白水社は、フランス思想やフランス文学の専門出版社といっていいのだろう。文庫クセジュ〈Que sais je? 私は、何を知っているのか?〉は結構読ませてもらった。
そして、メルロ=ポンティ。
中沢新一と國分功一郎「哲学の自然」の最後のほうに、久しぶりに、この名前が出てきて、実は、枕もとの読むべき本を重ねた中に、この本があったので、手に取ったというところ。
思い起こせば、私は、大学の卒論が、一応、サルトルで、とはいっても、原著にあたることなど思いもよらず、「存在と無」とか「想像力とは何か」など、人文書院の翻訳でごまかして、当時、優良可の可でなんとか、通してもらったみたいな話なのだが、当然、モーリス・メルロ=ポンティの名前は知っているわけで、むしろ、サルトルよりも、玄人受けは良かったのではなかろうかみたいなことで、ぜひとも、「知覚の現象学」などは、読みたい、読んでみたいと思い続けていた。ここしばらくは、ほとんど名前を聴くこともなく忘れかけてもいたが、相変わらず、私の読むべき本のリストには入っているという存在ではある。
最近、さる方から、中央大学理工学部のフランス語の教授であらせられる加賀野井秀一氏の著作をいただいており、そのなかに、この一冊があったというわけだ。
氏の語るメルロ=ポンティの魅力とは
「たしかにかれは現象学、実存主義、構造主義に、それぞれ絶大なる影響を及ぼしてきた。あるいはまた、知覚論、身体論、存在論、さらには言語論や絵画論にまでも、画期的な発想をもたらしている。」(序 5ページ)
というだけでは足りず、
「ひょっとすると私は、この四〇年間、メルロ=ポンティの中心にあるこうした『無限に単純なもの』をめぐって堂々巡りをくり返し、それをしも『魅力』と呼びながら、ついに彼の哲学の核心に辿りつけないでいるのかもしれないのだ。」(7ページ)
氏のメルロ=ポンティにたいする愛は明らかであるようだ。
わたしも、その愛を、氏とともにする、と言えそうなところであるが、残念ながら、いまだ、読めないでいるわけだ。
さて、メルロ=ポンティがどんなことを言っているのかといえば、
「事物そのものへとたち帰るとは、認識がいつもそれについて語っているあの認識以前の世界へとたち帰ることであって、一切の科学的規定は、この世界にたいしては抽象的・記号的・従属的でしかなく、それはあたかも、森とか草原とか川とかがどういうものかをわれわれにはじめて教えてくれた風景にたいして、地理学がそうであるのと同じことである。」(9ページ メルロ=ポンティ自身の「知覚の現象学」からの孫引き)
これは、デカルトの影響というのが、かなり大きいということを物語る文章だ。哲学の世界では言うまでもなく、科学全般、さらには、西洋文明、すなわち、現在の世界の在り様に関して、デカルトの影響というのは計り知れない。
デカルトの懐疑主義、あらゆることを疑って、最後に、疑っているわたしのこの意識の存在自体は疑えないとして、その一点からすべてを、世界を再構築しよう、説明しなおそうとする合理主義、観念論。「我思う故に我在り」(cogito ergo sum コギト・エルゴ・スム)、デカルトの言葉としてあまりにも有名なこのラテン語の一句。
「一切の科学的規定は、この世界にたいして抽象的・記号的・従属的でしかな」いといっているのは、実は、改めて言うまでもない当たり前のことだ。日常を生きているわれわれにとって、ごく普通のことでしかない。日々この目で風景を眺めていれば、「森とか草原とか川とかがどういうものか」分からないはずはない。
ただ、それをひとに分かるように言葉で説明しようとすると、そう簡単ではなかったりする。そういうとき、地理学を学べば、「川ってこいういうものですよ」と、川の概念、川の観念について説明はしやすくなるとは言える。
実際のところ、デカルトの懐疑とは、方法的懐疑、ひとつの考える手段としての懐疑であって、まわりの世界や自分の肉体の存在をほんとうに疑っているわけではない。「我思う」から始まって、合理的に説明を組み立てて、私の肉体が存在し始めたり、世界が存在し始めたるするわけではない。観念から存在が作られるわけではない。それは話があべこべである。むしろ世界が存在するから私が存在し、私の肉体が存在するから意識、観念も存在するのである。(実は、人間が作る「道具」は、観念から作られると言って間違いではないものの例とはなる。)
しかし、懐疑することは大切なことである。あらゆる自然物の在り様とか、人間社会のさまざまな在り様を疑う。さまざまな慣習は妥当なことか?いろいろなルールは時代遅れんなっていないか?疑ってみることは必要なことである。
デカルトは、徹底的に疑った。意識と肉体の結びつきも疑った。疑ってみると、この意識がこの肉体と結びついていることの説明が難しくなった。脳の一番奥の松果体こそが意識の場所だとか、奇妙な論理を発明したりした。
まあ、どちらにしろ、肉体と意識とが、まったく別のものであるみたいな話になって、デカルト以降の哲学者はみんな困ったというわけだ。
いや、別のものと考えることで、科学的な思考は進歩したのではあるので、この方法的な懐疑というのは、非常に意味のある、役に立つものでもあったのだが。
で、上の引用箇所は、そういうデカルト的な意識と肉体の乖離、人間の意識と自然の物質の乖離という巨大な問題がずっと存在し続けていることが前提となって、あえて「事物そのものへたち帰る」と語り始めるということになるわけだ。
