瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

瞑想合宿レポート4

2005年08月25日 | 瞑想合宿レポート
◆『フォレスト・ガンプ』
実は、自宅を出た日の午前2時ごろまで、レンタルのDVDで映画『フォレスト・ガンプ』を見ていた。宅急便で配送され郵便で返却するシステムのレンタルだったので、合宿前に見終えて、出かける途中、駅前のポストに投函したかった。映画の中で主人公フォレスト・ガンプは、アメリカ大統領に三度も会っている。それが、夢の中で私が大統領に誉められたことに影響しているらしい。『フォレスト・ガンプ』が夢に影響しいることは、面接で地橋先生にも一言伝えた。

初回の面接は夕方早い時間に終わったので、夜はたっぷりと瞑想する時間があった。しかし、座禅も歩行瞑想もことごとくだめであった。眠気と疲労感でまったく瞑想にならず、サティも入らない。座ってもだめ、歩いてもだめなら立禅しかない。立ったまま足裏の感覚に集中していく。これらならとりあえず居眠りをしてしまうことはなさそうだ。

ぐったりと疲労を感じながらも立禅を続けていた。そのとき「エゴ」という言葉が浮かんで、ハッと心を打たれた。夢の中の合宿参加は、エゴ性を表していた。合宿に参加しようとする動機のエゴ性と、合宿に遅れてでも使命を果たそうとする心の対比。

いや、夢の中だけでなく、現実に私が瞑想合宿に参加しようとする動機もエゴ性に満ちていた。自分が修行したい、自分が修行して成長したい、それを素晴らしいレポートにまとめたい、自分が修行して悟りたい、そういう動機のエゴ性がはっきりと感じられた。

そのことを私は最初からどこかで何となく感じていたのだ。それが、研究所に来る途中、電車の中で感じた妙な違和感や、何かをやり残したような不安感になっていたのだ。そして動機のエゴ性やそれに対する後ろめたさの感覚が、全体として不善心所となっていたのだ。

そう気づいた後の、その日の最後の瞑想は、一変した。もはや眠気にも妄想にも苦しめられず、サティが連続していった。私はこの変化に感動した。どんなに行き詰っても、ぎりぎりどうしようもなくなると、必ず気づきが訪れ、視界が開けてくる。これまで何度もそんなことがあった。道が閉ざされてしまうことはないのだ。

映画の主人公フォレスト・ガンプは知能指数は低いが善意の好青年だった。彼は最初、アメフトの全米代表としてケネディ大統領に会った。次は、叙勲のためにジョンソン大統領に会った。ベトナム戦争で身の危険を顧みずに戦友たちを救うために走り回ったことを誉めたたえられたのだ。最後は、ニクソン大統領に会った。卓球で全米代表に選ばれ中国チームと戦って活躍したからだ。

この中で私の夢にとって重要だったのは、戦火の中を飛びまわって戦友たちを救ったことだろう。それが、合宿に参加する動機の利己性に対して、それを遅らせてでも成し遂げようとする使命の利他性に関係していたのだ。その対比が夢のメッセージのひとつだったような気がする。
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初めての方たちへ

2005年08月25日 | 瞑想日記
◆このブログを初めて訪れた方たちへ
現在始まったばかりのグリーンヒル瞑想研究所の10日間瞑想合宿レポートは、これまでに参加した4回の瞑想合宿レポートを踏まえて書かれている。

できれば、4回分のレポートのうち、第一回目の瞑想合宿レポートを読んでおいていただくと、この合宿がどんな風に行われるものなのか、ヴィパッサナー瞑想がどんなものなのか、およそ理解していただけると思う。

10日間瞑想合宿レポート

また、グリーンヒル瞑想研究所のヴィパッサナー瞑想の指導について詳しく知りたい方は以下を参照されたい。

ブッダのヴィパッサナー瞑想
コメント (2)
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瞑想合宿レポート3

2005年08月24日 | 瞑想合宿レポート
◆最初の面接
2日目、朝いちばんの瞑想はまあまあだったが、その後はずっと眠気が続いた。眠気だけではなく、しだいに妄想も多くなり、しかもサティが入らない。妄想そのものは前回の合宿時とちがって、半分夢のごときイメージに巻き込まれていく傾向は少なかった。もっと現実的な妄想が多かった。しかしひどい状態であることには変わりない。眠気や妄想が何らかの渇愛やとらわれ(不善心所)を反映していることは、これまでの経験からいやというほど分かっていた。しかし今回は何がどうしたというのか。神秘体験やサマーディへの執着を無自覚にいまだ引きずっているというのか。

その日、最初の面接で地橋先生がまず指摘したのは、妄想が眠気に変貌したのはエゴの巧妙さによるのではないかということだった。これまでの2回は、最初に妄想でさんざん苦しんだ。三度も同じ轍を踏むことはエゴのプライドが許さないから、妄想を眠気にすり替えたのではないか、というのだ。確かにそうだったのだろうと思う。しかし、眠気や妄想の元になっている不善心所がこれまでと同じ性質のものとも思えない。眠気の原因は何なのか。

次に先生が指摘したのは、私が眠気と闘っていることについてだった。眠気と闘わず、母親が我が子を慈しむように眠気を慈しもう。抵抗せず、否定せずにウペッカ(捨:執着から自由に偏見なく接すること)の態度で眠気を受け入れるならば、それはたちどころに消えていくだろう。ただしそれを狙ってしまえばすでにウペッカではなくなるから失敗する、と。まさしくこれこそがヴィパッサナー瞑想のかなめだろう。しかし、そう言われてやってもやはり狙いが忍び込んできそうだ。

