昨日は映画の「笑う警官」についてお伝えしました。
そして、もしかしたら、「早速、見に行こうかな?」などと申し上げましたが、終了時間が20時くらいになってしまうため、断念しました。
でも、是非、見に行きたいと思っています。
ところで、映画の代わりに何をしたかといいますと、久しぶりに「カラオケ」にいってきました。
もちろん、かみさん同伴でしたが、小生の美声を聞いてくれるのがかみさんだけなのは寂しい限りです。
皆さんに「贅沢を言うな!」と叱られそうですね。何を歌たっか?昨日のブログで詩を紹介した谷村新司の「昴」です。
難しい歌ですが、壮大な宇宙になぞらえて人生を歌っていると感じるのは小生だけでしょうか?
他に唄った曲は「布施昭」さんの「シクラメンの香り」「霧の摩周湖」などですが、布施さんの曲も難しくてカラオケではあまり唄われていないのではないでしょうか?
「お前ののどはどの程度なんだ?」と聞かれそうですが、機械の採点では最高で89点でした。本人としては不満もありますが、実力は「こんなもの」なのだと思います。
ところで、今日のタイトルの帝王切開ですが、前に竹内均先生の「頭にやさしい雑学読本」から「圧力釜」についてお伝えしました。
この本は、本当に面白くて、知らぬ間にページをめくってしまいますが、「帝王切開」の帝王とは誰のことなのか、また、どうして帝王切開というのか不思議でなりませんでした。
それ意味がこの本にでていましたので、紹介したいと思います。
「逆子や胎児の頭が骨盤より大きい場合に行われる帝王切開は、今ではさほど難しい手術ではなくなりました。しかし、その昔は、お産中に母親が死んだ場合に、やむなく開腹して胎児を救うという決定的な手術だったのです。
こうした帝王切開の起源は古く、紀元前3世紀の古代エジプトでの記録が残っていますし、ローマ帝国では、どのような場合に帝王切開をすべきかを法で定めていました。
ところで、帝王切開の『帝王』とは、どういう意味なのでしょうか。
帝王切開は、ラテン語で『secitio caesarea』といいます。『 caesarea』とは、切る、切り刻むという意味なのですが、ドイツ語に訳すときに、これを『caesar』、つまりローマ帝王ジュリアス・シーザーと誤訳してしまったのです。この誤訳が、今日でも使われ続けているということなのです。」
イヤー、驚きですね。帝王切開が紀元前から行われていたなんて信じられますか。
そして、「切る」とか「切り刻む」という意味の『 caesarea』が誤訳のまま今日まで使われているというです。
小生は、帝王の奥さんに行われていた切開手術の名残だと思っていました。
今日は「帝王切開」についてでしたが、ほかにも「ちょっと意外ないい話」が沢山ありますので、追々お伝えしたいと思います。
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