日々雑感

最近よく寝るが、寝ると言っても熟睡しているわけではない。最近の趣味はその間頭に浮かぶことを文章にまとめることである。

オリンピックの行き過ぎた商業主義

2023年12月20日 10時18分12秒 | 日々雑感
 2026年の冬季オリンピックは、イタリアのミラノとコルティナ・ダンペッツォの2都市での共催予定である。また、国際オリンピック委員会(IOC)は、2030年はフランスのアルプス地域に、2034年はアメリカのソルトレークシティーにそれぞれ一本化することを決めており、2038年大会についてもスイスと優先的に話を進めるとしたことから、札幌市が目指してきた大会の招致の芽は当面無くなった。札幌市は当初2034年の開催を目指していたが、2021年夏に行われた東京大会の汚職・談合事件の影響で地元の支持が伸びず、開催経費増大への不安も払拭できず、IOCから見放され蚊帳の外に置かれた。

 2021年の不祥事とは、東京五輪組織委員会の元理事が、大会スポンサー企業から賄賂を受け取ったとして、2022年8月17日に東京地検特捜部に逮捕されたことである。事件は、複数のスポンサー企業や大手広告会社に広がり、テスト大会を巡る談合事件も発覚した。更に五輪に関わる不祥事は1998年の長野冬季五輪でも、IOCの招致段階における不正疑惑や日本側による過剰接待疑惑問題が取り沙汰された。詳細は闇の中に葬られたが国民の間にはオリンピック開催意義に対する疑問が拡がった。

 さて、夏季五輪は東京に引き続き、2024年のパリ、2028年のロスアンジェルス、2032年にはオーストラリアのブリスベンと決まっているが、五輪の魅力の一つに初めて行われる国での開催はその国の特有の文化まで知る所となり魅力的であったが、その魅力は当面失われてしまった。クーベルタン男爵が唱えたオリンピックの開催意義は、その特徴としては、まず「平和の祭典」であることが挙げられる。クーベルタンは「スポーツを通じて平和な世界の実現に寄与する」ことをオリンピックの目的に掲げており、初めての国の開催は人類の多様性を知らしめることにも大いに役立った。2036年の開催地は未定とのことだが、インドネシアの首都ジャカルタやトルコのイスタンブール等が立候補を予定しているようで楽しみだ。

 五輪は近年、アマチュアアスリートの祭典から商業主義容認に変質し、テレビ局や広告代理店、大手スポンサーのカネがモノ言う世界となってしまった。スポーツの世界的な大会はオリンピックに拘わらず、世界選手権やワールドカップと称する大会がどのスポーツでもある。オリンピックは主たる種目が同地域、同時期に開催されることが唯一の特徴であるが、観客の目を引くように華やかさや派手な演出が目を引く。このため開催には金がかかり、また関係者に多大な金が入るため、招致には莫大な金が動くようだ。前述の不祥事も商業主義のなれの果てである。バッハ会長自身もカネまみれのIOCの代表者として「ぼったくり男爵」と揶揄されている。

 現在来年のオリンピック参加候補となることを目的に様々な種目が行われ、選手もオリンピックで世界一になることを目的とする選手がほとんどであるが、これも商業主義の影響であろう。2023.12.20(犬賀 大好ー969)


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