mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

情熱の国スペインの旅行記8:バルセロナのグエル公園

2010年10月07日 | 旅行記

 2008年の8月に観光したスペインの旅行記を書き始めまいた。

 もう2年以上前になりますから、忘れてしまったことも多く、また、勉強不足もありすが、おかしく楽しいスペイン旅情のようなものが書ければ、こんな幸せなことはないと思っています。

 ところで、今朝、新聞を見て驚いてしまいました。そうです。ノーベル賞受賞のニュースです。最近は、暗いニュースばかりで「かりかり」きたり、気が滅入ったりしていますが、日本人の能力の高さが世界的規模で評価されるという明るいニュースに接しますと本当に嬉しく、誇らしいものです。

 話がとんでもないところへ飛んでしまいました。スペイン旅行記に戻していただいて、現在、旅行2日目の最初に見学した「サグラダ・ファミリア」をレポートしています。

 この教会の設計・建設を進めたのがガウディであることはあまりにも有名で、小生なども名前だけは知っていました。

 彼の代表作ともいえるサグラダ・ファミリアですが、そのほかにもいくつかの建築物が彼の作品として紹介されています。

 私たちの旅行でも、サグラダ・ファミリアの次に訪問したところが彼の作品であるグエル公園でした。

 でも、小生は、旅行記にも書いたとおり、入り口付近と階段のドラゴンなどを除いて「ちょっとガッカリ」という印象を持ってしまいました。

 参考書などによると、

 「眼下にバルセロナ市街が広がる小高い丘に、1900年から1914年にかけて建設された公園。元はイギリス風庭園住宅を造る予定だったが、60区画ほど造成さてた宅地は2戸しか売れず、計画は失敗に終わる。その後、市に寄贈されて公園になった。園内はガウディ作品の特徴である粉砕タイルで装飾されて、遊歩道や広場などには柔らかな曲線を多用。まるでおとぎの国ような雰囲気だ。」

 などと説明されていますが、小生の実感とは「だいぶ違うな!」と思います。

 確かに、階段にあるドラゴン像や、廊下のようになっている柱廊の傾いた支柱などは、遊び心がありますので、面白いと思うのですが・・・。

 また、その上にある広場には、色とりどりのベンチが並んでいて、そこからの望む市街地や地中海が美しいのかも知れません。でも、小生には、ここが単に広いグランドのようで何にもない!と強く感じてしまったのです。

 暑さが厳しく、日陰がないこの場所を早く退散したいという気持が、そのように感じさせたのかも知れませんが・・・。少々「ガッカリ」したものです。

 次にバルセロナを訪問したときには、その良さを「たっぷり」味わいたいものです。

 


映画「13人の刺客」の感想

2010年10月06日 | 映画

 先日、ワーナマイカルで「13人の刺客」を見てきました。

 少数の腕の立つ人間が、立場の弱い人々(農民など)を助けるために武装・戦闘して助けるような映画を見たことがありますが、この13人の映画では、助けられる人間は間接的でした。

 生来の残虐な性格から民衆に不条理な殺戮を繰り返す暴君が幕府の大老になるという設定で、国の存亡にかかわると判断した時の大老・土井(平幹二郎)は、この暴君を暗殺するよう、お目付役・島田新左衛門(役所広司)に命を下します。

 というのがこの映画の背景にあるのですが、時代は江戸時代の末期で、明治維新が目の前に迫っています。そして、はじめにいきなり、切腹の画面がでてきます。

 その暴君、明石藩主松平斉韶(稲垣吾郎)の暴君ぶりを老中・土井に訴えるため土井家の門前で明石藩江戸家老間宮(内野聖陽)が切腹したのです。

 明石藩主松平斉韶は、将軍・家慶の弟だというのですから、これを打開するのは暗殺しかなかったということです。

 そして、映画は、その密命を受けた新左衛門が刺客集めに奔走するところにうつります。

 集まった刺客は、お目付役組頭(新左衛門の部下)・倉永(松方弘樹)、剣豪浪人・平山(伊原剛志)、新左衛門の甥・新六郎(山田孝之)など11人の強者が新左衛門のところに集まります。

