内湾を見おろすヒルトップ・カフェの窓際に座った若い男と女は、コーヒーカップに手を触れながら、着岸しようとするカーフェリーの滑るような動きに目をとめている。
カウンターの川下は、そちらを見ないようにして、隣の山向に問いかける。
――あの二人は、結婚しようとかしないとか言ってるんでしょうかね。
――さあな、分からないな。
――男の両親と一緒に住むとか住まないとか。
――さあな、どうだろうな。
――女の両親は、相手を気に入らないとか、まあまあ、許容範囲だとか、喜んでとか、どうなんだろう。
――まあ、そのうちのどれかではあるだろうな。
――それまで育ってきた環境とまったく違う環境の中に飛び込んでいく。
――確かに。
――女の側がそうだとは決めつけられないか。男が、女の両親の家に同居するのかもしれない。
――ああ、そうだな。
山向は、空になったコーヒーカップを弄びながら、もう一杯注文すべきかどうか、ちょっと考えた。
(そらのコップという詩があったな。小さな子どもがねえ、そらのコップってどんなコップ?と両親に問いかける。え?と子どもの方を見ると、絵本を読んでいて、そこに「空のコップを準備してください」みたいなことが書いてある、というような詩。確か、石津ちひろの詩集にあった。)
――あ、コーヒー、もうひとつ。
――あ、ぼくも。お願いしようかな。
――はいよ。
――家族っていうのは、最小限の共同体でしょ。
――そうだな。
――そこに異物が入り込む。軋轢が生じて当然だよね。
――ふむ。
窓際の席の窓の向こうには、この日は青い空が広がっていた。白い雲が、数片、ぽっかりと浮かんでいた。対岸の安~山が、深い緑に少し、沈み込んで見える。
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