しかし、デカルト以降の哲学というのは、精神と肉体、精神と物体の二元論を絶対化して、実際にはありもしない問題をでっち上げ、懸命にそれを解こうとしてきた、と言えなくもない。
ごく普通の日常のものの見方、常識的な見方さえ身に着けていれば、あえて、西洋の哲学など学ぶ必要はない、と言えなくもない。デカルト、カント、ヘーゲル(そう、あのヘーゲル!)、ハイデガーなど、訳のわからない難しい議論を読む必要などない、と言える。
実際、そうなんだろうと思う。
ところが、しかし、ごく普通のものの見方、考え方というのも、実はそんな簡単なものではない。常識的に思いこんでいることが、間違いがないということでもない。
加賀野井氏によれば、「『哲学とは、世界を見ることを学び直すことである』というのは、誰もが知るメルロ=ポンティの名言」(14ページ)であるのだそうだ。
私も、まったくその通りだと思う。(ただ、今のところカントとヘーゲルは、読む予定に入っていない。ハイデガーも、高校生の時と大学生になってから苦労して読みとおした「存在と時間」以外は、読む予定に入ってこない。ただ、デカルトの「方法序説」と「省察」はそのうちに読んでみたいと思っている。で、メルロ=ポンティ自体はどうかというと、まあ、当面は、この加賀野井氏の著作でよしとしようか、様子を見よう、というところ。)
ところで、この本の最後に、三好達治の有名な詩が引用されている。メルロ=ポンティにとっての母について、氏は、いささかのページを割いて述べられていることの文脈においての引用で、上に述べてきたこととは直接のつながりはないが。フランス語と日本語の海と母についての奇妙な反転した一致というか、よく引き合いに出されることばだ。
「それにしても、メルロ=ポンティがあの三好達治の『郷愁』という詩を知っていたら、どうであっただろうか。
海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がいる
そして、母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある」(296ページ)
フランス語で、海は、la mer、母は、la mere である。
さらに、このあと、フリージアの花のことを、加賀野井氏は書いて本はお終いとなる。「かつてメルロ=ポンティの命日に、彼の墓のうえに飾られていた花である。」と。フリージアと言えば、熊谷武雄。気仙沼市新月二十一に生涯を送った歌人の歌に、その花を詠んだものがあったというのは、また、さらに文脈を離れた話題である。
そして、メルロ=ポンティ。
中沢新一と國分功一郎「哲学の自然」の最後のほうに、久しぶりに、この名前が出てきて、実は、枕もとの読むべき本を重ねた中に、この本があったので、手に取ったというところ。
思い起こせば、私は、大学の卒論が、一応、サルトルで、とはいっても、原著にあたることなど思いもよらず、「存在と無」とか「想像力とは何か」など、人文書院の翻訳でごまかして、当時、優良可の可でなんとか、通してもらったみたいな話なのだが、当然、モーリス・メルロ=ポンティの名前は知っているわけで、むしろ、サルトルよりも、玄人受けは良かったのではなかろうかみたいなことで、ぜひとも、「知覚の現象学」などは、読みたい、読んでみたいと思い続けていた。ここしばらくは、ほとんど名前を聴くこともなく忘れかけてもいたが、相変わらず、私の読むべき本のリストには入っているという存在ではある。
最近、さる方から、中央大学理工学部のフランス語の教授であらせられる加賀野井秀一氏の著作をいただいており、そのなかに、この一冊があったというわけだ。
氏の語るメルロ=ポンティの魅力とは
「たしかにかれは現象学、実存主義、構造主義に、それぞれ絶大なる影響を及ぼしてきた。あるいはまた、知覚論、身体論、存在論、さらには言語論や絵画論にまでも、画期的な発想をもたらしている。」(序 5ページ)
というだけでは足りず、
「ひょっとすると私は、この四〇年間、メルロ=ポンティの中心にあるこうした『無限に単純なもの』をめぐって堂々巡りをくり返し、それをしも『魅力』と呼びながら、ついに彼の哲学の核心に辿りつけないでいるのかもしれないのだ。」(7ページ)
氏のメルロ=ポンティにたいする愛は明らかであるようだ。
わたしも、その愛を、氏とともにする、と言えそうなところであるが、残念ながら、いまだ、読めないでいるわけだ。
さて、メルロ=ポンティがどんなことを言っているのかといえば、
「事物そのものへとたち帰るとは、認識がいつもそれについて語っているあの認識以前の世界へとたち帰ることであって、一切の科学的規定は、この世界にたいしては抽象的・記号的・従属的でしかなく、それはあたかも、森とか草原とか川とかがどういうものかをわれわれにはじめて教えてくれた風景にたいして、地理学がそうであるのと同じことである。」(9ページ メルロ=ポンティ自身の「知覚の現象学」からの孫引き)
これは、デカルトの影響というのが、かなり大きいということを物語る文章だ。哲学の世界では言うまでもなく、科学全般、さらには、西洋文明、すなわち、現在の世界の在り様に関して、デカルトの影響というのは計り知れない。