 暗殺計画は極秘裏にすすめられていましたが、かって新左衛門と険の同門であった松平斉韶の腹心(御用人)鬼頭半兵衛(市村正親)は、その情報をつかみ新左衛門との謀略戦が始まります。

 そして、新左衛門は、斉韶を襲うのは、江戸から明石への参勤交代の帰国の道中しかないと判断し、襲撃場所を交通の要衝、落合宿と決めます。

 落合宿に誘い込むため、かって自分の息子と嫁を斉韶に殺された尾張藩の牧野(松本幸四郎)に計画をうち明けて協力を求めます。

 そして、刺客たちは、大勢の明石藩を迎え撃つため落合宿を要塞化します。この道中、山の中で道に迷っているところを木賀小弥太(伊勢谷友介)に出会い、彼もこの計画に加わり、総勢13人の刺客が揃います。

 こうして要塞化した落合宿で明石藩を待ちますが、待てど暮らせどやってきません。もしかしたら、ここ(落合宿)を通らない?と疑心暗鬼になりますが、新左衛門は、みんなの意見を抑えて「来るのを待つ」ことにします。

 そして、この戦いに備えて鬼頭は200騎以上を揃えてやってきます。

 さぁ、戦いの始まりです。まず、明石藩の退路を断つために橋が爆破されます。

 そして、13人は要塞から弓矢を雨霰と射抜くのですが、それで勝負は決しません。

  この戦の「ちゃんちゃんばらばら」などの様子と最後がどうなるのか?それは映画館でお楽しみください。

 それにしても、あのような悪役を演じていた稲垣吾郎を始め、豪華メンバーがそれぞれ好演していたと思います。

 十分に楽しめる日本映画でした。


よくわからない?相対性理論

2010年10月05日 | 本と雑誌

 本棚を眺めていましたら、「相対性理論」に関する本が2冊並んでいました。

 どうしてこんな難しい本を買ったのかな?と思ったのですが、本の名前を見て納得しました。

 一つは「相対性理論なるほどゼミナール、科学オンチ版(日本実業出版社、著者:石原藤夫氏、金子隆一氏)」で、もう一冊は「相対性理論を楽しむ本、よくわかるアインシュタインの不思議な世界(PHP文庫、監督者:佐藤勝彦氏)です。

 赤字で書いたように、この2冊は相対性理論のことなど何にも知らない人のために書かれた本だということです。

 それにしても、こういう本をよく買ったな!と自分でも感心してしまいます。仕事は、誰でもできる事務系の仕事でしたから、仕事とは何の関係もなかったのに、この手の本を買う、というのは自分でも不思議な気がします。きっと、何にでも興味を持っていて、「相対性理論」のイロハくらいは知識として吸収したかったのでしょうね。

 でも、当然のことながら最初だけ読んで「チンプンカンプン」だったものですから書棚に眠っていました。

 それを今頃になって(頭が固くなっているはずで、購入した当時よりも理解できないはず)読み直そうと考えているのですから、小生もまだ、若い!ということでしょうか?

 そんなことより、最初のページを見ただけで、またもや放り投げてしまう!?

 まぁ、その可能性は否定しませんが、オンチ版の表紙の裏に書いてある言葉だけでも皆さんに紹介します。

 「相対性理論って、なんとなくとっつきにくいんだけど・・・・・・」

 「そうだねェ。いかにもむずかしそうだけど、その発想や考え方は、だれにもわかるかんたんなものなんだ。思いこみをすてて、想像力を飛ばせば、だれだって理解できるヨ」

 「時間がのびたり、長さがちぢんだり、空間が曲がったり・・・・・ほんとうにそんなことがあるの?信じられないなー」

 「ようく読めば、それがほんとだって納得できるし、実際、素粒子の世界や宇宙観測でたしかめられ、応用されてもいるんだ」

 「でも理解するには、数学の知識が必要なんでしょう?」

 「そんなことはない。アインシュタインでも頭のなかで考えるときは数式なんかつかわないって言ってるヨ。」

 「それで安心した。今度こそ相対性理論に挑戦してみよう」

 となっています。この会話から小生のような数学が大の苦手な人間でも「何とか理解できるかな?」と淡い期待を抱くのですが・・・・

 結果がどうなったか、後で追求しないでくださいね。

 今日は、アインシュタインの相対性理論の本についてお伝えしました。


サグラダ・ファミリアのファザードがわからない!

