’60年代の洋楽は画期的な時代だったと思っている。それ以前からアメリカから流入していたポップスやジャズやロックに、更にフォークソングなどが加わっただけではなく、フランスからはシャンソンが、イタリアからはカンツォーネが流入した。
フランスのシルヴィ・バルタンやフランス・ギャル(今考えれば無茶苦茶な名前だ)、イタリアのジリオラ・チンクェッティなどの才色兼備の美人歌手も洋楽を一層華やかなものにした。
アメリカの美人歌手の印象は薄い。レスリー・ゴーアという美人歌手がいたが日本ではどの程度評判になっていただろうか。むしろ女優のアン・マーグレットのほうが評判になっていたように思える。
洋楽が定着したのは社会問題にまでなったビートルズに負うところが大きい。しかし当時のビートルズに対する評価は「不潔な不良の音楽」だった。
’60年代の後半にアメリカから「サイモンとガーファンクル」とカーペンターズが登場すると内外の音楽の格差は最大となった。
皮肉なことに、内外のレベル差を縮めたのは「アイドル歌手」だった。ぽっと出の新人歌手を売り出すためにそれまでの邦楽とは違った新しい音楽が試された。山口百恵さんを始めとするアイドル歌手の歌はそれまでの歌謡曲とは一線を画した。
最初の下手くそ歌手だと私が思っている南沙織さんの「17歳」や「潮風のメロディ」や、やはりヴィジュアル系歌手の麻丘めぐみさんの「悲しみのシーズン」や「白い部屋」はこういう状況から生まれた名曲だと思っている。
フランスのシルヴィ・バルタンやフランス・ギャル(今考えれば無茶苦茶な名前だ)、イタリアのジリオラ・チンクェッティなどの才色兼備の美人歌手も洋楽を一層華やかなものにした。
アメリカの美人歌手の印象は薄い。レスリー・ゴーアという美人歌手がいたが日本ではどの程度評判になっていただろうか。むしろ女優のアン・マーグレットのほうが評判になっていたように思える。
洋楽が定着したのは社会問題にまでなったビートルズに負うところが大きい。しかし当時のビートルズに対する評価は「不潔な不良の音楽」だった。
’60年代の後半にアメリカから「サイモンとガーファンクル」とカーペンターズが登場すると内外の音楽の格差は最大となった。
皮肉なことに、内外のレベル差を縮めたのは「アイドル歌手」だった。ぽっと出の新人歌手を売り出すためにそれまでの邦楽とは違った新しい音楽が試された。山口百恵さんを始めとするアイドル歌手の歌はそれまでの歌謡曲とは一線を画した。
最初の下手くそ歌手だと私が思っている南沙織さんの「17歳」や「潮風のメロディ」や、やはりヴィジュアル系歌手の麻丘めぐみさんの「悲しみのシーズン」や「白い部屋」はこういう状況から生まれた名曲だと思っている。