私は、家を出てくる前に見た夢と、それを思い出すきっかけになった猫の件とをかいつまんで話した。先生は、夢の中で大統領に誉められたというのは世俗的な欲望の象徴、合宿への参加は出世間的な求道の象徴だろうと解釈した。

しかし、私が夢から受けた主観的な感じでは、大統領に誉められたことにそれほどの重要性はなかった。私にとっては、エサを請う猫と眼が合ったときにその夢を思い出したことに重要な意味があった。猫にエサをあげようと思ったことと、夢のなかで合宿への参加を遅らせてまでも使命を果たしたということはどこかでつながっていた。だからこそ猫の眼を見た瞬間、あの短い夢を思い出したのだ。
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瞑想合宿レポート2

2005年08月23日 | 瞑想合宿レポート
◆違和感
中央線快速で新宿に向かう途中、外堀の緑色の水面や釣堀などの光景が車窓を流れていくのを見ながら、これから10日間も瞑想合宿で過ごすということに妙な違和感を感じていた。瞑想だけを10日間もしていてよいのか、何か他になすべきこと、やり残していることはないのか、そんな漠然とした不安だった。

現実にはとくに大きな問題はなかった。7月に脳梗塞で倒れた父はすでに状態は安定しており、8月15日にはリハビリ専門の病院に移ることになっていた。病院の移動には、弟夫婦が付き添ってくれる予定だし、見舞いも私がいない間、妻と弟が交代で行ってくれるはずだ。

妻は、前回の正月合宿への参加には多少の不満もあったようだが、夏の合宿は快く承諾してくれた。子供たちもそれぞれ部活にバイトに忙しい。何も問題はないのだ。だとすれば、この漠然とした違和感はどこから来るのか。

グリーンヒル瞑想研究所に到着したときは、合宿開始時間の午後2時を15分ほど過ぎていた。オリエンテーションのあと、さっそく歩行瞑想、座禅と沈黙行を始める。ところが歩行瞑想には集中できず、座禅は強い眠気が襲う。とくに座禅は、完全に「舟こぎ」状態の連続であった。前回は半分夢のような妄想群に苦しんだが、今回は眠気か。

私はいつもは眼を閉じて瞑想するのだが、その晩はとにかくどうにかしようと開眼して必死で眠気と闘いながら座禅を続けたりした。あまりの眠気に午後10時前に30分ほど仮眠をとった。そのためか就寝時間後に行った30分ほどの夜座だけが、なんとか瞑想になった。結局、妄想が眠気に変わった以外は、前回の合宿と同じようなスタートとなってしまった。
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瞑想合宿レポート1

2005年08月22日 | 瞑想合宿レポート
8月12日(金)から21日(日)まで、グリーンヒル瞑想研究所の10日間瞑想合宿に参加した。今回で5回目の参加となる。前回の合宿では、深い瞑想体験やサマーディ体験を期待しながら、実際にはその期待を裏切られ、イメージが自己展開するようにして私にとって重要な洞察へと導かれた。今回の私は、前回を引き継いでさらにイメージが展開し、もっと深い洞察が得られるのではないかと期待していた。しかし、その期待は見事に裏切られた。またまた、まったく予想しなかった展開となったが、結末は、私の心に深く静かに沁みこんでくるようなものであった。

◆その日の夢
出発の日の明け方に見たかすかな夢が、今回の瞑想合宿にとってこれほど重要な意味をもつようになるとは思いもよらなかった。家を出る直前に飼い猫にエサをやらなければ、その夢を思い出すことすらなかったかもしれない。

正午に家を出るため、私はかなりあせって準備をしていた。妻が3日ほどの出張中でこの日の夜帰宅することなっていた。午前中、掃除、洗濯、干し物などをしてから準備にとりかかった。衣類その他はすぐに準備したが、いつももっていく大きなドラムバックがいくら探してもない。途中ではっと気がついた。次男がサッカーの合宿にもっていったのだ。新しいのを買ってこようかとも思ったが、結局、別のバックと大きな紙袋に分けて10日間分の着替えやシーツを収めることができた。

昼はソバを軽く腹に入れて出発しようと思っていた。昨晩ゆでて長男・長女とともに食べた、その残りだ。そこへ飼い猫の一匹が戻ってきた。一晩中外にいたようで腹を空かし、私を見て鳴いている。そのとき、明け方に見たささやかな夢を思い出した。

夢のなかで私は瞑想合宿に行こうとしていた。しかし大統領から命令が下った。合宿に行く前にこの使命を果たせと。それがどんな使命だったか覚えていない。しかし、人のために働く大切な使命だったような気がする。その使命を果たしたことで大統領に誉められ、瞑想合宿には数日遅れてどうにか参加することができた。そんな夢だった。

そうか、瞑想合宿も大切だが、こうして猫にエサをあげること(クーサラ:善行)も大切にせよ、ということかとそのとき思った。最初ドライのペットフードをあげたが、その猫は口内炎があるためか、そのエサを食べなかった。牛乳をあげると瞬く間に飲み干した。さらに注ぐと飲み続けた。缶詰のウエット・フードなら食べれるかなと、缶詰を開けると、最初は食べ始めたが、すぐにゲッと吐き出す。

後は子供たちが帰宅してから何とかするだろう。そう思いながら私はソバを腹に注ぎ込んだ。朝食は食べていないし、合宿はもちろん夕食はないので、軽くでも腹に何か入れておくことは必要だった。

結局出発は正午を10分ほど過ぎていた。
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