2010年10月04日 | 旅行記

 先日もお知らせしましたように、「mugifumi夫婦の海外旅行」に「情熱の国スペイン8日間」の旅行記を掲載し始めました。

 現在、3ページ目(旅行日2日目)の作業が終わったところですが、なかなか思うように進んでいません。

 「今回は、HPの原稿がスムーズにかけるよう事前にスペインの歴史を勉強しよう!」と訪問したその日の夕方に「メモ」を作ったはずですが、時間がたったこともあり、どんなところだったのかを説明するのに四苦八苦しています。

 旅行日2日目は、バルセロナでまず、聖家族教会を見学しました。

 私たちは、サグラダ・ファミリアといってますが、正式には聖家族贖罪教会というらしですね。

 小生のホームページを引用しますと、ここを次のように述べています。

 「この教会を造ったのは、皆さま、ご存じのあのアントニ(オ?)・ガウディですが、残念ながら1926年に交通事故で亡くなってしまいました。(1882年にフランシスコ・ピエール氏が設計・着工してから、もう130年近くになる計算ですね。)

 見上げると首が痛くなるような塔を12本もつくるそうで、私たちが見学した時もご覧(写真貼付)のようにクレーンを使って作業を進めていました。

 なぜ、12本かといえば、イエスの十二使徒を象徴するためだからだそうです。

 東西南北のファザード(フランス語、正面という意味)があり、南以外はほぼ完成しているそうです。でも、南がイエスの栄光を表すメインファザードだそうですから、まだまだ時間がかかりそうです。

 いつ完成するのか、調べたところでは、ガウディの没後の100周年目2026年となっていました。でも、実際は不明だと現地の説明の方が言ってましたね。お金がないのかな?

 日本人もたいへん大きな功績を残しているようです。

 観光客が大勢押しかけてお金をたくさん払っている?それもありますが、彫刻家の外尾悦郎氏が手がけた生誕のファザード(東)の部分がガウディの作品群として世界遺産に登録されたのです。」

 ここまでの文章は、我ながら「まあまあ」かな?と思うのですが、問題は現地に行った人間なのに「どこが東西南北なのか?」わからないということです。

 まぁ、いつものことですから仕方ありません。


池内淳子さんを悼む

2010年10月02日 | ニュース

 池内淳子さんが亡くなりました。

 昭和の匂いがする人がまた消えてしまった!という思いが心に残ります。

 今日の朝日新聞の「文化欄」に悼む記事が載っています。

 「美しくはあるが、近寄りがたいほどではない。色気は漂っているが、男を狂わすほどではない。同じ町内に住む男性たちの憧れの存在・・・。26日に亡くなった俳優の池内淳子さんは、例えればそんなイメージだ。

 デビューは1955年の新東宝映画。しかし、親近感のある美しさや色気は、銀幕よりも当時台頭しつつあったブラウン管の方にしっくりはまった。60年、昼の連続ドラマ「日々の背信」(フジテレビ)既婚男性を愛する女性を演じ、人気を決定づける。

 65年、代表作となる「アンナと味噌汁」と出会う.TBSの東芝日曜劇場で80年まで放送されたシリーズだ。彼女の役は、てまりという名の年増の芸者。長山藍子らが演じた若い芸者と、置屋の女将山岡久乃の双方から信頼が厚い。年齢を考え、・・・」

 という記事です。

 この記事のいいたいことは、池内さんの死を悼むことですが、池内さんの芸暦から記事の冒頭のように池内さんのことを「程良さ」から「そのオリに閉じこめてしまったのではないか」と反省していることだと思います。

 いわば、マスコミが池内さんの人柄や能力を勝手にイメージ化していたという反省かと思います。

 確かに、池内さんといいますと、小生なども、あの低い声ととともに、「程良さ」の「心地よさ」を感じる女優さんでした。

 でも、小生などは、新聞にでていた山岡さんもですが、もっともっと芸能人としてテレビなどで活躍して欲しかった、亡くなってしまって、本当に残念だ!という思いで一杯です。

 「程良い色気、茶の間に安心」などという評価をしないで、静かに死を悼んで欲しかったと思うのです。