「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

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弱者を、精神的にも、物理的にも、攻撃することがあたりまえのようになっている日本社会への疑問。

2016-07-28 19:50:35 | その他

僕はよくわからないですが、ネットでも、現実でも、弱者を攻撃すること(精神的な攻撃もあれば、物理的攻撃もあると思います)が、普通である社会に日本はなっていると思います。

弱者を攻撃することは、人間は決してしてはならないことで、そうした攻撃をする人間は、人間としての価値は全くありません。

ただ、動物以下の存在です。

こんなことは、10年前には、あたりまえの常識でした。

しかし、そうした攻撃を肯定する人々が、現実にもネットでも、どんどん増えている気がします。

今回の容疑者も、そうした影響も踏まえて、さらに加速化している状態に過ぎないと思います。

むしろ本人自身がまわりの社会から取り残されている存在で、しかも薬物による意識崩壊がおこっている疑いは強いです。

こうした存在が、更に弱者を攻撃することで、自分の存在を示そうとすることは、きわめて悪質さが強いのですが、構造的には理解できる話かもしれません。

彼は、大島衆議院議長に手紙を届け、安倍総理に聞いてほしかったのですから。

体制に承認されたかった。

そのために、弱者攻撃が肯定されるという思考をしていたとは考えられます。

本来は、弱者は何にしても大変な状態に置かれていますから、そうした弱者を護ることが社会がせねばならないことです。しかし、現実に結局、金銭を優先する圧倒的多数の日本人は、そうした弱者をないがしろにすることしか考えていないと思います。

ないがしろにされる存在になりたくないと考えた人間が、自分よりも弱者を攻撃することで、自分の立場を作ろうとする試みなのだろうと思います。

政治家のみならず、多くの大衆が、そういうどうしようもない選択を否定しない社会を作りつつある。

容疑者がシンクロしたネトウヨ的言説の問題に留まらず、そうした弱者を攻撃することを無意識に肯定する感覚が、社会の中に存在していることが、こんな極端な犯罪を引き起こしていると僕は思います(僕は自民政治家やネトウヨだけの問題と捉えていません、反対側にも同様の因子は存在していると感じています。)。

ここに、インターネットというツールが悪く作用していることは、ほとんど間違いありません。日本では、特に酷い。

しかし、残念ながら、まともにそうしたことをいくら戒めても、社会に弱者を攻撃してはならないというあたりまえの道徳律がどうやら存在しなくなっている日本では、更に酷いことが起きる可能性のほうがずっと高いだろうと感じています。

 

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