VA / THE FAME STUDIOS STORY 1961-1973 HOME OF THE MUSCLE SHOALS SOUND
9月5日、マスル・ショールズで活躍したギタリスト、ジミー・ジョンソンが亡くなれました。76歳でした。死因など詳しくは発表されてないようです。
1943年2月4日、アラバマ州シェフィールドに生まれたジミー・ジョンソン。1960年代半ばから、アラバマ州マスル・ショールズのフェイム・スタジオにて、ハウス・バンドの一員とし数々のソウル名曲のレコーディングに携わりました。
マスル・ショールズのフェイムと言えば、サザン・ソウルの聖地とも言える伝説的スタジオ。そのフェイム・スタジオが生み出すマジカルなサウンドを生み出す屋台骨となったのが、後にスワンパーズと呼ばれるハウス・バンドの面々。メンバーは、ジミー・ジョンソン(g)、ロジャー・ホーキンス(ds)、デヴィッド・フッド(b)、バリー・ベケット(kbd)、彼らはある意味、スタジオよりも伝説的存在と言えるかもしれません。
※上の写真は、フェイムの歴史と名曲名演が詰まったアンソロジー盤。右端にちらっと映っているギタリストがおそらくジミー・ジョンソン。
さて、このバンドのメンバーを集めるに当たって、スタジオ主のリック・ホールが最初に声をかけたのがジミー・ジョンソンだったそうです。その頃のジミーは、リック・ホールの周りをうろつき、レコーディングの技術なども見よう見真似で学んでいたとか。1964年頃、初代ハウス・バンドと言える当時のレコーディング・ミュージシャン達が揃ってナッシュヴィルへ去ってしまうという事態が起き、リック・ホールは、ジミー・ジョンソンをギタリスト兼第2エンジニアとして迎えたそうです。ドラムスには、ジミーと一緒にデル・レイズというバンドをやっていた、ロジャー・ホーキンスが座り、その後に、デヴィッド・フッドと、バリー・ベケットも加わります。この4人を核に多士済々なミュージシャンが入れ替わり立ち替わり、ソングライターにはダン・ペン、スプーナー・オールダム、ドニー・フリッツなどが居て、彼らをリック・ホールが仕切る。そんなフェイムの黄金時代にここを訪れたのは、ウィルソン・ピケット、クラレンス・カーター、パーシー・スレッジ、エタ・ジェイムス、オーティス・ラッシュ、などなど。数々の名盤が生まれました。
そしてアレサ・フランクリン。コロンビア・レコードから、ジャズ/ポピュラー色の濃い方向で売り出されたものの、大きな成功を掴むことが出来なかったアレサでしたが、心機一転、アトランティックへ移籍し、本格ソウル・シンガーとして再スタートを切る際、その第1歩に選んだのが、フェイム・スタジオでした。アトランティックからのデビュー・アルバムとなる「I Never Loved A Man The Way I Love You」のタイトル曲を録音するも、アレサ側とリック・ホールの折り合いが付かず、アレサはこの一曲だけでフェイムを後にすることになりますが、フェイムの持つマジカルな南部サウンドが、アレサの才能を刺激したことは間違いないでしょう。この後のニューヨーク録音でも、アレサはジミー・ジョンソンらフェイムのミュージシャンを呼び、名作を連発していきます。
さて、スワンパーズの4人は1969年にフェイムから独立し、マッスル・ショールズに接するシェフィールドに、新たにマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオを設立しました。スタジオの所在地を冠したシェールの「3614 Jackson Highway」を皮切りに、ステイプル・シンガーズ、ウィリアム・ベル、ジョー・テックス、ボビー・ウーマック、ドン・コヴェイ、ジョニー・テイラー、などのソウル系はもちろんですが、むしろロックやポップスのアーティストがマッスル・ショールズのサウンドを求めてこのスタジオを訪れました。ボズ・スキャッグス、ロッド・スチュアート、ポール・サイモン、アート・ガーファンクル、ルル、レオン・ラッセル、ドン・ニックス、ボブ・シーガー、キム・カーンズ、フォセ・フェシリアーノ、ジョー・コッカー、レヴォン・ヘルム、などなど。いかにもな方々から意外な方まで、ありとあらゆるアーティストがレコーディングしています。
