学校が「4月入学」か「9月入学」かの議論の時「卒業や入学は満開の桜の下で」と情緒に訴える主張が出てくることがあります。私自身たしかに桜吹雪の下で、というのは魅力に感じますが、そこで「ちょっと待てよ」と思います。卒業式は3月、入学式は4月です。だけど花の盛りはせいぜい1週間。だから二つの式のどちらも満開の桜、というのは難しそう。では、どちらかを優先させます? というか、私自身これまで経験した入学式・卒業式で、満開の桜を見た覚えがあるのは1回だけです(春休みで、空っぽの校庭で満開の桜、なら何回も見ています)。それとも皆さんは「桜」に恵まれていて、私はたまたま恵まれない人生を送っている、ということかな?
卒業式と入学式は別の種類の桜だったら、両方が満足できるかもしれませんが、そこまで「桜」にこだわりたい理由って、何でしょう?
【ただいま読書中】『飛べない鳥たちへ ──無償無給の国際医療ボランティア「ジャパンハート」の挑戦』吉岡秀人 著、 風媒社、2009年、1500円(税別)
「とにかく海外で困っている人の役に立つ医者になりたい」と「規定のルート」を一切無視して医者になり修業をした著者は、ミャンマーに派遣されます。第二次世界大戦でミャンマー(当時ビルマ)で戦死した日本軍兵士の遺族団からの依頼でした。ミャンマーについてはまったく無知のまま現地に降り立った著者の“武器"は聴診器だけ。著者は自身と50年前の日本軍兵士とを重ね合わせます。十分な装備もなしに厳しい環境に放り込まれた点では同じだ、と。2年間の活動で、手応えと同時に自分に足りない部分も思い知らされた著者は、日本で6年間小児外科の修行を行い、再度ミャンマーに向かい、こんどは「組織」を作ろうとします。それが「ジャパンハート」でした。彼らは、サガイン・ワッチェという村の小さな慈善病院を活動の拠点とします。
医療環境は劣悪でした。水道はないから川の水。手術後の感染症があまりに多い(50%以上)ため、手術器具の滅菌器(消毒用の器械)の使用をやめて単純にお湯を沸かしての消毒にしたら感染がほとんどなくなった(つまり、滅菌器が“諸悪の根源(雑菌の巣)"だったわけ)なんて話もあります。
「援助」と言うと張り切って「日本の最先端の機材」を持ち込む人がいます(ミャンマーではありませんが、私はその実例を知っています)。ところがそれは「現地の事情」を無視しているため、根づきません。安定した電力があるかの確認もしてないから全然使えなかったり、故障したときに皆途方に暮れるだけ(日本だったら電話でサービスを呼べますが……)。著者もそこは意識していて「(自分、及び、現地の)身の丈」を重視して活動をします。さらに「経済」も重視。医者が「経済」を言うと日本では嫌われますが、地域医療は地域の経済を無視しては成立しません。
入院患者は、自炊です。一瞬驚きますが、昭和30年代くらいまで日本でもそうだったことを私は思い出します。水は病院の水道からもらうにしても、食材と七輪と炭などを持ち込んでの自炊は、患者(の家族)にとっては負担だったでしょうね。
最初6人の日本人で始めたジャパンハートは、30人、50人、100人、と年々参加者が増えました。看護師と医師が中心で、短い人は3日、長いと2年間滞在して活動したそうです。無給どころか、なんと食費も自分持ちです。それでも参加者が増えるのは……著者は面白い理由を示しています。
そして著者はひたすら手術をします。朝8時から夜12時過ぎまで。
そこに暗い影を落とすのが、ミャンマーの軍事政権です。医療活動に支障が出てはいけないからでしょう、著者は具体的には述べませんが、“足を引っ張る"存在ではあるようです。
本書出版後、ミャンマーの政治体制は変わりました。
ネットで見ると、ジャパンハート(と著者)はまだまだ活動を続けているようです。著者の言葉を借りるなら、国際貢献に関して私は「やらない人間」ですが、別の方面ではちゃんと「やって」いた……いたかな?