていました。ネヴィル・ブラザーズ自伝の中でアートは当時を振り返り、自ら「ニューオーリンズじゃホーケッツがナンバーワンのバンドだった」と語っていますが、「他に地元で人気のバンドといえば、アラン・トゥーサンがやってたフラミンゴズだ」とも語っています。さらに「アランのとこにはギターのスヌークス・イーグリンがいてな、目は見えないんだが、街じゃ右に出るものがいないぐらいの最高のギターを弾いてた」と。しかもギグの予定日にホーケッツのメンバーが都合つかない時には、ギターにスヌークス・イーグリン、ドラムスにスモーキー・ジョンソンというトリオでステージに上がったこともあったとか。なんとなくこの時代の若き彼らの活動振りが伺えるエピソードですね。
そんなスヌークスの最も初期のレコーディングとして知られるのが、53年、シュガー・ボーイ・クロフオードのバック・メンバーとしてのセッション。あのニューオーリンズ・クラシック「Iko Iko」の原曲となる「Jock-A-Mo」もこのセッションで録音されています。インディアンのチャントを元にした曲ですが、マンボっぽいリズムがニューオーリンズのガンボな地域性を物語るような名曲。バックにはあまり目立たないながらもはっきりとスヌークスのギターの音が聴こえます。
そしてスヌークス・イーグリンとして個人名義の初録音となるのが58年、ハリー・オスター博士によるフィールド・レコーディング。このセッションは61年まで断続的に続けられ、基本的にはアコギ弾き語り、時にウォッシュボードなどを従え計60曲以上が録音されたそうです。て言うか、ハリー・オスター博士って何者?って感じですが、この人、ルイジアナ州立大学の民俗学者で、当時ルイジアナを中心に伝統的な民謡や労働歌を掘り下げ、数々のフィールド・レコーディングを行っていたようです。なかでも最大の功績と言えるのが、アンゴラ刑務所に服役中だったロバート・ピート・ウィリアムスを発見し、レコーディングしたことでしょうか? ロバートのレコーディングは59年から61年頃に行われているようで、スヌークスと被っているのも気になったり。
ま、それはそうと、そんなハリー・オスター博士に“発見”されたスヌークスなのです。この一連のセッションについては、いくつかのアルバムに切り売りされていますが、上写真の「NEW ORLEANS STREET SINGER」もその1つ。58年及び、60年から61年の録音が収録されています。フォーク・ソングの「Alberta」に始まり、プレスリーも歌ったアーサー・ボーイ・クルーダップの「That's Alright」、レイ・チャールズの「I Got A Woman」、ウィリー・メイボーンの「I Don't Know」、ゴスペル曲の「When They Ring Them Golden Bells」に「Remember Me」、ジミー・ロジャース(カントリーの方)の「A Thousand Miles From Home」など、雑多この上ない選曲。さらに極めつけはインスト2曲。1つは12弦ギターで弾く「Malaguena」。フラメンコです! これには流石のハリー・オスターもビックリしたでしょうね。もう1つは「When Shadows Fall」。これはジャズ・スタンダードの「Home(When Shadows Fall)」をインストで演ってるんですけど、このアレンジが粋というか洒落てて良いんですよ!
そして案外直球勝負のブルースが多いことにかえって驚かされたり。「Mean Old World」、「Come Back, Baby」、「Trouble In Mind」、「The Drifter Blues」、「Everyday I Have The Blues」なんていう超有名曲をやっています。スヌークスというとほんわかムードな印象ですが、これらや、ジョン・リー・フッカーがオリジナルという「I Got My Questionaire」あたりはかなりドロリとしており、ライトニン・ホプキンスあたりの影響も伺えて興味深いです。
で、問題は果たしてこれらはこの頃のスヌークス・イーグリンを正しく捉えた録音なのか?ということ。ブルース&ソウル・レコーズ誌では“やらせ”があったのでは?ということですが、どうなんでしょうね~。60年代のフォーク・リヴァイヴァル・ブームの足音は50年代後半から聞えていたはずで、そういったものへの制作者側の憧憬が、“何でも出来てしまう”スヌークスに白羽の矢を立たてたというのは充分に考えられます。しかもこのセッションが終わるか終わらないかのうちに、スヌークスがインペリアルへ吹き込みを開始したのはエレキ・バンド・セットによるR&B路線でした。この変わり身の早さはやはり“やらせ”だったと考えた方が自然に思えたり。
仮に“やらせ”だったとしてこの録音に価値がないかと言われれば否なのです。ブルース&ソウル・レコーズでも、“やらせ”を示唆した上で“スヌークスの本質は変わらない”という趣旨であり、なるほどと思わせられるのです。この多岐にわたる選曲と、その全てを弾きこなし歌いこなすスヌークスの才能と資質。それはハリー・オスターの思惑を遥かに超えていたのでは? それに幼い頃からラジオを聞いて、一人ギターと格闘しながら曲を覚えていたのであろうスヌークスにとって、弾き語りもまた彼の一面であることは間違いないと思うのです。
果たしてスヌークス・イーグリンはストリート・シンガーだったのか? スヌークス本人は「ストリート・ミュージシャンなんぞやった事がない」と語っているとか…。
"SUGAR BOY" CRAWFORD / 1953-1954
シュガー・ボーイ・クロフォードの53年から54年の録音を集めた作品。もちろん「Jock-A-Mo」も収録されています。
ROBERT PETE WILLIAMS / FREE AGAIN
ロバート・ピート・ウィリアムスの弾き語りブルース。ハリー・オスター博士による60年ニューオーリンズ録音。スヌークスとは何の関係もありませんが、ハリー・オスター繋がりで、博士の録音によるスヌークスのアルバム「THAT'S ALL RIGHT」と2in1でリリースされたこともあるようです。