デカルトの懐疑主義、あらゆることを疑って、最後に、疑っているわたしのこの意識の存在自体は疑えないとして、その一点からすべてを、世界を再構築しよう、説明しなおそうとする合理主義、観念論。「我思う故に我在り」(cogito ergo sum コギト・エルゴ・スム)、デカルトの言葉としてあまりにも有名なこのラテン語の一句。
「一切の科学的規定は、この世界にたいして抽象的・記号的・従属的でしかな」いといっているのは、実は、改めて言うまでもない当たり前のことだ。日常を生きているわれわれにとって、ごく普通のことでしかない。日々この目で風景を眺めていれば、「森とか草原とか川とかがどういうものか」分からないはずはない。
ただ、それをひとに分かるように言葉で説明しようとすると、そう簡単ではなかったりする。そういうとき、地理学を学べば、「川ってこいういうものですよ」と、川の概念、川の観念について説明はしやすくなるとは言える。
実際のところ、デカルトの懐疑とは、方法的懐疑、ひとつの考える手段としての懐疑であって、まわりの世界や自分の肉体の存在をほんとうに疑っているわけではない。「我思う」から始まって、合理的に説明を組み立てて、私の肉体が存在し始めたり、世界が存在し始めたるするわけではない。観念から存在が作られるわけではない。それは話があべこべである。むしろ世界が存在するから私が存在し、私の肉体が存在するから意識、観念も存在するのである。(実は、人間が作る「道具」は、観念から作られると言って間違いではないものの例とはなる。)
しかし、懐疑することは大切なことである。あらゆる自然物の在り様とか、人間社会のさまざまな在り様を疑う。さまざまな慣習は妥当なことか?いろいろなルールは時代遅れんなっていないか?疑ってみることは必要なことである。
デカルトは、徹底的に疑った。意識と肉体の結びつきも疑った。疑ってみると、この意識がこの肉体と結びついていることの説明が難しくなった。脳の一番奥の松果体こそが意識の場所だとか、奇妙な論理を発明したりした。
まあ、どちらにしろ、肉体と意識とが、まったく別のものであるみたいな話になって、デカルト以降の哲学者はみんな困ったというわけだ。
いや、別のものと考えることで、科学的な思考は進歩したのではあるので、この方法的な懐疑というのは、非常に意味のある、役に立つものでもあったのだが。
で、上の引用箇所は、そういうデカルト的な意識と肉体の乖離、人間の意識と自然の物質の乖離という巨大な問題がずっと存在し続けていることが前提となって、あえて「事物そのものへたち帰る」と語り始めるということになるわけだ。
しかし、デカルト以降の哲学というのは、精神と肉体、精神と物体の二元論を絶対化して、実際にはありもしない問題をでっち上げ、懸命にそれを解こうとしてきた、と言えなくもない。
ごく普通の日常のものの見方、常識的な見方さえ身に着けていれば、あえて、西洋の哲学など学ぶ必要はない、と言えなくもない。デカルト、カント、ヘーゲル(そう、あのヘーゲル!)、ハイデガーなど、訳のわからない難しい議論を読む必要などない、と言える。
実際、そうなんだろうと思う。
ところが、しかし、ごく普通のものの見方、考え方というのも、実はそんな簡単なものではない。常識的に思いこんでいることが、間違いがないということでもない。
加賀野井氏によれば、「『哲学とは、世界を見ることを学び直すことである』というのは、誰もが知るメルロ=ポンティの名言」(14ページ)であるのだそうだ。
私も、まったくその通りだと思う。(ただ、今のところカントとヘーゲルは、読む予定に入っていない。ハイデガーも、高校生の時と大学生になってから苦労して読みとおした「存在と時間」以外は、読む予定に入ってこない。ただ、デカルトの「方法序説」と「省察」はそのうちに読んでみたいと思っている。で、メルロ=ポンティ自体はどうかというと、まあ、当面は、この加賀野井氏の著作でよしとしようか、様子を見よう、というところ。)
ところで、この本の最後に、三好達治の有名な詩が引用されている。メルロ=ポンティにとっての母について、氏は、いささかのページを割いて述べられていることの文脈においての引用で、上に述べてきたこととは直接のつながりはないが。フランス語と日本語の海と母についての奇妙な反転した一致というか、よく引き合いに出されることばだ。
「それにしても、メルロ=ポンティがあの三好達治の『郷愁』という詩を知っていたら、どうであっただろうか。
海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がいる
そして、母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある」(296ページ)
フランス語で、海は、la mer、母は、la mere である。
さらに、このあと、フリージアの花のことを、加賀野井氏は書いて本はお終いとなる。「かつてメルロ=ポンティの命日に、彼の墓のうえに飾られていた花である。」と。フリージアと言えば、熊谷武雄。気仙沼市新月二十一に生涯を送った歌人の歌に、その花を詠んだものがあったというのは、また、さらに文脈を離れた話題である。
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