そしてローリング・ストーンズ。彼らが全米ツアー中にマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオを訪れ、「Brown Sugar」、「Wild Horses」など、名盤「STICKY FINGERS」となる楽曲を録音したのは有名ですね。69年の12月ですから、まだスタジオが出来て間もない頃。残念ながらスワンパーズとのセッションは無かったようですが、ジミー・ジョンソンはエンジニアとしてストーンズのレコーディングに貢献しました。ただ、ストーンズの場合は、マッスル・ショールズのサウンドを求めてというより、人知れずレコーディング出来る小さなスタジオを探した結果、ここにたどり着いたそうですけどね。でもそこに、不思議な引力というか、運命的なものを感じさせられますよね。ストーンズはここでの録音で、真の南部臭を纏い、それを原動力に70年代の黄金時代へ突き進んだのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/37/6ece76f45b9f525071abcc00a371daca.jpg)
Muscle Shoals Has Got The Swampers
こちらは、昨年リリースされた、スワンパーズの未発表音源集。69年から70年代末頃まで、アラバマ州シェフィールドはジャクソン・ハイウェイ3614番地に居を構えたMUSCLE SHOALS SOUND STUDIOでの録音を中心に、90年代の録音も含まれています。ちなみに、MUSCLE SHOALS SOUND STUDIO は、79年にアラバマ・アベニュー1000へ引っ越しています。ファンキーなその名も「Swampers」に始まり、ロックンロール、サザン・バラード、AOR風から長尺ジャズまで、流石にスタジオミュージシャンらしい職人肌を感じさせつつ、南部グルーヴに溢れたご機嫌なインストアルバムです。ちなみにタイトルの「Muscle Shoals Has Got The Swampers」は、レイナード・スキナードが「Sweet Home Alabama」の歌詞にスワンパーズを織り込んだ有名な一説から。写真の右端がジミー・ジョンソン。これ聴いてると、そのふくよかなグルーヴが、マッスルショールズの旅へと連れてってくれるようです。
ジミー・ジョンソンさん、安らかに。
9月5日、マスル・ショールズで活躍したギタリスト、ジミー・ジョンソンが亡くなれました。76歳でした。死因など詳しくは発表されてないようです。
1943年2月4日、アラバマ州シェフィールドに生まれたジミー・ジョンソン。1960年代半ばから、アラバマ州マスル・ショールズのフェイム・スタジオにて、ハウス・バンドの一員とし数々のソウル名曲のレコーディングに携わりました。
マスル・ショールズのフェイムと言えば、サザン・ソウルの聖地とも言える伝説的スタジオ。そのフェイム・スタジオが生み出すマジカルなサウンドを生み出す屋台骨となったのが、後にスワンパーズと呼ばれるハウス・バンドの面々。メンバーは、ジミー・ジョンソン(g)、ロジャー・ホーキンス(ds)、デヴィッド・フッド(b)、バリー・ベケット(kbd)、彼らはある意味、スタジオよりも伝説的存在と言えるかもしれません。
※上の写真は、フェイムの歴史と名曲名演が詰まったアンソロジー盤。右端にちらっと映っているギタリストがおそらくジミー・ジョンソン。
さて、このバンドのメンバーを集めるに当たって、スタジオ主のリック・ホールが最初に声をかけたのがジミー・ジョンソンだったそうです。その頃のジミーは、リック・ホールの周りをうろつき、レコーディングの技術なども見よう見真似で学んでいたとか。1964年頃、初代ハウス・バンドと言える当時のレコーディング・ミュージシャン達が揃ってナッシュヴィルへ去ってしまうという事態が起き、リック・ホールは、ジミー・ジョンソンをギタリスト兼第2エンジニアとして迎えたそうです。ドラムスには、ジミーと一緒にデル・レイズというバンドをやっていた、ロジャー・ホーキンスが座り、その後に、デヴィッド・フッドと、バリー・ベケットも加わります。この4人を核に多士済々なミュージシャンが入れ替わり立ち替わり、ソングライターにはダン・ペン、スプーナー・オールダム、ドニー・フリッツなどが居て、彼らをリック・ホールが仕切る。そんなフェイムの黄金時代にここを訪れたのは、ウィルソン・ピケット、クラレンス・カーター、パーシー・スレッジ、エタ・ジェイムス、オーティス・ラッシュ、などなど。数々の名盤が生まれました。
