日本では、田舎の農作業とか介護とか、こんどは原発での作業にも活用するつもりのようですが、それで外国人労働者がたくさん来日したら、最近のヨーロッパのように「お前らが来たからおれたちは仕事がなくなったんだ」と日本の若者が暴れる、ということになるのでしょうか? さらに日本の政策は「子供時代と老年時代は母国で過ごして、労働者の間だけ日本で過ごしてくれ」とも求めているように私には読み取れますが、それはものすごく日本にだけ都合が良い要求では?
【ただいま読書中】『ある世捨て人の物語 ──誰にも知られず森で27年間暮らした男』マイケル・フィンケル 著、 右丹貴代実 訳、 河出書房新社、2018年、1850円(税別)
メイン州ノースポンドは森林に覆われています。そこに点在する別荘や住居、そして心身障害者のために運営されている「松の木キャンプ」がくり返し侵入されて細かい日用品や食料などが奪われる事件がありました。連続侵入および窃盗犯は「隠者」と名付けられましたが、その正体はずっと謎のままでした。「隠者」はついに逮捕されましたが、世間とはまったく没交渉で森の中で1万日近くを過ごしていたことがわかります。
そのニュースを見た著者が「隠者」に手紙を出すところから、物語は動き始めます。
隠者の名前は、クリストファー・ナイト。ちょっと癖のある親に育てられた若者でしたが、20歳の時、突然職場から出奔、そのまま姿を消してしまいました。本人も「自分の行動を説明でいないんだ」と言います。ハイスクールで最低限のサバイバルの授業は受けていましたが、キャンプをしたことさえないのに、車を捨て、バックパック一つで森に姿を消しました。実家から直線距離で50kmの森の奥に。
この行動は「精神障害」で説明することも可能ですが、それについて著者は慎重です。「変わったことをする人間はおかしいのだ」で片付けて良いのか?と。その行動に共鳴する部分が「正常な人間」である自分たちにも存在しているのではないか?と。
ナイトが困ったのは、食料調達です。歴史上の「隠者」たちも、そのことには苦労をしています。別荘の菜園から“調達"するにしても、メイン州の菜園に実りがあるのは短い夏の4箇月だけ。そこでナイトは「盗み」に頼ることにします。結局四半世紀で1000回もの連続不法侵入という(おそらく)世界記録を打ち立てることになります。しかし、初期のころには住民は自分が盗まれていることには気づかず「最近よく物がなくなる」と思うだけでした。盗まれている、と気づいても「乾電池とステーキ肉を盗まれました」と警察に届けるのもためらわれます。
他人に自分の存在を気づかれないため、ナイトは細心の注意を払っていました。隠れ家は数歩離れたら見えないように偽装され、火は使いません。歩くときには音を立てず小枝一本も折らず足あと一つ残しません。侵入もガラスを割ったりの無理はせず、出るときには元通り施錠しておきます。まるで忍者のようです。
隠れ家にはゴミ捨て場もありましたが、そこを掘ってみると、ナイトは食品についてはうるさくなかったようです。加工食品の箱がどっさり出てきますが、とにかく食べることができれば良かったようです(現代社会から逃げたのに、その産物で生きていた、と著者は述べています)。ナイトにとって食物よりも重大だったのは読書で、雑誌や本を大量に盗んでいました。また、ラジオを聞くことも愛していました。携帯型のゲーム機も盗んでいましたが、「時代遅れに思えるもの」に限定していたそうです。子供から最新型を取り上げたくなかった、そうです。
ただ、いちばん長く時間を使っていたのは「瞑想(または白昼夢)」。「何もしない」ことが全然苦痛ではなかった、と言われると、昔の道教の世捨て人のことも私は連想してしまいます。
メイン州の冬は厳しく、氷点下30度を下回ることがあります。しかしナイトは、盗んだプロパンガスボンベを調理や暖を取るためではなくて、雪を溶かして飲み水を得るために使っていました。寒かったでしょうにねえ。
人々の反応は興味深いものです。ナイトの話を「ことごとくでたらめ」と決めつける人がいます。逆にナイトの話を信じる人も。さらには、罰するべき、と言う人もいれば許せという人も、さらには資金を集めてナイトが孤独な生活ができる森を確保しよう、と思う人も。結婚の申し込みさえ来たそうです。「孤独」を強く強く望んでいる人に? 裁判の結果は「社会生活に戻す」でした。ナイトは望まない生活を強制されることになります。地域の人々は「正体不明の窃盗犯」に悩まされることはなくなりました。窃盗はなくなり、正体不明でもなくなったわけです。さて、これで、めでたしめでたし? 著者はそのことに疑問を持っているようですが。