代官山で、朝食にパンケーキを食べるなどという、きょうび典型的な振る舞いをしてしまって楽しかった。
朝、ホテルの中とか、近くのチェーン店のカフェで、というのはパスして、代官山に行くつもりだったので、朝食は行ってから何か食べようと、渋谷から東横線に乗り換えて、代官山の駅に降りた。何十年振りかで来たが、相変わらず小さな駅だ。
駅降りてすぐの、明るいパステルの色使いのカフェが、9時にもならないというのにずいぶんとひとが並んでいて、立て看を見ると案の定パンケーキ。(後で聞いたら、何かサンリオのキャラクターとタイアップした企画だとかで、ふだん、代官山には来ない層が集まっているのだとか。)ここで、行列に並ぶのはぞっとしないし、どうも、雰囲気が違う。こんなカワイイ感じのところは、ぼくらにはそぐわない。年だしね。
実は、ちょっと店を探していた。駅の周りは、細い道ばかり。大通りはない。一本の道を進んでいくと、ちょっとした通りに出て、歩道橋の向こうに交番があるようだ。
「ああ、その店なら、ここをあの信号の向こうまで進んで右側ですよ。」と親切なお巡りさんが教えてくれる。
ちょっと歩いていくと、横断歩道を渡った向こうに、ニューヨーク・チーズケーキの店、とか書いてある店がある。英語で。白くて、余計な装飾のないモダンな店である。朝の時間帯は、パンケーキのセットも提供すると。京都の老舗菓子店の娘で、ニューヨークで修行してきたパティシエの店らしい。
まあ、まずは朝食、と、数段の木の階段を上がり、裏側に回り込んだ入り口から、妻と店に入る。建物の中だが、店の外の疑似テラス席に、2人の小さな子どもを連れた家族連れが座っている。ガラスのドアを押して入ると、他に客はいない。僕らが、店内に席を取るこの日最初の客である。全面ガラス張りの窓際の席に座ってメニューをチェックする。
妻は、サワークリームとブラックカシスか何か、私は、何とか言うチーズ入りのパンケーキを注文する。
「15分ほどかかりますよ」
ふむ、大丈夫。あ、コーヒーは最初に貰おうかな。
時間はたっぷりある。最近は、そんなに遅くまで眠り続けることができなくなって、それなりに早い時間に一度は目覚める。この日も、決して早い時間とは言えないが、起きだして、しかも、朝食まえにこちらに移動している。
先にコーヒーが出てくる。ちょっと泡立ったエスプレッソ系。まあまあ。
さっき注文をとった男子の店員が(これもパティシエなのかもしれない。)丁寧に時間をかけて、フライパンで焼きあげているようだ。予告通り、15分ほどして、焼き上がったパンケーキを運んでくる。
続けて二つ目を運んできた女性の店員が(これもパティシエらしく、さきほどはチーズケーキを切り分けてなにやら作業をしていた。)
「シロップは、上にかけずにつけてお召し上がりください。」
「あ、美味しい」と妻。まるくふわりとふくらんでこうばしく柔らかい。
ショーケースの上に、2種のスコーンとさくっと厚いビスケット(固い市販のビスケットではなく、口にするとさくっと割れてほろっととける、熱くして食べるタイプのもの)が皿に盛ってあり、冷蔵のケースの中には、数種のアップルパイやニューヨークスタイルのチーズケーキなど。
パンケーキだけでは、量が物足りないので、ビスケットとシナモン・アップルパイを追加する。アップルパイは、透き通って飴色になっているのではなく、白いまま。一見、アップルパイには見えない。口にするとフレッシュな酸味があって、しかも、程よく甘い。
ビスケットは、温められ、口にするとさくっと割れてほろっと溶ける。
待っている間に入ってきたもうひと組のカップルは、髪を後ろで結んだひげの男とモデル風の女性。男は、コーヒーを飲み、女はパンケーキを食する。
代官山で、朝食にパンケーキを食する。なんという典型的な振る舞い。ふ、ふ。ぼくは笑った。もちろん、おしゃれしたその女のことではない。
こういう朝は、幸福な朝、人生でもそんなに数多く経験できる朝ではない。
妻と店を出て、お目当ての書店を目指した。お巡りさんの案内はもちろん覚えているが、間違えてひとつ手前の角を曲がって、少し坂を下った。左折して、ちょっと遠回りして裏側から店を見つけた。スターバックスの看板が目に入った。
書店は賑わっていた。多くの客が、本を選び、ソファに腰掛けくつろいでいた。コーヒーを飲みながら、また、コーヒーを注文せずに。木の色合いを活かしたシックな内装で、万年筆など文房具や、各地の名産品も置いてあるが、もちろん、派手な安っぽい飾りつけは排除されている。店の雰囲気になじむ限りでレイアウトされている。
1階のスタバは込み合っていたが、2階のカフェレストランは閑散としていた。おしゃれなメニューが数種置いてあるが、少し割高だ。(そして、たぶん、そんなに満腹にはならない。)
書店は、代官山に馴染むように気を配って設計されたようだ。代官山に来る人々に支持されるように気を配って内装や商品を創り上げた。それは成功しているように見える。
代官山に合わせて、代官山の空気に沿うように、この書店は造られた。間違ってならないのは、この書店が、代官山のイメージを創り上げたわけではないということだ。おっと、ここで、この書店について、批判しても詮無いことであった。
息子の誕生日の、ささやかなプレゼントにと、妻は、シックな、万年筆風のボールペンと、BGMに流れていたフランス語でシャンソン風に歌われた「見上げてごらん夜の星を」の入ったCDを買い求めた。CD売り場のレジにいた店員は、人文書のエリアで流れていたBGMという注文に、すぐに親切に対応して、調べてくれた。「有難うございました」と妻は言った。もちろん、女性の店員も「いえ、こちらこそ、有難うございました。」と応対する。
駅前に戻り、駅のすぐ向かいに駐車した軽ワゴンのコーヒーショップで、エスプレッソを二つ注文した。店の若い男に勧められてブラウン・シュガーを少し入れて飲んだ。オーガニックなコーヒーだと紙に書いて置いてある。別の紙には、何かのNPOが提唱する、会話を交わしながらコーヒーを提供する店だと英語と日本語で書いてある。
向いの店のパンケーキは評判なのかと聞くと、「ああ、サンリオのキャラクターとタイアップして、それが好評みたいですね。本当は先月いっぱいで終了のはずだったのが、延長されてるみたいです。普段は、代官山には来ないような層が、ずいぶん来てるみたいですね。」
エスプレッソは美味しかった。妻も満足したようだった。
ところで、エスプレッソには、少量の砂糖を入れよというのは、ぼくは、気仙沼の市立病院下の「カフェ・ラ・テ」で教えられた。クレープと焼き菓子の美味しい店だ。若い店主が、エスプレッソも研究したらしい。
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