そしてアレサ・フランクリン。コロンビア・レコードから、ジャズ/ポピュラー色の濃い方向で売り出されたものの、大きな成功を掴むことが出来なかったアレサでしたが、心機一転、アトランティックへ移籍し、本格ソウル・シンガーとして再スタートを切る際、その第1歩に選んだのが、フェイム・スタジオでした。アトランティックからのデビュー・アルバムとなる「I Never Loved A Man The Way I Love You」のタイトル曲を録音するも、アレサ側とリック・ホールの折り合いが付かず、アレサはこの一曲だけでフェイムを後にすることになりますが、フェイムの持つマジカルな南部サウンドが、アレサの才能を刺激したことは間違いないでしょう。この後のニューヨーク録音でも、アレサはジミー・ジョンソンらフェイムのミュージシャンを呼び、名作を連発していきます。
さて、スワンパーズの4人は1969年にフェイムから独立し、マッスル・ショールズに接するシェフィールドに、新たにマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオを設立しました。スタジオの所在地を冠したシェールの「3614 Jackson Highway」を皮切りに、ステイプル・シンガーズ、ウィリアム・ベル、ジョー・テックス、ボビー・ウーマック、ドン・コヴェイ、ジョニー・テイラー、などのソウル系はもちろんですが、むしろロックやポップスのアーティストがマッスル・ショールズのサウンドを求めてこのスタジオを訪れました。ボズ・スキャッグス、ロッド・スチュアート、ポール・サイモン、アート・ガーファンクル、ルル、レオン・ラッセル、ドン・ニックス、ボブ・シーガー、キム・カーンズ、フォセ・フェシリアーノ、ジョー・コッカー、レヴォン・ヘルム、などなど。いかにもな方々から意外な方まで、ありとあらゆるアーティストがレコーディングしています。
そしてローリング・ストーンズ。彼らが全米ツアー中にマッスル・ショールズ・サウンド・スタジオを訪れ、「Brown Sugar」、「Wild Horses」など、名盤「STICKY FINGERS」となる楽曲を録音したのは有名ですね。69年の12月ですから、まだスタジオが出来て間もない頃。残念ながらスワンパーズとのセッションは無かったようですが、ジミー・ジョンソンはエンジニアとしてストーンズのレコーディングに貢献しました。ただ、ストーンズの場合は、マッスル・ショールズのサウンドを求めてというより、人知れずレコーディング出来る小さなスタジオを探した結果、ここにたどり着いたそうですけどね。でもそこに、不思議な引力というか、運命的なものを感じさせられますよね。ストーンズはここでの録音で、真の南部臭を纏い、それを原動力に70年代の黄金時代へ突き進んだのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/37/6ece76f45b9f525071abcc00a371daca.jpg)
Muscle Shoals Has Got The Swampers
こちらは、昨年リリースされた、スワンパーズの未発表音源集。69年から70年代末頃まで、アラバマ州シェフィールドはジャクソン・ハイウェイ3614番地に居を構えたMUSCLE SHOALS SOUND STUDIOでの録音を中心に、90年代の録音も含まれています。ちなみに、MUSCLE SHOALS SOUND STUDIO は、79年にアラバマ・アベニュー1000へ引っ越しています。ファンキーなその名も「Swampers」に始まり、ロックンロール、サザン・バラード、AOR風から長尺ジャズまで、流石にスタジオミュージシャンらしい職人肌を感じさせつつ、南部グルーヴに溢れたご機嫌なインストアルバムです。ちなみにタイトルの「Muscle Shoals Has Got The Swampers」は、レイナード・スキナードが「Sweet Home Alabama」の歌詞にスワンパーズを織り込んだ有名な一説から。写真の右端がジミー・ジョンソン。これ聴いてると、そのふくよかなグルーヴが、マッスルショールズの旅へと連れてってくれるようです。
ジミー・ジョンソンさん、安らかに。