瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

10日間の真剣勝負へ向けて

2005年08月10日 | 瞑想合宿レポート
瞑想合宿まで残すところいよいよあと一日となった。そう言って合宿までの日数を意識できるほど、今年は余裕があるということだ。今朝、30分ほど瞑想、夜は15分ほど瞑想。夜はめずらしく合宿時のようなゆっくりとした歩行瞑想も行う。明日はもう少し瞑想に時間がとれるか。合宿で妄想の団子状態となろうと別の展開になろうと、どんな展開になろうと、ただたんたんとサティしていくだけだ。

昨日、合宿に向けてのかすかな不安を意識した。生活上のいくつかの雑務をやりのこして合宿に入ることの不安のような気もした。それ以上の深い何かがあるような気もしたが、それほど深いものではなかったかもしれない。少なくとも待ち望んでいるという感じではない。瞑想合宿を「苦痛」とは感じないが、10日間の真剣勝負に、それなりの「しんどさ」を感じているのかもしれない。

夜の瞑想の前に自発動気功。意識の部分で「ゆる体操」への関心が高まっていることが、自発動の動きにも出たのだろうか。さかんに体をゆるめるような動きが出ていた。そして腰の周りで腕を回転させるスワイショウの動きも多く出た。
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からだへの関心

2005年08月10日 | 瞑想日記
最近、私のなかにひとつの関心の流れがるようだ。からだへの関心である。以前からあった関心がさらに増したのは、やはり少食や一日断食の実践だろう。それによって自分のからだが大きく変わった。もちろん大幅に痩せたということもあるが、胃腸の快適感や便通の変化、発汗量の変化など様々な体感覚の変化を味わった。瞑想への影響も感じた。少食や一日断食がかえって頭の働きをクリアにし、疲れのないすっきりとした感じをもたらすことを実感した。

ブログ・エポケーでも触れた高岡英夫氏の「ゆる体操」の理論と方法も、何かきわめて重要なものであることを感じている。少し「寝ゆる」をやった感じだけで、ここにも従来のからだ観や健康観に大きな転換を促す画期的な考え方が含まれているという感じがある。最近のからだへの関心の延長線上で、この考え方に出会った気がする。今後、高岡氏の理論と方法を学んでいくことを多いに楽しみにしている。
「ゆるみ」という観点から様々な行法を見渡す、そういう「かなめ」になる考え方が含まれているような気がする。
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